ちょはん 知り合いの知り合い編① 春日一番の怒りと悔しさが乗った拳を簡単に止めた男は、ハンくんの「知り合いの知り合い」らしい。
グレーのスーツに身を包んだ男と対峙した彼の言葉に、静かな驚きをおぼえた。
『主のために身も心も同化させ、それを一生貫く覚悟を持って生きること』
主のため。彼の主はソンヒではないのか、と影武者の危うい哲学が俺の頭蓋の内側で響いている。
『ハン・ジュンギとは永遠の命を持った存在なのです』
分かったようで全く分からないし、むしろ分からない方がいいまでもある。他人の哲学を批判する趣味はないのだが、こればかりは聞き流すことはできない。
人間には永遠なんて無いし、影は生まれるのではない。ハン・ジュンギの言葉をありのままとらえるなら、目の前の彼は『ハン・ジュンギ』というスクリーンに映る実像であり、俺たちが見ている彼はその虚像である。どこからどう見ても姿かたちは『ハン・ジュンギ』。これはまごうことのない事実で、写真で見た若き頭目と全く同じ姿である。だが、俺の水晶体が網膜に映す彼は、コミジュル参謀のハンくんだ。
灰色の男が春日一番に、夜にコミジュルへ来いと言った。
未だ復旧の目処がたっていないコミジュルに来いということは、夜までに監視システムを何とかするということなのだろう。参謀がその辺りのことを知らされていないというのは少々気になるが、連絡系統が混乱しているだけかもしれない。どちらにしろ、そんな大がかりなことを簡単に申し出るとは、蒼天堀の時といい謎の多い男だ。
みんなで、近江連合の構成員を返り討ちにして、下っ端の一人を半殺しにして久米の居場所も分かったことだし、もうこの場には用は無い。後で、ウチの清掃チームに電話を入れておこう。朝はヤクザに囲まれ、日の高い内に公道でもヤクザに囲まれ、これから夜に韓国マフィアのアジトヘ向かう。なかなかのハードスケジュールだ。せめて夜までしっかり休もうということで、一度サバイバーへ戻ることとなった。
春日くんが声をかけても、目の前で立ち尽くす黒い背中は、グレーのスーツ姿が見えなくなってもなお動こうとしない。あの男は、ハンくんの知り合いが「俺の目の前で死んだ」と言った。そんなもの、答えを言っているようなものだ。彼の主が死んだのは夢でなく現実で、事実だった。
俺はかける言葉を頭の中で巡らせながら歩みを進め、ハン・ジュンギの肩を寄せた。不意の衝撃に彼の足元がよろめいた。もう立っているだけで精一杯のようだ。
「春日く~ん」
と、俺は普段通りへらりと声をかけた。すでにサバイバーに向かおうとしていた一行は、俺たちがまだ白遼ビルの前にいることに驚いているようだった。何かあったのかと駆け寄ろうとする春日くんを片手を前に出して静止し、
「俺たち念のためもうちょっとビルの中調べてから合流させてもらっていいかな」
と努めて明るく伝えた。すると、
「そうですね、私と趙で少し調べてみます」と、俺たちがよく知るハン・ジュンギが振り返らずに言葉を続けた。
「分かった趙、ハン・ジュンギ。先にサバイバーで待ってるぜ」
片手を上げて5人を見送る。去り際に振り返った足立さんの目配せに頷き返して、俺はハンくんを半ば引きずるように白遼ビルへと向かった。