レインVSウサ吉 閑話 フィンからの手紙兄さまへ
ウサ吉くんの件、マッシュくんから聞いたよ。
もうマッシュくんからカードの返事来て知ってると思うけど、マッシュくん兄さまの部屋に行くって。
ウサ吉くんの事が気がかりで、あんまり喜べる事じゃないのかもしれないけど⋯マッシュくんに会えるのよかったね。
最近はずっと会えてなかったもんね?
それで、兄さまの部屋にお邪魔するからって、マッシュくんが手土産のシュークリーム作ってたんだけど、ちょっと兄さまにも情報共有しておきたいなって思ったから、手紙送るね。
今日ね、マッシュくんにレインくんの好みの味は何?って聞かれたんだ。
だけど、僕は今の兄さまの好みって知らないなって、この時になって気づいたんだよね⋯。
だからさ、時間のある時でいいから、ちゃんと今の好きなものとかの話をしたいなって思ったんだけど、まあ、それはまた今度、改めて話たいな。
それで、マッシュくんの事なんだけど⋯⋯マッシュくん僕に聞くときにね、照れながら僕の袖を引いてきたんだけど、それがもう可愛すぎたよね。保護区で保護されるレベルの可愛さだった。そんな珍しいマッシュくん見るのに忙しくて反応遅れちゃったんだけど、そうしたらマッシュくん続けてなんて言ったと思う?
あげるなら、喜んでもらえた方が僕も嬉しいだって。
これってさ、兄さまに喜んで欲しいから、兄さまの好みの味が知りたいって事だよね?もしかしたらマッシュくんも兄さまのこと?って、僕は思うんだけど⋯⋯まだ、それだけだと微妙なラインかな?どうだろう?
それで、クリーム作りは昔兄さまが好きだったもの中心にして、甘さ控えめなのをいくつか作ったんだけどね、作ってる途中に兄さまとの昔話すると、マッシュくん凄く嬉しそうに聞いてくれるから色々と喋りすぎちゃったかも⋯⋯もし、余計なことまで言ってたらごめん。先に謝っとくね。
それから、僕とマッシュくんの関係をもし怪しんでるなら、兄さまの気のせい!勘違いだから!本当にやめて。
僕とマッシュくんは親友なの!
もし嫉妬なんだとしたら、兄さまの方が諦めて。入学してからずっと一緒で、過ごした時間が長いんだから、仲が良くて当たり前!
これ以上、変な勘ぐりを続けるようなら、兄さまへの協力は辞めようと思いますので、悪しからず。
フィン・エイムズ
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フィンからの手紙に一通り目を通し終えると、レインは書かれていた内容の疑問点を親友へと投げかけた。
「なあマックス⋯⋯友人に可愛いとか言うか?」
「え?言うんじゃない?」
さも当然のように返された答えに、レインだって女子同士の話ならわからなくもないと思っていた。
実際、クラス内では友人同士で可愛いと褒め合う現場を何度か目撃していたから、それなら理解できる。
ただ、現在レインが問題視しているのは女生徒間のものではない。可愛いと言うところまでは、マックスが言うように誰にでもあるのかもしれない。
けれど、これはちょっと特殊なのではないかとレインは付け加えた。
「保護区で保護したい可愛さって言ってるんだが⋯⋯」
「それ、フィンくんからの手紙だろ?」
「そうだが⋯⋯」
「なら、言ってる相手はマッシュくんでしょう?」
なんで、「それだったら、何を疑問に思う必要があるんだ」と言いたげな物言いに、こっちこそ何でだと言いたい。
フィンがそう思うのが当然とばかりの認識は一体何なんだ?まるで、フィンが思ってることは共通認識だとでも言いたげな⋯⋯そんな疑惑が浮かび、ハッと気付いてしまい、信じられないものを見る目でマックスへと視線を送る。
「まさか、お前も可愛いと⋯⋯??」
「そりゃ、マッシュくんは大事な後輩だし、フィンくんに至っては弟みたいに思ってるんだから可愛くないわけないでしょ」
「⋯⋯」
あっさりと肯定されすぎて、どう反応したら良いのかわからない。
言葉につまり、ジトリとマックスを胡乱な目で睨んでいると、「変な誤解するなよ」と慌て出した。
「いや、睨むなって。マッシュくんはあくまで後輩として可愛いだけ!オマエみたいな激重感情抱えてないから!フィンくんにだって、そんな風に思ってるってだけだし⋯⋯」
マックスの釈明に、釈然としない気持ちはあるものの、落とし所も必要かとしぶしぶ頷いた。
入学して最初の友人であり良き理解者となってくれたマックスはレインの事情を全て知っていた。
知って理解した上で、相談や手助けを当たり前のようにしてくれていた彼は、不器用な守り方しかできないレインの代わりを務めるように、フィンを気にかけ可愛がってくれていたのは知っている。それには感謝しかないが、マッシュの事はまた話が違う。
たった一回、その関わりで「マックスセンパイっていい人ですね」と、名前を覚えられ、好感を持たれているのがレインには少し面白くない。
とりあえずマッシュとの距離感だけ間違えてくれるなよと、八つ当たりの気持ちも相まってひと睨みしておいた。
「なら、いい⋯⋯」
レインのあからさまな納得していない感に、マックスはやれやれと肩をすくめた。
「はぁ⋯⋯付き合う前からその狭量さなら、付き合えた時どうなるんだか⋯⋯」
「うるせぇ⋯⋯知るかそんなもん」
「あーあ、レインがその調子じゃ、フィンくんもマッシュくんも苦労しそうだなぁ⋯⋯」
だから、何で当たり前にあの二人をセットで扱おうとするんだ。
それだけ仲が良いことは周知の事実だとでも言うのか?
きっと、そのまま声に出してしまえばマックスから「そうだ」と返ってくるんだろうなと予想は付く。
普段から一緒にいるのが、誰の目からみても当たり前だと思われる⋯⋯そんな関係が果たして普通なのだろうか?
少なくとも、マックスもマッシュの周囲の人間も⋯⋯レイン自身だって、あの二人が一緒にいない事を不思議に思う事はあっても、その逆は想像もしていない。
そんな二人に、複雑な心境を持ってしまったっておかしくはないだろう?
「なあ、フィンは⋯⋯勘繰るなって言うが、あの二人仲良すぎるだろう?マックスはどう思う?」
「どうって⋯⋯確かに仲良いよね。二人に限らず、マッシュくんの周りは全体的に、だけど⋯⋯。まあ、特にあの二人は、学校に入学してからずっと一緒なんだろ?授業も、寮部屋もさ。それだけ一緒に過ごしてるなら、仲がいいのは当たり前なんじゃないかな」
「フィンもそう言ってるが⋯⋯」
マックスの言うことも尤もだと思う。
フィンだってそう言っている。友情以外の感情は持っていない、邪推するなと。
けれど、それだけでは説明できない絆が二人にあるのは確かで、その答えが出ない内はわだかまりがいつまでも胸の内を燻り、どうにも納得しきれそうになかった。
「なんだよ?まだ納得できない?」
「理解はしてるつもりだが、納得、は、難しい⋯⋯」
マックスは頭を掻くと「言うつもりは無かったんだけどな」と小声で溢し、ため息を吐き出すと眉間に皺を寄せて苦悶の表情を浮かべるレインへと向き合った。
「そうだな⋯⋯レインが納得できるかはわかんないけど⋯⋯あくまでオレの推測の話だって事を理解して聞いてくれよ?あー、何となくだけどさ、共依存みたいな関係が成立してるんじゃないかなって思うんだよね、あの二人。苦楽を共にするだけじゃなくてさ、お互いに不安な時とかに一緒にいて、自分に足りないものを補い合える相手だったんじゃないかなって。それってさ、求めて誰もが得られるものじゃないじゃん。それをさ、二人は見つけちゃったんじゃないかなって感じたんだよね」
マックスの言葉に最後まで耳を傾けると、その内容にレインにも腑に落ちる部分はあった。
特に対人においての洞察力が優れているマックスが感じたと言うのだから、勘違いでも思い過ごしなどでもないはずだ。
けれど、ともレインは思う。
マックスが言ったような関係が成り立っているのだとしたら、厄介すぎやしないかと。
「それは⋯⋯仲が良いとかのレベルじゃないだろ⋯⋯」
「そりゃあ、生半可な絆じゃないよね。きっと手強いよ?引き離すなんてできないんじゃないかな。恋人や家族でも割り込めない瞬間があるかも?恋とかじゃない。でも、無性の愛が確かにそこにある感じ。今のレインにとっての一番の敵は、フィンくんなのかもしれないな?」
人が良さそうに見えて、存外いたずら好きの困った性格をしている数少ない友人は、レインが困っている姿を特に気に入っているようで、時折こんな感じで返答に困るような事を言い出したりする。
「⋯⋯結局、フィンは敵なのか?」
それは困るんだがと、レインが憔悴した様子を見せると、マックスの方が先に仕方ないなぁ、と態度を和らげた。
元より、積み重なっている仕事やら、監督生の引き継ぎ作業やらで手が回らなくなっているレインを手伝いに来ていたのだから、そう長くいじり倒すつもりもなかったのだと思う。
「レインの捉え方次第じゃないかな?マッシュくんを独占したいなら敵になるかもしれない。けど、レインが妥協するなら結果は変わるかもね?今だって、フィンくんはレインに協力してくれてるんだろう?少なくとも、レインが選択を間違えない限りはフィンくんはレインの味方だと、オレは思ってるけど?」
独占の部分に、レインは眉を顰める。
そんなことするつもりは無い、と明確に言うことができない自分に今さら気づいた。
でなければ、協力してくれている弟にまで、嫉妬紛いな感情を向けてしまうような事はしないだろうと。
「まあ、まだ、マッシュくんと付き合えてもいないんだから、考えるだけ無駄じゃない?行動に移してからにしなよ、そういうの」
ため息を吐き出すレインに、宥めてるのか嗜(たしな)めてるのかわからないような言葉を投げつけることができるのも、それをレイン自身が許しているのも、現在ただ一人しかいない。
そんな信頼する人間が言うのだから、もうこの件をとやかく考えるのはやめた方がいい⋯⋯そう思っている。
だがしかし、やはり納得できない事はある。
「それはそれとして⋯⋯やっぱり変だろう?可愛いとか思うものなのか?同級生相手に、それも男に⋯⋯」
「まだそれ言う!?お前だって思ってるなら、人のこと言えないし、一人が思うなら、他に思う人間がいてもおかしく無いんだからな!??ホント、いい加減にしろよ!!??」
「俺は友人を⋯⋯お前を可愛いなんて思った事はない!」
「オレだって無いわ!!ウサギさん要素があっても可愛いとは程遠いからな!?」
「でも、同じ男でもマッシュたちは可愛いんだろう!?」
「当たり前だろ!?お前だってあの二人のこと可愛いと思ってるだろうが!」
「フィンはいい⋯⋯だが、マッシュの可愛さは俺だけが知ってればいい⋯⋯」
「めんどくせぇ⋯⋯今から彼氏面してるの正直痛いぞ?わかってるかレイン?」
「そう遠くないうちに、俺はマッシュの彼氏になるんだ。なんの問題がある?」
「お前さ、マッシュくんの事になると話が通じなくなるよな⋯⋯?もういいよ、お前、疲れすぎてるんだよ⋯⋯だから、つべこべ言わずにとっとと残りの仕事を片付けて、寝言は寝てから言ってくれ!!」
打てば響くようなやり取りは、マックスの怒りの怒号を監督生の室内に木霊させて終わりを告げた。