「恋」を知らない友人へ「そういえば、この間友人と恋っぽい味のケーキを食べたんだ」
たまに時間を見つけては暇潰しにと手伝いに来ていたジオコのバルーンショップで、山積みになり経営が不安になるほどのおざなりになった経理書類を見やすいように仕分けしていたイグルドに紅茶を淹れながらジオコが声をかけてきた。
瑞々しいマスカットのような柔らかな香りはダージリンだろうか、この季節ならオータムナルの季節だ。砂糖やミルクに合うこの季節の紅茶は美味いんだよな…等と呑気に考えながら、目線のみをシルフという種族柄か年齢よりも幼く見える女性の深みのある瞳を見つめた。
「なんやそれ、そんなケーキ売ってるとこあったっけ?」
外食する機会が特になく街の流行りに疎いせいか、そんな可愛らしいコンセプトのケーキなど聞いた事ないと会話に乗っかれば、ジオコは楽しげに話を続けた。
「いや?そうではなく、恋っぽい味を想像して食べたケーキの事だ。甘くて酸っぱくてほろ苦いそんな美味しいものだったぞ」
そう言いながらも上機嫌な様子から、友人とのティーパーティーは余程楽しかったのだと予想が出来る。
仕分けした書類がキリのいい数字のところまで計算出来れば、分厚いクリップで計算したところまでメモした紙と一緒に書類を挟めば邪魔にならない場所へと置いやるように置いてから紅茶の置かれたテーブルへと移動する。
「なんだ、もう終わったのか?」
等と呑気に首を傾げるジオコの額に軽く人差し指押し当ててため息つけば苦笑しつつ
「あの数、1日で終わるわけないやろ?ご褒美用意してくれたみたいやしゆっくり頂こうと思ってな」
と言い席に着くとよく温められたカップに注がれた紅茶を差し出される。
いつもなら角砂糖とミルクをたっぷり入れたいところだが、先程の話と重ねて意地の悪い考えが浮かんでしまった…ポケットからチョコレートを取り出した。
「なあ、さっき言ってた恋の味ってやつ。俺はやけど…ケーキっていうよりもチョコレートのが近いと思うな」
そう言えば、好奇心旺盛なジオコは興味を示したのかイグルドの手元のチョコを見つめれば、銀の包を紙が擦れる音とともに開きよく見かける温かみのある甘いものではなく、どちらかと言えばダークカラーのカカオの多い苦味のありそうなチョコレートが現れた。
「チョコレートって甘いだけやなくて苦味もあるやろ?カカオと砂糖の配合が違うだけで苦しくて苦い…でも、癖になる味になる」
そんな事を言いながら紅茶に、とぷん……と波紋を作りながら入れればティースプーンで混ぜると、次はいつもイグルドがミルクを入れるからか用意してくれていたミルクをいれた
「でも、他との相性がええからすぐ溶け込んでずっと離してくれへん……なんか鎖みたいな食べ物やんな。」
そう言った後に、ソーサーごとジオコの方に向けて軽く押せば口元を三日月のように釣り上げさせて薄く目を細めた悪役のような笑みを浮かべた。
「淹れてくれたんをこんな風にして悪いけど、美味いと思うから飲んでみて。」
無礼なのもマナー違反なのも承知で出されたものを弄って突き返せば、ジオコが手を伸ばすかどうか眺めつつ続いて声を掛けた
「あと、良ければこの後デートごっこでもせん?だいぶ前にもろた風船のお礼してなかったし…風船女がええ人出来た時の予行練習しようや」
明らかに女性をデートに誘うような態度ではないと重々承知で嫌な笑みのまま聞いてみた。
返事はYESでもNOでも、目の前の女性を試してみたくなったのだ。
自身も本でしか知らないのだから「恋」なんてものを