お題「山」 「迷わず帰れると良いですね」、🍎夢、タイトル:ナイスショット「ナイスショット!!」
私はカーンと音をたてて飛んでいくゴルフボールに向かって叫んだ。
ここは地獄でも珍しい天然の森である。現世の自然を転移させることができるのは、一部の上級悪魔や、目の前にいる地獄の王、ルシファー・モーニングスターくらいだ。ここは、本来ゴルフ場ではないが、私の雇用主であるルシファーがたまにゴルフやボール遊びをして楽しむ場となっている。基本的には、この森は、ルシファーだけが使っている。しかし、気まぐれに私のようなバイトが、ルシファーの世話係として雇われることがあった。そのため、地獄の王に一般人が会える機会として、ルシファーの狂信者どもからの応募が絶えないらしい。
ちなみに私はルシファーに特別な思いなんて全くない。
それどころか、高給で雇われてはいるものの、正直いってルシファーのわがままには呆れていた。
地獄の王とは分からないもので、思いつきで地面を掘り出したり、ボールの柄をすべてあひるにしろと言われたりしたこともあった。ルシファーのわがまま、命令で一番意味が分からないのは、「頬を赤く塗らなければならない」「金髪でなければならない」というバイトのルールだ。
しかし、高い金をもらえるんだからいい、と、私はバイトを惰性で続けていた。
「いやあ、いつもすまんな」
ルシファーが池に落としてしまったゴルフボールを水浸しになりながら捕っていると、ルシファーが近づいてきた。彼は、私の顔をまじまじと見つめると、真っ赤なりんごの柄のパッケージのチークを差し出す。
「ああ、ほっぺたが!」
ルシファーは私の頬にスタンプのようにしてチークを力強く押してきた。かなり痛い。
「はは! これでいいな! お前がどこにいるかよく分かる!」
ルシファーは満足げにした後、やっと私の濡れた服に気が付いた。
「おや! 冷えるだろう。シャワーを浴びて来なさい」
「ありがとうございます」
バイト用のシャワーのある更衣室に向かうと、邪な考えが頭をよぎる。
今、逃げ出してもいいのではないか。私が濡れていることよりも先に、頬が赤くないことに気づくような我儘な王には疲れ果ててきたところだ。
そうだ。この更衣室周辺もルシファーの持ち物だ。よく見てみれば、金のはめられた遊具まである。いくつか盗んでも気づかれまい。
決意した私はすぐさま髪を染めていた塗料を落とし、先ほど塗られた赤い紅を落とした。
しかし、不思議なくらいにチークはなかなか取れなかった。なんなら強い力で押し付けられていたから、紅ではなく、鬱血痕が頬を赤くしている。
落とせるだけ赤い色を落とした後、周辺の金品を物色していると、ルシファーの娘の写真が目に入った。金髪に赤い頬。ルシファーと同じ共通点。思わず、その写真の入っていた写真立てを手で払い落とした。足元にガラス片が散らばる。
――ー私を娘と同一視しようとしていたのか。だから、娘と同じ特徴的な外見を持っている間だけ、私に気を遣ってくれていたのか。私は、あまりの気味の悪さに吐き気を感じつつ、金品を漁るのをやめ、その場を飛び出した。
「おい、お前は誰だ?」
更衣室のドアを開けた途端、この土地の主と出くわした。
汗が額ににじみ、落としきれなかった、髪を染めていた塗料の金色が顔を流れていく。
「やだなあ、さっきまで一緒にいたじゃないですか」
真っ赤な空が、ルシファーの頬をさらに紅く染め上げる。
「後ろの写真はどうした?」
私が金品を漁った結果、背後の部屋は散乱していた。ルシファーの娘の写真も、床に落ちて埃まみれになっていた。ルシファーの方を見ると、ルシファーの角は伸びていき、悪魔らしい外見になっていく。
「迷わず帰れるといいな!」
不思議な力で飛ばされた私の視界に映る森は小さく、遠くなっていった。