お題:手紙/letterアラスターの部屋には暖炉がある。
パチパチと音を立てる暖炉の火を横目に、アラスターはペンを手に取った。
毎晩、机に向かって手紙を書こうとすること。
それが、アラスターの就寝前の日課である。
彼は、仕事柄、文字を書くことが多い。
ラジオスターである彼の筆から綴られる言葉は、普段なら、ユーモアとセンスにあふれているが、目の前の手紙には、在り来りな言葉ばかりが並んでいる。
「母へ」
手紙は、いつも、この書き出しから始まる。
「お元気ですか。
私は、相変わらず、ラジオ司会者として、元気に働いています。」
ここまで書いた後、アラスターはいつも、便箋をくしゃくしゃにしてしまう。今回だってそうだ。アラスターは、皺だらけになった便箋を、ゴミ箱に入れることもせず、机の下に放り投げた。そして、机の引き出しから、新しい便箋を取り出す。
アラスターのペンを握る指に再び力が入った。
「母へ」
また、便箋に文字を綴っていく。
「お元気ですか。私は、元気にやっています。」
アラスターは、再びペンを置いた。今度は、手紙ではなく、自身の髪をくしゃくしゃに搔きむしる。そして、椅子から立ち上がると、腕を組み、せわしない様子で自身の部屋の中を歩き回った。
アラスターは、届くことのない手紙を書いている。
優しい母が、自分と同じ地獄にいるはずがない。母は、天国にいるはずだ。
アラスターはそう確信していた。
天国に罪人が手紙を届ける手段などない。
それに、万が一地獄にいるとしたら、悲鳴ばかりのラジオを聞く母は息子のことをどう思うのだろうか。優しい母のことだから、もちろん元気で、母の言いつけ通り笑顔でやっている息子のことをきっと相変わらず「自慢の息子」と言うのだろう。そして、好物のジャンバラヤを作ってくれるだろう。
しかし、俺はー。
ーーー俺は、ラジオデーモンなんだ。
今更後悔なんてしていない。自分の行いの結果として、地獄に堕ちたことも納得している。審判は覆らない。ただ、母にこんな姿を見せるのは。
アラスターは机の前で立ち止まり、しばらく机の上の便箋を見つめていた。
相変わらず、便箋には残虐なラジオデーモンが書いたとは思えないほど、優しく、陳腐な言葉ばかりが並んでいる。
アラスターは、手紙を乱暴に掴み、部屋のもう半分を占めている沼地へと向かっていった。
沼地の夜の冷たい空気を吸い込み、アラスターは己がラジオデーモンであることー残虐性を伴う、狩る側であることを再認識する。
ふと空を見上げると、インクのように真っ黒な空に、明るい星々が煌めいていた。
母はどれだろうか、などと思ったが、あまりの幼稚さに思わず自嘲めいた呟きがこぼれた。
「言葉が見つからないなんてラジオスター失格だ」
アラスターは、再び机の方へと歩きだす。
ーーーところで、アラスターの部屋には暖炉がある。
ラジオデーモンは、書きかけの手紙を掴んだまま、机を通り過ぎ、暖炉の前で立ち止まった。そして、持っていた手紙を、暖炉の炎の中へと投げた。
彼の紅い瞳には、炎の中で小さくなっていく黒い影が映し出されていた。