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    かがみのせなか

    @kagaminosenaka

    主に悪魔くん(平成・令和)の文と絵を作っています。作るのは右真吾さんばかりですが、どんなカプも大好きです。よろしくお願いします。

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    かがみのせなか

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    令和悪魔くん。令嬢パロ🚥2️⃣。
    Xの、juni様の素敵な世界観より生まれしタグ『#令悪令嬢パロ三次創作』で書かせていただいた物です。

    #令和悪魔くん

    ピアノとヴァイオリン 広く長い廊下を歩く。
     ステンドグラスで飾られた大きな窓は穏やかな午後の日差しを通して白い廊下の床を鮮やかに彩る。まるで花が咲いているかのようだ。
     気の晴れた時ならば素直に感動もできよう。だが二世の目は華やかな仕掛けなどに向けられてはいなかった。
     登城してからずっと第一王子である真吾を探している。
     メフィスト公爵家の来訪の知らせがあれば、埋れ木王室の兄弟は揃って必ず迎えに現れる。だが、何故か今日は第二王子である一郎の姿しかなかった。
     一郎に兄の所在を確かめるが、元々無口な一郎からはっきりした言葉を得ることができなかった。
     一郎は首を傾げて一言、今日は元気がないとだけ答えた。
     もう兄の方には用はないとばかりに視線を三世に向けると、ぎごちなく微笑み、細い手で三世の手を引く。
     緊張しながらも素直に付いて行く弟を見送りながら、二世は溜息を吐いた。
     一郎と三世は、大人しい者同士で落ち着くのか、初めて対面した時からお互いに警戒することもなく、ゆっくりとその距離を縮めている。表情からは思考が読めない一郎だがその内面は素直そうで、三世を任せても大丈夫か様子を見守っている。
     第一王子と違って。
     穏やかな表情の裏に何を隠しているのか底知れない、契約者になるべき相手とされるその顔を思い浮かべると、二世の眉間には自然に皺が寄る。
     登城したからには挨拶はしなければならない。どうやら、広い城の中を、会いたくもない人を探して歩き回らなければならないようだ。
     苛立ちを抑えながら二世は城内を巡った。思い当たる場所を回ってみるがどこにも姿はなく、もう諦めようかと思った時、微かにピアノの音が耳に届いた。
     静かな廊下を音に導かれ辿り、分厚い扉を開く。
     まず目に入ったのは、艷やかな黒のグランドピアノだった。明るい部屋にドビュッシーの『月の光』が満ちている。
     二世は弾く手を止めない演奏者に歩み寄った。
     彼は二世に一瞥をくれるとすぐに鍵盤に戻し、フッと笑う。
    「出迎えもせず申し訳ない。ダメだね、弾き始めると夢中になって時を忘れてしまう。」
     嘘をつけ。
     無言の二世にようやくその手を止めると、真吾は改めて契約者候補一位へ顔を向けた。
    「ようこそ。この部屋へ入るのは初めてだね。」
     他の部屋よりも一回り小さく、落ち着いた色調で統一された音楽室はプライベートな空気があった。
    「君が察する通りここには通常、客は通さない。」
     メフィスト家の人間は特別だとでも言いたいのだろうか。
    「他に弾く人がいないから、今はこのピアノは僕の物のようになっている。勿体ないよね。」
    「弟君は弾かれないのですか。」
    「あの子はフルートが好きなんだ。」
     真吾は華奢な指でポーンと鍵盤を弾く。単音の凛とした響きを少し見詰めると、そこから繋げるように右手だけで曲を紡ぎ始めた。マクダウェルの『野薔薇に寄す』。
    「君はヴァイオリンの名手だったね。」
    「ご評価いただけるほどではございません。」
    「謙遜はいいよ、君の演奏は知っている。年末のパーティーで君が気まぐれに演奏した、あのラヴェルはとても素晴らしかった。」
     真吾は遊ぶ指を止めると、にこりともしない二世に微笑んだ。
    「君のヴァイオリンが聴きたい。ダメかな?」
    「生憎用意がございませんので。」
    「ここのヴァイオリンをどうぞ。君のヴァイオリンとは比べ物にならないけれど、まぁそれなりだよ。」
     真吾は音もなく椅子から立上がると、飴色の楽器棚に歩いていく。その背を眺めながら、何気ない所作が洗練されていて流石に王族だと感心する。
     てっきり棚のガラス窓の内に飾られたヴァイオリンを出すのかと思っていたが、真吾は引き出しから別のケースを取り出した。
     テーブルにそっとケースを置くと蓋を開き、二世を振り返る。
     二世は促されるままにケースに近付き、手入れの行き届いた美しいヴァイオリンを手に取った。
     それを見て微笑む真吾を一瞥する。
     真吾はピアノに戻ると、すでに両手を鍵盤の上に置きながら二世を誘った。
    「さぁ歌ってごらん。」
     言うやいなや、真吾は曲名も告げずに前奏をいきなり弾き始めた。Gドゥア。二世は慌てながらも冷静にヴァイオリンを構えると、僅か一小節の前奏の合間に曲を判断し、僅かな遅れもなく滑り出した。
     サーンスの組曲第十三番『白鳥』。室内楽曲として広く愛され演奏される有名な曲だ。
     高度な技術が求められる曲ではないが、一音一音の重ね方で曲全体の表情が変わる。
     二世は真吾に試されているのか、本当に演奏を聴きたいだけなのかその真意を測りかねた。だがこんなふうに強引に付き合わせるのならば、好きなように弾かせてもらう。そちらこそ付いて来れるか試してやろうじゃないか。
     数音奏でて二世は眉を寄せる。随分癖のあるヴァイオリンだ。
     主題始めのEからDへのオクターブの駆け上がりで、真吾は成る程と頷く。一音上がった二度目の駆け上がりでフフっと笑った。
     伸びやかな長音。何処までも遠くへ響きそうな透明感がある。
     初めて音を合わせる相手に遠慮がない強気な二世のヴァイオリンに、真吾に頬の緩みを抑え切れない。
     気持ちよく演奏してもらえたならそれでいい。
     情感豊かになる展開後の十三小節目、三世は休符を無視して十四小節目のCへ繋げる。支えるピアノの旋律に乗り、低音を味わうようにクレッシェンド、デクレッシェンドの波をゆったりと四小節弾き進む。再現前の一小節、真吾は惜しむようにテンポを緩めヴァイオリンの余韻を引き伸ばし、それに応えるように三世は弦を震わせる。
     目で合わせ、息ぴったりに主題に戻り、最後のオクターブDをまたピアノが存分に高らかに歌わせる。フィナーレに向けてヴァイオリンは穏やかに語り、最後は囁くようにデクレッシェンドを歌い上げると、ピアノが散る花びらのようにその最後を飾った。
     二人はそれぞれ鍵盤から指を、弦から弓を離すと深く息を吐いた。
     二世は全身に鳥肌が立っていた。胸の高鳴りに指が震える。呼吸すら忘れていたのではないか。
     放心し頬を紅潮させた二世を眺めると、真吾は満足そうに目を伏せた。二世は上手い。故に読み易い。
    「素晴らしい演奏だったね。とても優雅で、それでいて一音が繊細。君はヴァイオリンの音の美しさを、その聞かせ方を熟知している。」
     二世は真吾の言葉を受けても反応できないでいた。余韻に思考が混濁し言葉が出ない。
     真吾は自由に奏でる二世のヴァイオリンに完璧に合わせてきた。それどころか、こちらがどうすれば思い通りに演奏できるのか分かっており、誘導され、更に高みへ引き上げられた。
     これまでも演奏の出来に震えたことは何度もある。だが今回は桁違いの歓びだった。
     情感を抑えた静かな全二十八小節の小曲でこれでは、他の楽曲では、より情緒的な曲ではどうなるのか。
     二世は首を僅かに振り思考を飛ばす。
    「お褒め戴きありがとうございます。」
     それだけ応えると、二世はケースにヴァイオリンを戻す。
     他にも合わせてみないかと惜しがる真吾に、いいえと首を振る。もう充分だ。これ以上はもう。
    「君、すぐに気付いたようだけど、そのヴァイオリンは音の響きに癖があるんだ。大きく鳴る反面、雑味が混ざり響きが重く聴こえる。だから高音であれ程の透明感を出せるとは正直驚いたよ。そのヴァイオリンは君専用だね。僕らでは弾きこなせない。」
     張り替えられた弓。調律済みだった弦。全て目論見通りというわけか。
     真吾は二世の隣に立つと、蓋をしたケースをなぞり、君の名前を刻印しようかと冗談を言う。
     この華奢な指に俺は夢中にさせられたのかと、二世はゾクリとした。
     二世の胸の内を見透かすように真吾は艶然と笑う。
    「ではまた、今度。」
     優しげな指が二世の頬に触れようとゆっくり伸びる。
     二世は陶酔のような目眩を覚えた。

        

                 二〇二四年八月二十七日 かがみのせなか
     
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