積み木 昼下がりの温かい陽の光が差し込むリビングで、メフィスト二世はテーブルに座りコーヒーを飲みながら、目の前の光景をにこにこと眺めていた。
真吾と、幼い一郎と三世が向かい合って積木で遊んでいた。
真吾が積木を積んでみせ、二人に遊び方を教えている。
三世は三角の赤い積木をずっと離さない。積木を持った手をブンブン振っては、お口で遊んで涎だらけにしている。積木が大きく見えてしまう、息子のぷっくりした手が愛おしい。
「三世君はその積木がお気に入りだねぇ。」
優しく話しかける真吾に、生えかけの下の歯を見せてにっこり笑った。スタイに涎が垂れて、真吾は笑って口元を拭った。
一郎は、何やら一生懸命積木を集めていた。真吾が作った積木の家と、集めた積木を見比べている。
三世はひとりで遊ぶのに飽きると、ハイハイして真吾の膝の上に這い上がった。胡座にすっぽり落ち着くと、真吾の作った積み木の家に手を伸ばした。
真吾は、三世が崩してしまうのを止めもせず、好きなようにさせていた。
一郎が積木を並べる手を止めて、じっと真吾の膝に陣取った三世を見詰めていた。
メフィスト二世は、三世をこちらに呼ぼうか迷った。
三世の目の前で、真吾は積木を重ねていく。
「ぺったんとぺったんを合わせるんだよ。」
三世はしゃぶっていた積木の角を下にして、真吾の作った積木に乗せようとした。
積木はパタンと横になる。
三世は積木を取ると、また角を下にして乗せた。
積木はまたパタンと横になってしまった。
三世は怒って真吾の首にしがみついて泣き始めた。その背中をポンポンしながら、真吾は困り顔で笑った。
「倒れちゃうね、残念だねぇ。でもねほら、こうすれば立てられるよ。」
真吾は四角い積木を二つ並べて置くと、その上に三世の積木を逆さに置いてみせた。
四角い積木に支えられ、三世の積み木は立った。
三世は泣きべそでそれをチラっと見るが、再び真吾の胸に顔を埋めてしまった。
「そっか、イヤかぁ。」
「三世、パパの所においで。」
ずっと黙って見ている一郎が可哀想で、二世はイスから立ち上がると、真吾の膝の上から三世を抱き上げた。
真吾のTシャツに、三世の涙と鼻水と涎の跡が残って、真吾と二世は顔を見合わせて笑った。
「一郎、おいで。」
真吾に手招きされると、一郎は直ぐに立ち上がり真吾の膝に座った。真吾が、偉かったねとギュッと抱き締めると、一郎は少し嬉しそうに頬を緩めた。
「積み木はバランスが大事なんだよ。まっすぐな木も丸い木もそれぞれに役割があって、きちんと組んであげれば形になっていくんだ。」
真吾は静かに教えながら、ひとつひとつ積み木を重ねた。
あるべき場所へ戻されていくように、安定して組み上がっていく。
そのひたむきな眼差しに、何故か二世は胸が締め付けられた。
一郎は真吾の積木を見ながら、その隣に同じように積木を重ねていく。
「一郎は上手だねぇ。」
半分積んだところで、一郎は真吾を振り返った。同じ色と形の積木が無かったのだ。
真吾は自分の積木からその積木を抜き取ると、掌に置いてポンと叩いた。積木は二つにぱっくり割れた。
「はいどうぞ。」
真吾はその一つを一郎に渡し、もう一つを抜いた場所に戻した。
一郎はひとつひとつ丁寧に積木を重ねると、真吾の作った家と同じ家を完成させた。
「よくできたね。じゃあ次はもう少し大きいものを作ってみるかい?」
一郎は元気に頷くと、真吾の膝を離れた。
一郎が材料を取りに行った先を見ると、そこには積木が山のように積み上がっていた。
二世が唖然として見ていると、いつの間にかマントを付け、杖を持った真吾が一郎の横に歩いて行った。
「一郎、どれ一つとして疎かには出来ないものだよ。」
積木はどれも平面のない歪な形をしていた。
その一つを一郎の手に握らせると、真吾は積木の山の向こうを見上げた。
そこには無数の積木で組み上げられた見えない学校があった。
二世が驚いて目上げていると、組み上げられた見えない学校の、屋根部分の積木が一つコトリと落ちた。
そこから連鎖しポロポロと屋根が崩れていく。
「いけない、直さなくちゃ。」
真吾が急いで学校に向かおうとするのを、二世は慌てて引き留める。
「危ないよ真吾君!」
真吾はキョトンとした目で二世を見返す。
「でも、君の寝るところがなくなってしまうよ。」
真吾の言葉に学校を見ると、それは崩れゆく埋れ木家だった。
ほらね、と言うと、真吾は二世を安心させようとするようにゆったり微笑んだ。
「大丈夫だよ、すぐに直してしまうさ。僕が必ず守る。」
「僕が自分で何とかするから。」
真吾は困ったように首を傾げた。
「でもメフィスト二世、エツ子と三世君はどうするんだい?二人には君しかいないのに。」
真吾が二世の背後を指差した。二世が振り返ると、エツ子と成長した三世が笑って二世を見ていた。
「エッちゃん…」
家の崩壊が止まらない。
真吾は優しく目を細めると、二世を目上げて口を開いた。
「ねぇメフィスト二世、僕は君の
全身がビクッと痙攣して、メフィスト二世は目を開いた。
ハッとして顔を上げると、目の前には黒いモニターと緑色のブログラム言語が並んでいた。
作業中に寝落ちてしまっていたようだ。
エラーの改修をしながらうたた寝なんかするからだ。
二世は両手で眉間を擦ると、そのままデスクに肘をつき、掌に顔を埋めた。
二〇二四年十二月六日 かがみのせなか