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    かがみのせなか

    @kagaminosenaka

    主に悪魔くん(平成・令和)の文と絵を作っています。作るのは右真吾さんばかりですが、どんなカプも大好きです。よろしくお願いします。

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    かがみのせなか

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    『人魚姫』のその後的な。🥞🚥です。

    #令和悪魔くん
    #🥞🚥

    さざ波 生温かい波が足の甲を撫でた。
     藍に沈みゆく空と、黄金に輝く海。
     横一線に飛び去る白い翼が、夕陽を受けて一瞬煌めいた。 
     湿り気のある強い海風に飛ばされそうな麦わら帽子を押さえる。
     あの日の、あの人と同じ様に。
     

     幼い頃、あの人と何度か来た海だ。
     あの頃は広く見えたが、今こうして立ってみると、とても小さな浜辺だった。記憶の海は二人以外に人がおらず、成る程そういう事だったのかと理解した。きっとあの人の取っておきの場所だったのだろう。
     

     打ち寄せる波に足を浸しながらゆっくり歩いた。
     膝上まで上げた裾ギリギリまで波を受ける。
     波に沈んだ息子を助け出そうと差し出された手。
     あの手も、小さかったのだと。
     

     海の遠くを眺めていた姿を思い出す。
     あの背中が怖かった。
     しかしあの人は離岸流を辿ることはなかった。
     僕が成長し、マントの内から離れても、あの人は変わらずあの書斎にいて、そこから世界を見守っていた。
     僕の側を離れることはなかった。
     選んだ生き方に後悔はなかったのかと、僕が問うのは滑稽だろうか。
     繋いだ手を離せなかったのはきっと僕の方だから。


     昼間の熱が残る砂浜を歩く。
     あの日、あの人を追って歩いたように、砂上に目を落としながら足を置く場所を探す。
     小さな足には歩きにくかった砂浜も、もう躓くことは無い。
     貝殻の欠片を見付け、拾い上げる。
     縞模様の巻貝。あの日あの人はこの貝を何と呼んでいただろう。
     砂を落として握りしめる。
     かすかに温かい。
     海の中で感じた、あの人の体温のように。


     鮮やかに蘇る夏の海の記憶。
     きっとそれは今、僕が僕を信じるための柱の一つになっている。
     幸せな記憶は時に痛みを伴うが、きっとそれは生きるために必要な痛みなのだと。
     そう分かるようになるまで、何度も繰り返し教えてくれたのはあの人だ。
     だから、愛している。
     愛している。
     

     「可愛い貝殻を見付けたね。」
     柔らかい指がそっと貝殻に添えられた。
     その細い手首に揺れる薄紅色の桜貝。
     貝殻達は歌う。
     どうかいつまでもこのままで、と。 
     
     
     
                二〇二五年八月一〇日  かがみのせなか
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