さざ波 生温かい波が足の甲を撫でた。
藍に沈みゆく空と、黄金に輝く海。
横一線に飛び去る銀色の翼が、夕陽を受けて一瞬煌めいた。
湿り気のある強い海風に飛ばされそうな麦わら帽子を押さえる。
あの日の、あの人と同じ様に。
幼い頃、あの人と何度か来た海だ。
あの頃は広く見えたが、今こうして立ってみるととても小さな浜辺だった。
記憶の海は二人の他に人がいなかった。そういう事だったのかと理解する。
誰も知らない海。
きっとあの人の取っておきの場所だったのだろう。
打ち寄せる波に足を浸しながらゆっくり歩いた。
膝上まで上げた裾ギリギリまで波を受ける。
波に沈んだ息子を助け出そうと差し出された手。
あの手も、小さかったのだと。
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