出会い出会いは戦場だった。と言っても、ドンパチした訳では無く、俺たちの部隊が駆け付けた時、既に戦闘は終了していた。正確にコックピットを貫かれた敵機の残骸。その残骸の中心に背を丸め横たわる様な形で機能を停止しているモビルスーツがあった。恐らく元は白だったのであろう機体は撃墜した敵機のオイルやら硝煙やらが纏わり付いて、所々が赤紫色に染まっていた。
(まるで血に濡れている様だ)
周囲を警戒しつつ、モビルスーツに近付く。外側から見た様子ではコックピット周辺に破損は見られないが、「中」がどうなっているのかは開けてみないと分からない。
(乗っている奴は何者だ? こちら側の陣営か、それとも)
このモビルスーツが何処の所属か現時点では何の情報も無い。もしもパイロットが生きているなら尋問する必要がある。自分の機体から降り、片手に銃を構えると、外から強制的にコックピットを開けた。
「……ん?」
コックピット内を覗き込み、小さく声が漏れる。中にいたのはしゃげた死体では無く、人形(ひとがた)を保ったままの男だった。背中を丸めて膝を抱える様にして、まるでこの機体と同じ姿勢で目を閉じていた。
(まるで、胎児だな)
体格は良いがまだ未成熟を感じさせる体つきは、明らかに子どもだった。しかもパイロットスーツも着ていない。何故こんな子どもが所属も分からないモビルスーツに乗っているのか、疑問は尽きない。
しかしそれより何より目を引いたのは、前髪を彩るマゼンダだった。
「おい」
声を掛ける。応答は無い。実は死んでいるのかとも思ったが、体が呼吸に合わせて上下している。眠っているのか。凄惨な戦場のど真ん中で、お気楽な物だ。隣に降りると、頬を手の甲で柔く打った。
「ん……」
頬への刺激で覚醒したらしい子どもは、ゆっくりと瞼を開いた。瞼の下から出て来た透き通る様な青い瞳は雲一つ無い空の様にも、母なる海の様にも見えた。
ぼんやりとした目付きでこちらを見上げている子どもに、しかし警戒を解かず問い掛ける。
「名前と所属を言え」
「しょ、ぞく……。名前……」
まだ完全に目が覚めていないのだろうか。二度三度瞬きをしてから、子どもは口を動かした。
「えっ、と……、グエル・ジェターク、だったかな」
「……何?」
「悪い……あんまり覚えて無いんだ。すぐ忘れるみたいで」
「……そうか」
名前を聞いて、身を硬くする。何処かの組織に雇われた使い捨ての少年兵にしては雰囲気に違和感を感じていた。しかし、あの戦争屋のジェタークの子どもとは。
「いくつか聞いても良いか」
「あんまり覚えて無いけど、それで良ければ」
グエル、と名乗った子どもは頷くと小さく笑みを作った。どうやら向こうはこちらへの警戒心が薄い様だ。
「グエル・ジェタークには弟がいたと記憶しているが、名前は?」
「弟……ああ、えっと……。……ラウ、ダ……? ああ、弟はラウダ・ニールだ」
「姓が違うが?」
「えっと……、ラウダと俺は母親が違うんだ。確か」
「そうか。弟は何処に?」
「……分からない。忘れた。学校?」
「何て学校何だ?」
「アスティ、カシア、だ。確かモビルスーツの……、えっと、いや、経営者を……、……」
「分からないか?」
「……ああ」
「……お前は? 学校には行っていないのか?」
「分からない」
どういう事だ。不明瞭にも程がある。まるで小さな子どもと話している様だ。成人はしていないだろうがそれでももう近い筈だ。それなのにこんなにもあやふやな話しかしないとは。もしや、警戒心が無い様に見せ掛けてこちらを欺こうとしているのか。
眉間に力が入る。
「じゃあ、父親の名は?」
「ちち、おや……」
ヴィム・ジェタークの名はモビルスーツに乗る者なら一度は聞いた事のある名だ。さあ、父親の名前すら「分からない」と誤魔化すのか、見せてもらおう。
「……」
しかしいつまで待っても子どもは口を動かさなかった。やはり偽っていたか。そう思い、はぁと息を吐いて子どもに改めて視線を戻した俺は、その表情を見てますます眉をしかめた。
「……」
子どもは全ての表情が抜け落ちてしまったかの様だった。少しの笑みを浮かべていた唇も、少し勝ち気そうに上げていた眉も、全てが「平坦」になり、まるで人形だ。極めつけは瞳だった。煌めく青ですら、今は硝子玉の様にただ光を反射するのみで、何も写していない。子どもは糸の切れた人形の様に、静かに虚空を眺めていた。
「? おい、どうした? おい!」
「……ん? あ、悪い。何だったっけか。俺の、名前?」
少し大きな声で呼び掛けると、子どもは返事をした。しかし既に終えた質問を繰り返そうとする姿に、何故だかギクリと背中に汗が滲む。
「いや……それはもう聞いた」
「そうだっけ」
「ああ」
「そうか。ごめん」
忘れっぽくってさ。
そう言って子どもは笑った。ほんの一瞬前の出来事など俺の幻覚であったかの様に、自然に笑みを浮かべた。
「なぁ、あんた名前は?」
「は?」
「俺は答えたから、今度はそっちが教えてくれよ」
「お前今の状況が分かっているのか? 俺はお前の敵かも知れないんだぞ」
「てき?」
コックピットからひょこりと顔を覗かせた子どもは、辺りをグルリと見回して、首を俺に戻した。
「なぁ、それで名前は?」
「……」
「難しい事は考えるの苦手なんだ。なぁ、あんたと一緒に行っても良い?」
「何だと?」
子どもの発言に、眉間が力を入れすぎてそろそろ痛くなって来た。
「オルコット、パイロット生きてたか?」
後ろから、周囲の索敵を終えたベッシが自身のモビルスーツからコックピットを開けて呼び掛けた。と、ふいに手を伸ばした子どもが俺の腰骨の辺りを掴んで来た。隠し武器か体術か、咄嗟に構えていた銃を向ける。
「オル、コッ、ト、オル……えっと、……。オル! なぁオル、一緒にいても良いか?」
「なっ……」
子どもは青色を煌めかせて俺を見上げて来る。向けられた銃などこれっぽっちも視界に入っていない。その瞳の中にはただ、俺しか映っていなかった。
「オルコット?」
ベッシの怪訝そうな声が近付いて来る。そろそろベッシの視界にもこの子どもが入るだろう。ああ面倒な事が起こる予感しかしない。
(厄介な拾い物をしてしまったかも知れない)
それが出会いだった。