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    まろ眉

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    まろ眉

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    ニェンとリビングでくつろぐ話

    #ラン夢レン

     漫画の中の人間たちはみな、一人につきたった一つだけ愛を持って生まれてくる。紆余曲折を経たとしても、その愛を受け取れるのはまた世界にただ一人だけ。その明快さを、ニェンはそれなりに気に入っていた。
     
     物事はなんだって分かりやすい方がいい。ペットたちのカーストも、お化け屋敷の注意書きも、道路標識も、ルールが目に見えて存在するというだけで心が安らいだ。形ないものは信じるしか方法がない。でもこの世界には嘘ばかりがあふれていて、真実なんてものは一握りのキャンディほどしか存在しないとニェンは考えている。揺らいでしまわないように、最終的に信じるのはご主人様と自分、あとは少しの音楽だけと決めていた。
     
     ◆
     
     リビングに掃除機はやって来ない。
     ここ最近の日曜日はずっとそうだったので、ニェンは確信して今日の昼寝場所をリビングに決めた。あの女―――ルーサーの友人を自称する人間―――がこの家にやってきてから、掃除は多忙な主人ではなく女の仕事になった。
     ある日突然主人に連れられて来た日に「しばらく世話になる」と言った通り、かれこれふた月は住みついている。その内に女の掃除はルーティン化されていき、なんとなくその日の安全地帯がどこかを把握出来るようになった点については、唯一あの女がやって来て良かったと心から思える点かもしれなかった(もし《アイボリー邸清掃マニュアル》なんてものが存在するなら、掃除機がけのページを暗記するのもやぶさかじゃない)。
     
     どういう事情でこの家に転がり込んできたのか興味もないが、流石に二か月ともなると気まずくもなるのか「そろそろ出ていかなきゃね」と女が仄めかすたび、主人が「気にしなくていい、わたしたちはもう家族なんだから」と言葉尻を可愛らしく上げて引き留めていた。それをみると、ニェンはいつもベッドやらソファやらをめちゃくちゃに引っ搔いてしまいたくなった。
     
     寝転がりながら煙草を吸おうとポケットをまさぐって、舌打ちする。どうやら今朝吸った一本が最後だったらしい。本数が増えたことをご主人様に心配され、ここ数日意識して減らすようにしていたから気づかなかった。
     
    「ニェン?」
     
     部屋まで取りに行くか、もうこのまま眠っちまうか―――指先をイライラと遊ばせて思案する最中、聞こえてきた自分を呼ぶ声に、ニェンは二度目の舌打ちをした。
     
    「テレビ観てるの? わたしも休憩しよっと」
    「おい、ここに座るな」
    「いいでしょ、足どけてよ」
     
     女は先客がいるにも関わらず、ニェンの足を持ち上げてむりやり空けたスペースに尻をねじ込んでくる。文句も一蹴されニェンは物言いたげな顔を浮かべたが、更になにか言うことはなく、諦めて女の膝の上で足を組み直した。
     
     女は驚くほどに人懐っこかった。主人に「仲良くね」と言いつけられてはいたものの、この数か月、ニェンは優しくしてやったことなど一度もない。にもかかわらず、毎度にこやかに話しかけ平気でパーソナルスペースに踏み入ってくる。それが前ほど不快でなくなってきているのが、むず痒くて妙な気持ちだった。
     
     なんとなく眠る気もなくなって、女と同じようにテレビを眺める。途中何度か女が内容について話しかけてきたが全部無視した。女も気にしていないようだった。
     
     

     
     その内足元から寝息が聞こえてきて、ニェンはゆっくりと起き上がる。
     女の寝顔を見るのは初めてだった。うっすら開いた口から舌が覗いてる。まだ小さいが、唇の裏にキバがみえる。腹のあたりで組まれた小さな手。最近爪が伸びるのが早いのだとこぼしていた。匂いをかごうと首元に顔を寄せるとクルクルと子猫のような音がして、思わず喉を鳴らす。
     
     この世界に唯一の愛など存在しないが、ご主人様は家族に分け隔てなく愛を与えてくださる。望めば望むだけとはいかないが、そこは他の家族同士補いあえばいい。この家の身分証明とも呼べるカースト表のどの部分に女の名を刻むかも、考えてやらないといけないな。
     ニェンは一声機嫌よく鳴いて、女の首をザリと舐めてやった。
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    まろ眉

    DONEルーサーにおやすみのキスをしてもらう話
    冬が好きだ。ピリと冷えた空気のおかげで、普段は感じない男の熱がしっかりと伝わってくるから。ルーサーの、本をめくる音だけが心地よく耳をくすぐる静寂の中、私たちは肩を寄せて体温を分け合っていた。ベッドフレームに背中をあずけて、一枚の毛布に包まっている。少し粗くてざらついた感触のそれはあまり好みではなかったけれど、こうして彼の肩に頭をくっつけていれば気にならなかった。すっかり装飾品を取り払ったルーサーの指が、紙の上を滑る様子をうっとり眺める。この二人きりの特別な時間を、私はクリスマスの朝よりもずっと大事に思っていた。毎年楽しみに準備している彼には悪いけれど。「もう眠るかい?」私の頭が何度も肩を滑り落ちるのに気付いたルーサーが、紙の上の文字を追っていた目をこちらに向ける。久しぶりに視線が合ったのが嬉しくて、体ごと向き直ってぎゅっと抱きついた。私は二の腕に顔をうずめたまま首を振って、眠らない意思を表明する。「困った、どうしたら眠る気になるのかな。……教えてくれる?」少し体勢を変えたルーサーの体重でベッドが小さく音を立てた。手のひらが頬をなぞって、金属の冷たさを忘れた指が、髪を梳くようにして首の後ろを滑る。くすぐったさに身をよじりながら、厚い体に抱きついていた腕を首へと回すと、彼の体が自然とこちらに寄り添ってきた。そっと頬の辺りで囁くと「仰せのままに」と瞼にキスが落ちてくる。そのまま額、頬、鼻先と次々振ってくるキスにくすくす喜んでいるうちに、私たちはすっかりベッドにもつれ込んでいた。私を見下ろす四つの瞳が、静かに問いかけている。「おやすみのキスはまだ必要かな?」答えの代わりに、私は彼の少しかさついて仄かにぬくい首筋に口づけた。
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