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    うめこ

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    うめこ

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    【小説】サマへの好きを拗らせているイチと、イチが他の男を好きになったと勘違いしてるサマが2人で違法マイクを回収する話①
    ※H歴崩壊後
    ※名前があるモブ♂が出張ります、モブいちっぽい瞬間がありますがサマイチの話です。

    #サマイチ
    flathead
    #ヒ腐マイ
    hypmic bl

    「だから、俺が行くっつってんだろ!」
    「!? テメェになんざ任せられるか、俺様が行く」

     平日の真昼間。それなりに人通りのある道端で人目もはばからずに言い争いを続ける二人の男。
     片方はとびきりのルビーとエメラルドをはめ込んだような見事なオッドアイを、もう一方は透き通るような白い肌と美しい銀髪の持ち主だった。
     ともに長身ですらりとした体躯は整った顔立ちも相まって一見モデルや俳優のようにすら見える。
     そんな二人が並んで立っているだけでも人目を惹くというのに、あろうことか大声で諍いをしていれば道行く人が目をやるのも仕方のないことだった。
     況してやそれがかつての伝説のチームTDDのメンバーであり、イケブクロとヨコハマのチームリーダであるというのだから、遠巻きに様子を窺う人だかりを責める者など居はしない。
     もちろん、すっかり頭に血が上った渦中の片割れ――山田一郎にもそんな余裕はなかった。

    「分っかんねぇ奴だな! あんたのツラ明らかに一般人じゃねーんだって」
    「ンだと? テメーのクソ生意気なツラも似たようなもんだろうがよ!」

     いがみ合う理由などとうの昔になくなったというのに、この男を前にするとどうにも上手くいかない。
     遠巻きに好奇の目がいくつも向けられていることには気付いてたが、だからといって引く気にもなれなかった。
     そもそも、こうなることは最初から分っていたのだ。

    (クソ、だからこの人とだけは組まねぇつったじゃねーか)

     今にも胸ぐらを掴みかからん勢いの目の前の男――碧棺左馬刻を睨みつけながら、一郎は心の中でひとりごちた。

    「そもそもツラが割れてるっつー話なら俺もテメェも変わんねぇだろうが、このクソボケが!」
    「はっ! だとしても、俺の方がまだ上手くやれるね!」

     H歴が終わりを迎えて三年、左馬刻と出会った頃は高校生だった一郎も今年で二十三になった。
     過酷な境遇からか年齢よりも大人びて見られることこそあれ、その逆など滅多にありはしないのに、左馬刻を前にすると子どもじみた言葉ばかりが口をついて出てしまう。
     憧憬と憎悪。真逆の感情を魂をすり減らすようにしてこの男にぶつけた。
     十七のあの頃のようにただ尊敬や憧れを向けるにはもう一郎は大人になりすぎている。けれど、誤解が解けた今、敵対していたあの頃の憎悪や失望を保てるほどこの男を嫌うこともできなかった。
     今の一郎は全てが中途半端なまま、左馬刻との距離を掴めずにいる。

    「? ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇ、そもそもこんなモンはカタギの仕事じゃねぇんだよ。一郎、テメーは引っ込んでろ」
    「今更カタギもクソもあるかよ。そもそもこれは俺が萬屋として受けた『依頼』でもあんだ。半端な真似ができっかよ」
    「へぇ? 随分と入れ込んでんじゃねぇか。『あの野郎』がテメェの新しいご主人様ってか?」

     侮蔑するような声色でそう吐き捨てた左馬刻は、一郎と目を合わせる気すら失せたらしい。忌々し気に胸ポケットから煙草を取り出している。

    「ふざけたこと言ってんじゃねぇよ。俺はただの『協力者』だ。あんたが入間さんにそうしてるのと何も変わんねぇだろ」
    「……協力者、ねぇ?」

     チッ、と舌打ちをして日本人離れした銀髪を乱暴に掻き上げる。
     恐ろしく整った容姿のおかげで、その仕草すらも絵になるのが憎らしいが、同時に明らかに機嫌の悪い左馬刻を見ていると、改めて自分が嫌われているのだという事実を突きつけられているようで気分が沈んだ。

    (そんなに俺と居るのが嫌なら、こんな仕事断っちまえば良かっただろ)

     一郎自身が未だ左馬刻への失望を整理できていないというのに、相手から厭われていることに落ち込むなんて、矛盾している。

    ***

     ことの発端は三日前に遡る。
     萬屋なんてものはそもそも浮き沈みの激しい仕事だ。突然忙しくなったかと思えば、ぱったりと依頼が途絶えることも珍しくない。
     今日はどうやら後者のようで、来客はおろか電話の一本すらないまま昼時を迎えようとしていた。昼食の時間すらとれずに忙しなく働いた昨日が嘘のように閑古鳥が鳴いている。

    「昼飯、どうすっかな」

     気の抜けた声でそう呟きながら、一郎は来客用のソファーにどっかりと腰を下ろすと、背もたれいっぱいに体重をかけ、だらしなく上体をずり下ろした。
     持て余した脚がテーブルに当たったが、一郎がそれを気にする様子はなく、放り投げるように伸ばした手のひらには、私用のスマホが辛うじてといった具合で握りしめられていた。

     ――ブーーーッ、ブーーーッ!

     手にしていたスマホが唐突に振動を始め、一朗はむくり、と顔だけを擡げて視線をやった。
     メッセージアプリのアイコンとともに表示されていたのは一つ下の弟、二郎の名前だ。今日は帰りが遅くなるから夕飯はいらないという旨の連絡だった。
     今年で大学三年になる二郎はゼミの発表準備とやらで忙しくしている時期らしい。ちょうど昨日そんな話をしていたから、きっと今日は夜遅くまで友人達と作業をするつもりなのだろう。
     末っ子の三郎が学校から帰ってくるのはまだ先だ。高校三年の三郎は大学受験を控える身だが、つい先日の面談では担任の教師からこの国の最高学府にだって絶対に合格すると太鼓判を押された。もう秋だというのに本人もまるで焦る様子はなく、これまでと変わらず萬屋の仕事を手伝い続けている。
     三郎と二人なら夕飯はどこか外で済ますのもいい。ならいっそ昼食は抜いても構わないだろうか。
     無機質な事務所の天井をぼんやりと眺めながらそんなことを考えていると、予期せず来客を知らせる呼び鈴が鳴った。
     飛び起きるように立ち上がった一郎は慌てて事務所のドアを開けると営業用の笑顔をはりつけて「萬屋ヤマダへようこそ」といつものセリフで出迎えた。

    「よっ、元気にやってるか? 一郎」

     人好きのする笑みを浮かべてそこに立っていたのは、上品にライトグレーのスーツを着こなした小奇麗な男だった。
     品のいい栗色の髪に人好きのする柔らかな笑みはどこか渋谷・ディビジョンの夢野幻太郎を思い起こさせるが、掴みどころのない雰囲気はオオサカ・ディビジョンの白膠木簓を彷彿とさせた。

    「……何だ、アンタか」

     男の顔を見るや否や、一郎は一気に脱力し営業スマイルを剥ぎ取ってしまった。すると、男は心外だとばかりにわざとらしい溜息を吐いてみせた。
     温和ではあるが底知れぬ空気を纏うこの美形の男を一郎はよくよく知っている。

    「何だはないだろ。相変わらず可愛くない奴だな」
    「悪ぃな。でも、アンタが来るってことはどうせ面倒ごとなんだろ? 瀬戸サン」
    「はは、さすが話が早くて助かるよ」

     この瀬戸という男は警察の人間だった。知り合ったのは約三年前、一郎達ディビジョン・バトルの代表達の尽力で中王区政権が崩壊した直後のことだ。
     言の葉党が消えてもヒプノシスマイクがなくなることはなかった。いわゆる銃社会のそれと同じように、決められた規制のもとでヒプノシスマイクは今も望む人間のもとに支給されている。けれど、同時にヒプノシスマイクを使った犯罪は右肩上がりで、警察はそれを抑えることに四苦八苦していた。
     そこで目をつけたのが、かつてのディビジョン・バトルの代表チームというわけだ。
     三年前に突然一郎を訪ねてきた瀬戸は、公安部を名乗り警察では手に負えない案件や旧政権の残党絡みの「掃除」に助力するよう求めてきたのだ。
     恐らくは突出した力を持つ者への「監視」の意味合いもあるのだろうが、協力すればそれなりの報酬を保証するというのだから悪いばかりの話ではなかった。
     いずれにせよ断れば一方的な監視が待っているのだろう。自分一人ならまだいいが、恐らくそれは学生生活を謳歌している弟達にも及ぶはずだ。ならばせめてこちらから繋がりを持っておいた方がまだマシだ。
     そう判断した一郎は二つ返事でこの話を受け、それ以来、協力者として時折力を貸すようになった。

    「悪いが中に入れてくれるか? 今日は俺だけじゃないんだ」

     そう言って瀬戸が半歩身をずらすと、その背後にはよくよく知った人物が二人、顔を揃えていた。

    「入間さんに、……左馬刻?」
    「お久しぶりです、一郎君」
    「……おう」

     ヨコハマ・ディビジョンの二人と顔を合わせたのは実に三年ぶり。中王区の壁が取り払われたあの日以来のことだった。
     かつての代表チームのメンバーはみな一郎がそうしたように警察や政府の協力者となっていた。
     これまでに瀬戸絡みの案件でかつてディビジョン・バトルで戦ったライバル達とは何度か共闘したことがあった。特に地理的にも近いシンジュク・ディビジョンやシブヤ・ディビジョンとはその機会が多く、寂雷や乱数とはTDDとして活動していた頃と変わらぬ頻度で会うこともあるほどだ。
     けれど、ヨコハマ・ディビジョン――いや、正確には碧棺左馬刻とだけは一切顔を合わすことはなかった。
     そもそも一郎と左馬刻の不仲は有名で、それは瀬戸も承知していたらしい。
     軽口ばかり叩く男だが、瀬戸は一郎が「触れてほしくない」と思うことを詮索することはなかった。
     そんな瀬戸に左馬刻との因縁を打ち明けたことはないが、たった一度だけ「あいつと組むのは嫌だ」と零したことがある。
     あの時の瀬戸は、大した興味もないといった風にただ「そうか」とだけ返したが、切れ者のこの男は一郎たっての願いを決して聞き逃さなかった。その証拠に、瀬戸が左馬刻との仕事を持ってくることは一度たりとももなく、ヨコハマ・ディビジョンが絡む案件を依頼することすらありはしなかった。
     今日の今日までは――。

    「悪いな一郎。『お前向き』の仕事じゃないってことは分かってるんだが、随分難しい案件なんだ。他に頼める当てがない」

     瀬戸の持ち込んだ依頼はその言葉の通りやっかいな案件だった。

    「相手の記憶を消す?」
    「あぁ、どうやら精神操作に異様に長けた人間なんだそうだ。占い師と称して相手の家族や恋人の記憶だけを消しているらしい」

     差し出された端末を覗き込むと、若い男が自殺したという一週間前の新聞記事のスクラップが表示されていた。
     そのニュースには一郎も覚えがある。確か結婚式を間近に控えていたとかでワイドショーが数日騒いでいた。
     遺書もなく自殺の理由は分からないと聞いたはずだが、こうして瀬戸がこの記事を持ってきたということはどうにも事実は違うらしい。

    「もしかして……?」
    「突然婚約者に忘れられ、失意の末に自殺。その婚約者が今回のエセ占い師と接触してる。死人が出ちゃこっち(警察)も本格的に動かざるを得ないが、本当にヒプノシスマイクでこんな芸当をやってのけてるってなら相当な実力者だ」

     忌々しげに溜息を吐いた瀬戸は、深く腰掛けたまま出された麦茶を一気に呷った。

    「あるいはマイクの方が『特殊』だったって可能性もある」
    「そう、例えば真正ヒプノシスマイク、とかね」

     今まで瀬戸の隣で大人しく腰かけていた銃兎が口を開く。

    「でも入間さん、もし本当に真正ヒプノシスマイクだとしたら使った奴はとっくに死んじまってるんじゃないっスか?」
    「えぇ。ですから、そこも含めて調査が必要ということなんですよ」

     なるほど。それで一郎と左馬刻に白羽の矢が立ったというわけだ。
     半ばクーデターのように言の葉党と対峙したあの時、真正ヒプノシスマイクの力に屈せず最後まで立っていられた人間は奇しくも元TDDの四人だけだった。

    「情けない話ですが、真正ヒプノシスマイクが相手となると私では力不足です。私で歯が立たないのなら警察組織に現状対応できる戦力がない。左馬刻と貴方に頼るしかありません」

     そう話す銃兎の口調は至って冷静で理性的だったが、眼鏡の奥の切れ長の目は己の力不足を咎めているようにも見えた。
     涼しげな容姿からは想像もできな熱さを秘めた男だということは、ディビジョン・バトルで初めて戦ったあの時から一郎もよく知っている。

    「それはいいんスけど、この案件俺より寂雷さんや乱数の方が適任なんじゃ?」

     一郎と左馬刻はタイプが似ていて、ともに力で圧倒するラップを得意としている。正々堂々正面からぶつかり合うのであれば自分達の出番なのであろうが、今回の案件はどうもそれとは真逆のようだ。頭を使って策略をめぐらせるのであれば残りの二人――飴村乱数と神宮寺寂雷の方が圧倒的に優れている。
     何より、乱数は幻惑能力を持っているし、その出生には中王区との深い繋がりがある。今回悪事を働いているのが中王区の隠された遺産であるのか、それとも特殊な能力を持った使い手によるものなのかは分からないが、いずれにしても乱数に任せるべき事案であるのは明白だ。

    「神宮寺寂雷は海外の紛争地帯で医療活動中、飴村乱数は『体調不良』で無理はさせられないと判断した」
    「乱数のやつ、体調悪ぃのか? この前会った時は普通に……」

     不穏な言葉に思わず立ち上がると、「あぁ、俺の言い方が悪かったな」とゆっくりと立ち上がった瀬戸が一郎の肩に優しく手を置いた。
     促されるまま再びソファーに腰かけると、瀬戸が再び口を開く。

    「安心しろ。これは彼の『持病』みたいなもんだよ。定期的に付き合っていかなきゃならないそうだが、命に関わるもんでもない。『そう』させないためにも、彼には今回休んでもらうことにした」
    「そう……っスか」

     道具として生み出された乱数が何を抱えているのかを一郎達元TDDのメンバーやシブヤ・ディビジョンの二人はよく知っている。瀬戸の言葉にひとまずは胸をなでおろしたが、やはりどうしようもない不安は胸に残ったままだ。

    「彼らが適任だってのは俺達も分かってるんだが、死人が出ちまった以上急いで対応する必要がある。だから一郎、引き受けてくれないか」

     いつになく真剣な瀬戸の表情にまっすぐに見据えられ、ギュッと心臓が掴まれるような思いがした。
     これまでに助力を乞われることは何度もあったが、それは飽くまで警察の手助け程度のものだった。一郎達は彼らの作戦の中に組み込まれる一部に過ぎず、主導するのは警察や政府の仕事だった。
     けれど今回はそうではない。一郎と左馬刻に全てが委ねられている。つまりはお手上げということなのだろう。
     つう、と背中に嫌な汗が伝ったのが分かる。依頼された仕事の重大さに怯んでいるというのだろうか。

    「で? どうすんだ一郎」

     静まり返った空気を割くように、そう投げかけたのはこれまで一言も言葉を発さなかった左馬刻だった。

    「……」

     一人がけのソファーに腰かけていた左馬刻は、持て余した脚をゆっくりと組みなおす。それからすっかり短くなった煙草を灰皿に押し付けると、鋭い赤の瞳が一郎をじっと見つめた。
     挑発するようなその目が「怖いのか」と問いかけているようで妙に癇に障る。
     逃げてたまるかと、そう思った。
     馬鹿にするなとばかりに睨み返すと、すぐに視線を瀬戸へと戻す。

    「瀬戸さん、あんたの依頼は引き受ける。そういう約束だ」
    「一郎!」

     パッと効果音でもしそうな勢いで表情を明るくした瀬戸は腰を上げると一郎の髪をくしゃくしゃと撫でまわした。

    「恩に着る! 今度美味いもんでも食わせてやるからな!」
    「いや、報酬くれよ」
    「それとは別にだよ。当たり前だろ」
    「じゃ、前連れてってくれたラーメンがいい」
    「そんなんでいいのか? 肉食わしてやるぞ。肉!」

     まるでペットを愛でるように抱きしめてくる瀬戸を力尽くで引き剥がすと、不意に目を見開いて驚いている銃兎の姿が目に入った。
     しかし、一郎の視線に気付くや否やコホン、と軽く咳払いをして表情を戻した。

    「では詳細は私から伝えるようにします。良いですか? 瀬戸さん」
    「あぁ。すまないな、入間くん」
    「いえ。まさか警視に雑用を押し付けるわけにはいきませんので」
    「はは、やめてくれ。『ここ』ではそういうのはなしだろ?」

     銃兎の言葉に苦笑した瀬戸は再び一郎の方を見ると少しだけバツが悪そうにはにかんで見せた。
     瀬戸の年齢は確か一郎の六つ上、今年で二十九だと聞いている。そして銃兎はそれよりも更に年上だったはずだ。
     にも関わらず、年上のはずの銃兎が年下の瀬戸に敬語を使い、瀬戸は銃兎を「入間くん」と呼んでいる。
     一郎には警察内部の事情などよく分からないが、決して年功序列に緩い組織ではないはずだ。むしろそういうものには一般的な組織よりも厳しいイメージすらあるというのに、この二人の関係はまるでちぐはぐだ。
     しかし、瀬戸はこちらが頭の中をハテナマークでいっぱいにしていることなど気付きもせずに、至って真面目な顔で一郎の肩に手をやった。

    「一郎、詳しいことは入間くんが説明してくれるし、基本彼に何でも聞いてくれ。ただ、俺にいつ連絡しても構わないし、何かあれば必ず相談しろ。あと、危険だと思ったら必ず引くこと。自分の力を過信して突っ走りすぎない。いいな?」

     大人が子どもに諭すような口調は鬱陶しくもあり、そういう扱いに慣れていないせいかどこかむず痒くもある。
     煩わしいとばかりに手を振り払って「ガキじゃねーんだから」と文句を言うと、今度はなぜだか満足そうな瀬戸に頭を撫でられた。
     この男はどうにも一郎を子ども扱いしたがる節がある。
     別件の仕事があると言って瀬戸が立ち去ると、萬屋の事務所には一郎に銃兎、それにえらく口数の少ない左馬刻の三人が残された。

    「……」

     左馬刻との誤解はなくなったとはいえ、いがみ罵り合った事実は消えるわけもない。憧れと憎悪がドロドロに溶け合った重苦しいものがもはや何と呼ぶべき感情なのか一郎本人ですら分かってはいないのだ。
     だからこそ、旧政権崩壊以降も敢えて避けてきた。そんな相手とこうして対面している状況など、気まずいに決まっている。
     銃兎との間に個人的な因縁はないが、対立していた左馬刻こチームメイトとなれば彼との接点がないのも当然のことだった。

    「なぁ、入間サン」
    「何です?」
    「あの人実は年齢詐称でもしてんのか?」

     この気まずい空気を何とか変えようと話題を探した一郎は、今さっき浮かんだ疑問を咄嗟に口にしていた。

    「あの人、というのは……」
    「決まってんだろ。瀬戸さんだよ」

     その言葉にぴたりと銃兎の動きが止まったかと思うと、数秒の後に盛大に吹き出して笑い出すものだから一郎は思わず目を丸くした。
     シニカルな笑みばかり浮かべる印象の銃兎があけすけに大笑いする姿は一郎にとってはずいぶん新鮮だった。

    「失礼、なぜそんな事を?」
    「いや、入間サンがあの人に敬語使ってたから……俺、変な事聞きました?」
    「いえ、貴方の立場からすれば当然の疑問ですね。彼は私より若いですよ。確か二十九……左馬刻と同じだったはずです」

     その言葉に左馬刻がこちらを伺った気配がしたが、僅かな衣擦れの音がしたきり反応はない。

    「じゃあ入間サンの方が年上ってことですよね? 何であの人あんな偉そうなんっすか?」
    「実際に偉いからですよ。確かに彼は私より若いですが、あの人は全国の警察組織を統括する本庁の人間です。警官としての立場も警視といって巡査部長の私よりも数段上になります」
    「そんなに偉い人だったのか……? あの人が?」
    「まぁ、エリート中のエリートといったところですね。キャリア組の中でも公安なんて余程優れた人材でなければ配属されませんから、将来確実にもっと偉くなりますよ。例にないスピード出世で我々の中では既にちょっとした有名人です」

     瀬戸が無能だと思ったことはないが、のらりくらりと躱す姿ばかり見ているおかげで、銃兎の話はまるで別人のことのように思えた。

    「しかし、瀬戸警視は人を寄せ付けないだなんて噂されてましたけど、貴方は随分彼に気に入られているんですね」
    「俺が協力者だから気でも使ってるんじゃねぇっすか」
    「そうでしょうか?」

     銃兎の意味ありげな視線の意味が分からず首をかしげていると、「無駄話ばっかしてんじゃねぇよ」と地の底を這うような左馬刻の声に会話を遮られてしまった。

    「銃兎、さっさとそのエセ占い師とやらの情報を寄越せ」
    「はいはい。分かりましたよ」

     長い脚を組み替えた左馬刻は酷く苛立った様子だった。
     瀬戸がいる間は大人しくしていたように見えたが、やはり一郎と顔を合わせることに抵抗があるのかもしれない。

    (分かりやすい奴)

     ツキリ、と胸が痛んだことには気づかないふりをして再び席に戻る。一方、左馬刻は銃兎の出した資料に目をやるばかりで、一郎には一瞥もくれることがなかった。
     結局、三日後に対象に接触することになったが、終始不機嫌な左馬刻との間には気まずい空気が流れたままだ。この案件には二人で当たらなければならないというのに、果たしてこんなことで上手く行くのだろうか。



     そして三日後――。
     一郎の不安は見事に的中し、昼間から左馬刻と道端で怒鳴り合いを始めてしまった。
     落ち合って早々、この男は「俺様が接触して探りを入れる。テメェは大人しく待ってろ」と言い放ったのだ。
     待ち合わせ場所に着いたら最初に何と声をかけよう、と悶々と悩んでいた一郎の気持ちなどお構いなしの横柄な態度についカチンと来てつい同じ調子で言い返してしまった。
     左馬刻以外の相手ならばもっと冷静に対処できたはずなのに、どうしてこうなってしまったのだろうか。

    「おい、左馬刻。ここで言い合いしても埒が明かねぇ。場所移すぞ」
    「あぁ? 移すってどこに行くつもりだ」

     流石にこれ以上人目を集めれば騒ぎになってしまうかもしれないと、一郎はポケットに収まっていた「とある物」を取り出して、左馬刻の目の前に突き出した。

    「……鍵?」
    「こっからすぐのマンション。使っていいって瀬戸さんが」

     この鍵は昨日、ふらりと事務所にやってきた瀬戸に何かと使えるだろうと渡されたものだった。
     そこは例の対象が客を捕まえているという路地裏の目と鼻の先にあるマンションで、今は空き家になっているからと捜査に使えるよう大家に協力を取り付けてきたらしい。
     瀬戸絡みの案件は面倒ごとばかりだが、バックに公権力があるというのはやはり何かにつけて都合がいい。

    「はッ、そりゃ随分と手厚いこったな」

     一体何が気に食わないのか、更に機嫌を悪くした様子の左馬刻がギロリ、とこちらを睨みつけたが、これ以上はこんな場所で相手をしていられない。
     好戦的な視線に気付かぬふりを決め込んだ一郎は、スマホから地図を呼び起こし、教えられた住所を入力した。

    「さっさと行くぞ」
    「チッ」

     数分もせず辿り着いたのはごくごく普通の賃貸マンションだった。
     宛がわれた三階の部屋には当然家具ひとつなく、殺風景なフローリングの部屋がやたらと広く感じた。

    「で、さっきの話だけど」

     この部屋にたどり着くまでの間、左馬刻とは一言も口をきいていなかったが、いつまでもだんまりを決め込むわけにもいかない。
     ソファーも何もないリビングの地べたに座り込むと、一郎は努めて冷静に左馬刻の目を見据えた。

    「左馬刻、やっぱり俺が行く」
    「……あぁ?」

     対象と接触するというのはつまり囮になるということだ。
     どんな手を使って精神干渉をしているのかを突き止め、その上で相手を捕えるというのが瀬戸からの依頼だ。
     そのためには、どちらかが囮の客となって近づく必要があるのだが、その役目をこなすのならばどう考えても適任なのは自分だ。
     萬屋という職業柄、身辺調査を依頼されることも珍しくはなく、おかげで山田一郎であると気取られない程度の変装ならお手の物だ。小細工の嫌いな左馬刻が変装などという面倒な真似をするとも思えないし、それならば一郎が行くべきだろう。
     それに何より、ただ「不安」だった。

     ――占い師と称して相手の家族や恋人の記憶だけを消しているらしい。

     三日前に聞かされた瀬戸の言葉が頭にこびりついて離れない。
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    うめこ

    TIRED【小説】サマへの好きを拗らせているイチと、イチが他の男を好きになったと勘違いしてるサマが2人で違法マイクを回収する話④
    ※H歴崩壊後
    ※名前があるモブ♂が出張ります、モブいちっぽい瞬間がありますがサマイチの話です。
    カーテンの隙間から薄い紫の空が見える。 まだ日は昇りきっていないが、どうやら朝になったようだ。
     のろのろと体を起こしスマホを手に取ると、時刻は五時を過ぎたばかりだった。
     隣で寝息をたてている一郎は起きる気配がない。
     昨晩は終ぞ正気に戻ることはなかったが、あれからもう一度欲を吐き出させると電池が切れたように眠ってしまった。
     健気に縋りついて「抱いてくれ」とせがまれたが、それだけはしなかった。長年執着し続けた相手のぐずぐずに乱れる姿を見せられて欲情しないはずがなかったが、その欲求を何とか堪えることができたのは偏に「かつては自分こそが一郎の唯一無二であった」というプライドのおかげだった。
     もう成人したというのに、元来中性的で幼げな顔立ちをしているせいか、眠っている姿は出会ったばかりの頃とそう変わらない気がした。
     綺麗な黒髪を梳いてぽんぽん、と慈しむように頭を撫でると、左馬刻はゆっくりとベッドから抜け出した。
     肩までしっかりと布団をかけてやり、前髪を掻き上げて形のいい額に静かに口付ける。

    「今度、俺様を他の野郎と間違えやがったら殺してやる」

     左馬刻が口にしたのは酷く物騒な脅 4404

    うめこ

    MOURNING【小説】サマへの好きを拗らせているイチと、イチが他の男を好きになったと勘違いしてるサマが2人で違法マイクを回収する話②
    ※H歴崩壊後
    ※名前があるモブ♂が出張ります、モブいちっぽい瞬間がありますがサマイチの話です。
    へまをするつもりはないが、失敗すれば相手の術中にはまる可能性だってある。家族を――二郎や三郎のことを忘れてしまうなんて絶対に嫌だ。けれど、自分がそうなってしまう以上に左馬刻が最愛の妹、合歓を忘れてしまうことが恐ろしいと思った。
     左馬刻は過去、中王区の策略によって合歓と離れ離れになってしまった。あの時は一郎もまたその策略に絡め取られて左馬刻と仲違いする結果になったが、一郎が弟達を失うことはなかった。
     それが誤解の上の擦れ違いだったとしても、あの時左馬刻にされた仕打ちはやはり許せない。けれど、あの時左馬刻が世界でただ一人の家族と離れ離れになってしまったのだと思うと、なぜだかこの身を引き裂かれるように辛くなった。
     一郎がこんなことを考えていると知れば、きっと左馬刻は憤慨するだろう。一郎のこの気持ちは同情などではないが、それ以外の何なのだと問われても答えは見つからない。
     左馬刻は他人から哀れみをかけられることを嫌うだろう。それも相手が一郎だと知れば屈辱すら感じるかもしれない。「偽善者だ」とまた罵られるかもしれない。
     それでも左馬刻が再び家族と引き裂かれる可能性を持つことがただ嫌だと思 10000

    うめこ

    MOURNING【小説】サマへの好きを拗らせているイチと、イチが他の男を好きになったと勘違いしてるサマが2人で違法マイクを回収する話①
    ※H歴崩壊後
    ※名前があるモブ♂が出張ります、モブいちっぽい瞬間がありますがサマイチの話です。
    「だから、俺が行くっつってんだろ!」
    「!? テメェになんざ任せられるか、俺様が行く」

     平日の真昼間。それなりに人通りのある道端で人目もはばからずに言い争いを続ける二人の男。
     片方はとびきりのルビーとエメラルドをはめ込んだような見事なオッドアイを、もう一方は透き通るような白い肌と美しい銀髪の持ち主だった。
     ともに長身ですらりとした体躯は整った顔立ちも相まって一見モデルや俳優のようにすら見える。
     そんな二人が並んで立っているだけでも人目を惹くというのに、あろうことか大声で諍いをしていれば道行く人が目をやるのも仕方のないことだった。
     況してやそれがかつての伝説のチームTDDのメンバーであり、イケブクロとヨコハマのチームリーダであるというのだから、遠巻きに様子を窺う人だかりを責める者など居はしない。
     もちろん、すっかり頭に血が上った渦中の片割れ――山田一郎にもそんな余裕はなかった。

    「分っかんねぇ奴だな! あんたのツラ明らかに一般人じゃねーんだって」
    「ンだと? テメーのクソ生意気なツラも似たようなもんだろうがよ!」

     いがみ合う理由などとうの昔になくなったというのに、 9931

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    PROGRESS簓空全体 弱り簓さんと盧笙センセ蕭条


    人間は一生、人間の愛憎の中で苦しまなければならないのです。

    (ー『竹青』より  太宰治)



    酷く揺さぶり、欲の象徴たる怒張で力一杯貫き壊しても、失われた執着を取り戻そうとしてもどこか宙へ視線を揺蕩わせ「別れたい」と繰り返す恋人を抱く夢をみて飛び起きたのはマフラーを外しているのだろう轟音を立てるバイクの音が遠くで鳴る外が夜の深みを極め人間の気配が薄らいでいる丑三時であった。
    汗でTシャツが張り付き気持ち悪く、ドクドクと忙しなく鼓動が警鐘を鳴らすかのよう不快なリズムで体の内側から身体を叩かれる。
    息は浅く、吸っているのに肺まで満たらないような気がして回数は増えるばかり。

    …あぁ、またか。

    簓には昔から自分にもどうにもできない悪癖があった。他人に執着を覚える度、感情が大きくなる度、愛を捧ぐほど、同じだけソレを手放したくなり諦めたくなるのである。
    根底にあるのはついぞ、手中に出来なかった家族の団欒や無条件の愛の存在、成長途上で親から送られ教えられるその安堵感を与えられなかった事の傷がケロイドになりもう治せないのである。
    この悪癖を自覚したのは相方との離別の際。嫌だ嫌だと喚き 1807