夜に咲く夜の花は、静かに咲く。
誰にも気づかれぬように、声も立てず、音もなく。
湿った空気を吸い込み、眠るように、目覚めるように、ゆっくりと開いていく。
熱にほだされ、香りをまとい、やわらかく脈を打つ。
指先がそっと触れたとき、
それはもう、咲く準備を終えていた。
ふれる者は、たいてい惑わされる。
目を離せず、香りに酔い、内へ内へと誘われて──気づいた時には、逃げられない。
花は、ただそこにある。
咲きたかったわけでも、誰かを誘ったつもりもない。
けれど咲いたその瞬間、世界の重力は変わる。
湿り気を帯びた空気が、肌をくすぐり、
柔らかな弛緩が、咲いた奥へとひと筋、道を拓く。
光を受けるでもなく、
風に揺れ、香りを滲ませながら、
花はゆっくりとひらいていく。
ゆるやかな脈動、ほぐれる層。
奥にたまる蜜の熱。
それにふれた何かが、音もなく震える。
ふるえるたび、より深く、香りを吸い込み、
その奥へ、さらに奥へと潜っていく。
花は逃げない。
逃げる必要がない。
香りが残るかぎり、ふれた者は戻れない。
その夜──
花は、咲いた。
ゆっくりと、静かに、熱を抱いて。
咲いたまま、
そっと誰かを狂わせながら。