世界が終わる日に 世界が終わろうとしている。
否、もうとっくに終わっているはずだった。
二回目の大崩落。HLに再び現れた歪は高く長く深く細く。弾ければ、きっと世界を飲み込むほどに。
それがいま均衡をぎりぎりのところで保っているのは、僕に背を向けて立つあの人の仕業だ。
瓦礫、破片、生きていたものの残骸、その他諸々。足を取ろうとするそれを踏み越え地を蹴り走る僕の背中に向けて、仲間たちが名を呼ぶ声が聞こえる。
止まる訳にはいかない。
「ばかな、こと、してっ」
ソニックも置いてきた。みんなみんな、置いてきた。
妹の名を心のなかで呼ぶ。ごめん。たぶん、もう会えない。
第二次崩落が世界を巻き込めば、被害は一度目のそれの比ではなく。きっと、ミシェーラの住む故郷も、この街も、なにもかも無事では済まない。
それは人類ばかりでなくこの街に住む異界種にとっても同じこと。
あの人なら、その嵐もきっとそよ風とかわりなくやり過ごすことができるだろう。
全部終わったその後に、おもちゃが減ってつまらんくらいのことは言うんだろうか。
そんなあの人の姿も想像がつく。
でも、いまフェムトさんはその身と力を削ぎながら、おそらく命もすり減らしながら大崩落を押し留めている。
なぜ堕落王がそんなことを、とその姿を見た皆が疑問に思った。
僕だけが理由を知っている。
僕を、僕がいる場所を壊さないように、僕のためにしてくれているとわかっている。
堕落王とはいえ、一人の力で大崩落を止めるなんて無茶だ。ただで済むと思えない。現に他の十三王は安全な場所に下がり見物しているだけじゃないか。
今も、瓦礫も何も当たってもいないのにフェムトさんの腕から血飛沫が上がる。このままでは保たない。
「フェムトさん!」
空間編成、浮かび上がる瓦礫の中を必死に飛び移りながら奔る。
名を呼ばれ、フェムトさんは僕を振り返った。その口元には一瞬呆れたような、ついでおかしくてたまらないというような笑みが浮かぶ。
「僕と逝くかね?」
「あなたと生きますよ!」
最後の一蹴り。僕は砕け散りそうな瓦礫を踏み台にして、彼の元へと跳ぶ。
血に染まる黒衣の胸元、僕を抱きとめたフェムトさんは一度強く僕の背を抱くと、その力を反転させた。
押し留められていた大崩落の力場は方向を変えて動き出す。
人界ではなく、異界へと。
急激に変わる空の色、空気の濃さ、砕け再編される世界。
「留めるよりはやはり受け流す方が楽だな」
僕を抱え異界側に落ちながら、フェムトさんはそんなことを言う。
人界側の被害はどのくらいになるだろうか。異界側にだいぶ飲み込まれるけれど、それでもきっと世界が崩壊するよりはマシだ。
ライブラのみんなは崩落から逃れられただろうか。
永遠の虚を思わせる永い永い降下。いや、もう降下しているのか上がっているのかそれとも浮遊しているのかもわからない。
僕にわかるのは、しがみついているフェムトさんの存在だけだった。