kiss me それは一つの呪いだった。一つから分かたれて街に広がった呪いは、無差別に人に取り付いた。
額に現れた呪印は、呪いの親切さの現れだった。誰が呪われたのかをわかりやすく示し、すぐにその場を離れそして呪われたものの末路を見届けろという、その親切さの。
全力で解呪方法を調べられてはいたが、まだ答えは出ていない。
額に現れた呪印にはもう一つ親切にも、カウントダウン表示まである。一つ一つ消えていく文様が最期の一つが消えた時、呪いを受けたものは四散する。
「墓の下で君を待つよ」
額に呪印を宿したスティーブンはそう笑うと、傍で青褪めていた恋人の腕を離し立ち上がった。
呪印の文様はもう残り一つ。スティーブンが地上から消え去るまでは数えるほどしか時間は残っていない。
せめてもっと離れて、見えない場所で逝きたかった。それでも、最期のその時までレオナルドの顔を見ていたかった。
青褪め、必死に腕にすがろうとするレオナルドの指を引き剥がす。
せめて間に氷の盾をつくり、レオナルドが汚れないように。
最後に一度握りしめたレオナルドの指のぬくもりを忘れまい、そう決意して、せめて最後に見せる顔は笑顔でいたかった。
「っ、んなことさせるわけないでしょうが!」
氷を発動させるその瞬間、そう叫びながらレオナルドがスティーブンの首にしがみつく。
だめだ、と引き離すより早く。
スティーブンの襟首を掴み引き寄せたレオナルドが、噛み付くようなキスをした。
離さなければ、突き飛ばしてでも、とそうわかってはいるのに、それでもレオナルドのぬくもりを、柔らかさから離れることができなかった。
遺して逝きたくはない。だが、巻き込みたくは――
「っ、レオナルド!」
最後に一目、と薄く開いた目に写ったものにスティーブンは驚愕の声を上げた。
「いやです、はなさないですからね!」
「違う、そうじゃなくて君に呪印が、」
「え?」
驚きに目を見開くレオナルドの、その蒼く光る双眸の上、丸い額にさきほどまでスティーブンの額にあったものと同じ呪印が刻まれていた。ただし、文様はすべて揃って。
「スティーブンさん、消えてます! スティーブンさんの呪印!」
「は?」
ほら! と目を輝かせたレオナルドが無断で視界を転送して、スティーブン自身の姿をスティーブンに見せる。突然の視界転送に目眩がしそうになったが、確かに先程までスティーブンの額にあった呪印は消えていた。
「なんで……いや、君にうつってたら意味ないだろう!」
声を上げるスティーブンの戻った視界に、レオナルドの額の文様が一つ消えるのが見える。
「感染った……それだ!」
「どれだ!」
「スティーブンさん! ちょっと口貸してください」
「は」
力いっぱい引き寄せられてまたキスをされた。今度は勢いが良すぎて歯がぶつかった。痛い。数秒、しっかりと舌まで入れてキスをして、口を放したレオナルドがぷはぁ! と息を継ぐ。
はたしてその額からはさっきまであった呪印が消えていた。
まさか、とスティーブンは自分の額に手を伸ばす。触れてもわからない、だが、おそらく。
「感染ってます、またカウントダウン初期設定で!」
レオナルドの声に喜色が滲んだ。
それから、術師たちの手によって完全な解除方法が見つかるまでに丸一日。
キスを繰り返しうつし合うという実に愛に溢れた回避方法で、奇跡的に犠牲者は一人も出なかった。
スティーブンとレオナルドの唇はいささか腫れてしまったけれど。