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    しんした

    @amz2bk
    主に七灰。
    文字のみです。
    原稿進捗とかただの小ネタ、書き上げられるかわからなさそうなものをあげたりします。

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    しんした

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    8月東京の七灰原稿進捗①です。
    灰原くんを亡くしたあとの七海が、灰原くんが残した言葉を読み返すなかで灰原くんへの想いと向き合うお話。ほぼ七海の独白・回想ですがハピエンです。
    でも七海がひとりなので書いていて辛いので進捗upしました。

    推敲はしていないのでおかしな部分はスルーしていただけると助かります。

    8月七灰原稿進捗①一.Re:Re:Re:Re:無題



    二年の夏。
    残暑の厳しい、いつもと変わらない何でもない八月のある日。
    灰原が、死んだ。





    開けっ放しだった窓から吹き込む風の肌寒さに、七海は手元の文庫本から顔を上げた。
    今日は午後から自習だった。自習といっても課題は出るのだが、期限までに提出すればどこで何をしていてもいいと言われたので、さっさとプリントを片付けて寮の自室へ戻っていた。
    文庫本に栞を挟んだ七海は椅子から立ち上がって、ふわりとカーテンがなびく窓際へと足を向けた。
    どうやら、しばらく積んだままでいた本の世界にすっかり浸っていたらしく、カーテンの向こうの空は随分と陽が傾いていた。昼間の日向にいるとまだ少し汗ばむ時もあるが、季節は着々と歩みを進めていたらしい。太陽という熱源を失いつつある秋の夕暮れ時の空気が、ワイシャツの薄い生地を通り抜けて身体を冷やしていく。
    カラカラと窓を閉めて、ついでに鍵もかけておく。机のライトだけしかつけていなかった部屋は薄暗く、ここまで気がつかなった自分の集中力を誉めればいいのか呆れればいいのかよくわからなくなる。
    天井の照明の紐を引っ張り、部屋の中が白色蛍光灯の明かりに照らされた時、ふと壁に掛かった制服へ目がいった。
    呪術高専の制服は夏服も冬服も同じデザインで生地だけが違っている。そのせいか明確な衣替えの時期など決められておらず、個々が自由に夏服と冬服を切り替えていいのだ。
    十月も半月が過ぎ、こうして日暮れに肌寒さを感じるようになっているのだから、そろそろ制服を冬服に変えた方がいいのかもしれない。そう思い、ハンガーから制服を取った七海は、とあることに気がついた。
    呪術高専の特性上、大きく破れたり洗濯やクリーニングでも取れない程の汚れがついた場合は、回数の制限なく新しい制服が支給される。
    二年の秋にしては、随分と真新しい触り心地をしている夏服の生地。それもそうだ。これはまだ、二ヶ月も着ていないのだから。
    残暑の厳しい、八月の終わり。いつもと変わらない、何でもない二級呪霊の討伐任務。
    ところが、蓋を開けてみると、現れたのは自分たちなんて足元にも及ばない、神として崇め奉られていた一級呪霊。それと対峙した瞬間、初めて明確に己の死を悟った。隣にいた灰原も同じだったに違いない。
    しかし、灰原の方がほんの一瞬、決断が早かった。
    泥と汗と、擦過傷から滲む血。それだけなら、いつものように高専御用達のクリーニング店へ預けるだけで済んでいただろう。
    だが、無我夢中で走って帳の外へ出た時。七海の真っ黒な制服は裾から滴るほどの血液でドロドロになっていた。それは全て、腕の中でこと切れた灰原のものだった。
    あの夏の任務から一ヶ月半程。特級である夏油の離反という高専内どころか呪術師界でも大きな出来事はあったが、案外日常というものはそれほど変わることなく過ぎて去っていった。
    朝起きて、授業を受け、任務へ赴き、夜遅くに眠りにつく。正直、忙しかった。万年人手不足のこの業界。特級が一人抜けたこともあり、まだ二級の七海へ宛がわれる任務の頻度はもちろんだが、任務内容自体の難易度も上がっていたように思う。
    それでも、不思議なことに新しく支給された制服は、ほとんど汚れることもほつれることもなく、綺麗なままだった。
    どうも、知らないうちに自分の実力は上がっていたらしい。この調子なら年明けくらいには準一級に昇級できるだろう。そう担任に言われたのは、つい数日前のことだ。
    呪術師の成長曲線は緩やかなものであるとは限らないと聞いてはいたが、こんなタイミングで伸びるなんて一体誰が想像するだろう。
    だが、もしもあの時。今と同じ実力が自分にあったのなら。
    過去なんて振り返っても意味がない。後悔から得られるものなど何もない。それでも。
    もし、自分がもっと強かったら。仲間が──灰原が、自分の命を投げ出す決断をしなかったかもしれない。
    そんなことが頭に浮かび、いつの間にか汚れもへたりもない夏服が手のひらの中でぐしゃりと歪んでいた。



    冬服に替えてからしばらく。
    久しぶりに開いた英和辞書の隙間から落ちた紙片を拾った七海は、珍しく目を丸くした。
    手でちぎったであろう、ノートの切れ端。そこに綴られていた、大雑把で力強い筆跡。灰原の字だった。
    ふと、記憶が過去へと戻る。あれは夏休みも終盤に差し掛かった頃。確かあの任務の一週間程前のこと。帰省していた実家から戻った灰原が、英和辞書を貸してほしいと部屋を訪ねてきた。
    「ちゃんと宿題やるつもりだったから持って帰ったんだけど、机の上に出しっぱなしにしてたらそのまま置いてきちゃって……今度の荷物と一緒に送ってもらうからちょっとだけ貸してくれない?終わったらすぐ返すから!」
    夏休みの宿題はとっくの昔に終わっていたから、返すのは別にいつでもいいと辞書を渡すと、顔の前でパンッと両手を合わせていた灰原は「ありがと七海!」とホッとしたように笑った。
    結局、辞書は灰原本人の手からではなく、荷物を引き取りに来た灰原の両親が息子の物ではないと気づいてわざわざ七海のところへ返しに来た。
    「ごめんなさいね。あの子、大雑把だから。もし他にも貸していた物があったら遠慮せずに言ってね」
    そう言った灰原の母親は、灰原と同じ黒い瞳を微かに潤ませながら、灰原と同じ、他人を労る優しい笑みを浮かべていた。
    あれから、この辞書は一度も開いていなかった。別に避けていたつもりはなかった。ただ、辞書がなくてもなんとかなるように、無意識のところで行動していたのかもしれないと今になって自覚した。
    罫線に沿って千切ろうとして失敗したのだろう、少し歪なノートの切れ端。
    『この熟語なんか七海っぽいね!』
    紙片にはそう綴られていたが、挟まっていたページにはいくつも熟語が載っている。一応矢印も書いてあったから大まかに範囲を絞ることはできそうだが、本当のところはわからなかった。
    なんでもない、ほんの些細な、灰原からの言葉。
    小さなノートの切れ端を眺めていると、不思議と灰原からの言葉をもっと見たくなった。
    灰原とはいつも一緒にいた。こんなふうにわざわざメモを貰うなんてことほとんどなかった。
    パッと思いついたのは、千切ったノートの切れ端に綴られた手書きの文字とは程遠いもの。
    七海はハンガーに掛けた制服のポケットに入れっぱなしにしていた携帯電話を取り出した。
    メールボタンを押して、受信ボックスを選択する。一番上のメインフォルダの次。フォルダ1。そのフォルダを開くと、差出人が『灰原雄』のメールだけが表示された。
    灰原のメールだけフォルダを振り分けたことに大した意味はなかった。ただなんとなく、たった一人の同期なのだからと、ようやく任務に慣れてきた一年の一学期が終わった頃合いでフォルダを分けただけだった。
    件名には無題やRe:無題の文字ばかりが並んでいて、本文の内容はわからない。カチカチとフォルダの中を遡り、適当にメールを開いていった。
    多いのは、やはり任務に関係するもの。急ぎの時は電話をするが、そうでない時はメールで済ますこともよくあった。ただ、灰原は要約というものが苦手で、重要な情報とそうでない情報が入り混じっていて、最初の頃は読み取ることに苦労させられた。もちろん、灰原も場数を踏むうちに情報の取捨選択ができるようになり、こっちも灰原の文章の癖に慣れてきてやりとりがスムーズになっていった。
    写真付きのメールも結構あった。
    一緒に行こうと誘われた大盛りで有名な洋食屋の巨大カツカレー。確か十人前だっただろうか。それをスルスルと一定のスピードで食べ続ける灰原を見ながら、普通盛りのはずが軽く三人前はありそうなハヤシライスを黙々と完食した記憶が呼び起こされる。
    他には、どこかへ出かけた時の先輩たちと五人での自撮り。図体の大きい男ばかりで小さな画面に入りきるわけもなく、家入に至っては目の当たりまでしか写っていない。空にうっすら掛かる虹の写真は、雨の任務終わりに帳から出た時に灰原が慌てて撮ったものだったように思う。二年に上がってからは別々の任務が入るようになり、帰り道で見つけたご当地グルメの写真やよくわからないマスコットキャラとの顔出し写真を送ってくることもあった。
    写真に添えられた文章はたいして長くない。
    『満腹!今度は七海も挑戦しようね!』『あの状況で撮ったにしてはいい感じでしょ?』『ラッキー!!』『特産の野菜の妖精らしいよ!美味しかった!』
    だが、この短い文章の中にこれを送ってきてくれた時の灰原の感情がそのまま反映されているように感じた。
    基本的に灰原とずっと一緒にいたから、メールのやり取り自体はさほど多くはなかった。それでも、灰原からのメールを読み返していると、日々の些細な記憶が次々と思い起こされてくる。
    授業を受けて、実習を熟し、課題に追われ、合間に任務を詰め込まれて。先輩たちの気まぐれに付き合ったり、二人で気晴らしに出掛けたり、どちらかの部屋で別々のことを楽しんだり。
    灰原がいた、なんでもない日々。
    しばらくメールを遡っていると『Re:今日の任務』というタイトルの付いたメールが表示された。珍しく七海の方から送ったメールへの返信だった。
    この日のことは、はっきりと覚えている。灰原と二人の任務で、初めて目の前で人を亡くしたのだ。
    祓除自体は無事に成功。しかし、呪霊に取り込まれていた数人のうちの一人は侵食が深く、帳の外へ出る前に灰原の腕の中で息を引き取った。灰原の妹と同じ年代の女の子だった。
    他の要救助者は助けられた。この規模の呪霊でこれだけの被害で済んだのだから、むしろ誇っていい。高専へ帰還後、担任はそう言ったが、灰原の表情は随分と固かった。その横顔に無性に心がざわついた。
    メールは必要な時にしか送らない。そのせいで、件名を入れるか入れまいかかなり悩んだ末、『今日の任務』という件名に『大丈夫か?』というストレートすぎる文面を送ってしまったのだ。
    『大丈夫!確かにちょっときつかったけど、ここでへこんでても意味ないし切り替えてく。
    でも、今日助けられなかったあの子のことはこの先もずっと忘れられないかな。』
    このメールを読んだ時、いつもとは少し雰囲気の違う文面に七海は相当頭を悩ませた。考えた末に返したのは、ありきたりな言葉だったように思う。今さら自分の返事を見返すなんてことしたくなく、件名にRe:が一つ増えたメールを開いた。
    『わざわざごめんね。七海はどう?』
    これを送ってきた時、きっとまだ切り替えなんてできていなかったはずだ。それなのに、灰原は自分のことよりもすぐ他人の心配をしていた。
    『そっか。ならよかった。』
    『ううん、嬉しかったよ!七海もしんどいことあったら遠慮せず言ってね!絶対!』
    『えー、僕そんな顔してたの?自分じゃ全然わかんなかった!なんかはずかし〜!でも七海の話はいつでも聞くからね!』
    『うん!そうだね!明日からもがんばる!』
    Re:の数が増えていくにつれて、灰原の感情が変化してくのが文面から読み取れる。いつもの灰原に戻っていくことに、携帯を握りしめながら安堵した時のことが頭の中に蘇ってきた。
    『ほんとありがとう!七海がいてくれてよかった!』
    明るくて、前向きで、真っ直ぐで。打たれ強くて、へこたれなくて。けれど、心の奥には弱い部分もあって。それを無意識のところで押し込んでいる一面も持ち合わせていて。
    自分とは生き方も考え方も全く違っていた。出会ったばかりの頃は一緒にいることにわずらわしさすら感じた。それなのに。
    いつの間にか灰原のそばにいることが心地よくなっていた。自分でも驚くくらい灰原の存在に助けられていた。気がついた時には、心の中に灰原がいた。
    ──私は、灰原のことが好きだったのか。
    こうしてひとりになってから、灰原への気持ちを自覚するなんて。自分はどこまで馬鹿なのだろう。
    ふと、視界が滲んでいくのがわかった。
    ひとりでの日々にもう慣れたと思っていた。そもそも、灰原と出会うまではずっとひとりだったのだから、元に戻っただけだと思っていた。
    しかし、全く違ったのだ。
    自分にとって灰原の存在がどれほど大きかったのか。灰原にどれだけ支えられていたのか。灰原のことがこんなにも好きだったのか。
    そんな、灰原へ向かう気持ちに気づかないよう、無意識に自分の心の一部分へずっと蓋をしていただけだった。
    ぼやけた視界の中でカチカチと小さなボタンを操作する。
    あえて開かなかった。いや、開けなかった、一番上のメール。
    灰原からの、最後のメール。
    『灰原雄
    Re:Re:Re:Re:無題
    うん!おやすみ!明日がんばろうね!』
    あの任務の前夜。些細な確認事項で灰原が送ってきたメールの最後のやりとり。おそらくこの一つ前に自分が送ったであろう、そろそろ寝るから、という内容に対する返信だ。
    なんでもないやりとり。灰原と出会ってから、何度も交わしたただの挨拶。これに返信したとしても、何の意味もない。
    食堂に新しいメニューが入ったことや、休憩所のベンチの下にいつの間にか猫が住み着いていたことや、人手不足のあおりで準一級への昇級が早まったことなんかを、自分らしくなくつらつらと新規メールに綴って送信してみたとしても、もう何も返ってこない。
    灰原はもう、どこにもいないのだから。
    受け入れたと思っていたはずの現実。
    それなのに、何故か涙が次々と溢れて出てくる。灰原から最後に貰った、些細なメールの文章が全く見えなくなる。
    「……灰原」
    数ヶ月前までは、毎日数えきれないほど口にしていた名前。
    それは噛み殺しきれなかった嗚咽に混じって、誰にも届くことなく消えていった。



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    しんした

    PROGRESS8月東京の七灰原稿進捗③です。
    灰原くんを亡くしたあとの七海が、灰原くんが残した言葉を読み返すなかで灰原くんへの想いと向き合うお話。ほぼ七海の独白・回想ですがハピエンです。

    七海の独白ターン最終話の半分くらいを抜粋しました。
    次の章で再会するので早くいちゃいちゃさせたいです。

    ※推敲はしていないのでおかしな部分はスルーしていただけると助かります。
    8月七灰原稿進捗③四.拝啓



    二つ折りにした便箋を名前しか書いていない封筒へ入れる。
    きっちりと糊付けで封をしたら、同じ封筒だけが入った引き出しへと仕舞う。
    机の浅い引き出しの中には、出す宛てのない手紙が増えていくばかりだ。
    それでも。
    私は、筆を執ってしまうのだ。





    帳が上がると、七海の頭上に青空が広がった。
    砂埃を払うように呪具を軽く振る。そこそこの呪霊だったが、想定していたよりも早く祓えたようだ。古びた雑居ビルの階段を降りると補助監督は少し驚いた表情で出迎えてくれたが、七海は「お待たせしました」といつも通りに声をかけた。
    呪術師へ出戻って一年。
    あのパン屋を出て五条へ連絡を取ってからの日々はとにかく慌ただしかった。卒業ぶりに顔を合わせた五条に「いつかこうなると思ってたよ」と笑われながら、呪術師へ復帰する手続きを済ませた。勤め先へ退職届を出した時は上司から随分と引き留められたが、もう決めたことなのでと押し通した。(入ったばかりの新人には悪いとは思ったが、かなり細かく引き継ぎをしておいたので大目に見てもらいたい)
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    しんした

    PROGRESS8月東京の七灰原稿進捗①です。
    灰原くんを亡くしたあとの七海が、灰原くんが残した言葉を読み返すなかで灰原くんへの想いと向き合うお話。ほぼ七海の独白・回想ですがハピエンです。
    でも七海がひとりなので書いていて辛いので進捗upしました。

    推敲はしていないのでおかしな部分はスルーしていただけると助かります。
    8月七灰原稿進捗①一.Re:Re:Re:Re:無題



    二年の夏。
    残暑の厳しい、いつもと変わらない何でもない八月のある日。
    灰原が、死んだ。





    開けっ放しだった窓から吹き込む風の肌寒さに、七海は手元の文庫本から顔を上げた。
    今日は午後から自習だった。自習といっても課題は出るのだが、期限までに提出すればどこで何をしていてもいいと言われたので、さっさとプリントを片付けて寮の自室へ戻っていた。
    文庫本に栞を挟んだ七海は椅子から立ち上がって、ふわりとカーテンがなびく窓際へと足を向けた。
    どうやら、しばらく積んだままでいた本の世界にすっかり浸っていたらしく、カーテンの向こうの空は随分と陽が傾いていた。昼間の日向にいるとまだ少し汗ばむ時もあるが、季節は着々と歩みを進めていたらしい。太陽という熱源を失いつつある秋の夕暮れ時の空気が、ワイシャツの薄い生地を通り抜けて身体を冷やしていく。
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