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    しんした

    @amz2bk
    主に七灰。
    文字のみです。
    原稿進捗とかただの小ネタ、書き上げられるかわからなさそうなものをあげたりします。

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    しんした

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    タイトル通りの七灰③
    webオンリー合わせの新刊。
    猫の姿で頑張る七海とめちゃくちゃ恋してる灰原くん。硝子さんがすごく後輩思い(私の願望です)
    誤字脱字その他おかしいところはまた直します。

    ご都合〜で猫になった七海と事情を知らない灰原くんのラブコメ③

    いつもより早く起きた灰原は、少し眠たげな顔をしながらもテキパキと朝食を用意してくれた。
    「朝ご飯は車の中で食べるから、今日はケント一人で食べてね。夕方には帰るし、お昼ご飯は家入さんにお願いしてるからね。じゃあ、行ってきます!」
    そう言って頭を撫でてから、灰原は廊下へ続く扉を開ける。その瞬間、七海は廊下へと飛び出して行った。
    「え?ケント待って!」
    灰原は集合時間の五分前には着くように部屋を出る。そして、今日同行する夏油も時間に少し余裕を持って行動するタイプだ。階段を駆けのぼり、二階にある夏油の部屋へ向かう。すると、予想通り夏油は自室から出てくるところで、七海は勢いよく夏油の脚へ飛び付いた。
    「うわっ!?って七海か、どうしたんだ?」
    屈んだ夏油の手にはタイミングよく携帯電話が握られている。七海はそれに必死に手を伸ばした。
    「何だ……携帯?荷物か?荷物なら医務室に置いてあるけど」
    七海が何度も鳴くと、悟ってくれたのか夏油は小さく笑って頷いた。
    「わかった。連れて行ってあげるよ」
    そのまま抱き上げられたことは不服だったが、今は夏油を頼るしかないのだからと大人しくしておいた。まもなくして、慌てた様子の灰原が駆け寄ってきた。
    「すみません夏油さん!」
    「いいよ、大丈夫」
    「急に飛び出して行っちゃって。もう、びっくりするじゃんケント」
    少し眉を下げた灰原に顔を覗き込まれ罪悪感が込み上げる。しかし、夏油の発言に七海は今すぐ腕から降りたくなった。
    「灰原が出かけるのが寂しくて、ちょっと困らせたくなったのかもね」
    「え?そうなのケント?」
    そんなわけない!いや、寂しい気持ちがないわけではないし、結果的に灰原へ心配をかけたのは紛れもない事実だ。それに、はにかんだ笑みを浮かべる灰原を見ていると、これ以上暴れるわけにはいかないだろうと、七海は撫でてくる灰原の手を静かに受け入れた。
    結局、夏油の提案により医務室で過ごすことになり、灰原が朝食を取りに行っている間に夏油が荷物から携帯電話を取り出してくれた。
    「じゃあ、いい子にしてるんだよ。行ってきます!」
    七海が小さく鳴き返すと、灰原は嬉しそうに手を振っていた。


    昼休みになり、昼食を持った家入が医務室へやってきた。
    「何してるんだ」
    七海がメールボタンの上に手を置くと、家入は微かに口角を上げた。
    「猫の手でもメールが打てるなんて驚きだよ」
    自分でもそう思う。肉球では柔らかすぎてボタンを押すことができず、試行錯誤した結果、爪の先で慎重にボタンを押して文章を打った。細かい作業をしたからか、それなりに手のひらは怠い。だが、灰原が寂しい顔をしなくなるのなら、これくらいなんでもないのだ。
    ひとまず喉を潤そうと水を飲んでいた七海は、家入の思わぬ発言に盛大に咽せた。
    「お前ほんと灰原のこと好きだな」
    ゴホゴホ咳き込んでいると「落ち着け」と背中をさすられた。
    急に何を言い出すんだ。それにメールの相手が灰原だと、誰も知らないはずなのに。ちらりと視線を向けると、家入は小さく声を漏らして笑った。
    「七海が朝っぱらから夏油のところに行ってまでメールをしたい相手なんて、灰原しかいないだろ」
    確かにあれはかなり強引な行動だと思っている。それでも、元の姿に戻るまで灰原にメールを返さないなんて、そんなことはしたくなかった。灰原に寂しい顔をしてほしくなかったからだ。しかし、そこまで考えを分かられていることはやはり悔しくて、七海は恨めしげな視線を家入へ送った。
    「猫の姿で睨んでも何の凄みもないぞ」
    グリグリと額を指で押されて抵抗するも、猫の手では大した反撃にはならない。それに、いつもの姿でも家入には飄々と交わされる。本当に面倒な先輩だと、七海の眉間の皺はさらに深まっていく。
    やっと指を離した家入は、楽しげに笑ってタバコに火をつけた。
    「そんな顔するなよ。一応これでも、お前たちのことは可愛い後輩だと思ってるんだから」
    何を言っているんだ。
    そう思って俯くと、家入はふー、とタバコの煙を吐き出した。
    「五条は単純にお前らにちょっかいかけるのを楽しんでるだけだろうけど、夏油はいろいろ気にかけてるからな。お前からすれば、ちょっと不満かもしれないけど」
    最後は灰原が夏油に懐いていることを言っているのだろう。家入の言うとおり、灰原に片想い中の身からすれば夏油と灰原の仲の良さに嫉妬したことがないとは言い切れない。そして、自分の余裕のなさが嫌になることももちろんあるのだ。
    「でも、私も時々夏油と灰原が話してるとこに居合わせることがあるけど、灰原はお前の話もよくしてるよ。今日の授業で七海がどうしたとか、任務で七海がこうだったとか。何がそんなに楽しいんだか、ニコニコ笑って七海が七海が、って」
    そんなこと初耳だ。鼓動が馬鹿みたいに早足になっていく。きっと猫の姿でなかったから耳まで真っ赤になっていただろう。
    家入から聞いたことと、昨日の夜、灰原がケントに話していたことが頭の中でグルグル回る。
    じっと自分の足元を見つめていると、タバコの煙を吐き出した家入がぽつりと呟いた。
    「七海、お前なんで灰原の部屋の前で倒れてたんだ?」
    パッと顔を上げると、家入の少し眠たげな瞳が綺麗な弧を描いていく。家入はそれ以上何も言わず医務室を後にした。


    灰原は予定通り夕方に帰って来た。出発前より制服は埃っぽく所々擦り傷もあったが、灰原の表情はとても明るく、部屋に戻ってからも上機嫌だった。
    その理由が分かったのは、灰原と一緒に布団へ潜った時だった。
    「聞いて、ケント」
    尻尾で返事をすると、灰原はふにゃりと目尻を下げて言葉を続けた。
    「七海からメール返って来たんだ」
    猫の手で文字を打つことはかなりの大仕事で、別に大した内容は返せていない。それなのに、こんな嬉しそうな顔をされるとは思ってもみなかった。
    「やっぱり研修忙しいんだって。毎日かなり疲れるみたい。なんで急に、ってぼやいてた。でもね、七海は何だかんだ言ってちゃんとやるんだよ。七海真面目だし、すごく頑張り屋だから」
    実際は研修なんて嘘で、今まさに目の前にいるのだという罪悪感が込み上げる。だが、灰原に褒められることは単純に嬉しくて、少し恥ずかしくなった。
    「帰ってきたらお疲れ様会しよっかな。七海の好きなお菓子とか買って一緒に食べるくらいのやつ。あんまりはしゃぐと七海不機嫌になるけど、それくらいなら許してくれそうだし」
    許すも何も、きみからの誘いを断ることなんてない。それに、不機嫌になっているんじゃなくて、嬉しくて緩みそうになるのを堪えているんだ、いつだって、きみから声をかけてもらえることを、期待して待っているのだから。
    「七海、早く帰ってこないかなぁ」
    半分寝言のような灰原の言葉に、胸がぎゅうっと苦しくなる。眠る直前まで自分のことを考えてくれているなんて、嬉しくてたまらない。
    こんなの、きみのことをもっと好きになってしまう。



    次の日。午前中は灰原と一緒に座学を受けたが、午後は実技だから部屋で大人しくしていてと灰原に言われ、七海は素直に小さく鳴き返した。
    最初の見立て通りなら、元の姿に戻るまであと四日。やっと折り返しになり安堵したのも束の間、静かな部屋で一人過ごしていると何故か時間の進みがやたらと遅く感じてしまう。灰原が整えてくれた座布団の上で時間が過ぎるのを待っていた七海は、今朝の出来事をぼんやり思い返していた。
    授業前、灰原は何やら悩みながらメールを打っていた。画面は見ていないから、相手は誰か分からない。だが、また自分へ送ってくれたのならと思うと、今度は早めに返事をしたいと思った。
    廊下へ続く扉の前に座った七海は、意を決してドアノブへ飛び付いた。扉はなんとか小さく開き、隙間から周りに誰もいないことを確認して、そっと廊下を進む。医務室は引き戸で少し苦労したが、無事に入ることができてホッと息を吐いた。
    荷物の一番上に置いていた携帯電話を見ると、サブディスプレイにメールのアイコンが表示されていた。メールを開いてみると、昨日の夜に聞いた内容が労いの言葉とともに綴られている。それと、一週間猫を預かっていること、猫は好きかということ、猫と会わせたいことも書いてあった。
    お疲れ様会の誘いはもちろんOKで、自分も灰原の好きなお菓子を買うと打った。それから、猫は好きな方だと続けた。しかし、タイミングが合えば猫と会いたいと打とうとした時、手の動きは止まってしまった。
    また嘘をついてしまうのか。会えるわけないのに。
    灰原に余計な心配や不安を感じてほしくないという気持ちから、昨日も今も必死に返事を打っているのだ。噓も方便と言うし、この状況は致し方ないとそう思う。
    最初は、猫の姿になっていたことを灰原へ言うつもりはなかった。この状況に陥ったのは自分の落ち度であり、猫の姿で灰原にお世話されたことを知られることは恥ずかしかったからだ。
    しかし、偶然とはいえ灰原の心のうちを知ってしまった。
    数日顔を合わせていないだけで寂しそうな顔をすること。日々感じていた以上に自分を見てくれていたこと。自分が帰るのを待ち遠しく思ってくれていること。
    灰原を特別に好きだと自覚してから、自分は灰原のなかでどんなポジションにいるのかを幾度なく考えた。
    たった一人の同級生、気の置けない友人、背中を預けられる仲間。
    だが、猫の姿で灰原と過ごした数日のうちに、今まで考えていたものとは違う名称が浮かぶようになった。
    もしかして灰原も。同じ気持ちを、抱いているのではないか。
    自惚れていると自覚はしている。盛大な勘違いかもしれない。
    けれど、それでも。
    ──なんで灰原の部屋の前で倒れてたんだ。
    家入の言葉が頭の中に蘇った。もう無理かもしれないと力尽きようと思ったくせに、再び身体を動かした、たった一つの理由。
    灰原へ想いを伝えたかった。灰原が好きなんだと、ちゃんと言葉にしたかった。そんな子どもっぽくて何よりも強い気持ちが、諦めかけた自分を奮い立たせたのだ。
    元の姿に戻ったら、灰原に告白しよう。
    猫になっていたことも、心の中を勝手に知ってしまったことも、自分にとってきみが特別だということも、ちゃんと言葉にして伝えよう。


    その日の夜、灰原は少し気落ちした様子で「七海、もしかしたら一週間で帰れないかもだって」と話してきた。
    結局、灰原を期待させる嘘をつきたくなくてそうメールを返した。だが、どちらにしろ灰原に残念そうな顔をさせてしまったことに胸が痛くなる。
    「そうだ!七海、猫好きな方って言ってたからケントの写真送ろ!」
    しかし、パッと表情を明るくした灰原は、膝の上に座っていた七海へ携帯のカメラを向けた。何度か角度を変えてシャッターを押した灰原は、満足げに画面を見つめている。すると、灰原は七海を抱きかかえて顔を近付けてきた。
    「せっかくだし一緒に撮ろっか」
    微笑む灰原の顔が間近にあり、ドキドキと鼓動が煩くなる。猫を抱えながら自撮りをするのは難しいのか、シャッターを押して画面を確認するたびに灰原との距離は縮まっていく。撮り終わった時は、頬は完全にくっ付いていた。
    「別に僕の写真はいらないかもだけど、一緒に送っちゃった!七海なんて返してくると思う?」
    携帯を閉じた灰原は、そう言ってはにかんだ笑みを浮かべた。どんな写真になったのかは見ていないが、満面の笑みの灰原と猫になった自分のツーショットなんてコメントに困ることこの上ないだろう。しかし、どこかそわそわとしてる灰原を見ていると、今すぐ自分の携帯を見に行きたくなった。
    「お疲れ様会はね、オッケーって言ってくれたよ!」
    ベッドに入ってからも、灰原は楽しげに話をしていた。
    「僕の好きなお菓子買ってくるって。別にいいのになぁ。でも七海が何買ってきてくれるのかはすっごく楽しみ!」
    灰原の喜ぶ顔が見られるのなら、お菓子を買うくらいなんてことはない。まだ先のことだというのにニコニコしている灰原を見ていると、もっと喜ばせたいと気合いが入る。
    「僕も七海の好きなお菓子調達しに行かなきゃ!また新作のお菓子買おうかな〜」
    灰原は時々変わったチョイスをする。お菓子でもジュースでもパンでもコンビニで目新しいものを見つけると嬉々として手に取るタイプで、七海はいつもそれに付き合わされていた。
    「あ、でも七海って結構味にうるさいから、一応僕なりに七海がいけそうなの選んでるんだよ」
    それは初耳だ。確かに、先週灰原が買ってきていた芋栗南瓜全部入りの大判生クリームどら焼きは、見た目ほど甘くなくてなかなか美味しかった。灰原もそれを覚えていたようで、また同じどら焼きを買うかどうか真剣に真剣に悩み出している。それから「今まで二人で食べたものの中で七海の反応がよかったランキング!」とよく分からない順位を楽しそうに説明してくれた。
    「なんか僕、七海のことばっかり話してるね。ケントからしたら全然知らない人のことなのにごめんね」
    苦笑いを浮かべた灰原がすりすりと優しく頭を撫でてくる。
    まあ、本当の猫にこんな話をし続けていたら、きっと数分もしないうちにその猫は寝息を立てているだろう。しかし、いま灰原の目の前にいる猫は話題の張本人で、片想いの相手から自分の話ばかりが出てくることに、喜びと恥ずかしさでいっぱいになっているのだ。
    そんな気持ちを伝えようと、灰原の手のひらに自分から頭を押し付ける。すると「ありがとう」と笑った灰原は、口元まで布団を引き上げて小さなため息を吐いた。
    「どうしよ……やっぱ僕、七海のことすごく好きなんだぁ……」
    一緒の布団に潜っていても聞こえにくいほどの、微かなつぶやき。だが、猫の聴覚は消え入りそうな灰原の声をはっきりと捉えていた。
    同じ気持ちだった喜びと安堵が込み上げる。しかし、勝手に聞いてしまった罪悪感も心の中に滲んでいた。
    灰原は日々不安や期待や喜びを感じながら、自分のことを一生懸命想ってくれている。それなのに、自分はこうして灰原の気持ちを知り、結果的に優位な立場に立っている。イレギュラーな状況とはいえ、自分はなんて狡いのだろう。
    「ケント」
    ポツリと名前を呼ばれて七海は顔を上げた。
    「これ、誰にも言ったらだめだよ?」
    そう小さく笑った灰原の目元がほんのりと染まっていく。猫が誰かに言えるわけないのに、口にしてしまった恥ずかしさを誤魔化すような言葉に七海の心臓は苦しくなった。
    自分も同じ気持ちだと言いたい。
    ずっと好きだったんだと、今すぐきみに伝えたい。


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