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    しんした

    @amz2bk
    主に七灰。
    文字のみです。
    原稿進捗とかただの小ネタ、書き上げられるかわからなさそうなものをあげたりします。

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    しんした

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    1月インテの新刊予定の進捗
    リーマン七×お花屋さん灰くんのパロ(灰原くん視点)
    支部に上げてる七海視点でさらっと流したところを自分の書きたいように書いてます。ロマンスしてる二人しかいません。
    ざっと書いてるだけなのでおかしなところあるかもしれません。

    花のある生活 side灰原①



    これまでの人生の中で、花というものはいつもすぐそばにあった。
    母方の実家が古くから生花を取り扱う仕事をしており、家の中にも外にも季節に合わせて花が置かれ、大叔父が営む生花店にも幼い頃から出入りしていた。土曜の早朝に祖父の運転する軽トラックの助手席に乗って生花市場に行くことも、その足でまだ閑散とした商店街へ向かい大叔父の店の前に花の段ボールを積んでいくことも、雄くんのおすすめはあるかと開店直後にやってくる常連客と雑談をしながらショーケースの中にある自分が運んだ花を選ぶことも、当たり前の日常だった。
    花はその人の日常にちょっとした彩りをもたらしてくれる。
    それに関われる花屋という仕事を自然と好きになっていた。


    年度末は多職種と同様に花屋も繁忙期である。というよりも、十二月から五月にかけては大なり小なり何かしらイベントごとがあって、それなりにずっと忙しい。特に出会いと別れの時期である三月末から四月は大口から花束の注文が続き、両腕で抱えきれないほどの数の花束を作ることは日常茶飯事だった。
    そんな、いつも通り忙しない土曜の朝。近くの私立高校の吹奏楽部から注文があった、お別れ会用の花束をまとめて配達の車へ運ぼうとした時のこと。灰原は抱えた花束の向こうに、ほんのりと焼きたてパンの匂いがすることに気がついた。
    朝ご飯はとっくの昔に済ませていて、なんならもうお昼を食べてもいいくらいに灰原は空腹だった。芳ばしい香りに、ふらりと身体が引き寄せられる。だが、足元の小綺麗なスニーカーが動いた気配に、灰原も我に返って身体をストップさせた。
    「わ!すみません!」
    咄嗟に謝罪を口にして、前が見えないほどの花から慌てて顔を覗かせる。すると、そこにはパン屋の大きな紙袋を抱えた、背の高い男性が佇んでいた。
    スラリとした背丈に、淡い金色の髪。彫りも深くて、丸いレンズの眼鏡の奥に見える瞳は薄い茶色に緑が混ざったような不思議が色をしている。服装はざっくりとした風合いの白シャツに、下は細身の黒いパンツ。シンプルだが、普段商店街で出会う人々とは少し雰囲気が違う。
    この辺りの住人ではないのかもしれない。その予想はおそらく当たりで、手にしているパン屋の袋は商店街から少し離れた閑静な住宅地にある洒落たパン屋のものだった。
    「全然前見えてなくて!大丈夫ですか?」
    「あ、ええ、大丈夫です」
    「よかったぁ!」
    ぽかんと小さく口を開けていた男性はハッと我に返った様子だったが、何故かその場で立ち尽くしたままでいる。そして、何故かしばらくの間、灰原は綺麗な薄茶色の瞳にじっと見つめられた。
    そろそろ抱えた花束をなんとかしたい。けれど、何か言いたげな目の前の人物を放っておくこともできなかった。
    「えっと、」
    「っ、何かおすすめはありますか?」
    おすすめ?……おすすめ!お客さんだ!
    「あ、はいっ!ちょっと待ってくださいね!これだけ運んできちゃうんで!」
    正直、この商店街の周りは昔から建つ一軒家が多く、古びた花屋に新規の客が来ることは然程多くはない。それに、こんなお洒落な雰囲気の人が立ち寄ってくれるなんてそうないことだ。
    「お待たせしました!えっと、どなたかへのプレゼントですか?」
    「あ、いえ……その、自宅用に何かないかと……」
    花を買い慣れていないのだろう。たどたどしく口を開いた男性は、ちらりと切り花のショーケースへ目をやった。
    「なるほど!今だったら──」
    一通り季節の切り花を提示していくと、男性は何度も相槌を打っていた。
    どんなきっかけで花に興味を持ったのかは分からないが、せっかくなら彼が花を飾って少しでも笑顔になってくれたら花屋としては嬉しい。開店すぐだったこともあり、灰原は男性にじっくり花について説明をした。
    最終的に二種類まで絞ってから「店員さんの好き方でお願いします」と言われ、灰原は淡い黄色のガーベラを手に取った。
    「ありがとうございます。素敵な花を選んでいただいて」
    「いえ!こちらこそ!」
    花、好きになってくれたらいいな。
    ガーベラを持って嬉しそうに目尻を下げる男性を見て、灰原は同じように微笑んでいた。
    そして、一週間後。土曜日の午前十時過ぎ。彼は再び店を訪れた。
    清潔感のある爽やかな服装も抱えているパン屋の大きな袋も先週と同じだったが、表情はどこかすぐれなかった。
    「いらっしゃいませ!」
    「おはようございます」
    「また来てくださったんですね!」
    店の奥から出ていくと、沈んでいた彼の表情がほんの少し明るくなる。しかし、続いて何気なく口にした言葉で、彼は悲しげに眉を下げた。
    「ガーベラ、どうでしたか?」
    「その……それが、何日かしたら萎れてしまって」
    スラリとした長身がしょんぼりと小さくなっていく。わざわざ報告に来たのかと灰原は内心驚いたが、彼の生真面目さを微笑ましくも感じた。
    「そうなんですね。えーっと、花が萎れやすい原因としてはたとえば……」
    花が弱ってしまう原因をいくつか尋ねていくと、彼は丁寧に答えてくれた。先週思ったとおり切り花を飾ることは初めてだったらしいが、話を聞く彼はとても真剣な顔をして頷いている。そこまで気張らなくていいとは思うが、花に興味を持ってくれていることはやはり嬉しい。
    「急に出張が入ったんで念のため少し多めにしておいた水が逆効果だったんですね」
    「たぶんそうですねぇ。花によっては多めでも大丈夫な子もいるんですけど、ガーベラは少なめの方が根腐れしにくいので。もちろん水も毎日変えるのが理想ですけど、難しい時は栄養剤も使ってくださいね!」
    「なるほど。知らないことばかりでした。ありがとうございます」
    「いえ!分からないことがあればなんでも聞いてください!」
    そう言うと、彼は嬉しそうに頬を緩めた。今回はあまり長持ちしなかったようだが、これからも彼の日常に花があるようになれば花屋としては本望だ。
    「あの、今日も前と同じ花を頂いて帰ります」
    「ガーベラですね!色はどうしますか?」
    「白でお願いします」
    「はいっ、ありがとうございます!」
    満足そうに花を受け取った彼につられて、灰原もにっこりと笑みを浮かべた。
    そして、また一週間後の土曜日。
    いつも通りパン屋の大きな袋を持って現れた彼は、生き生きと咲いている白いガーベラの画像を見せてくれた。
    「すごく元気そうですね!」
    「ええ。店員さんのおかげです」
    「僕はただお話しただけですから!」
    「でも、あんなにいろいろと教えてもらって……その、よかったらパン、貰ってください」
    「えっ!そんな悪いですよ!」
    だが、彼がパンの袋を開いたところで、灰原のお腹は返事をするようにぐうぅと大きく鳴いた。実は彼のスマホを覗き込んでいた時も焼きたてパンの芳ばしい匂いにお腹が小さく鳴ってしまったが、それは気づかれていないと思っていた。しかし、流石に今の大きな音は聞こえていたようで、一瞬目を丸くした彼は小さく息を漏らして笑った。
    「えっと!これは、そのっ!」
    「ちょうどお腹がすく時間帯ですよね。遠慮せずお好きなもの選んでください」
    「……じゃあ、お言葉に甘えます」
    確かに初めて彼が店を訪れた時もパンの匂いにふらりとつられたことは事実だが、一応店員としてキチンと振舞っていたつもりでいた。けれど、こうして報告に来てくれたことが嬉しくて、気づかぬうちに浮かれていたのかもしれない。パンを選びながら、灰原は自分の頬が熱を持っていくことを感じた。
    「あ、コロッケパンだ」
    意外なパンを見つけて、灰原は小さく声を漏らした。
    「お好きですか?コロッケパン」
    「はい!ここのコロッケパン、コロッケもすっごく美味しいんですよね!」
    ここのパン屋は商店街から離れてはいるが、店先の植木や鉢植えは灰原の店が卸したもので、定期的に手入れにも行っておりそれなりに交流はあった。看板商品はバゲットなどのハード系のパン。だが、定番のアンパンやクリームパンの他に、コロッケパンのような総菜系なども開店当初から評判は上々だった。
    「とても分かります。じゃがいもとひき肉だけのシンプルなコロッケと少し酸味のあるソースが少し甘めのロールパンと絶妙に調和して──」
    今までにない勢いで口を開く彼に灰原はポカンと小さく口を開けたが、彼は今までにないほど瞳を輝かせてコロッケパンについて力説していた。
    「出来立てももちろん絶品なんですがここのコロッケパンはコロッケが冷めても美味しいので、少し時間が経ってからでも味が落ちないというかむしろ冷めてからしか味わえない美味しさがあると、…………思うんです」
    しかし言い終える直前に彼は我に返ったようで、じわじわと顔を赤くしていく。ほんの少し顔を逸らせた彼は消え入りそうな声で「すみません」と言った。
    すごく真面目な人だと思ったが、こんな面白い一面もあるなんて。花屋の店員としてそれなりに長い期間店先に立っていた。けれど、こんなふうにお客へ興味を持ったことはなかったように思う。
    「いえ!僕もそう思います!」
    この人は、どんな人なんだろう。
    そんなことを思いながら、灰原は真っ赤に染まった耳を見つめた。



    店員と客の間柄で名前を知るタイミングというものはそれほど多くない。花屋の場合は花束やフラワーアレンジメントなどの予約を受けた時くらい。自宅用に切り花を数本買って帰るだけの客の名前を自然に知る術など、無いに等しかった。
    金曜日の夕方。夕飯時が近付き、八百屋や惣菜屋は一日で一番忙しい時間だが、花屋にそれは当てはまらない。店の中から商店街の通りをぼんやり眺めていた灰原は珍しく小さなため息をこぼしていた。
    原因はハッキリしている。明日の土曜日、十時を少し過ぎた頃合いに店へやって来る、大きなパン屋の袋を抱えたあの人のこと。
    嬉しそうに花の画像を見せてくれたと思えばパンについて熱く語り出し、最終的に照れて真っ赤になった。そのおかげか少し打ち解けることができ、彼はまだ赤い顔のままポロポロと話をしてくれた。
    あそこのパン屋はよく行っているが、惣菜パンの中でカスクートとコロッケパンがずっと一位を争っているということ。ここの花屋はパン屋の帰りにたまたま見つけたということ。自分で花を買ったのはその時が初めてだったということ。
    「今まで花を飾る習慣はなかったんです。でも、家に帰って灯りをつけた時、カウンターにある花瓶を見ると少し気持ちが安らぐと言いますか、花が元気だと、その、嬉しくなると言いますか……」
    「そう言ってもらえるの、花屋にとって一番嬉しいです!」
    あれから、彼が店に来る日が待ち遠しくなった。別に何十年と通ってくれている古い常連客のように、店先のベンチに座って長々と話をするわけではない。ショーケースの前で今日の切り花はどうするか一緒に考えて、その花に合う生け方を説明したりする。まだ箱から出していない状態の花を彼に見せたことや、パン屋の新作を彼からもらったこともあったが、せいぜい彼が店にいるのは十五分程度だ。
    もっと仲良くなりたいと思うがまだ名前も聞けていない。そもそも、予約などの要件なく、店員から客に名前を聞くなどしない方が望ましいに決まっているのだ。
    でも、聞いてみたい。
    パンが好きで花にも興味を持ち始めていて、すました顔をしていると思えば結構感情が顔に出て、好きなことを喋りだすと止まらなく、恥ずかしくなると耳まで真っ赤になってしまうあの人のことを。名前以外も、聞いてみたい。
    「あ〜〜どうしよ〜〜」
    一人で唸っていると店の奥にいる大叔母から声をかけられ、灰原は慌ててなんでもないと誤魔化した。気分を変えようと店先に並べている花の苗をしゃがんで整理していると、ピカピカに磨かれた革靴が視界へ入ってきた。
    「いらっしゃい、ませ……?」
    顔を上げた先に立っていたのは、革靴に引けを取らない上等そうなスーツに身を包んだ男性だった。淡い金髪は七三に分けているが、髪色のせいなのかセットの仕方なのかどこにも野暮ったさはなかった。
    「こんにちは」
    「コンニチハ……」
    男性はキリッと引き締まっていた口元をほんの少し緩めた。この笑顔を知っている気がする。
    もしかして、まさか──。
    「あーっ!」
    灰原が慌てて立ち上がると、彼は一瞬目を丸くしてからホッと息を吐いた。
    「スーツだからびっくりしました!」
    「よかった。気付かれなかったらどうしようかと」
    彼の彫りの深い目元がこれまで何度か見てきた優しい弧を描く。けれど、いつもとは違う格好に灰原は内心ソワソワと落ち着かなかった。
    「外回りから直帰になって、ちょうど帰り道だったので寄ってしまいました」
    「わざわざありがとうございます!嬉しいです!」
    別におかしいことは言っていない。店員としてリピーターが出来るのは嬉しいことだ。この言葉の奥に個人的な感情を忍ばせていても、きっと気付かれないだろう。
    切り花を選ぶ彼の姿を灰原は隣からチラチラと見つめた。今日はコンタクトなのだろうか。眼鏡のない横顔は新鮮でなんだか落ち着かないが、また一つ彼のことを知れ気がして少し浮かれてしまう。
    名前、聞いてもいいかな。でも脈絡なく聞くのはちょっと変だよね。でもでも今日みたいなイレギュラーな時の方がいつもと違うこと喋っても大丈夫な感じもするし。でも、もし変なやつと思われてお店に来てもらえくなるは、絶対やだし。
    頭の中に次々と考えが浮かぶ。あまり考えることは得意な方ではないのに、どうしてこんなに必死になっているんだろう。
    いつしか真剣に考えに浸っていた灰原は、隣からかけられた言葉に思わず声を大きくした。
    「……──あの、灰原さん?」
    「はいっ!?」
    「すみません、こちらの白い花を頂いてもいいですか?」
    「あ、え、ああっ!トルコキキョウですね!わかりました!」
    まさか急に名前を呼ばれるなんて。そもそも知られていたなんて。
    なんとか平静を装いながら手早く花を包む。しかし、これはチャンスかもしれないと、会計を終えてから灰原は思い切って彼に声をかけた。
    「あのっ」
    「はい」
    「さっき、なんで名前……」
    「ああ……その、お店の名前が灰原生花店ですし、前に他のお客さんがそう呼んでいるのをちらっと耳にしたので。もしかして違っていましたか?」
    「いえ!あってます!店主は大叔父夫婦なんですけど、僕もずっとここで働いていて!あ、下の名前は雄って言います!漢字は英雄のユウです!」
    そこまで言いきってから別に下の名前の漢字まで言わなくてもよかったのではと、灰原は自分の勢いに気恥ずかしくなった。だが、彼はじんわり目尻を下げてゆっくりと唇を動かした。
    「灰原、雄さん」
    「あ、はい……」
    フルネームを改まって呼ばれることはあまりない。それに、優しい声色に聞こえて、なんだが少し恥ずかしくなる。
    「私は七海建人といいます。漢字は七つの海に、建てるに人と書きます」
    そう言って、彼は鞄の中から名刺を取り出した。
    白い小さな紙に、会社名や電話番号と共に印字されている漢字四文字。けれど、それがとても特別なものに思えて、灰原の頬はじんわりと緩んでいた。
    「七海、建人さん」
    彼と同じようにゆっくり名前を口にすると、七海は少しむずがゆそうに微笑んで返事をしてくれた。



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