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    しんした

    @amz2bk
    主に七灰。
    文字のみです。
    原稿進捗とかただの小ネタ、書き上げられるかわからなさそうなものをあげたりします。

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    しんした

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    8月発行予定の七灰。
    七灰のいろんな寝しなと寝起きの場面を切り取った連作の予定。
    だいたい布団の中の話(notすけべ)です。
    一本目はまだ無自覚な七海視点。
    ちゃんと読み返してないので誤字脱字その他おかしい部分はスルーしてください。

    8月七灰原稿①『二〇〇六年五月』



    一つのベッドにふたつの体温。
    自分以外のぬくもりで温められた布団の中は、優しくて、心地よくて、安心で満ちあふれている。
    その中で聞く眠気をまとった彼の声は、不思議と耳に残っていた。



    午前の授業終わりに担任から出張任務を言い渡された七海が灰原と向かったのは、北の大地、北海道。つい一週間前は一つ上の先輩たちの補助として沖縄へ行ったというのに。寒暖差で身体がおかしくなりそうだ。
    そんなことを思いながら、七海は一〇〇万ドルの夜景とも称される街を見下ろした。
    今回の依頼は、展望台近くに出没するという呪霊の討伐任務。
    呪霊自体は一年ふたりでなんとかなる程度の等級で、大した怪我もなく祓うことができた。しかし、観光客が少なくなってから祓い始めたせいで、終わった頃にはロープウェイもバスも動いていなかった。ハイキングコースが整備されており徒歩で下山は可能だか、長距離移動と任務で疲れた身体にはなかなかきつい。宿泊先のビジネスホテルへ辿り着いた時には、一刻も早くベッドに倒れ込みたい気分だった。
    だが、そんな時にこそトラブルは起こるものらしい。高専が手配していたはずのシングル二部屋。そのうち一部屋がダブルブッキングになっていたのだ。
    「よかった!思ってたより広いね!」
    照明スイッチにカードキーを差し込んだ灰原は、部屋の中央に鎮座するベッドを指差してそう言った。
    「一人分の料金になってラッキーだったね!」
    「そうしてもらわないとおかしいだろう。こっちはちゃんと予約していたんだから」
    ビジネスホテルのシングルベッドは実質セミダブルくらいはある。寮のベッドのことを思えば幾分かマシだろう。とはいえ、他人と一緒に眠ることは何も変わらない。
    「泊まれませんって言われなかったからよかったじゃん!」
    前向きすぎる言葉に大きなため息が漏れる。ひとまず、派手に立ち回って泥だらけになった灰原を浴室へ押し込み、備え付けの椅子に背中を預けた。
    七海はたった一人の同級生である灰原雄のことが苦手だった。
    明るく前向き。素直で人当たりもよく、何事にも一生懸命。いわゆる根明というやつで、呪術師にはかなり珍しいタイプだと夏油が笑っていた。
    同じ非術師の家系出身とはいえ、共通点ばかりあるとは思っていなかった。ただ、灰原は正反対というくらい違っていて、どう接すればいいかわからない存在だった。
    まさか同室、しかも同じベッドで寝なければならないなんて。気まずくて仕方ない。とりあえず、さっさと眠ってしまえば余計な会話をしなくて済むだろう。
    何度目かのため息を吐いた頃合いで灰原が浴室から出てきた。
    「先に寝ててくれ。電気も消してくれていいから」
    「そう?ん~……わかった!」
    灰原は何か言いたげだったが、いつものように明るく返事をした。


    風呂から上がると、室内は真っ暗ではなくダウンライトが灯っていた。寝るには少し明るい光量で、案の定布団から覗くのは黒い頭のてっぺんだけだった。顔は見えないが、こんもりと膨らんだ布団は規則的に小さく上下しているように見える。きっと、灰原はもう寝たのだろう。ホッと安堵した七海は、静かに反対側からベッドへ潜った。
    本州は初夏のような日もあるというのに、北海道はまだ春の陽気で、展望台のある山頂は夜になると制服だけかなり寒く感じた。口元まで布団を被ったものの、糊の利いたシーツはひんやりとしており、シャワーで温まった身体を無意識のうちに縮こませてしまった。
    高専へ入学して一ヶ月と少し。呪いを祓うことには慣れてきた。だが、消去法で選んだ呪術師という道。自分がこの道をずっと歩んでいけるかどうかについては、正直まだよくわからなかった。
    疲れ切っているはずなのに眠気はなかなか訪れない。出張任務の夜はいつもこうだ。収まりの悪いベッドの中で、答えの出ない疑問を延々と頭の中で巡らせてしまう。
    気を紛らわせようと、身体を起こして全く合わないボリュームがあり過ぎる枕の形を整える。すると、布団の中で灰原が微かに身じろいだ。
    「ん、……ななみ?」
    「すまない。起こしてしまったな」
    「いいよ、別に」
    適当に枕カバーを直すふりをしていると、顔だけ振り向いていた灰原はもぞもぞと身体ごとこちらを向いた。
    「寝れないの?」
    「そういうわけでは」
    このまま背を向けて寝るのもなんだか気まずくて、灰原と向き合って横になった。半分眠っているのか黒い瞳はとろんとしている。灰原のそんな姿は新鮮で、心なしかさっきよりも距離が近付いているようにも感じて少し落ち着かなかった。
    「なんか、こういうハプニングもおもしろいよね」
    「は……?」
    いったい何を言い出すんだ。理解できずにいると、灰原はふにゃりと目尻を下げた。
    「だって七海と一緒のベッドで寝るとか普通だったらないでしょ?でも、今はそうなってる」
    それから、灰原はポツポツと他愛のないことを話し始めた。
    寮母さんが持たせてくれたお弁当のこと。山頂からの夜景が綺麗だったこと。明日は海鮮を食べてから帰りたいこと。せっかくだから家族にお土産を送りたいこと。
    余計な会話はしたくない。
    そう思っていたはずが、普段とは違う眠気をまとった灰原の声に、何故か耳を傾けてしまう。いつもの快活さはどこへ消えたのか、内緒話をするような話し方は少し聞き取りにくい。だが、それをわずらわしいとは感じなかった。
    「海鮮なら朝市に行くのがいいかもしれない」
    気づくとそうポツリと口にしていた。眠たげだった灰原の瞳がいつものようにまん丸になっていく。相槌を打っているだけなら、灰原はさほど時間の経たないうちに夢の中へ旅立っていただろう。どうして自分が話を繋げたのか、その時はよくわからなかった。
    「七海函館来たことあるの?」
    「ああ。昔、旅行で」
    「家族と?」
    「母方の祖父たち……デンマークに住んでるんだが、二人が日本へ来た時、一緒に」
    今まで出会った人間に、こうして自分から祖父たちのことまで話したことはなかった。どうせ誰とも深く関わることがないのなら、自分のプライベートな部分をさらす必要もない。
    それなのに、今は自然と口からこぼれていた。この時間が終わってほしくなくて。灰原と、話を続けたくて。
    「そうなんだ!」
    ぱぁっ、と灰原の顔に笑みが咲く。自分の話を横に置いた灰原は楽しそうに次々と質問をしてきた。
    お祖父さんって前話してくれたデンマークの人だよね?へぇ、七海が小さい時はよく日本に来てくれてたんだ。じゃあさ、七海はデンマーク行ったことある?えっ、すごーい。お祖父さんたちと一緒にいろんな国に行ったんだね。いいなぁ、僕もいろんな国行ってみたいなぁ。
    自分の話をすることは慣れておらず、灰原の質問に短く言葉を返すことしかできない。けれど、灰原はずっとニコニコと上機嫌で話を続けている。
    祖父たちのことから、海外旅行のこと。国内旅行のことから任務で行った場所の話になり、最終的に任務の道中で食べたご当地グルメの話になった。
    「こんなふうに喋るの新鮮だね。なんか楽しい」
    黒い瞳がじんわりと弧を描く。不自然に乱れる鼓動を誤魔化すように、慌てて視線を逸らした。
    「たいしたこと話してないだろう」
    「たいしたことだよ。僕、七海のことまだ全然知らなかったから。だから、こんなふうに喋れるの、すごく嬉しい」
    同じように灰原のことを知りたいと思っている自分がいる。けれど、同じように言葉にすることはまだ恥ずかしかった。
    「もう寝るぞ。明日、朝市行くんだろう」
    「うん、そうだね。海鮮食べて、お土産買って。七海のおすすめのお店も教えてね」
    「わかった」
    流石に向かい合ったまま眠ることはできないと、灰原へ背を向ける。灰原も同じように背後でもぞもぞ動く気配がしたが、一度縮まった距離はそのままだった。背中から灰原の体温が伝わってくるようで、なんだか落ち着かない。しかし、不快には思わなかった。
    ヒンヤリとしていたシーツも収まりの悪かった枕も、いつの間にか気にならなくなっていた。今はただ、自分とは違う温度がすぐそばにあることを心地よく感じていた。
    「おやすみ、ななみ」
    普段よりもぼやけた声が鼓膜を揺らす。眠りの扉はすぐそこまでやってきていた。

    ──おやすみ、はいばら。





    不思議と目覚めはよかった。
    誰かと一緒に寝るなんて、無理だと思っていたのに。
    ゆっくり寝返えると、灰原は立ち上がって伸びをしているところだった。「んー」と小さく声を漏らしながら、軽いストレッチが始まった。
    朝に弱い自分とは正反対だ。そんなことを思いながら、しなやかに身体を伸ばす灰原をぼんやり眺める。すると、気配を感じたのか灰原がくるりと振り返り、七海の心臓はドキンと跳ねた。
    「あ!おはよっ、七海!」
    朝日のようなまぶしい笑顔が向けられて、はつらつとした声に名前を呼ばれる。
    昨夜の、二人だけの布団の中とは違う。けれど、今のような表情も声も、別に嫌ではなくて。
    その時、七海は胸の奥が苦しいくらい締め付けられることに気がついた。
    「……おはよう」
    小さな声で挨拶を返して、何でもないように支度を始める。だが、脈はやたらと早足で、顔を洗ったあとも頬は少し熱を持っていた。
    いったいどうした。
    鏡の中の自分へ問いかけても寝起きの頭でぐるぐると思考を巡らせても、答えを導き出すことはできなかった。


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