桜の下 桜の下には死体が埋まっているという。
誰が言ったかは忘れたが、そういった話を聞いた記憶がある。おぞましい死体が在るからこそ、桜は美しく咲き乱れるのだ、と。
人は残酷な一面を持っていて――というより、人間は結局ロクな生き物ではないのだろう――そういった後ろ暗い話に惹かれる面がある。だからこそ馬鹿馬鹿しい言い伝えが流布されるのだ。オレはくだらん、と思う一方、そんな話に興味を抱いてしまう。公園の桜の下に、あるいは河川敷の桜並木の根元に。桜の在る場所に。もしかしたら死体が埋まっているのかもしれない、と。
オレはあいつの……黒須エクスのことを考える。頂上に立った途端行方をくらましたあいつは、今何処に居るのだろう。
(いっそのこと)
あいつと別れて以来、オレはあいつのことばかり考えている。
腹は空かせていないか。独りで大丈夫なのか。あいつは生活能力が皆無な奴で、とてもあいつ独りではやっていけない気がした。ただ庇護欲を掻き立てるのは上手く、放っておけない子供でもある。もしかしたらオレの心配などどこ吹く風で新たな保護者を得たかもしれない。あいつはベイ以外何も出来ない奴だったが、周りの人間には――自分で言うのも烏滸がましいが――恵まれていた。
あいつは、エクスはどうしているのだろう。元気にやっているのだろうか。
あいつは。
(いっそのこと――してしまえばよかった)
オレの願いを軽く笑って退け、最後に胸を抉る言葉を放ったあいつは。愕然とするオレに構わず笑いながら走り去ったあいつは。気を遣って、だと。オレは全力であいつと戦って、敗れて、なのに。
(いっそのこと殺してしまえばよかった)
桜の下にあいつの死体を埋めて肥やしにすれば、さぞや綺麗な花が咲くだろう。あいつが腐り、とろけ、土に還り、桜の根に吸い上げられれば。この上なく美しい花になっただろう。赤子のようにやわらかい頬の、薄紅がそのまま花弁に宿って。あいつは咲き誇った春の日に、ゆっくりとオレの許に舞い降りる。
「殺してしまえばよかった」
走り去るあいつを追いかけ首に手をかけ、思い切り力を込める。あいつを絞め殺すなど造作もなかった。やってしまえばよかった。いっそのこと。今からでも間に合うだろうか。今は三月半ば。あと半月もすれば桜の花が咲く。それまでに急いで探しだして、あいつを。
Xタワーの頂上から見下ろす景色は空虚なもので、どれだけ空が澄んでいようと灰色にしか見えず、高層ビルの群も廃墟か何かに見え。あいつが居なくなってオレの目に映る景色から色がなくなった。あいつが居たからオレは頂上の景色に焦がれて戦ってきたのに。今となっては無意味だった。
今からでも遅くはない。いっそ。桜の木の下に、あいつの死体を。
あと半月で桜の花が咲く。その日までに、オレは。