「顔も身体もまあ綺麗だし、ビデオやりゃ負け分は賄えんじゃねぇか?」
「カシラがお戻りになったらすぐに部屋用意するか。相手役も身繕っとけ」
うーん、負けた相手が悪かったな。ヤクザもんって分かっちゃいたが、タコ殴りの後拉致か。乱数や幻太郎がたまに言う、内臓を、みたいな事で合ってんのかね。猿轡された上に拘束されていちゃ文句も言えねぇし、何より質問できないっつの。
「カシラ!オツトメご苦労さまです!」
屈強なヤクザ達がきれーな最敬礼をした。部屋の中には何人もいたが、皆がしっかり頭を下げている。角度もきちんとしている。ヤクザの頭ってのは、流石恐れられているようだ。誰だか知らないが。
「おー、もうちょいボリューム下げろ。聞こえてっからよ……あ?」
部屋に来た人間は、見覚えがあった。乱数の元チームメイトの左馬刻だ。苗字は。苗字。苗字、なんだっけ。
よく、サマトキサマ、と呼ぶ乱数を見ていて名前だけスルッと出てくんだよなぁ。
「おい、有栖川。保護者どうした」
左馬刻が俺の傍らにしゃがみ声を掛けてきた。何か言おうとするヤクザたちに煩い、と文句を言って猿轡を外してくれる。息が苦しかったからマージ助かった。
「乱数の野郎か、夢野か、一緒じゃねェのか?」
「負けた金、借りられないか連絡する前にとっ捕まっちまってよ。へへ、連絡してもいいか?」
さっさと電話しろ、と左馬刻が俺のスマホを返してくれた。
「カシラ!こいつ六桁負けやがったんですよ」
「保護者が払える桁じゃねぇか……拉致ってどうする気だったんだよオメーら」
呆れを隠さない左馬刻がタバコを咥えると、すぐさまライターの火が用意される。ああいうのホストみてぇだ。絵になるモンだな、ヤクザってすげぇ。
程なく乱数に電話はつながり、ヨコハマのヤクザ事務所に居ると話したら待ってなさーい!と言われた。金も立て替えてくれるというし乱数さまさまだ。無事に帰れたら乱数の肩を揉もうと心に誓う。
「ダイスー?乱数ちゃんがお迎えにきましたよー♡」
「よぉ、左馬刻。ヤクザやってっかぁ」
「クーコー来てたから一緒に来ちゃった☆」
左馬刻へのお土産さんです!と乱数が波羅夷を左馬刻の方へ押しやっている。そのまま軽い足取りで近づいてきた。猿轡は外してもらえたが他の拘束は現在進行形の俺を見下ろし、スマホで写真を撮り始めている。逃げようもないし、乱数の写真好きは今に始まったことじゃない。良いんだが、自分の写真フォルダにこんな写真あったら怖くねぇのかな。
「ダイスを捕まえても仕方ないのにねー?」
気が済んだらしい乱数は縄を解き始めた。硬い縄と格闘する手は、女みたいってわけではないが俺から見たら細く小さい。
「乱数、無理すんなよ」
「えー?」
「しゃーねーな、拙僧がやっからちと貸せ」
波羅夷がいつの間にか視界にログインしてきた。縄を解くのがテキパキしてっから安心して大人しくする。ん、あれ、そういやこいつさっきまでどこにいたんだ?
「……?」
おら解けた!と背中をバンと叩かれて我に帰った。キョロキョロと辺りを見回し、不思議そうな乱数と目が合い、なんだか顔が赤い左馬刻に目を逸らされる。え、なんだ。左馬刻の方へ波羅夷が寄っていった。チームも違う二人なのに当たり前っぽく見えて疑問が浮かぶ。何よりまたヤクザの顔が赤くなった気がする。
「ダイス、どうかした?」
「んー、……いや」
別にヤクザの顔が赤くても俺が死ぬわけでもない。疑問を投げるのはやめだ、乱数とシブヤに帰って肩を揉んでやるのだ俺は。あと、多分乱数の事務所で待ち構えているだろう幻太郎からお小言を貰うっていう使命があんだよ。怪我して帰ると幻太郎怒るしなぁ、あいつ怒ると怖ぇんだよ。
「あ、そういや」
「うん?どーしたの?」
ビデオって、結局何だったんだ。これは聞いていいやつのはず。飴をころころと口の中で遊ばせる乱数は分厚い封筒を左馬刻に渡しているし、左馬刻はタバコを燻らせながらそれを受け取っている。特に、聞いて不興を買うこともない。きっとない。あと、わからないことはさっさと聞いてスッキリしたい。
「あー、ビデオがどーたら、って。あれなんだ?」
「えー」
「おい、オメーら」
乱数と左馬刻がものすごい嫌そうな顔をして手下のヤクザたちを見ている。呆れを隠さない目線だが、なんか白い目って感じだ。手下たちはあわあわしているし。や、あんたらが言ってて質問すらできなかったから今聞いてんだぞ俺は。わからねぇと気持ち悪ぃじゃんか。
「左馬刻、ビデオってなんだ?」
「空却、お前は知らないで良い」
「そうだね☆ダイスも知らなくていいです!」
左馬刻の傍からこちらへと戻ってきた乱数が腕にまとわりつき、ぺたりと身体をくっつけてくる。じっとこちらを見上げる目がビー玉みたいにキラキラしていて、質問を続ける気が削がれた。キラキラしてんのに一個も見落とししてたまるかって乱数の顔に書いてある。何か俺は心配かけるようなこと言っちまったかな。ヤクザに拉致されたこと以外は今日やらかしてねぇんだけどよ。
「乱数?俺なんか変なこと聞いたか?」
「うーん……ダイスもクーコーも箱入りだもんね、可愛いからそのままでいいと思います!」
「乱数ぁ、中華街にオメーが好きそうな店できたから寄って帰れや」
「ほんと?行くー!ダイス、ほら行くよ!ゲンタローにお土産買ってシブヤに帰ろ☆」
「中華街か!あとで拙僧らも行くぞ左馬刻!」
「わぁーった、連れてくから叫ぶな。乱数もだ煩ぇ!」
クーコーもサマトキサマもバイバーイ、と手を振る乱数に引っ張られて部屋を出る。中華街ってことは飯屋の可能性が高いし、美味いものが食えるなら文句なんてねェ。
「ダイス、ボクが来るまで他に誰も来てないよね?」
「ン?おう!乱数すぐ来たよな」
「頑張っちゃったんだよ、偉いでしょ?ダイスはゲンタローからお小言一時間コースだからね☆」
もちろん正座だよと乱数が笑う。そういえば、正座は波羅夷が得意じゃなかったか。坊主だもんな。足が痺れないコツがあるならぜひ知りたい。
「波羅ーーーー」
ギリギリまだ聞こえるかもと振り返って、硬直してしまった。
左馬刻の頭を、まるで大きな犬でも撫でるみたいに撫で回す波羅夷がいた。ただそれだけだったらなんとも思わなかった。声をかけていた。
けども、大人しくされるがままになって目を伏せているのだ。左馬刻が。ヤクザが。
ものすごく心地よさそうにすら見えて息を止めた。見たのがバレたら怒られるような、そんな気がしたからだ。
「……乱数、早くシブヤ帰ろうぜ」
「お家恋しくなっちゃった?」
さっさと帰りたい。断言できる、シブヤに戻って早く安心したい。波羅夷が左馬刻への土産だって言ってた乱数のセリフの意味が、理解できちまったじゃねーか………ヤクザにタコ殴りにされても縄で縛られても怖くなかったのに。さっきの光景を見なかったことにしてぇんだ、全力で。
「うーん?」
不思議そうな顔をした乱数が振り返り、俺の表情を見て、あぁと小さく笑う。
「ダイスにはまだ早かったねぇ☆」
乱数が背伸びして頭を撫でてくる。チームメイトからのガキ扱いは気恥ずかしいけども、やっぱ、有難ぇな。