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    かとうあんこ

    赤安だいすき

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    かとうあんこ

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    赤安(F🦐I✖︎アイドル)
    ※アイドルのあむが引退するところから始まります

    #赤安

    『引退報道』超満員の東京ドーム。無数のペンライトが揺れている。何度見ても胸に来る景色だ。そのひとつひとつは僕のファンの手に握られていて、もう一方の手は僕へ向かって目一杯伸ばされていた。
    「みんな、本当にありがとう!!」
    「あむぴーー!!」
    「大好きだよぉぉーー」
    「もう会えないなんでやだぁ……!!」
    ファンと同じように手を伸ばし、手を振り続けたこのステージを、僕は今夜をもって引退する。
    「僕、安室透は、明日から普通の男になります……!」


    アイドルを引退することを決断したとき、僕は同時にアメリカへの移住も決めていた。
    トップアイドルだった僕は日本では顔を知られ過ぎていてとてもじゃないが一般人として生きていくのは難しい。
    僕がアイドルを辞めるという噂が広まると「一緒に仕事をしよう」と声を掛けてくれたひとはたくさんいた。
    事故で足を怪我したせいで長時間踊ることができなくなってしまった僕でもまだできることがあると口説いてくれたひともいて、それは本当に有難いことだと思ってる。
    コンサートはファンにとっては一夜の夢だが作る側は一年以上を掛けて準備をする。
    いくら頭を悩ませ声を枯らせてステージを作り上げても「もう一度見たい」と思ってもらうことが、どれだけ難しいかは身に沁みてわかっている。
    そんなステージを裏方として支えてくれてきたスタッフがまだ僕の夢の続きを見たいと言ってくれた時は正直グラッときた。
    それでもアメリカに行くと決めたのは、ずっと遠距離だった恋人のそばで第二の人生を歩みたいと思ったからだった。
    彼との出会いは僕がまだ小学生の頃。子役としてドラマやCMに出ていた僕は悪意のある大人に誘拐されそうになっていた。太くて青白い腕は僕が逃げようとしてもびくともしなかった。今でも鮮明に覚えてる。
    「おい、その子を離せ」
    そう言って誘拐犯から僕を救い出してくれたのは、僕と三歳しか離れていないイギリス人の男の子だった。
    男の子は僕の主治医の甥っ子だったのだが、会ったのはその日が初めてだった。
    元々特撮番組に憧れて芸能界に入った僕の中でその男の子・赤井秀一は仮面ヤイバーと同率一位のヒーローとなった。
    住んでいる場所は離れていたが手紙や電話で連絡を取り合っていた。
    彼が中学三年生で僕が小学六年生の時だ。
    彼は家族と共に日本へやってきた。その手紙を見たときは嬉しくて夢じゃないかと思ったほどだ。
    しかし日本で暮らしたのは半年だけで、その後すぐにアメリカへ留学してしまった。
    大好きな彼と短い間とはいえ毎日会えていた僕は遠距離で連絡を取り合っていたときよりも寂しくて寂しくて、僕もアメリカに留学できないかと本気で考え始めていた。
    そんな時、僕のスマホ(赤井と連絡を取るために慌ててお小遣いをはたいて買った)に赤井から初めて写真付きのメールが届いた。
    といってもメッセージはなくて、赤井がおっぱいの大きな女の子と抱き合っている写真だけが添付されていた。
    あとから聞いた話では赤井に気がある女の子(巨乳)が僕を日本にいる彼女だと勘違いして勝手に撮って送ったらしいが、その写真は僕に雷に打たれたような衝撃をもたらした。
    赤井のことはずっと兄のように慕っていた。特撮ヒーローのようにわかりやすく正義感に溢れ無条件で優しいわけではなかったが、赤井は常に誠実で誰よりも強かった。
    そんな赤井に特別な女の子ができたら、きっと僕にするよりも特別優しくんだろうな。そんなことを想像しては苦しくなり、それでも同じ男の子の赤井にそんな気持ちを抱くのはなぜだかいけないことのような気がして押し隠していた。
    でもその写真を見た瞬間、蓋をしていた感情が爆発した。
    赤井への恋心に気付かされたのと同時に失恋した僕に事務所の社長はこう言った。
    「日本でトップアイドルになって見返してやれ」
    「はい!!!」
    それまで演技の仕事しかしてなかった僕にどうして社長が歌って踊るアイドルという夢を差し向けたのかは引退した今もよくわかってない。
    もしかしたら、立ちはだかる壁が高ければ高いほどヤル気を出す僕の性格をすでに熟知していたのかもしれない。
    時はアイドル戦国時代。アイドルグループが群雄割拠する芸能界で僕は珍しいソロアイドルとして活動を開始した。安室透という芸名に変えたのもその時だった。
    アメリカにいる赤井からは毎年クリスマスカードが送られて来たが、すべて読まずに、でも宝箱の中にしまい続けた。
    そうするのが、一番いいと思っていた。
    僕がトップアイドルの座を掴んだのは24歳の時。日本でのドームツアーを成功させ、最終公演でワールドツアーを発表した。世界でどういう評価を受けるか不安はあったが、発売当日にソールドアウトとなり、僕は世界に飛び出した。
    ツアーの一カ国目はアメリカだった。もしかしたら赤井が見てくれてるかもしれない、と思わなかったと言ったら嘘になる。しかしもう連絡を取らなくなって十年以上が経過している。きっとマーベルヒーローのように成長しているであろう赤井にとって、僕は助けた民衆のうちのひとりに過ぎないだろう……。
    「動くな」
    後ろから急に抱きすくめられた。深夜のホテルの廊下、スタッフと別れて自分の部屋へと戻ろうとした時だった。
    「アムロトオルだな?」
    僕は肯定も否定もしなかったが、男は僕の顎を掴んで上を向かせた。
    「間違いない」
    男は英語で後ろに立っている仲間にそう言うとニヤリと笑った。誘拐だとすぐにわかった。犯人グループは全部で五人。少し多いがなんとかなるだろう。もう守られているだけの子どもじゃないんだ。
    顎を掴んでいる男に頭突きを食らわせ気絶させると、その両隣にいた男たちをアッパーと金的で沈黙させた。
    「動くな!!」
    さらに後ろにいた男が僕に向かって銃口を向けた。さすがアメリカだ。とはいえ、誘拐犯は人質を傷付けることを躊躇うものだ。僕が銃を構えた男に向かって一歩踏み出そうとしたその時、エレベーターの到着音がした。廊下にした僕を含めた三人の視線はドアの向こうに注がれる。どうする。ここはツアースタッフしか来ないフロアだ。エレベーターの中にいるスタッフがもし悲鳴を上げたら鶏冠を立てた鶏のような状態の犯人はスタッフを撃つだろう。銃を奪うにしても間に合うかどうか……。
    一瞬の思考は二発の銃声に掻き消された。
    僕を誘拐しようとしていた男たちの残り二人はエレベーターの中にいた男の銃弾を受けてその場に倒れ込んでいた。
    「……赤井?」
    「久しぶりだな、零」
    髪は腰まで伸びていたが僕はすぐに赤井だとわかった。
    ステージに立てば何万人という人が僕に手を伸ばしてくれるのに、僕の心はずっとひとりの男に囚われていたのだと思い知らされた気がした。
    もう抗えないと確信して僕から赤井に猛アタックし、付き合うまでに一年かかったが、付き合って今年でもう四年になる。
    今年の初めに事故で僕が怪我をした時も、赤井は仕事の合間を縫って日本まで来てくれた。
    「連絡してないのに、よく病院がわかりましたね?」
    「俺を誰だと思ってる。FBI特別捜査官は全員恋人を探し当てる訓練を受けてるんだ」
    「ふは、ストーカー集団じゃありませんか」
    事故から十日、僕が笑ったのはこの時が初めてだった。
    「赤井……僕、どうやら仕事辞めなきゃいけないみたいです」
    「……そうか」
    「アメリカに……行ってもいい?」
    「あぁ、もちろん」
    これが僕のプロポーズになるのか、そう思うと堪えていたのとは別の涙が溢れた。
    それから超特急で最後のコンサートを計画し、それを終えると同時に僕はアメリカ行きの飛行機に乗った。
    さよなら、僕の日本。僕は僕を愛してくれる人とアメリカで日本の米を食べるよ……。
    「って思ってたのに!!!!」
    「まあまあ」
    そう言って僕を宥めるのは幼馴染で警察官のヒロだ。仕事でアメリカに行くと連絡をくれたので、こうしてホテルの部屋でヒロの作った食事を食べている。
    せっかくこちらに来たのだからアメリカらしい料理を食べたいだろうにキッチン付きの部屋を予約して僕のために手料理を振る舞ってくれた親友は急に渡米した僕を心配していたようだった。
    「ヒロの爪の垢を赤井に飲ませてやりたい……!」
    長いフライトを終えて空港に着いても僕を迎えてくれるひとは誰もいなかった。赤井からは仕事が長引いて迎えに行けそうにないとメールが届いていたので、大きなキャリーケースを押してひとり歩き始めた。
    空港では誰も僕を振り返らない。日本ではあり得ないことだ。アメリカにもファンはいるが、日本で昨日までコンサートをやっていた僕がアメリカにいるはずないと思ったのだろう、ファンらしい親子はちらちら見ていたが駐車場があるほうへと歩いて行った。
    新鮮な気持ちだったのは空港を出るまでで、そこからタクシーに乗って赤井の住所を伝えると不安感が増して来た。
    本当にこの国でやっていけるのだろうか。英語に不安はないのに、なぜそう思ったのかはうまく言葉にできない。勘のいい僕はすでに未来を予感していたのかもしれない。
    赤井の住まいの前でタクシーを降りて料金を支払った。事前に預かっていた鍵でドアを開けようとすると、僕が開ける前にドアが開いた。
    「赤井!」
    「零……よく来たな」
    赤井は僕をぎゅっと抱きしめてくれた。赤井のハグはちょっと強めで苦しいぐらいに僕を抱きしめてくれる。それのお陰で「やっぱり来て良かった」と僕は幸せを噛み締めた。
    「すまないが、これから出ないと行けないんだ」
    「仕事、忙しそうですね」
    「まあな、いつもこんなもんだ。奥の鍵が掛かっている部屋以外は好きに使ってくれ」
    赤井は僕の頬にキスをひとつ残して、仕事場へと戻って行った。
    もしかして僕のために部屋で待っていてくれたのかな、という淡い期待は部屋の惨状を見てすぐに崩れ去った。
    「なんだ、これ……!」
    赤井の部屋は愛する恋人を出迎えられる状態じゃなかった。
    ソファの上には洗濯を待つネイビーのシャツが山を作り、キッチンのシンクには酒瓶とグラス。今朝飲んだであろうコーヒーが入ったマグはすでに色素沈着を開始している。
    そうだ、こいつはそういう奴だった……!
    赤井の部屋には何度も来たことがあった。その度にこんな状態で、いつも僕の休暇の初日を家事をして終わった。
    それでも期待してしまったのは、これが束の間の休暇ではなく、移住だったから。
    僕と暮らすために準備してくれていると思い込んでいたのだ。
    結局いつもの休暇と同じ様に家を片付けて、夕飯を作って待っていると深夜になって赤井が帰って来た。
    「おかえりなさい」
    「……ああ」
    ふっと逸らされた視線でわかる。何か大変な事件が起きているのだ。そして赤井は僕が家にいることを完全に忘れていたのだと。
    「……僕、先に休みますね」
    「ああ、おやすみ」
    翌日も赤井は早朝に出勤して夜遅くに帰ってきた。そんな風に今日までの一週間をほぼすれ違いで過ごしきた。一緒に食卓を囲んだのは朝のコーヒーだけ。
    僕は赤井のことを都合よく解釈しすぎていた。
    なかなか会えなくても文句も言わず、それでいていざという時には頼りになって、ヒロと同じぐらい僕を理解してくれていると思っていたが、それは僕の初恋フィルターがそう見えていただけで、実際は赤井も僕に負けず劣らず忙しくて恋人を構う暇がなく、頼りにできるのは僕に何かあった時だけで、そして僕がひとりでも大抵のことはできると理解ってる。
    遠距離のわりに上手くいってると感じていたのは赤井にはアイドルやってる僕がちょうどよかっただけだった。
    「僕が引退したら結婚するんだろうなって思ってたんだ」
    「……えっ、待ってよ、ゼロ。思い詰めすぎてないか?」
    「別に……今すぐ別れるつもりはないよ」
    引退する前にどうして気が付かなかったのだろう。赤井に結婚したいと言ったこともプロポーズされたこともない、僕は赤井が大好きだから結婚するものだと思い込んでいた。
    「僕はアメリカに行きたいと言っただけ、赤井は一緒に住むつもりはなかったのかもしれない」
    「それは、ないよ、さすがに。俺は赤井さんとは随分会ってないけど嫌なことは嫌だってハッキリ言うひとだっただろ?」
    「そうだけど……嫌だなんて言われたら立ち直れない……」
    僕はヒロのホテルのベッドに倒れ込んだ。
    実のところ、赤井からそう切り出されるのが怖くて逃げているのだ。早起きだって夜更かしだって苦じゃない体質だから赤井に合わせようと思えば合わせられる。面と向かって「君、いつ自分の部屋に帰るんだ?」と聞かれるのが怖くて、赤井が家を出る少し前に起きて見送り、赤井が帰るのを出迎えてすぐにベッドに逃げこんだ。
    「ゼロらしくないなあ」
    ヒロはベッドに腰掛けて苦笑しながら僕を見た。
    「仕方ないだろ……誰かと暮らすのは初めてなんだ」
    「それだけじゃないんじゃない?」
    「え?」
    「ほら、ゼロは今までずっと忙しかったから、急に時間ができて色んなことを考えちゃってるんだよ。特に今は赤井さんの仕事が忙しいから……」
    「本当にそう思うか?」
    「え?」
    「赤井の帰りが遅いのは、本当に仕事だと思うか?」
    「ええ……」
    ヒロは僕のネガティヴすぎる発想に絶句してしまった。
    自分でもそう思うが一度想像してしまうと確認せずにはいられず、僕は共通の知人であり、赤井の元恋人のジョディさんにそれとなく探りを入れた。
    「そしたらジョディさん、今は仕事が忙しくないから食事に行きましょうって僕を誘ってくれたんだ」
    「えっ……」
    「これ、もう確定だよな……」
    「そんなことないって!ほら、赤井さんの単独任務って場合もあるじゃないか!」
    「それはそうだけど……」
    そうだとしたら単に僕はタイミングが悪い時に来たことになる。でもあの赤井が一週間もベッドを共にしていて僕を求めて来ないことに意味がある気がして仕方ない。さすがのヒロにもこれは相談できないが。
    「なあ、今日泊まっていってもいいか?」
    「俺は構わないけど……無理じゃないかなあ」
    「え?」
    なぜだと体を起こしたところでガチャリとドアが開く音がした。
    「零……」
    「えっ……赤井!?」
    ヒロのホテルの部屋を開けた赤井は挨拶もせずズカズカ部屋に入って来た。
    そして肩をすくめるヒロを一瞥すると僕の手を掴んでドアのほうへと歩き出した。
    「ちょ、ちょっと、なんなんですか!」
    僕は立ち止まろうとするもさらに強い力で手を引かれる。こんなふうに赤井に強く求められるのは初日のハグ以来だ。言いたいことは色々あるものの、結局嬉しいと思ってしまう自分が悲しかった。
    「なんなんですか、ていうか、どうして僕があそこにいるって知ってるんです?」
    赤井にはヒロのホテルの部屋どころか、ヒロがアメリカ出張に来ていることも、ヒロと会うことさえ話してない。
    「もしかして……僕に発信機を仕掛けたてたんですか」
    赤井は否定しなかった。
    なぜそんなことをされるのか理由はまったくわからないが、僕だって赤井の浮気を疑っている。
    ダンマリを決め込んだまま車のロックを解除した赤井に、僕は大きなため息をついて助手席のドアに手を掛けた。
    「こんなことになるならアメリカに来なければよかった」
    僕の後悔を聞いてもなお、赤井は弁解さえしなかった。
    赤井の部屋につくなり、赤井は僕を抱きしめた。あれほど嬉しかった抱擁も今はただ虚しい。
    リビングへと続く廊下を見つめながらじっとしていると赤井は僕の首筋に唇を押し付けた。
    「やめろっ」
    さすがにそんな気にはなれないと振り解くと赤井は初めて僕と目を合わせた。ゆるくウェーブした髪の間から見える緑色の瞳は仄暗く、ただ僕だけを見つめていた。
    「あなたが……わからない……」
    「零……」
    「僕、ここを出て行きます」
    アイドルだった時、僕はたくさんのひとの視線に晒されて来た。熱狂的に崇拝されることもあれば、粘着質に敵視されることもあった。
    赤井の視線はそのどれとも違っていて、客観的な視点で僕のすべてを細かく切り刻む。見つめられたひとによっては冷たいと感じるかもしれないが、赤井はそうやって分析することでその人に対して適切な対応をとるのだ。時には敵意を、僕にはやすらぎを。
    僕はそんな赤井と一緒に生きたくて海を超えてここまで来たんだ、ただそれだけなのに……。
    どうしてもっと一緒に過ごしたいとか、同棲の準備してをしておいて欲しかったとか、空港まで迎えに来て欲しかったなんてわがままが溢れてしまうんだろう。
    「ごめんなさい……僕……」
    「あの男のところに行くのか?」
    「え?」
    「行かせない、絶対に」
    赤井はまた僕の手を掴む。簡単に流されてたまるかとふんばる。赤井は強い力で僕の顔のすぐ横の壁に手を付いた。
    「誰にも渡さない」
    耳元で囁かれたテノールに腰骨から背骨までがぶるりと震えた。
    赤井は多分怒ってる。なぜか僕はそのことに興奮を覚えていた。
    じっと見つめる視線から顔を背けると、赤井は僕が怪我をした方の足をコツンと払った。
    思いがけない攻撃に僕がバランスを崩すと、赤井は易々と僕の体を肩に担いで部屋の中を歩き出した。
    「信じられない!!!普通恋人の怪我した方の足を攻撃しますか!?」
    「君を相手に手加減するわけないだろう」
    「はあ!?ずっと放っておいたくせに!!喧嘩するときだけ容赦ないんですね!!!」
    赤井の大きな背中をバンバンと叩いたがピクともしない。腹いせにニット帽を剥ぎ取って廊下に投げたが当然効果はなかった。
    赤井は廊下の一番奥にある部屋の前に立った。
    初日に僕に入るなと言った部屋だ。
    仕事に関する資料や銃器が入ってるものだとばかり思っていたが、赤井はポケットに入っているスマホを取り出しロックを解除した。
    窓のない部屋だった。廊下の電気のあかりを壁に貼られたポスターがわずか反射している。
    赤井が照明のスイッチを入れるとその異様な様子が顕になった。
    「えっ……これ……」
    床以外のすべて、ドアのある面を含めた四枚の壁と天井すべてに僕がいた。
    札幌ドームの真ん中で手を伸ばす僕、映画の役になりきって足を組む僕、ビール缶を片手にウィンクする僕、さらには幼児番組でいないないばあをする僕までいる。
    「いつの間にこんな……」
    赤井は僕にとって最初は兄的な存在で、僕の芸能活動にはまったく興味がなさそうだった。
    恋人になってからはスケジュールを合わせるため、お互いに仕事の話をすることはあったが、赤井から僕の作品を「見たよ」と言われたことは一度もない。
    それなのに、部屋の中のコルクボードには僕の初めてのコンサートのチケットが最後のコンサートのチケットと並んで飾られている。
    「えっ!?来てたの!?」
    赤井は僕の問い掛けに応える代わりにシャツの裾から手を差し入れて来た。
    「やだっ!」
    「……零」
    「なんなんだよ、ずっと触ってこなかったのに……ずっと興味なさそうだったのに……!!」
    赤井は僕の肌を弄る手を止めずに小声で「ごめん」と言った。もっと他に言うことがあるだろう、と思うのに、そんな小さな謝罪だけで抵抗するのをやめてしまう僕も僕だ。
    その部屋にベッドはなく、僕は白のタキシードを来た自分のポスターに手を付きながら、アメリカに来て初めて赤井に抱かれたのだった。

    「あれは僕の幼馴染のヒロですよ……あなたも日本で暮らしていた時に会ったことあるでしょう?今は日本で警察官をしていて、今は出張でアメリカに来てるんです」
    事後のベッドの中、まだ拗ねている赤井に僕はそう説明した。
    「大きくなったもんだ」
    「それはそうでしょう。もう十七年たってるんですから」
    どうやら赤井はヒロのことを覚えてはいるものの、現在のヒロと小学生の頃のヒロが一致しなかったようだ。
    「それにしては君は変わらないな?」
    赤井は僕の顎を掴むとしみじみと顔を覗き込んでくる。
    「それを確かめるためにあんなにポスターを集めたんですか?」
    赤井の秘密の部屋は子役を初めてすぐの頃からつい最近のものまで貼られていた。バラエティ番組などで顔の変わらない『ヴァンパイア・アイドル』と弄られることもあったが、まさか恋人にまでそんな検証をされるとは思わなかった。
    「そうじゃない……ずっとファンだったんだ」
    「へ?」
    「日本で君に会う前から……弟に日本語を覚えさせるために両親が君の番組を見せていて……一目惚れだったんだ」
    それが赤井の母親からエレーナ先生に伝わり、知り合いだとわかり、赤井は僕に会うために日本に来たのだと言う。そこで偶然僕が誘拐されそうになっていたのを発見した、すぐさま助けに来てくれたのだそうだ。
    「それならそうと言ってくれたらよかったのに……」
    「言えるわけないだろう……あの頃の君は俺をヒーローみたいに思っていたじゃないか」
    それは、確かに……。年齢的にもファンだと言われてもピンと来なかったかもしれしない。
    それから数年後、日本で暮らし始めても赤井は僕の前で仕事について聞いてくることはなかった。
    赤井が僕のガチファンになるきっかけになったのは、あの写真メール事件だったらしい。
    僕と音信不通になったことで赤井は現実の僕ではなくアイドルの僕に救いを求めるようになった。通販で雑誌を買って、コンサートのチケットを買って、ファンクラブにも入会した。それで現実の僕に拒絶された悲しみを紛らわしていたそうだ。
    「あれは……ごめん。だって赤井は女の子が好きなんだって思ったから僕……」
    「君を前にしたら性別なんて瑣末な問題だ。こんなに綺麗な人間は他にいないんだから」
    赤井は僕の髪を掬い上げて口付ける。そんなことを赤井から言われたのは初めて、どう反応したらいいかわからない。もじもじする僕に対して言ったほうの赤井はいつも通りのポーカーフェイスだ。照れる風もないから、本当に言うタイミングを逃していただけなんだろう。
    「アメリカのホテルで僕を助けてくれたのも、もしかして偶然じゃなかったんですか?」
    そう尋ねると初めて赤井が視線を泳がせた。
    「赤井?」
    「あー……ちょっとしたコネがあって」
    「……FBIなら僕が泊まるホテルなんてすぐにわかりますもんね?」
    「まあ、そういうことだ」
    「職権濫用じゃないか!!!」
    「しかしそのおかげで犯罪者を捕まえられたんだ。公私混同はしたが結果的に仕事に繋がった」
    僕もおかげでその後もアイドルを続けられたんだから、ここは目を瞑ってやってもいい。問題はそのあとだ。
    「でもFBIだからって恋人に合意なくGPSを付けるのはさすがにまずいんじゃないですか?赤井特別捜査官?」
    「君が心配だったんだ……この家の周辺は治安が良くない。君に何かあったらと思うと……」
    「ふん、だったら早く帰って来いよ!」
    言っても仕方ないことだとわかってる。恋人が心配だからとFBIが帰宅してたらアメリカは大変なことになるだろう。
    「仕事は早く切り上げてたんだが」
    「えっ」
    「新しい家を見つけるのに手間取ってな……」
    「新しい家……?」
    「他でもない君が住む家だ。どこよりも美しい景色が見れてどこよりも安全でなければならない。その条件に見合う場所が見つからなかったんだ、それに」
    「そ、それに?」
    すでに頭のなかが混乱してるのにまだ何かあるっていうのか?
    「家に帰ると君が待ってるという状況に心がついていかなかった」
    「……は?」
    「これまでコンサートやテレビ番組や雑誌で見つめ続けて来たアイドルが家にいるんだぞ?冷静でいられるわけないだろ」
    確かに赤井が僕のガチファンだったのなら、実物の僕と会う時間より媒体を通して見つめる時間のほうが長かっただろう。それでも電話やメールもしたし、会えば普通に恋人らしいこともしてきた。
    「そんなんでよくセックスできましたね?」
    「むしろ抱かないようにするのに苦労したよ。アイドルを引退したばかりで心身共に疲れてるとわかっていても君を見てると、こう、ムラムラと……」
    「そこは抱けよ!お前は僕のファンでも僕の男だろ!!」
    「よし、わかった」
    赤井が僕に覆い被さろうとするから、僕は全力でその胸を押し返した。
    「今じゃない!!!」
    「まだできるぞ?」
    「あなたの心配はしてない!!僕だってすごく悩んでたんですよ!?もう僕のこと好きじゃないのかもって思って……」
    「それは絶対にない」
    「言い切りましたね?」
    「ああ」
    「じゃあ……僕と結婚してくれる?」
    突然のプロポーズに赤井が目を見張る。僕だってこんなタイミングで言うつもりはなかったけど、もう赤井の全てが欲しくて仕方なかった。
    そんなことを言ったら赤井らすでに僕の太ももの横で固くなりかけてるそこを僕にプレゼントしてこようとするだろう。
    でも今僕が欲しいのはそんな局部だけじゃなくて緑の瞳も広い背中も報連相が苦手な唇も含めた全部なのだ。多分、赤井が僕のファンだと隠していたことが結構ショックだったんだと思う。何よりも心が欲しかった。
    「あむぴが……結婚……?」
    だというのに赤井が愕然とした顔でそんなことを言うから僕はもう怒りを通り越して笑ってしまう。
    「ははっ、そんな顔はじめて見た!」
    「……揶揄ったのか?」
    「こんなタイミングで冗談言うわけないでしょ……」
    「来週の金曜日、夜8時」
    「え?」
    「薔薇の花束とレストランを予約してある」
    「えっ!?それって」
    「俺からプロポーズするから返事は君が考えておいてくれ」
    「は、はい……」
    今までステージやセットの中で何度となく愛を叫んできた。プロポーズしたこともあるし、告白されたこともある。その全てを知っているオタクを前に僕はそのどれとも違う返事をしなければならない。
    きっと震える声で「イエス」と言うのが精一杯だけど、そんな僕を見て赤井が笑ってくれるシーンが早く見たいと僕は思った。
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    かとうあんこ

    DOODLE一度別れた赤安がバディを組んで幽霊退治(?)をする話、第三話。
    「その日のことはよく覚えてます。パパと姉貴とわたしの三人でママの誕生日プレゼントを買うために出掛けていたんです。姉貴は小学生、私は保育園に通っている頃で、パパが贔屓にしているアンティークショップに……え?名前?なんだったかなあ。随分前に倒産しちゃったから、もうありませんよ。……いえ、ママはドールハウスには全然興味なくて。アンティークショップのガラスの戸棚に飾られていたワイングラスをプレゼントすることにしたんです。それをお店のひとがラッピングしている間に、オーナーさんが『お嬢様たちにこちらはいかがですか?』と言って見せてくれたのが、そのドールハウスでした。本物の西洋のお屋敷を小さくしたみたいですごく素敵だったから、私も姉貴もすぐに気に入りました。ふたりでパパにおねだりして、買ってもらえることになったんですけど……パパがお会計している間、奥さんが、あ、オーナーの奥さんです、がこんなことを言ってたんです。『このドールハウスに人形は絶対に入れないで』って。私たちは不思議に思いましたが、奥さんがあまりに真剣な表情だったから「うん」と答えました。でも家に帰ってドールハウスを広げて、別に梱包してもらった家具を並べているうちに……人形を入れて遊びたくなったんです。ほら、子どもってダメって言われるとやりたくなるところあるじゃないですか。それに……人形がないほうが変な感じがしたんです。とても精巧にできていたから……ううん、そうじゃないな……人がいる気配がするのに誰もいない……そんな感じでした。でも、うちにあるのは着せ替え人形ばかりで、そのドールハウスのサイズにちょうどいい人形がなかったんです。そしたら姉貴が「紙のお人形を作ってドールハウスに入れよう」と言ったんです。「紙の人形なら約束を破ったことにはならないだろうから」って。私はすぐに部屋にあった画用紙に黒いマジックで女の子の絵を描いてソファに座らせました。その隣に姉貴が書いた猫の絵を置いたところで夕飯の時間になって、私たちはドールハウスをそのままにして部屋を出たんです。……あはは、大丈夫よ、真さん。子どもの頃の話だから。それに、もし何かあっても真さんが守ってくれるでしょう?……はい。そうなんです。夕飯を終えてドールハウスがある部屋に戻ってきたら、紙の人形が切られていたんです。バラバラに……。「やっぱり人形を入れたのがいけなかったのかし
    9903

    かとうあんこ

    DONE一度別れた赤安がバディを組んで幽霊退治(?)をする第二話
    烏丸怪談②友人の話「え?僕には怪談はないのかって?う~ん、そうだなあ……僕の友人の話でもよければ。はは、そういうことが多いね。まあ、どちらでもいいじゃないか。これは友人が保育園に通っていた頃の話だ。彼はいつもお迎えが一番最後でね。母親の仕事が忙しかったんだ。彼は保育園では周りの子どもたちとうまくいってなかったから、園児が少なくない遅い時間のほうが遊びやすかった。だから、母親の迎えが遅くても気にならなかった。嬉々として居残っている彼を見て羨ましかったのか、園児のひとりが意地悪を言ったんだ。『あいつはいらない子だからお迎えが遅いんだ』って。気丈な友人もこれにはショックを受けた。いつもは独り占めできて嬉しい積み木も全然楽しくない。今すぐに母親に抱っこしてほしかった……。そんなことを考えてると、友人の前に見知らぬ男の子が現れた。『キミ、いらない子なの?』友人は当然ムッとして無視をした。ちょっとだけ泣いてたかもしれない。その寂しさを見抜いたように男の子は『じゃあ、一緒に遊ぼうよ』と言った。友人は少し悩んでから『ウン』と言った。それから二時間、彼は行方不明になった。保育園の先生はもちろん彼を探したし、お迎えに来た母親も一緒に探した。家に帰ったんじゃないか、散歩で行った公園にいるんじゃないか。いろんな場所を探したが、見つからない。いよいよ警察に連絡しようとなった時、子ども用トイレから友人が現れた。『やっと帰ってこれた』と言いながらね。二時間だけの神隠しだ。……どう?名探偵の君には物足りなかったかな」
    8690

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    MOURNING女装で任務するれいくんの話。下書きです!軍パロ本「初恋」で没にしたルートB。コナン界の人間、割とナチュラルに女装してるかられいくんもしてくれ〜〜〜。軍パロ本はこれです https://ec.toranoana.jp/joshi_r/ec/item/040031027378
    女装れい(軍パロの赤安←沖) まだ懲罰の期間は数日残っているというのに、牢から出された。
     といっても、自分の足で出たわけではない。意識を失っている間に運ばれ、目を醒ましたらまったく見覚えのない居室にいたのだ。清潔なベッドに寝かされ、身を清められ、傷には包帯が巻かれている。
     ベッドサイドの椅子には沖矢が座って、自分の顔を見つめていた。鞭を打って散々自分をいたぶった張本人とは思えない、心配そうとさえ言える表情。つまり、ここは沖矢家の邸宅なのだろう。この男は自分を貶めたいのか利用したいのか、果てまたもっと別の目的があるのか。一貫性のない行動は理解に苦しむ。
     部屋にはひっきりなしにメイドが出入りして、何かを準備していた。ドレープのたっぷり効いた青のドレス。肘の上まであるグローブ。ヒールの高いパンプスに、パールのネックレスに、ご丁寧に女性ものの下着まで。いかにも軍の男が喜びそうな深窓のご令嬢セットを用意して、一体何を企んでいるのやら。
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