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    花月ゆき

    @yuki_bluesky

    20↑(成人済み)。赤安大好き。
    アニメ放送日もしくは本誌発売日以降にネタバレすることがあります。

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    花月ゆき

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    互いの心の声が聞こえるようになってしまった赤安の話。
    心の声で会話できる二人がいます。
    ※なんでも許せる方向け

    #赤安

    選ばれた二人<1>


     互いの心の声が聞こえるようになって、一週間が経つ。
     赤井とふたりで実験を繰り返し、わかってきたこと。それは、相手に伝えたいと思ったときにだけ、自分の心の声が相手に届くということだ。
     赤井はただおもしろそうに笑っていたが、降谷はまったくもって笑えなかった。降谷には、赤井に絶対知られてはならない感情があったからだ。
     赤井に伝えたいと思ってしまったが最後、自分の秘かな想いは赤井に届いてしまう。降谷は慎重に自分の心を操らなければならなくなっていた。
     しかし、不可思議なこの現象は、降谷にとって悪いことばかりではなかった。たとえば、自分たち以外の人間に話を聞かれたくない場合、意外にも重宝できたりする。
     今このときも、降谷は会議室の隅で赤井と並んで立ち、互いの心の声で会話をしていた。
    (……という作戦でいこうと思っていますが、どうですか?)
    (ああ、問題はない。君の言う通りにしよう)
     ふと、会議室に残っていた刑事たちの視線を感じ、降谷は軽く咳払いをする。他人の目に映る自分たちは、一言も話さずにただ見つめ合っているだけのように見えているのだろう。
    (……僕達、あやしまれていますよね?)
    (……そのようだな)
    「今日はもう帰ります。また何かあれば呼んでください」
    「了解」
     わざわざ声に出す必要はなかったが、周りの目もある。降谷が声を発すると、赤井もそれに倣った。
     赤井に背を向け、会議室を出て行く。建物の外へ出てすぐ、降谷は再び心の声で赤井に話しかけた。
    (これからは、周りの目も気にした方が良さそうですね)
    (……ああ)
     赤井の心の声は、普段耳にするそれよりも、どことなく優しい響きを持つ。
     この一週間ずっと、この優しい声を独り占めにしていた。赤井の姿が見えていなくても、赤井と遠く離れていても、すぐそばで赤井の声が聞こえる。いつでも赤井と一緒にいるような感覚がある。距離が縮まると、想いが募るのを抑えきれない。
     心の奥底にひた隠しにしている感情は、赤井に告げるつもりはなかった。組織が壊滅し、赤井がアメリカへ帰り、疎遠になったら、静かに消していこう。そんな覚悟すら、抱いていたくらいだ。
     それなのに、なぜ、消したくない想いばかりが増えていくのか。
    (……降谷君、聞こえているか?)
    (ええ、聞こえていますよ)
     互いの心の声で交わされる言葉が、二人きりのこの時間が、こんなにも愛おしい。
     いつかこの想いが溢れて赤井に伝わってしまったら、自分はいったいどうすればよいのだろう。



    <2>


     赤井の声を聞かない日はない。朝も、昼も、夜も。気づけば赤井と心の声で会話をしている。
     朝はおはよう、夜はおやすみ。まさか一日の始まりと終わりの挨拶を毎日交わすことになろうとは――まるで一緒に住んでいるようだ。そう思うこともあったが、降谷はあまり意識しすぎないようにした。
     意識してしまえば、赤井とまともに会話できなくなってしまうかもしれない。届いてはならない声まで、赤井に届いてしまうかもしれない。
     秘密の感情を抱いている自分にとっては、あまりにも不利なこの状況。今は静かに、この状況を創り出した神の掌の上で踊るのみ。
     朝、会議の参加者がまだ二割程度しか揃っていない会議室。降谷がパソコンで会議資料の確認をしていると、赤井の声が聞こえてきた。
    (……降谷君、おはよう)
    (おはようございます。今、どこにいるんですか?)
    (ちょうど宿泊先のホテルを出たところだ。君は?)
    (僕はもう会議室に着いています。会議が始まるまであと二十分……遅刻するなよ、FBI)
     風見が会議室に入って来るのが見えた。風見の手には、今朝入手したばかりの情報が入った記憶媒体が握られている。
    「降谷さん、例の情報が出揃いました」
    「ありがとう。あとはこちらで確認しておく」
     記憶媒体をパソコンに差し込み、目的のファイルを開く。会議まで時間がない。すぐさま資料の中身に目を走らせると、再び赤井の声が聞こえてきた。
    (降谷君、少々まずいことになった)
    (……まずいこと?)
    (交通規制だ。車が進まない)
    (しょうがないですねぇ……会議の内容は僕がリアルタイムで伝えます。遅れても良いので、安全運転で来てください)
    (ああ、助かるよ)
     スマホなしに連絡ができるのは便利なものだ。通信障害が起きても影響を受けないし、電波の届かない場所でも互いに連絡を取り合えるのだから。
     赤井の声をどこか心待ちにしている自分を自覚しながら、降谷は資料の確認を進める。
     一通り確認し終えたところで、ジョディ、キャメル、そしてジェイムズの三人が席に着くのが見えた。三人は赤井と別行動だったらしい。
    「会議まであと五分。シュウはいったいどこで何をやっているのかしら……」
    「まさか赤井さんの身に何かあったとか……」
    「赤井君のスマホに連絡を入れてみようか……」
     ジェイムズがスマホを取り出すのが見えたので、降谷は三人の席へと歩み寄る。
    「赤井は到着が遅れるそうですよ。こちらに向かう途中で交通規制にあってしまったようです」
     そうなの? とジョディが目を瞬かせる。ジョディの隣に座っていたキャメルが、驚いたような表情を浮かべて言った。
    「赤井さんから連絡が?」
    「ええ、まぁ……」
    「驚いたわ。まさかシュウとあなたが連絡を取り合う仲になっていたなんて……」
    「そんなんじゃありませんよ。たまたまです……」
     降谷は平坦な声でこたえた。まさか自分たちが、心の声で会話できるような仲になっているとは言えない。
    (赤井。遅刻の件ですが、あなたから僕に連絡したことにしてください。辻褄を合わせないと……)
    (了解。あと十分ほどで着く。すまないな、降谷君……)
    (いえ、別に……)
     FBIの三人が、何か物言いたげな表情を浮かべてこちらを見ている。だが、これ以上、彼らに教えられる情報はない。
    「そろそろ定刻になります。ご着席ください」
     会議の進行役が着席を促す。降谷は三人の視線から逃れるように自席へと戻った。


    <3>


     赤井が到着するまでの間、降谷は会議の内容をリアルタイムで赤井に伝え続けた。
     会議の冒頭はこれまでの調査結果を報告しているだけで、自分たちの知らない情報はまだ出てきていない。赤井に伝える必要はないかと思ったが、君の声が聞きたいと赤井が言うので、仕方なく要点を拾って伝え続けた。
    (降谷君、会議室に到着した)
    (了解)
     かすかに会議室のドアが開く音がする。降谷と、ドアに近い席に座っている数人が赤井に目を向けた。
     前方のスクリーンを見やすくするために照明が絞られているので、赤井が入室したことに気づいていない者が大半である。
     赤井は会議室を見渡し、空席を探しはじめた。FBIの面々が座っている場所には空席がない。遅刻したこともあり、席はほとんど埋まっている。ほんの数箇所に一席ずつ空きがあるかどうかといったところだ。だが、組織ごとにある程度まとまって座っているため、赤井が座れそうな席はない。
    (赤井、僕の隣が空いてますよ)
    (いいのか?)
    (ええ)
     赤井に話しかけると、赤井の視線はすぐに降谷に注がれる。こんなとき、自分たちは本当に心の声で会話できているのだということを実感する。
     降谷は隣の席の椅子を引く。会議室の前方にある席なので、赤井の姿は後方から丸見えになるが仕方がない。
     案の定、赤井が席に着くと周囲がざわつきはじめた。赤井が降谷の隣に座ったことに、周囲が驚いているような気配を感じる。
    (どうやら驚かせてしまったようだな)
    (目立ちすぎるのも困ったものですね)
     つい先日、周囲の目も気にした方が良いと二人で話したばかりだというのに、困ったものである。
    「お静かに」
     降谷が告げると、会議室は静寂に包まれる。降谷が深く息を吐くと、赤井が隣でフッと微笑んだ。
     隣に赤井が座っていることがなんとなく落ち着かなかったが、トラブルもなく会議は終了した。会議室の照明が灯ると、赤井が問いかけてくる。
    (降谷君、俺は一服してくるが、君はどうする?)
    (僕は少し風見と話をしてきます。ちょっと気になることがあるので……)
    (了解。君の用事が終わったら、一緒に昼食でもどうだ?)
    「えっ」
     降谷の声に、会議室に残っていた者たちが注目する。ついうっかり、声に出てしまった。まさか赤井に食事に誘われるとは思ってもみなかったのだ。
     相手が他の人間だったらここまで驚いてはいないだろう。相手があの赤井だからこそ、自分でも予想し得ない言動をとってしまう。
     事前に、“今日、昼食に誘うぞ”と教えておいてほしい。そんなことを考えていると、赤井が自分の顔を覗き込んできた。
    (……嫌か?)
    (……嫌とかじゃなくて、驚いただけです)
    (君のああいう驚いた声は、なかなか新鮮だったよ)
    (……うるさいぞ、FBI)
    (それで、昼食はどうする?)
    (仕方がないですねぇ……一緒に行ってあげますよ)
     自分の中に、断るという選択肢がなかったことに驚きながら、素早く机上にある資料やノートパソコンを手に取る。また周囲に注目されかねない何かを引き起こす前に、降谷は風見のもとへ向かうことにした。
    「では、またあとで」
    「ああ」
     二人が会う約束をしているのを見て、周囲が再び驚きの声を漏らしていたのだが、降谷はまったく気づいていなかった。


    <4>


     会議室をあとにしてすぐ、降谷は小会議室に風見を呼んだ。会議の内容も踏まえて、風見に追加で調査してほしい事案を伝達する。他国の組織に後れをとるわけにはいかないので、風見ひとりではなく、何人かで分担して調査をするよう人員の調整も頼むことにした。
    「……あとは頼んだぞ、風見」
    「はい、あとはこちらで進めておきます」
     そうこたえる風見の声は明瞭だったが、何か言いたげな表情を向けてくるのが気になった。
    「……他に何か気になることでもあったか?」
    「先程の話とは無関係なんですが、その……降谷さんが赤井捜査官と随分親しくされていると噂になっていますが、本当ですか?」
     思いがけない風見の問いに、降谷は一瞬フリーズする。まさか赤井との関係について問われるとは思ってもみなかった。
     動揺を悟られないよう、頭の中の混乱をすぐに沈め、当たり障りのないようにこたえる。
    「……親しいかどうかはわからないが、アイツが組織にいた頃からの付き合いだからな。今はそれなりに交流を持っているよ」
    「そう、ですか……」
     風見の視線が、自分を向いたり下を向いたりと、落ち着きがない。
    「どうした? 訊きたいことがあるなら訊いてくれて構わんよ」
     風見は思案するような表情を見せて、いつになく言いにくそうな声音で言った。
    「じ、実は、降谷さんと赤井捜査官が黙って見つめ合っているところを見た者が複数いて……お二人の本当の関係は何なのかと訊かれてしまいまして……」
     これはつまり、たとえば恋人同士のような特別な関係にあるのではないかと疑われてしまっている、ということだろうか。
     しかも、睨み合っているではなく、見つめ合っている、と言われてしまっている。なかなか衝撃的な言葉だ。
     見つめ合ってはいない、気のせいだ、と誤魔化したいところだが、心当たりが多すぎた。十中八九、心の声で会話しているときのことだろう。
    「……それは、たまたま見つめ合っているように見えただけだろう。僕達は考え事をするとき、目の前をじっと見つめていたりすることがあるからな……特に深い意味はないさ」
     苦しい言い訳だと、降谷は自嘲する。
     降谷には、考え事をするのも忘れて赤井の瞳に惹かれ釘付けになっていることがよくある。無意識のうちに、あの碧色の瞳に捕まってしまうのだ。もちろん、それは誰にも言えない秘密だが。
    「そうでしたか。変なことを訊いてしまって、すみません……」
    「いや……。気にはなるだろうが、君達が心配するようなことは何もないから、気にしなくていいぞ」
    「……はい」
     風見はどこか納得のいっていない表情を浮かべている。
     風見自身も、自分たちが見つめ合っているところを実際に見たのではないのか。そんな考えも浮かんだが、口にすることはできなかった。
     風見もさらに問い詰めてくることはなく、一礼して去っていく。
     小会議室にひとり残された降谷は、窓の外の景色をぼんやり眺めながら赤井に話しかけた。
    (赤井、聞こえていますか?)
    (……聞こえているよ。用事は終わったかな?)
    (ちょうど今、終わりました。赤井は一息つけました?)
    (ああ。ではそろそろ行こうか)
    (ええ。僕のおすすめの定食屋があるんですが、そこでどうですか?)
    (そこにしよう。正面玄関で待ち合わせしようか)
    (はい。すぐに向かいます)
     現地集合ではなく、待ち合わせて一緒に行くことに、妙な気恥ずかしさも感じる。だが今は、せめて互いの心の声が聞こえている間だけでも、赤井にとって一番近い場所にいさせてほしいと願った。


    <5>


     正面玄関に着くと、すでに赤井は到着していて、壁にもたれかかるように立っていた。高身長で脚も長く、ミステリアスな雰囲気をも漂わせている赤井は、ただ立っているだけなのに絵になる男だ。自然とそこを通りかかる人達の視線を集めている。
    (すみません、待たせましたか?)
    (いや、今来たところだ)
     まるでデートの待ち合わせ場所に着いたときに交わす会話のようだ。意識しすぎると顔が赤くなってしまいそうで、必死に平静を取り繕う。
    (僕のおすすめの店、ここから歩いてすぐなんです。お昼時なので少し混んでいるかもしれませんが……)
    (それくらい構わんよ)
     ふと自分たちの前を通り過ぎる人達の視線を感じて、降谷は我に返る。また、黙って見つめ合っているところを見た、などと噂されては困る。降谷は慌てて声を出した。
    「じゃあ、行きましょうか」
    「ああ」
     赤井と並んで歩くのはこれが初めてではない。自然と隣に並び、歩けば無意識のうちに歩幅も揃ってゆく。妙な緊張感は携えたままだったが、これから赤井と一緒に食事できることは素直に嬉しいと感じる。
    (……俺もだ)
     赤井の声が聞こえて、降谷は反射的に赤井の顔を見た。
    (……今の、聞こえてました?)
    (あ、ああ……)
     赤井と一緒に食事できるのは嬉しい――心の中で思った言葉が、想いが強すぎて赤井に聞こえてしまったようだ。しかも、赤井も嬉しいと返事をしてくれている。恥ずかしさのあまり今すぐにでもしゃがみこんでしまいたい衝動に駆られるが、ぐっと我慢した。
     誰が見てもわかるくらい、顔も紅潮しているだろう。降谷は慌てて赤井から視線を逸らした。
    (部下以外の人間と食事に行くのは久々なので、ちょっと浮かれているだけです)
    (フッ……そうか)
     赤井の含みのある笑い方に、なんとなくムッとしてしまう。だが、これ以上この話題を続けると墓穴を掘ってしまいそうなので、言い返すような真似はしなかった。
     五分も経たないうちに定食屋へ辿り着く。店の中はやはり混み合っていて空席もないような状況だったが、奥にある座敷で、ちょうど二人組のサラリーマンが食べ終わり席を立つのが見えた。
    (あの席がちょうど空きそうですね)
    (良いタイミングだったな)
     空いた席はすぐに片付けられて、「こちらへどうぞ!」と案内される。半世紀近く前に作られた昔ながらの定食屋なので、今時の建物のつくりとは異なっている。座敷のある場所は、天井も低く席も多いので、若干狭さも感じてしまう。高身長かつ体格の良い赤井にとっては、なかなかの難所だろう。
     赤井は天井の低さを意識して腰を低くして歩き、隣のテーブルに身体をぶつけないよう気をつけながら腰を下ろす。
     そして、自分と同じように、赤井は胡坐を組んで座った。赤井のこういう姿を見るのも、降谷は楽しくてしかたがない。
    (こういう場所は初めてですか?)
    (……ああ、そうだな)
    (じゃあ、他にも昔ながらの日本らしいお店いっぱい知っているので、今度また連れていってあげますよ)
     ついつい楽しくて、うっかり誘うような言い方をしてしまった。余計なことを言ってしまったかと思ったが、赤井は目元を綻ばせて笑っている。
    (ああ、楽しみにしている)
     口から紡がれる声よりも、赤井の心の声はずっと甘い。胸がキュンと鳴ったような心地がして、それを悟られないよう赤井から視線を逸らした。
     今は赤井にドキドキしている場合ではない。早く注文しなければと、テーブルの脇においてあるメニュー表を赤井に手渡す。
    (これがランチメニューです。オススメは日替わり定食ですが、他の定食もおいしいですよ)
    (日替わりか……)
     壁に貼り付けられた紙には、『今日の日替わり 肉じゃが定食』の文字がある。
    (今日の日替わりは肉じゃがみたいですね)
    (じゃあ、それにしよう)
    「ご注文お決まりですか?」
     タイミング良く、水を運んでくれた店員が声をかけてくれたので、「日替わり定食二つ」と降谷が答える。あとは料理が届くのを待つだけだ。


    <6>


     肉じゃが定食が運ばれてくるまでの間、午前の会議について話をした。心の声で会話ができるので、周囲の人に聞かれる心配をしなくていいのは便利だ。会議の話は意外とすぐに終わり、あとはメニュー表を見ながら、これもおいしそうだあれもおいしそうだと言い合っているうちに、料理が運ばれてきた。
     湯気の立つ味噌汁に、炊き立ての白いご飯。主役の肉じゃがは、具材がどれも大きくて食べ応えがありそうだ。
     腹の音が空腹を訴えるので、降谷は勢いよく両手を合わせ口を開く。「いただきます」の声が重なり、降谷は驚いて赤井を見た。
    (赤井でもいただきますとか言うんですね……)
    (変装をしていたときに、子どもたちと一緒に食事をする機会があったからな。いつの間にか癖になってしまった)
    (……なるほど)
     両手を合わせて、「いただきます」と言い、割り箸を割る――日本に染まっている赤井を見るのは楽しい。赤井の一挙一動が気になり、赤井が大きなじゃがいもを口に入れて咀嚼する姿を、なんとなく静かに見守ってしまった。
    (……うまい)
     心からそう思っているとわかる声が聞こえてきて、降谷は思わず笑ってしまう。
    (そうでしょうとも。そういえばあなた、変装しているときに煮込み料理をよく作っていたんですよね)
    (ああ。だが、こんなに味が深く染み入った肉じゃがを作れたことはなかったよ)
    (煮物は冷ます過程で味が染み込むんです。具材が煮えたら一度冷ますのがコツですよ)
    (そうか。今度試してみよう)
     赤井の姿で料理をする気なのだろうか。沖矢昴の姿ならともかく、赤井の姿で料理をしている姿を想像するとおもしろくてしかたがない。
     笑いたいのを堪えていると自然と肩が震えてしまい、赤井に気づかれてしまった。
    (降谷君、笑っているのか?)
    (あなたがエプロンをして鍋をコトコト煮ている姿を想像したら、ついっ……)
    (そういえば、変装をしていない状態で料理を作ったことはほとんどなかったな)
    (赤井が料理を作っている姿を見たら、きっとみんな驚きますよ)
    (……あまり人に見られたいものではないな)
    (まぁ、そうでしょうね)
     笑いを堪えきれずに言うと、赤井がこちらをじっと見つめてきた。なんとなく、居住まいを正す。
    (ひとつ提案があるんだが……君、料理は得意だったよな?)
    (まぁ、ある程度は……)
     突然、何を言い出すのだろうか。赤井の思考がまったく読めずにいると、赤井からとんでもない提案が降ってきた。
    (今度、教えてくれないか? 肉じゃがの作り方を)
    「えっ」
     ついうっかり、ここでも声を発してしまう。またしても周りの視線を集めてしまうが、周囲の人たちはすぐに何事もなかったかのように食事に戻った。赤井は周囲を気にした様子も見せずに続けて言う。
    (この店の肉じゃがはとてもうまいんだが、こういうのは家庭によって味が違うんだろう? 君の作る肉じゃがの味も知りたい)
    (あなた……僕の作る料理が食べたいんですか?)
     赤井が頷く。赤井に料理を振る舞う日が来るなんて、夢にも思っていなかったことだ。
     赤井を相手にして、うまく作れるだろうか。緊張して失敗したりはしないだろうか。そんな心配が脳裏を駆け巡り返事ができずにいると、赤井がどこかしょんぼりとした表情で問いかけてきた。
    (……嫌かな?)
     口から発する声ではなく、心の声なので、しょんぼり感がダイレクトに伝わってくる。降谷の心の中にあったはずの迷いは、早々に掻き消えてしまった。
    (いいですよ。僕の肉じゃがをあなたに振る舞ってあげます!)


    <7>


     降谷が意気込んで言うと、赤井も嬉しそうな表情を浮かべる。いつものように取り澄ました表情ではなく、心から嬉しいと感じているような顔をしていた。
    (ありがとう。楽しみにしているよ。今週の金曜は空いているかな?)
    (ええ。確か金曜日は夕方に合同会議が入ってましたよね。その会議が終わったら、僕の家に向かうということで良いですか?)
    (ああ)
    (あ、そうだ、先にスーパーで買い物しないと……赤井は少し時間をおいてから僕の家に来てください)
    (いや、君と一緒に行くよ)
    (えっ……)
    (買い物にもコツがあるんだろう? その場で伝授してくれないか?)
     スーパーにも一緒に行きたいという申し出は意外だったが、赤井にお願いされるというのはなんとなく気分がいい。断る理由もないので、赤井の要望にこたえることにした。
    (しょうがないですねぇ……わかりました。一緒に行きましょう)
    (ああ、よろしく頼む)
     まるで仕事を頼むときのような口調で話すのがおもしろい。赤井が肉じゃが定食をおいしそうに食べている姿を見ながら、降谷はふと頭の中に浮かんだことを心の声で呟いた。
    (あなたって本当に不思議ですよね……)
    (ん?)
    (だって、こうして心の声で会話できるようになってから、四六時中僕と一緒にいるようなものなのに、僕と一緒にいる時間をさらに増やそうとするなんて……)
    (逆だよ)
    (え?)
    (こうして君と会話できるようになってから、君とますます一緒にいたくなったんだ)
    (そ、そうなんですか……)
     思いがけない赤井の言葉に、頭の中が混乱する。なぜ一緒にいたいのか、理由を問うてみたい気持ちが溢れたが、必死に抑え込んだ。
     けっして期待してはいけない、深い意味は持たないはずの言葉なのに、顔に熱が集まっていくような感覚がある。
     降谷は冷静になれとしつこく自身に言い聞かせた。自分のその声が赤井に聞こえてしまったのではないかと一瞬焦ったが、赤井は何事もなかったような顔をして味噌汁を飲んでいるので安堵する。
     ドッドッドッと自分の心臓が音を立てているのを自覚しながらも、不自然な雰囲気にならないように降谷は食事を進めることにした。味噌汁をすべて飲み干したタイミングで、赤井の声が聞こえてきた。
    (それで、君はどうなんだ?)
    (え?)
    (俺と一緒にいる時間が増えるのは、嫌だったかな?)
    (へ)
     まさか自分にその質問が振られるとは思わず、声が少し裏返る。赤井が顔を上げて、自分をじっと見つめてきた。視線を逸らしたいのに、赤井の目が真剣な色を帯びているので、目を離せなくなる。
    (べ、別に、い、嫌じゃありませんけど……)
     そうこたえるのがやっとだった。普段の自分ならば、嫌ではない理由をつらつらと述べているだろうに。いや、これまでの自分たちの関係を思えば、仕事以外で会うのはやめましょう、と言ってもいいくらいだ。だがそれができないところに、自分の弱さがある。
     赤井と一緒にいる時間が増えると、恋心が募る。恋心が膨らむと、本音が心の声となって赤井に届く危険がある。自分の気持ちと危険を天秤にかけてもなお、自分は結局、赤井と一緒にいたいのだ。惚れた側が負け、とはよく言ったものである。


    <8>


     食事を終えると、「ごちそうさまでした」の声が赤井と重なった。二人で顔を見合わせて笑い合う。手を合わせるタイミングも、声を発するタイミングも、笑うタイミングまで一緒とは、これまでの自分たちにとっては考えられないことだったのではないだろうか。
     赤井とは息がぴったりだと感じることが度々あった。だが、こうして意識していないところでタイミングが合うのは、これまで以上に息が合いはじめている証だ。
     心の声が聞こえるようになった影響なのだろうか。いずれ、心の声を聞かずとも互いの考えていることが手に取るようにわかったりするのだろうか。
     甘美な期待に胸は膨らむが、自分の考えが赤井に知られてしまうのは困ると降谷は思い直した。
     二人分の代金を払おうとする赤井と一悶着あったが、別々で会計を済ませて店を出る。赤井はどこか不服そうだったが、降谷の心は晴れやかだった。赤井の思う通りにさせてあげられなくて心から楽しいと思う。
    (次は俺に支払わせてくれ)
    (嫌ですよ。あなたに借りを作るなんて)
    (借り、か……)
    (とにかく、食事は絶対に割り勘です。それに、さっき店員さんも困ってたでしょう? きっと僕達が黙ったまま睨み合ってるように見えてたはずです。他の人からどう見られているか、もっと意識して気を付けないと……)
    (睨んでいるつもりはないんだがな……)
    (え?)
    (俺が君を睨むわけないだろう)
    (……そうでしたっけ?)
     そう言われてみると、赤井の睨んでいる表情がうまく思い出せず、自分の言葉に自信が持てなくなってくる。
    (ああ。君は俺を容赦なく睨んでくるがな)
    (それは……癖なんですよ、もう)
    (フッ……そうか)
     赤井が隣で笑う。降谷は一瞬見惚れてしまい、慌てて視線を正面に戻した。途端に何を話せばいいのかわからなくなってしまい、降谷は口を閉ざす。
     そんな自分を赤井は静かに見つめてきた。歩きながら隣にいる自分をずっと見つめてくるとは、実に器用な男だ。しばらくは我慢できたが、意識すればするほど顔に熱が集まってしまい、降谷はか細い声で告げた。
    (そんなに僕を見ないでください)
    (気に障ったかな?)
    (そんなんじゃないです。ただ落ち着かないだけです)
    (それはすまない。これからしばらく別行動だから、もう少し君を見ていたかったんだ)
    (なっ……)
     率直な赤井の言葉に、降谷は呼吸するのも精一杯な状況になる。
    (言っただろう。こうして君と会話できるようになってから、君とますます一緒にいたくなったのだと)
    (で、でも、週末には会えるんですよ?)
    (それはわかっているんだが……声は聞こえても姿が見えないと、やはり寂しいものがある)
    (どうしたんですか? 赤井らしくないですよ、そんな言い方。これじゃあまるで……)
    (まるで?)
     赤井が促す。降谷は我に返り、両手で自分の口を塞いだ。赤井に届くのは心の声なのだから、口を塞いでも意味はないというのに。
     赤井の声に誘われるように、「まるで僕を口説いているみたいだ」と告げてしまうところだった。いったい何をどうしたら、そんな考えに至ってしまうのだろう。自分の思考があまりにも危険すぎて、降谷は混乱した。
    (……いえ、なんでもないです)
     混乱の末、そう誤魔化すのが精一杯だった。


    <9>


     赤井と一緒に食事をする楽しさを知ってしまったことで、降谷はひとりで食事をしている時間、なんとなく物足りなさを感じるようになってしまった。
     しばらく赤井とは別行動だったため、相手を誘う、もしくは誘われなければ、会うことは叶わない。しかし、赤井を食事に誘うという芸当は到底できなかった。プライドによるものか。ただ単に恥ずかしいだけか。自分でもよくわからないまま、味もよくわからなくなってしまった栄養補給用のバーを齧る。
    (降谷君、聞こえているか?)
    (は、はいっ!)
     噂をすればなんとやら。赤井のことを考えているときに赤井の心の声が聞こえてきて、降谷は思わず落ち着きのない声を上げてしまう。
    (取り込み中だったかな?)
    (い、いえ、今ちょうど休憩してて……)
    (そうか。俺もちょうど休憩に入ったところでね。ところで今日は予定通りいけそうか?)
    (はい、大丈夫です)
    (わかった。あとは合同会議が早く終わることを祈ろう)
    (ええ、そうですね)
     今日は金曜日。あの日から一度も会えないまま、赤井との約束の日が来てしまった。今日は仕事が終わったら、二人で一緒にスーパーで買い物をし、降谷の自宅に向かうことになっている。
     赤井の要求は、“降谷の作る肉じゃがの味が知りたい”だ。降谷がいつも作っている肉じゃがを提供してもよかったのだが、あの赤井に食べさせるとなると、これまでの味を超える味を追い求めたくなってくる。
     約束をした日から今日まで、降谷はネットや動画アプリで、肉じゃがのレシピを見まくり、毎日肉じゃがを作った。おかげさまで、自分でも納得のいく肉じゃがを創り出すことには成功したが、実に様々なレシピを試したため、一日三食すべてが肉じゃがになった。量も多いので、風見をはじめとして部下たちにもお裾分けした。それでも余ったので、毛利探偵事務所にも持って行った。
     いずれのレシピも評判が良かったので、降谷は安心して今日この日を迎えることができた。
     もちろん、今日に至るまでの苦労は、赤井に悟られないよう注意しなければならない。
     赤井に美味しい肉じゃがを食べさせるために、必死で肉じゃが作りを練習し続けたことなど、絶対に赤井には知られてはならないのだ。
     赤井には、「久々に作ってみたんですけど、お口に合いましたか?」と言えるくらいの心構えでいるくらいがちょうど良い。
     脳内でこれからのことをシミュレーションしているうちに、合同会議の時間を迎えた。赤井とは席が離れていたので、直接話すことは叶わなかった。会議後は、組織ごとに分かれ、今後の方針を話し合う。話し合いは順調に進み、終業時間より少し早めに今日の仕事を終えることができた。
     終業時間ちょうどに声をかけると、時間が来るまで心待ちにしていた感が出てしまうため、終業時間から十五分程過ぎたところで赤井に声をかける。
    (赤井、こちらは終わりました。そちらはどうですか?)
    (ああ、こちらもちょうど終わったところだよ。足はどうする?)
    (あなたさえよければ、僕の車でどうです?)
    (ありがとう。助かるよ)
    (では、駐車場で待ち合わせしましょう)
    (了解)
     降谷はすぐさま鞄を持って駐車場へと向かう。その途中で赤井の姿を見かけた。複数の女性職員達に囲まれている。今日は金曜日。もしかすると飲みの誘いでも受けているのかもしれない。赤井に声をかけるべきかどうしようか悩んでいると、赤井と目が合った。赤井は彼女たちに片手を上げて断るような素振りをし、すぐにこちらへと向かってくる。
     赤井とこうして会うのは、昼に肉じゃがを一緒に食べたとき以来だ。会えない間も心の声で会話は交わしているが、やはり実際に会えるとなると嬉しさが何倍にも膨れ上がる。もちろん、その感情が伝わらないように、これからの時間は注意が必要だ。
    (断って良かったんですか? 誘われたんでしょう?)
    (俺にとっては、君の肉じゃがが最優先だよ)
     胸が鳴る。夕陽があまりにも眩しくて、降谷は赤井の顔を見ることができなくなった。
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