入る隙もない「かんぱーい!」
都内の居酒屋に六人の若者の声が響く。今日は呪術師、補助監督を集めた親睦会という名の合コンだ。五対五で男女十人の大人数な飲み会。色んな豪華なメンバーがいるが、その中でも俺が店に来てからずっと視線を釘付けにされている人物がいる。虎杖悠仁くんだ。
悠仁くんは、普段こういう場に一切顔を出さない。彼自身は明るく、人懐っこいし誰にでも平等に優しい故に、誘う人はたくさんいる。そういう面で見ると飲み会なんてノリノリで参加しそうだが、毎回「ごめん、恋人が嫌がるから」という理由で断っているらしい。悠仁くんに密かにガチ恋している俺は、恋人がいることにまずショックを受けた。が、ならば合コンじゃなかったら来てくれるのではないかと俺は思いつき、さっそく合コンであることを隠して悠仁くんを誘ってみた。そしたらビンゴだ。悠仁くんは人好きのする笑顔を浮かべて、快諾してくれた。悠仁くんが参加すると聞いた伏黒くんと釘崎さんまで来てくれることになったし、一石二鳥だ。この二人のファンも多いから、人もたくさん集まった。
和気あいあいと飲み会メンバーと話している悠仁くんを見つめる。ニコニコと笑顔を振りまいている悠仁くんは最高に可愛い。みんなの頼みたいものをちゃんと聞いてくれて、まとめて注文してくれる悠仁くんは陽キャそのものだ。陰キャの俺には眩しく思えて、少し目を細めた。
俺はこの合コンで悠仁くんとの距離を縮め、あわよくばお持ち帰りして悠仁くんにあんなことやこんなことをしようと企んでいる。悠仁くんの彼女には申し訳ないが、一晩でも悠仁くんを俺のものにしたかった。悠仁くんの乱れた姿を想像して、口元をひっそりと歪ませる。騙したどころかこんな想像をされているとは露知らず、悠仁くんは俺に気づいて声をかけ、太陽のような笑みを向けてくれる。あぁ、やっぱり悠仁くんは天使なのかもしれない。
「やっほ! 誘ってくれてありがとな!」
「う、ううん! 逆に来てくれてありがとう……! 悠仁くん、いつもこういう場所来ないから嫌いなのかと……」
「いや、普通に好き。合コンだと恋人が嫌がるからさ」
本当はこれも合コンなんだが、自分のためにも悠仁くんのためにも、黙っておくことにする。少し胸がチクッと罪悪感で痛むが、致し方ないことだ。
「そうなんだ……恋人さん、束縛激しいんだね」
というか、俺が逆の立場だったら嫌だからなぁ……と悠仁くんが俺の反応を聞いてボソッと呟いたが、俺の耳には全く届かなかった。
「悠仁くんは普段何して過ごしてるの?」
「んー……筋トレとか…あ、でも映画見るの好きだな」
「映画、好きなの?」
「うん! さ……恋人と休みの日とか一緒に家で見たりするのが多いかな〜」
「……そっか」
じゃあ今度俺と一緒に行こうよ、という言葉は『恋人』という単語が悠仁くんの口から出てきたことで、ぐっと口を結んで飲み込んでしまった。
その後も、少しでも距離を縮めるために色んな話題を振ったが悠仁くんは何を答えるにも「恋人が」「恋人と」のワードをつけるもんだから、俺はだんだん顔も知らない悠仁くんの『恋人』に、めらめらと嫉妬心を燃やしてしまう。そんなに恋人とやらが好きか。悠仁くんにこんなにも愛されるなんて、一体どんな人間なんだ。ずるすぎる。……そういえば、答える前に毎回『さ』と言いかけているのは気のせいだろうか。
こうなったら、もういっそ悠仁くんの彼女のことについて探りを入れてみるか、と思い悠仁くんに再び話しかけようとすると、悠仁くんはスマホをじっと見つめたあと、花が咲いたようにふわっと柔らかく笑った。見たことない表情を浮かべながら、スマホをタップしている。一瞬、悠仁くんの魅力的な表情に見蕩れたが、もしかして恋人からの連絡なのかと思い一気に緩んだ顔から真顔になる。
「ゆ、悠仁くん…もしかして、恋人さんから……?」
「えっ なんで分かったの」
そんなに俺分かりやすかった と顔全体を真っ赤に染め、恥ずかしそうに顔を両手で挟んでいる。悠仁くんにあんなに可愛い顔をさせられる恋人が羨ましくて、無意識に俺は歯をギリっと食いしばり拳を強く握る。いや、いい。俺は今晩悠仁くんをお持ち帰りして可愛い表情をたっぷり堪能できるんだから。
俺が悔しがっている間にも、彼女から連絡は何回も来ているようで、悠仁くんは忙しそうに、しかし変わらず嬉しそうに返信している。スマホが傾いて、画面が見える位置になったせいで俺は出来心でつい前屈みになって画面を覗き込んでしまった。画面に表示されているメッセージを見て、目を見開く。
『悠仁、飲みすぎてない?大丈夫?』
『酔って倍可愛い悠仁みんなに見せたらダメだからね?』
『時間になったら迎えに行くから。愛してるよ』
これは、一体なんだろう。
本当に彼女なのだろうか。喋り方が男性っぽいし、普通彼氏のこと彼女が迎えに行かないよな……と疑問に思いつつ、よっぽど男勝りな彼女なんだろうと無理やり自分を納得させた。
先程のトーク画面にあった『酔って倍可愛い』の言葉に、俺は口角を上げて笑う。やはりお持ち帰りするとなると、悠仁くんをべろんべろんに泥酔させる必要がある。だが、どうやってそんなに悠仁くんにお酒を飲ませたらいいのかが分からない。
すると、ずっと無言を貫いていた釘崎さんが悠仁くんのスマホを思い切り覗き込み、「ゲッ」と蛙が潰れたような声を出した。それに何かを察した伏黒くんが、「またあの人か」とため息混じりに疲れた声を出す。
「相変わらず激重ヤンデレ野郎ね。ただの連絡でこんなこといちいち言うかっての」
「や、ヤンデレ……? よく分からんけど、まぁ心配性だよな。俺のこと可愛いとか思うのさ……あの人だけだよ」
「ハァ……アンタもアンタよ。嫌じゃないの? そんな逐一連絡寄越してきて。しかも重いし」
「んー……いや、忙しいのにそんなことしてる場合じゃないでしょ? とは思うけど、別に嫌じゃないし俺は嬉しいよ。愛してるとか毎回言われるのは流石に照れるけど……」
「惚気を聞きたいわけじゃねぇんだよこっちは……」
「……俺は虎杖がいいならいいと思う」
「アンタも黙ってなさい、伏黒」
大きなため息をつきながら頭を抱えている釘崎さんと、菩薩のような顔で呟く伏黒くん、頬がうっすらと赤く染まった顔で「惚気けてないから!」と必至に弁解している悠仁くん。なかなかカオスな状況だ。
こちらはこちらで、好きな人の恋人との惚気を聞かされてダメージがすごい。あのメッセージが嬉しいのか。しかもこまめに来るのに? かなりヤンデレで重い彼女さんなんだろう。それを喜んで受け入れている悠仁くんもかなりイカレている。
悠仁くんは照れた勢いで、目の前のビールのジョッキを一気にあおった。照れくささを酒で誤魔化したいのだろう。その後も釘崎さんと伏黒くんに、悠仁くんの恋人のことで散々言われ悠仁くんはどんどん顔を赤くしていき、その度に恥ずかしさを打ち消すように酒を何杯も飲んでいく。
みるみるうちに空になったジョッキが溜まっていき、ついに二人から止められるようになった時には、案の定悠仁くんは潰れていて真っ赤になった顔で机に突っ伏していた。
◇
「悠仁くん……! それ以上はダメだよ」
「そうよ。虎杖、もうやめときなさい」
「んん……やだ、まだのむ……」
「やめとけ。これ以上お前に飲ませたら俺らが……」
ただでさえ酔わせんなってあの人に言われてんのにさらにめんどくせぇことになる……と伏黒くんがブツブツ呟いていたが、俺は自分の目論見がこんなにも上手くいっていることに歓喜し密かに口角を上げて浮かれていたので聞こえていない。まさか悠仁くんが自分から飲みすぎてこんなにも酔ってしまうとは。
伏黒くんに飲みかけのジョッキを奪われ、取り返そうと腕を伸ばしている悠仁くんを見る。
舌っ足らずでふにゃりと蕩けた話し方や顔全体を真っ赤に染め不満そうに口を尖らしている表情もそうだが、暑いと言ってパタパタと胸元をはだけさせた時に見える鎖骨、むっちりとしたおっぱい、その谷間に流れ落ちる汗があまりにも扇情的で、俺は無意識にゴクリと喉を鳴らす。
このまま上手く行けば、悠仁くんを俺の家にお持ち帰りしてそのまま……。想像だけでゾクゾクしてしまう。もうすぐ合コンもお開きになるし、タイミングも完璧だ。
悠仁くんをどうするか、という話題になった時、待ちわびていたと言わんばかりに俺が勢いよく名乗り出る。念願の大好きな悠仁くんの身体に触れ、語りかける。
そうだ、俺はこの時完全に浮かれていたから[[rb:あ>・]][[rb:の>・]][[rb:時>・]]の言葉を忘れていた。
「ゆ、悠仁くんのことは俺が……! 悠仁くん、俺の家に――」
「――誰が、悠仁をどうするって?」
俺が興奮した声色で悠仁くんに声をかけた瞬間。
その場の空気と俺の浮かれた気持ちを全て冷えきったものにする氷のような鋭い声が響いた。
聞き覚えのある声。頭の中に浮かんだ可能性を認めたくなくて、恐る恐る顔を上げ目の前に立っている人物を見上げると、怯えた悲鳴のような声が自分の口から漏れた。
――五条悟だ。
無下限呪術と六眼を持ち合わせている、[[rb:あ>・]][[rb:の>・]]現代最強の呪術師。
何か術式をかけられているのかと思うほど頭が固定され、ピタリと止まり動かせない。為す術なく、ただただ五条悟を見つめる。すると視線がこちらに向かれ、絶対零度の瞳と目が合う。その瞳は氷より冷たく、何の感情も持ち合わせていない。何もかもが見透かされそうで、今すぐにでも目線を逸らしたいのにそれが出来ない。
何分、何秒そうしていただろうか。
縮こまった俺を無視するかのように五条悟は突然視線を逸らし、先程俺に向けた目が嘘かと思うくらい甘く蕩けた目で悠仁くんを見つめる。
「こーら、悠仁。こんなに酔うまで飲んじゃダメって言ったよね?」
「……ん〜? ん、さとるさんだぁ〜……」
五条悟を視界に認めた瞬間、悠仁くんの表情はふんわりと緩み甘えるように五条悟に擦り寄り、胸板に頭をぐりぐりと押し付けていた。そんな悠仁くんを当たり前かのように受け入れ、五条悟も相好を崩しながら悠仁くんの頭を撫でる。
「んもー……かわいいねえ。こんなに可愛い姿、僕以外に見せちゃダメでしょ? 悪い虫がついちゃうから。……ねえ?」
悠仁くんに向けられていた目をこちらに向けられ、またもや視線が合う。先程と同じ、もしくはさらに温度が下がった瞳にじっと見つめられ、息が詰まった。
恐怖で身体がガタガタと痙攣するように震える。
『悪い虫』とは確実に俺のことだろう。きっと、俺の考えていることは全て五条悟に[[rb:お>・]][[rb:見>・]][[rb:通>・]][[rb:し>・]]だ。
「……君さ。悠仁をお持ち帰りできると本気で思ってたワケ? で? 悠仁にエロいことする妄想してたんだ? はは……そんなこと二度と考えられないように君の頭、潰してあげようか。僕の悠仁をいやらしい目で見る目もいらないよね? 別に僕は、今すぐにでも君のこと――」
馬鹿にするように話し嘲笑っていたと思ったら、唸るほど低く、温度のこもっていない声で恐ろしいことを言われ震えが止まらない。この人――五条悟なら、それが実行できるほどの力を持っている。冗談を言っているようには全く聞こえない。本気だ。
五条悟が言葉を紡ごうとした時、それに被せるかのように悠仁くんが五条悟の首に抱きつき眠そうな声で唸る。
「んん〜……さとるさん、早く帰ろうよぉ……」
「! うん、ごめんね。帰ろうね。……じゃ、[[rb:次>・]][[rb:は>・]][[rb:無>・]][[rb:い>・]][[rb:か>・]][[rb:ら>・]]」
八十キロはあるはずの悠仁くんの身体を軽々と持ち上げ、俺に最後の牽制をかけて店を出ていった。『次は無い』は、そのままの意味だろう。静まり返った空間に、俺の泣き声だけが響く。
俺は、手を出してはいけない人に出そうとしてしまったのだ。あの冷たく青い瞳が何度も脳内によみがえる。俺は自分の馬鹿さに打ちひしがれ、涙を流す他なかった。
◇
まさか、まだ僕の悠仁に好意を抱くどころかあまつさえ手を出そうとする馬鹿が残っているとは思っていなかった。小さく舌打ちをして苛立ちを表に出す。悠仁に惹かれる気持ちは痛いほどわかる。実際、この僕があの子にすっかり骨抜きにされているんだから。だから、悠仁に好意を抱く[[rb:だ>・]][[rb:け>・]]の人間は放置している。しかし、悠仁に手を出そうとした時点で僕の怒りに触れてしまう。後はもう僕の悠仁に二度と手を出そうなんて愚かなことを思えないようにするだけだ。
今日も、あのまま悠仁が帰ろうと声をかけてくれなかったら有言実行、あの男がこの世界から消えることになっていた。悠仁のために殺すのを我慢しているだけで、本当なら今すぐにでも実行しても僕は別に構わない。止めてくれた悠仁に感謝するべきだ、本当に。まぁ、殺さないだけでそれだけの報いは受けてもらうけど。
何も知らず、すやすやと気持ちよさそうに寝息を立て寝ている悠仁の頬をするりと撫でる。寝ている間も、無意識なのか僕の手に擦り寄ってくるのがたまらない。かわいい、ゆうじ。僕の悠仁。僕の重くてドロドロした気持ちを当たり前に笑顔で受け止めてくれる。普通は引いてしまうだろうに。最高にイカれていて、僕好み。
悠仁が学生時代の時からじっくりゆっくりベタベタに甘やかし続けたおかげで、甘え下手な悠仁は自分から甘えられるようになるほど甘え上手になった。あんな大勢の前で僕に甘えてくれるようになったんだな、と店を出る前の会話を思い出して口元が緩む。あそこにいたあの男以外の牽制にもなったし、しばらく僕の悠仁に手を出す輩は現れないだろう。着々と思い通りに事が動いて、ほくそ笑む。
悠仁に『キラキラしてて綺麗』と褒めてもらった目はどこへやら。あの子には到底見せられない暗く淀んだ青い瞳が鋭利に光る。
「そんな簡単に僕の悠仁を奪えるなんて思わないで欲しいね。……ま、もう既に囲ってるから奪えるわけないけど。悠仁も僕も、相思相愛だから…ね、」
僕の言葉を肯定するように悠仁の首が傾いた、気がした。