アルタナ杉に通い妻する銀時(高銀)「おら、起きろ寝坊助」
そう言って布団をひっぺがせば、転がりでた高杉が眩しさから顔を顰めた。
いつも俺ばかりがだらしない、ダメ人間だのと言われるが、じつは高杉も結構寝汚い。
用事があれば別だが、そうでなければ昼になるまで惰眠を貪る。ガキの頃も攘夷戦争に参加していたときも、無理に起こせば子どもかというくらい機嫌が悪くなるのだから始末に負えない。いつだったか鬼兵隊で高杉のお守りをしていた武市変態も、その寝汚さに手を焼いたと言っていたので、そういうところは相変わらずのようだった。
案の定、布団の温もりを奪われた高杉はうっすらと目を開き、そして再び閉じた。
「おい、寝るな。今一瞬起きたろ。なにしれっと二度目にしけこんでんだ」
「……」
「起きろこら」
高杉の頭を軽く叩くも無反応。
「起きろって」
体を押して畳の上に転がり出してやっても無反応。
「いい加減にしろや」
ついに瞼をこじ開けてやろうと、顔に指をかけたところで、ようやく高杉は「まだ眠ィ」と唸るように言った。
「なあ高杉」
「……」
「朝飯作ったのに、温かいうちに一緒に食ってくれねーの?」
「……」
「せっかく、味噌汁も出汁をちゃんと取って作ったのになぁ」
「……味噌汁の具はなんだ?」
「大根と油揚げ」
「そいつぁ……起きなきゃいけねーな」
「馬鹿野郎、ほかの具でも起きなきゃいけねーの」
のそのそと起き上がる高杉の眉間には、深いシワが寄っている。
「とっとと顔洗ってこいよ」
その額に軽くキスしてやると、ようやく高杉の固く結ばれていた口元がほころんだ。
「なんで昨日の夜は来なかったんだ」
やはりまだ眠いのか、高杉が目をショボショボとさせながら俺の首に手を回してくる。
「昨日の夜は依頼があって遅くなるから、来れないって連絡しただろう?」
「遅くなってもウチに来りゃいいじゃねーか」
「やだよ。万事屋の方が近いし。代わりにこうして朝っぱらから来てやって、飯作ってお前を起こしてやってるだろ?」
どうやら拗ねているらしい高杉の背中をぽんぽんと叩き、あやしてやる。
高杉の顔つきは、最期に見た時よりも、少し幼い。
肉体に精神が引っ張られているのか、それとも本来の性質なのか、高杉はやけにガキのように甘えたになるときがある。
いや、もともとこの男はガキっぽいやつだった。少なくとも、袂を分かつあの時までは、下らないことでムキになって、ケンカをして、そして不器用ながらも仲直りしては、また寄り添った。
それになにより、今はもう戦いに気を張る必要はない。
恨みや悲しみに暮れることも、耐え難い破壊衝動に苛まれることも、もうない。
そんな平和な世で、高杉が江戸の郊外に居を構えたのは、アルタナから再生した体が、およそ十六歳の肉体になった頃だった。
一緒に暮らそうとは言われなかった。仮に言われたとしても俺は頷かなったし、高杉もそれを分かっていた。
俺の居場所は万事屋だ。
俺のいない間も万事屋を守り続けてきてくれた新八がいて、俺たちと一緒ならなんでもしたいと言ってくれる神楽がいて、そして、あの騒がしくて物騒で、そして愉快な連中がいる歌舞伎町。
それでも、目の前にいるこの男も、俺にとっては唯一の存在だ。
だから、普段は万事屋で暮らしつつ、時間ができるたびに通い妻よろしく、こうして高杉の家に来ては一緒に過ごす。
高杉も高杉で、俺がいない間は元鬼兵隊の連中となにやら商売をしているらしい。
お互いに唯一だけれど、きっとお互いだけにはなれない。
俺もあいつも、ずいぶんとたくさんの拾いもんをしてきた、ということだ。
それは決して悪いことではないし、そしてこれからもまた、変わっていくことかもしれない。
「銀時……めし……」
「飯食うなら起きろ。また寝てんじゃねーよ」
俺の胸に体を預け、また眠りに入ろうとする高杉の頬をぺちぺちと叩く。高杉の体を引きずりながら寝室を出て、洗面所に放り込む。
しばらくして、顔を洗ってきた高杉が台所にやってきて、炊飯器から炊きたてのごはんを二人分の茶碗によそう。その間に、俺がごはん以外の品を食卓に並べていく。
鰹節から出汁をとった大根と油揚げの味噌汁。焼き鮭に明太子を巻いた卵焼きに大根おろし、納豆におくらと小松菜を和えたもの。豆腐は一丁を半分に分けて皿に盛り、薬味をのせる。ふむ。なかなか上々な朝食ではないか。
食事の前で手を合わせたところで、高杉がふと思い出したように顔を上げた。
「銀時……」
「ん?」
「おはようさん」
「いただきますの前に言うんじゃねぇよ」
悪態をつきながらも、俺も言う。
「おはよう、高杉」
これが、ここに通うようになった俺の、朝の日課だった。
居間で食後の茶をのんびりとすすっていると、皿洗いを終えた高杉が、自分の分の茶を持ってやってきた。
「銀時、冷蔵庫のありゃなんだ?」
「あれ?……ああ、大根すったからよ。昼か夜に大根餅でも作ろうかと思ってな。水切りしてんだ」
「大根餅……」
「そ、村塾のときにも何回か作って食っただろう?」
「夕飯にしとけ。昼は俺が用意するからよ」
「ふうん、珍しい」
「茶を飲んだら、俺と試合しろよ」
「好きだねぇ、お前も。まあ、いいよ」
「そんで、その後に一風呂浴びてよ」
それから、と高杉は続ける。
俺の目を真っ直ぐに、見ながら言う。
「お前を抱く」
「……」
ついにきたか、とは思った。
高杉とは過去に二回だけ、体を繋げたことがある。
一回目は松陽の首を切ることになる前に。
二回目は二人で江戸に向かう船の中で。
高杉と寝たあと、高杉はいつも俺の前からいなくなった。
だからどうだという話しだが、再会してから、この家に落ち着いてから、俺たちは抱き合って口付けはしても、体を重ねることはしなかった。
「銀時」
「……んだよ、その言い方。決定事項かよ」
「そうだ」
「ダメって言ったらどうすんの?」
「そもそもテメェは〝いい〟だなんて、殊勝なことは言わねぇだろ?」
「なにそれ」
「銀時、お前を抱く」
「……いや、ほら、そもそも、年齢差考えろよ。お前は肉体だけはピチピチの若い坊ちゃんで、俺は三十路を超えた……」
「ああ、男盛りのいい歳だな。食いごたえがたりそうだ」
そう言って、高杉は色男よろしく俺の顎に指をかける。がらにもなく、俺は目をそらす。
「それ、もっとオヤジになったやつのセリフだろ」
「べつにそんな事はねぇさ。歳食って色気づいたんじゃねぇか?お前の隣で寝る夜はいつだって俺ァたまんない気持ちになってたんだぜ?」
高杉の指が頬を撫で、唇を撫で、俺の肌を粟立たせる。
「……やだ」
「一回目も、二回目もテメェはそう言ってたな」
「そうだよ。それなのに、いつもテメェが無理やり襲ってきて」
「三回目もそうなるかもな」
「そんなことしたら、もうこの家来ねぇからな」
「そしたら俺がお前の家に通ってやるよ。なに、俺ァ外堀埋めるのは上手いもんだぜ?なんせ、国一個落としてやった事もあるからな」
「……ったく」
降参だった。
「仕方ねぇ野郎だな」
いつだって俺は、しつこいこいつに根負けしてしまうのだ。
「高杉。その代わり条件があるぜ」
俺の顔を弄ぶ高杉の指を取り、ねだるように自分の指と絡ませる。
「試合と風呂の後じゃなくて、今すぐ俺を抱いてくれよ」
返事は口付けで返ってきた。