苦学生魏嬰がショタ藍湛に監禁される話 魏嬰は奨学金を貰い、大学に通う苦学生だ。
サークル仲間に請われるまま、理由を確認せずに印鑑を貸してしまったから、さあ大変!
なんと勝手に借金の保証人にされてしまい、おまけにその友人が行方をくらませてしまったのだ。
連日のように取り立てにやってくるその道のプロのせいで外出もままならず、怯えることしかできないのだった。
「親もいないし、可哀想だと思って見逃してたけど。煩いからどうにかしろってクレームがきちゃって……。悪いけど、今週中に出て行ってくれないかい?」
それまでは、可哀想だと魏嬰の身上に同情し、魏嬰も被害者だからと、大家が住人たちを宥めてくれていた。
だがついに庇いきれなくなった大家から、退居を宣告されてしまった。
そしてわずかばかりの荷物を手に、退居させられたのだった。
返済も行くあてもなく、このままでは体を売るしか大金を稼ぐ方法がないと思い詰め、プロに聞くのが一番手っ取り早いと、思いついてしまったのだ。
だが、やはり事務所に近づく度に恐怖が襲ってきて、公園のベンチに座り込んでしまった。
どれくらいそうしていたのだろうか?
いつの間にか近所の有名私立小学校の制服を着た、将来有望そうな少年が目の前に立っていた。
「お金が必要なの?」
「ガキには関係ない。お坊ちゃまは、永遠に親のすねでもかじってな」
そう突き放すと、少年は何を思ったのか公衆電話に近づき、綺麗に折り畳まれたハンカチを取り出した。
そしてそれを人差し指に巻きつけると、電話をかけ始めた。
突然の少年の謎行動に、わけがわからず、魏嬰は見守るしかできない。
すると電話がつながったようで、少年が口を開いた。
「叔父上、誘拐されました。申し訳ございません」
そう爆弾発言をすると、受話器を置いた。
「おい、お前!どういうつもりだ家に帰りたくないだけなら、俺を巻き込むな!」
叔父さん?は大声で話しかけていただろうが!
そう問い詰めるが、少年はどこ吹く風。
気にした様子はない。
「早く移動しないと、あなたが誘拐犯にされてしまう」
「知らねえよ!勝手に俺を巻き込むな!」
そう怒鳴りつつも、多額の借金を背負っていたり、少年と一緒にいたり……。
犯人は魏嬰しかいないと指し示しているかのようで、不自然なほど状況証拠だけは揃っている。
「くそったれ!」
そう叫びながら少年の手を取ると、急いでその場から立ち去るのだった。
そしてこの服装では目立つからと、目についた子供用品店に入る。
そこは安さを売りにしている🐰が目印のお店で、衣類すべてや、靴、帽子を揃えても藍湛の着ているシャツの値段にもならないため、あまりの衝撃に、少年――藍湛は目を丸くしている。
「これだから、お坊ちゃまは!」
そう悪態をつきながら会計を済ませるが、支払いは藍湛の所持していた現金なのだから、なんとも締まりのない話である。
そうして年の離れた兄妹を装いながら、二人は逃走を続けた。
だがついに、電車のホームで警察に呼び止められてしまった。
「申し訳ありませんが、捜査に協力していただけますか?」
藍湛のかぶっている帽子を取り、顔を確認させて欲しいと、協力を要請されてしまったのだ。
任意だから断ることも可能だが、それではさも自分を疑ってくださいと、言っているようなものである。
どうする?そう迷っていると、怪しいと思われたのか、応援を要請された警察官たちが、どんどん集まってきた。
そしてまるで退路を断つかのように、囲まれてしまったのだ。
万事休すかと思われたその時、クイクイと裾を引っ張られた。
「お兄ちゃん、私なら大丈夫」
そう囁き帽子を外すと、頬に傷のある美少女があらわれたため、目が点になる。
すると警察官たちもバツが悪そうな顔になり、二人に謝罪しながら立ち去って行ったのだった。
「どういうことだ?その傷は、なんなんだ?」
「さっきついでに買った。ビックリパーティーグッズらしい」
よくよく見てみると、子ども向けオモチャらしいちゃちな作りだが、上手い具合に警察官の罪悪感を利用したようだ。
その後も呼び止められるが、同じ方法を使い切り抜けたのだった。
「おい、どこに行くつもりだ?」
「秘密だ」
そうこうしている間に、電車は海に到着する。
「降りて」
「お前……海に来たかったのか?」
「そう」
「それなら俺なんかじゃなくて、親と来ればいいだろうが」
「父上と母上は、いない……」
「そっか。……俺と同じだな」
「正確には、父上はまだ生きていらっしゃる。だが、母上が亡くなられてからは閉じ籠もることが増え、私や兄上の前には、滅多に姿を見せなくなってしまった」
だから、いないも同然だ。
もともと両親の結婚は反対されていたところを、無理矢理父上が強行された。
だから一族の中には、母上の死を喜ぶ者はいても、悲しむ者はいない。私たち家族のみだ。
だから、あの家から逃げ出したかった。
家にいると息苦しくて、呼吸ができなくなってしまいそうだった。
だから、海に来たかった。
唯一家族ででかけた、思い出のこの海に――。
「金持ちも金持ちで、大変なんだな」
でも、無関係の俺を巻き込んだことは許してないからな!
「それなら大丈夫」
「大丈夫なわけないだろ!誰かさんのせいで、誘拐犯だ!」
「大丈夫だから、私に任せて」
そう宣言する藍湛の表情は、とても小学生とは思えないほど大人びていて、目が離せなかった。
だが、それ以来藍湛は口を閉ざし、海を見続けるだけで、いくら話しかけても返事をしなくなってしまった。
どれだけそうしていたのだろうか?
バタバタという足音が聞こえた。
同時に「忘機!どこにいるんだい」という、誰かを探す少年の声が聞こえてきた。
「あぁ、忘機!やはりここにいたんだね!誘拐されただなんて連絡があったから心配したけど、安心したよ」
それで……隣の彼が誘拐犯かい?
否定しようと慌てて振り向くと、藍湛との血縁関係を確信させる、とてもよく似た、だが少し年上の少年が立っていた。
「すみません、忘機が――弟がご迷惑をおかけしました」
「へっ……?いや、そんなことはないこともないけど!」
思わず素直にそう告げてしまうと、目の前の少年はクスッと笑った。
「近くに車を待たせています。申し訳ありませんが、もう少しだけ、弟に付き合っていただけますか?」
よくわからないが、自分を誘拐犯として捕らえるつもりはなさそうなので、こうなったらと、最後まで藍湛に付き合う覚悟を決めたのだった。
「忘機。叔父上がとても心配されていたから、あとできちんと謝るんだよ。できるね?」
「……はい」
「魏さん……でしたか?今回は弟がご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした」
ただ、言い訳させていただけるなら、弟がこんなことをするのは初めてなんです。
両親のことをお話ししたと聞いたので、正直に申しますが、いつもの弟なら、母の評価を下げないように、誰にも迷惑をかけないように、自分を押し殺していたんです。
私はそんな弟が不憫で、なんとかしてあげたかったのですが、私もまだ学生の身、思うように動けなくて……。
そんな中、長年の心労がたたったのか、母上は亡くなってしまわれました。先月のことです。
「はぁっまだそんな最近のことなのかよ!」
あ、ワリぃ!続けてくれ。
「そうなんです、先日ようやく喪が明けたばかりなんです」
なのに親戚たちは、自分たちの娘を当主の後妻に据えようと躍起になって、私や弟の前でも、声高々に母の死を喜ぶ始末。
今回の騒動をきっかけに、そういう連中は本家への出入りを禁止することを決めたそうです。
それだけ父上も、煩わしかったということなんでしょうね。
「藍湛のことばっかり心配してるけど、あんたは?」
あんたもまだ中学生だろ?
兄貴だからって、我慢しなくてもいいんだからな?
大人になったら泣けないんだから、子供のうちは、遠慮せずになくもんだ。
その言葉を聞き、今まで我慢していたものが溢れてきたのだろう。
静かに泣く兄の姿を見てつられたのか、藍湛も泣き出した。
そして二人で抱き合って泣き、母親の死を悲しんだのだった。
その後、藍湛の家だという豪邸に連れて行かれ、当主代理だという二人の伯父から謝罪され、ようやく開放された。
迷惑料に追加で、一族間の騒動を黙っていているようにとの圧力も兼ねているのか、大金が振り込まれた。
そして魏嬰は、それを使って借金返済し、そのまま藍湛との関係も終わると思われたのだが――。
なぜだかその一件で藍湛に気に入られてしまい、また会いたいと度々迎えの車を断り魏嬰の大学の前でも待ち伏せするようになり、二人とも一躍有名人になってしまった。
魏嬰は奨学金を貰えるほど優秀だから、一応大学も名門中の名門だ。
甥の奇行を止めるためと、叔父上は血反吐吐きながら、渋々魏嬰を家庭教師として雇うことを決めた。
そして週2回、家庭教師という名の遊び相手として、藍家に通うことになったのだった。
そしてそれは、魏嬰が就職活動を始めるまで続いた。
家庭教師最後の日、藍湛から渡したいものがあると言われ、別室にあるからと言われ付いて行く。
だが、なぜか地下へと下りて行っているのか、どんどん薄暗くなっていく。
「なぁ……藍湛。こんな地下に渡したいものなんて、本当にあるのか?」
「ああ、そうだ」
そんな風に断言されるので、仕方なくそのまま歩き続けていると、ようやく扉が見えてきた。
「この部屋の中にあるから」と言われ、扉をくぐると、ガチャンっと鍵をかけられる音が響いた。
「やっと……あなたを手に入れた」
今日からは、ここがあなたの部屋だ。
この部屋のことは、私と兄上、そして父上しか知らない。
我が藍家は道侶に対する思いが強すぎる者が多く、ここは歴代の当主にしか知らない、道侶を閉じ込めるための隠し部屋だ。
そう言われ部屋を見渡すと、家具の値段は天と地との差があるが、配置は魏嬰のアパートと全く同じだった。
「『魏嬰と離れたくない』と兄上に相談したら、この部屋のことを教えてくださって、快く私に譲ってくださった」
だから、魏嬰はもう就職活動なんかせずに、ずっとここで私と暮らして。
魏嬰がおじさんになったって、おじいさんになったって、ずっとずっと愛してあげる。
だから最期のその時まで、私に囚われて。
私のもとに、永遠に就職し続けて――。
そう囁きながら、口づけを贈るのだった。