ごちそう、ごちそうさま 最悪だ、あんなにばっちり見られるなんて。
もうとっとと忘れて久しぶりのデートに集中しようしようとずっと思っていたのに、時間が経っても忘れるどころか何度も思い出しては頭痛さえ起こる始末。こんなの、知恵熱ならぬ知恵頭痛だ。
そんな様子をみかねてか半助さんは早めに帰ろうと提案してくれたけど、それこそ望んでいないとつっぱねてはあれやこれやと歩きまわった。目下の頭痛のタネはどうすることもできないが、こうして二人で過ごしていれば少なくともその間は考えずにいられるはず。
――そう思っていたけれど、やっぱりどうしたってため息が漏れてしまっていたらしい。
無意識のそれをやんわりと指摘されて、とうとう観念したのがついさっき。でもせめて夕食は半助さんの家で、と食い下がった己の必死さは笑われてしまったけど。
デートすらなかなかできない、教師なんて忙しい職についている半助さんのせいでもある、と思わなくはないけれど、それを疲れが見え隠れしていてもいつも楽しそうに子どもたちの様子を話してくれる半助さんには告げる気はない。
そうやって会えないから、こうして久しぶりにゆっくり会えることになったから、浮かれたって仕方ないだろう。
「はあ……」
「見事なため息だねぇ。そんなに一緒にいるとこ見られちゃったのいやだった?」
「そんなことは、ないですけど……」
そうじゃなくて、とあわてて言い訳を重ねる。見ず知らずの人間になにを見られても、なにを言われてもどうだっていい。そんなことは一切気にならない。
だけどその相手がクラスメイトであれば話は変わってくる。
これまで必要最低限の会話しかしたことないからどんな子かはあんまりわからないけれど、きっと明日は会うなり根掘り葉掘り聞き出そうとしてくるのだろうと思うと憂鬱だ。どんな説明をしたところで納得なんかすることなく、勝手に話を広げられるのだろう。
かいつまんで言えば、降りかかってくるだろう面倒に今から辟易しているにすぎないのだ。
「利吉くんはモテるからねぇ」
「……ちゃんと話を聞いてくれないのは、どんな相手でも嫌です」
モテるってところは否定しないんだ、と笑ってしまいそうになるのをぐっとこらえる。
出会ったころから大人たちに囲まれても臆せず向き合っていた子だったが、そこに成長と自信が伴った今は気高く美しくなったと思う。こんな子がクラスにいたら周囲が色めきだってしまうのも無理はない。
「みんな必死なんだよ」
「……よくわかりません」
とぼとぼとテイクアウトしてきた弁当をつつきながら、また出そうになったため息をどうにか逃す。
半助さん以外に興味などないのだと、何度告げても流されてしまっている気がする。煩わしいことなど全部無視できたらいいのに。そうもいかないことはわかっているけれど。
明日を思うとおいしいはずの肉団子も味気なく感じてしまう。
「まあまあ、こんなきっかけでも、いい出会いになるかも知れないよ」
「そうでしょうか……」
「それに、」
区切られた言葉につられて顔をあげると、じいっとこちらをみつめる瞳とかちあった。
「その話、今はもういいんじゃない?」
あぐ、と大きく口を開けてから揚げにかぶりつくと、うまい、と呟いている。そこにはもうあの真剣な瞳はどこにも残っていなくて、いつも通りの人好きのする笑顔に戻っていた。
かじりかけの肉団子の残りを口に放り込んで咀嚼する。レンジであたためた甲斐もあり、わずかだが肉汁も感じられる。
そうしてひとくちふたくち、投げかけられた言葉とともにじわりじわりと噛み締めてゆくと、ごくりと飲み込んだ。そうつまり、今のは。
「……ふふ、そんなすぐに赤くなっちゃって。帰したくなくなっちゃうじゃない」
するりと頬を撫でる手は箸を握り込んだままで、冷める前に食べなさいなんて言葉と行動があっていないにも程がある。
次のおかずはどれにしようとかそんなこと考えられるはずもなくて、三たびのため息を吐き出した。
「帰らないです」
「だめ。明日学校でしょう」
「朝、帰ってちゃんと学校へは行きます」
「うわ、悪い子だなぁ」
はずんだ声をあげながら目の前の弁当を平らげていく半助さんの目は次はどれにしようかとよどみなく選んでゆく。おかしそうに、こちらを見る目は弧を描いている。
自分だって明日は仕事のくせに、それを理由にダメだと言わないのはずるいと思う。
「母に連絡しておきます」
「次お会いしたときにまた怒られちゃうなぁ」
「半助さんのところなら心配ないって言われるだけですよ、きっと」
「信頼されちゃってるなぁ」
別の心配はあるのにね、と続く言葉にまた頬が熱くなる。そんな有様をまた笑われて、どこまでも経験値の差に歯噛みする。
しょうがないだろ、こんなの全部はじめてなんだから。
ふう、と息をついてメッセージを送ると冷めつつある弁当に手をつける。食べて、片付けを終えてしまえば、そうしたら。
邪な思考が見透かされでもしたのか、絶妙なタイミングでピロンと着信音が鳴る。ご迷惑おかけしないように、起きれなくても知りませんよ、と一通りのお小言のあとに、半助によろしく、と添えられた言葉はいつも通り。
こうして泊まるのももう何度目になるのか、母ももう慣れたものだった。
「悪い顔してるねぇ」
「……半助さんほどではないですよ」
すでに食べ終わっている半助さんは肩肘ついてにやにやとこちらを見ている。その視線に晒されながら残りを食べるのはなかなかに骨が折れるが、早く食べ終わらなければきっと以前のように中途半端に残すはめになってしまう。
いつだってやさしいけれど、でも半助さんは待って、をあまり聞いてはくれないから。