うららかさやか「ちょっとちょっと、なに良席引き当ててんの!」
「いやぁ、ねぇ……もっと窓際の方がよかったんだけど……」
こんな教室のど真ん中じゃあ、おちおち居眠りだってできやしない。
いやしないけど。しないつもりだけど。
担任の強い意向でくじ引きの結果を覆すことは許されていないから、多分夏休みまでこのままの席になる。何人かの鋭い視線を感じたりもしたけれど、それこそ担任の言うように己のクジ運を恨んでほしい。
こんな眠れない席なのに主に女子からうらやましがられるのは、右斜め前の男のせいだった。
容姿端麗、成績優秀、文武両道、眉目秀麗、と思いつく四字熟語を並べたててみてもそのどれもが当てはまるのだから見事なもの。山田利吉という男は本人は望んでいないようだけれど、なにかと話題の中心にされがちだった。
なんなら名前すら四字熟語っぽく思えてくる、って言うと本人はすごく嫌がるだろうな。
頬杖をついて、この席の特権であるその横顔を眺める。
つるりとした頬は本当に男子高校生なのかと疑いたくなる。髭なんて生えません、みたいななめらかさだけれど特別なことはなにもしていないらしい。いつだかに女子に囲まれてそう答えていたのを聞いた覚えがある。
主に体育で発揮されている運動神経はそれはもう抜群なのに数多の誘いを断って帰宅部を貫いていて、だから日に焼けることもないその肌はなんなら私より白いかも知れない。
綺麗な男の子だなとは思う。みんながきゃーきゃー言いたくなるのもわかる。そこらのアイドルよりも山田くんの方が多分格好いい。
それもわかるんだけど、ただただ私の好みではないから、こんなに冷静に眺めていられるんだと思う。
なんなら私は山田くんの前の席のバレー部主将の方が好きなんだけど、それを誰かに言うつもりはない。
レンアイする気がないのだ。今は。なんとなく。
女子高生なのに? なんて友達に言われたりもするけど、興味がないのだから余計なお世話だ。
それに、と振り向いたバレー部主将と喋っている山田くんを見ながら、これも誰にも言わないけれど、きっと山田くんも私と同じなのだろうと勝手に思っていたりする。
誰に対しても人当たりのよい笑顔を浮かべてはいるけれど、踏み込ませないラインをしっかり持っている気がする。入学当初から山田くんが何人に告白されてきたのか詳しい人数はわからないけれど、その誰とも付き合っていないらしい。言い方悪いけれど遊び放題だろうに、そういう噂は一切聞こえてこない。
そんな彼をこれからの一年弱で落とせるとは到底思えないのに、みんなよく頑張るなぁ。どうせなら、山田くんと同じ大学目指した方がまだチャンスがありそうな気がするけれど。
家から通える範囲の、県外の偏差値の高い大学を目指しているとはこれも漏れ聞こえてきた噂だけど、彼の頭ならそうだろうなぁって感じのところだ。
あーそうだ、嫌なことを思い出したけれど、花の女子高生に受験生というステータスが加わってしまったんだった。正直山田くんよりそっちの方が私にとっては大問題で、だからまぁこの席は勝手に美しいものが視界に入ってくる席でしかなかった。
とはいえ、四月から全力なんか出してたらすぐ息切れしちゃうし。
そんな言い訳をしながら、新作のフラペチーノをテラス席なんかで啜っている休日の昼下がり。
特に目的があるわけではないけれど、こんな過ごしやすい陽気なのに家のなかにこもっているのもなぁってことで、ふらふら出てきたはいいけれど、ひとりでやれることなんてそうそうなくて。
これ飲み終わったら本屋に行って参考書でも探そうかなぁ、なんて受験生らしいことを考えながらぼんやりと街の様子に目をやる。カップル、家族連れ、友達と一緒の子、その合間をひとり歩いていくひとに無駄に親近感。
みんな楽しそうで、春って感じがする。妙にウキウキとしているこういう空気は嫌いじゃない。いちごのフラペもおいしいし、こういうのがいい休日ってものだろう。出がけに若干呆れたようにお母さんに声をかけられたけど。
こんなにいい天気なんだから本屋だけ行くのもなぁ、と思ってスマホで検索してみるけれど、なんとなく決め手にかける。
駅前を散歩していればなにかみつかるかな、とふと顔をあげると、人混みのなかに見慣れた顔をみつけた。スマホを見ながら前髪を直してる姿がやけに新鮮で、そういうことするんだ、と若干失礼なことを考えてしまう。
こうして正面から山田くんの顔を見るのはなんだか久しぶりな気がして、待ち合わせでもしているのかキョロキョロしている姿は周囲の視線を集めてしまっている。本人は全然気がついていないっぽいところが不思議なんだよなぁ。
こんなにガン見してたらバレそうなものだけど、それどころじゃないらしい。ごめん、と心のなかで謝って、好奇心のままにその姿を観察する。
誰かに言いふらしたりとかするつもりないから許してほしい。だって、もうその感じはいつだったか明日初デートなんだって浮かれてた友達と同じなんだもん。
あの山田くんが、あんなにそわそわと待つ相手はどんなひとなのか。気にならないはずがない。
山田くんと同じようにしばらく待っていると、再びスマホに視線を落とした山田くんがメッセージを確認したのか、ぱっと顔をあげた。
――うわ、あんな顔で笑うんだ。
そこそこ距離があるからなにを言ったのかまではわからなかったけれど、小走りに近づいてきた男のひとをみつけた瞬間、学校では見たことのない顔で山田くんは笑っていた。
学校行事や友達とのやりとりなんかで笑っているところはこれまで何度も見てきたのに、そのどれもとはちがうその表情に、なんでか顔が熱くなる。
っていうかあの男のひと、誰なんだろう。
山田くんは確かひとりっ子だったはず、ってこれも勝手に聞こえてきた情報だからあってるかどうかはわかんないけど、兄弟って感じはしない。久しぶりに会えたお兄さんだったとしても、あんな顔はしない気がするし、なんかどこかで見たことある気がするんだよなあのひと。
どこでだったかなぁと思い出すべく二人をじっとみつめたままだったのがよくなかった。一言二言会話をしていたかと思うと、お兄さんの方がこちらを指差してきた。
やば、と思う間もなく山田くんと目があうと、もうかわいそうなほどにしまったって顔をしたかと思うと赤くなっちゃって、ますます二人の関係がわからなくなってゆく。
これだけばっちり認識されたのに無視をするわけにもいかず、ひらひらと手を振ると山田くんは片手をあげてくれて、お兄さんの方は私と同じように振り返してくれた。
そうして二人歩き出すと、雑踏のなかにまぎれていって、私もそれ以上見てはいけないような気がしてテーブルの上のフラペを手にとった。いい感じにとけたそれを飲み干すと熱い頬にちょうどよかった。
カップを片付けて店を出る。
どこに行くのかまだ決めてはいないけれど、とりあえず二人が歩いていった方向とは真逆に進もうと思う。
こういうのを白昼夢というのかもしれない。なんだかまだ体がふわふわしている感じがして、山田くんのあの反応が移ったみたいだ。
月曜日の朝、どんな顔の山田くんが見られるかな、なんて意地悪なことを考える。いやこちらが怒られる可能性だってもちろんあるわけだけど、少なくともあの席の並びで無視はできないだろう。
別に突っ込んだことを聞いたりはしないから安心してほしい。だけど多分前よりちょっとだけ、話しやすくなったような気がしちゃうのはまぁ、ごめんねって感じだけど。