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    竹のしお

    20↑┃期間限定twst垢┃ネタは雑多
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    竹のしお

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    n番煎じの刺客ネタ(?)
    両片思い期のイメージ
    カリムがちょっと戦える設定
    誤字脱字はスルーでお願いします。

    #ジャミカリ
    jami-kari
    #twst腐

    白と黒の布 尾行けられている、とカリムが感じたのは、おそらく刺客自身が気付くよりも随分前だ。
     むせ返るようなスパイスの香り。日よけの隙間から届く光線のような陽光。賑わう人通り。今まで何度も視察に訪れた街のバザールで、まさか命を狙われる羽目になるとは。
    「……あぁ~、せっかく楽しんでたのになぁ」
     カリムは後ろ頭を掻いた。生地屋の店主と仲良くなって、自分に合う布地を買ったところだ。ホテルに届けてもらう約束をして、さて次の店へ、と思っていたが、どうやら引き上げ時らしい。
    「おっちゃん、それ、やっぱり自分で持って帰るよ」
    「でも、結構重たいぜ、坊ちゃん」
     自分に合う布地だが、兄弟にも合うだろう。そう思って買い込んだ布地は、心棒に巻き付けられた状態のままであり、長さも重さもそれなりにある。
    「それがいいんだよ。ありがとな!」
     両手で布地を受け取る。店主が心配した通り、少し煩わしさを感じる重さだ。カリムはしっかり抱え込むと、ポケットから携帯電話を取り出した。
    「えぇっと、ジャミルは……」
     カリムの護衛も兼ねている幼馴染は、この街が何度も視察に来ているからと、珍しく自由行動を許してくれている。ホテルにいる可能性が高いだろう。
     脳裏で地図を思い浮かべて、途中での合流は難しそうだな、とカリムは苦笑した。何とか自力でホテルまで辿り着かねばならない。
    『カリムか』
     考え事をしながら通話を試みたところ、ワンコールでジャミルが出た。
    「ジャミルぅ!」
     カリムは全力で笑顔を作る。電話口の向こうの、急な電話にもたじろがない頼もしい幼馴染の顔が思い浮かんだ。
    「俺、今晩、“カレーが食べたい”んだけど、スパイスってこの辺で買えるのかな」
     何気ない会話のつもりだ。だが、電話口のジャミルが小さく息を詰めるのが聞こえた。
     カリムはほくそ笑む。さすがはジャミルだ。彼には非常事態であることが伝わったらしい。
     実を言うと、カリムはカレーが好きではない。だからこそ、それを食べたいなんて言うことは、おかしなことなのだ。
    『そうだな……今どこにいる?』
     何気ない会話を装ってジャミルが居場所を尋ねてくる。カリムは答えながら刺客の人数と位置を探った。
     アジーム家の嫡男であるカリムには、昔から政治的にも経済的にも様々な刺客が送られてきた。生死にかかわるきわどい場面も何度もあったが、それを共に切り抜けてきたのがジャミルだ。
    『何人前作りたいんだ?お前のことだから、一人で食べるのは嫌なんだろう』
    「さっすがジャミル!みんなで食べるとおいしいよな!えっと、ひい、ふう……四人かな」
     刺客の数を問われているのだろう。カリムは答えた。
    『四人か、分かった。そういえばお前のナイフを新調しようと思ったんだが、近くにナイフを扱うような店はあるのか?』
     カリムが反撃できる武器の所持を確認されているのだろう。万が一のための防犯用マジックアイテムは持たされているが、反撃用の物は持たされていない。だからこその心配と確認である。
     カリムは手に持った布地を少し持ち直した。
    「ナイフはないけど、麺棒はあるぜ。大きいのが。あとさ、ジャミル」
    『何だ?』
    「呼びたいみんながバラバラなんだ。俺一人じゃ時間が足りないかもしれない」
    『分かった。招待は急ぐようにする』
     ダメもとで助けを求めてみると、意外に前向きな答えが返ってきた。
    「えっ、ジャミル、忙しくないのか?」
    『忙しいが、幸いにして近くにいるんだ。偶然だな』
    「本当に偶然かなぁ…」
    『チッ。お前は気にしなくていいから、いつもの通り行動しろ。間に合わせる』
     何の気なしに尋ね返してみると、舌打ち。どこかで機嫌を損ねてしまったらしい。
     カリムは肩を竦めて、通話を切った。後はいつもの通り、なるべく大通りを通って帰るだけだ。ただ、人ごみに紛れて近付いてきそうなら路地に飛び込んで姿をくらませる。
     ジャミルとそう決めた定石を元にホテルへの道を選ぶ。刺客の存在さえなければ、和やかな午睡のバザールだ。
    「……う~ん」
     カリムは唸った。頬を掻く。
    「困ったなぁ……」
     4人いる刺客は上手く役割分担をして、カリムの行く先を阻むのだ。人通りの多い道を行こうとすれば、さりげなく進路上に誰か一人が割り込んでいる。カリムは近くの店に釣られた振りをして避けるが、そんなことの繰り返しで全くホテルに近づけない。
     このままでは徐々に包囲網を狭められて危害を加えられるのも時間の問題だ。
    「仕方ないな、後はジャミルに任せるか!」
     カリムは切り替えると、近くの店に入る。しゃがみ込んで商品を眺めるふりをして靴の紐の緩みを締め直すと、ぐっと背伸びをして身体を解した。ゆるゆると逃げられるのはここまでだ。
     ここからは定石通りに路地へ走り込む。
    「上手く合流できますように!」
     カリムは祈るように両手をパチンと叩くと、次の瞬間、店を飛び出し、刺客たちの不意を突く形で路地へと飛び込んだ。
     あっという間に人がいなくなる。日陰が多くなり、目が暗さに慣れない。だが、今までの勘でカリムは走った。
    「――!」
     背後から怒声が聞こえる。なりふり構わず追いかけてくるようだ。寧ろ、カリムが人気のないところに入って好機と思ったのかもしれない。
    「ホテルの、方向は…っ!」
     初めての街ならともかく、何度も訪れた街だ。この路地だって初めてじゃない。
     カリムは一直線にホテルの方へ向かった。
     息が上がる。割と体力も運動神経もある方だが、全力疾走はそう長くは続かない。
    「…あっ!」
     ただでさえ暗い路地が更に暗くなった。カリムは出しかけた左足に力を込め、そこをばねのようにして後ろへ飛び退る。
    「チッ!」
     舌打ちをしたのは顔まで布で覆った刺客だ。ついさっきカリムが走り込もうとしたところにしなやかに着地する。別の路地から先回りし、低めの屋根にでも潜んでいたらしい。
     刺客は片手に持っていたナイフをカリム目がけて振りかぶってきた。
    「うわっ!危ないな!」
     半身を逸らしながら、持っている布地の棒でナイフを受け止める。分厚く巻いたそれにナイフは当然阻まれる。少し布に切れ目が入ったのは仕方ないだろう。
    「生意気な…!」
     まさか布に阻まれると思わなかった刺客は眉根を寄せると、すぐさま刃を翻して切りつけてくる。カリムはしゃがんでそれを避けると、棒をくるりと回転させて、相手の胴を狙った。
     ドガッと鈍い打撃音。
    「ぐぅ…っ!」
    「先に仕掛けてきたのはそっちだからなっ!」
     もう一度、カリムは棒を構えた。割に重量のあるそれは、彼がひらりひらりと回転させて振り回すたびに刺客の身体を正確に捉えた。
     胴から、反対の肩、反撃しようとしたところでナイフを持っていた手に向かって棒を叩きつける。振り下ろしの速度が乗った打撃は刺客の手からナイフを吹き飛ばすのに十分だった。
    「くそっ!」
     咄嗟にナイフを拾おうとして刺客が背後を一瞬見る。その隙をカリムは見逃さなかった。
    「悪いけど……やっつけられてくれ!」
     こめかみに向かって重さ数キロが思いっきり叩きつけられた。
    「ぐぁっ…!」
     刺客は白目を剥き、その場に倒れ込んだ。気絶したかどうかを確認する暇も無く、カリムはまたホテルへ向かって走り出す。
     狭い路地を駆け抜け、曲がり角へ。直前、ぞわりと首筋に嫌な感覚が走って、咄嗟に布地の棒を曲がり角の向こうへ叩きつけた。
    「ッ」
     微かな息を詰める音。
     刺客だ。
     カリムが後ろに下がると同時に、曲がり角からもう1人の刺客が顔を出す。隠れていたのか、たまたま鉢合ったのかは分からないが、カリムを見つけて嬉しげに目を細めるのが見えた。
    「二人目、かぁ……」
     口内で小さく独りごちる。1人を対処している分、カリムの方が不利だ。
     幸いなのは、相手が魔法士ではなさそうなところだ。ナイフだけなら対処もしやすい。
    「死んでもらう」
     ストレートに死を宣告された。刺客が飛び込んでくるのを避けながらカリムは首を振る。
    「それは嫌だ!」
     横を通り過ぎた刺客の背中に向かって、棒を振り抜こうとしたが、向こうの方が得物の軽さの分、速さは上。すぐさま反転して顔を切りつけてくる。
    「くっ!」
     棒を盾にして防ぐ。さっきの刺客より手練れだ。
     重ねるように斬撃を仕掛けてくるのを必死でいなしながら、カリムは考えた。
     ――このままだと、じりじりと押し込まれる。どうしよう。
     ジャミルが駆けつけてくれるまでの時間は稼がなくてはならない。
     ――えっと、向こうのナイフのスピードが速いんだろ。だから、俺はこうやって追い込まれてるんであって……。
     防戦しながら、カリムはふと思いつく。
    「ああ、そっか」
     紅の目が希望にきらりと光った。
     ――この布地の棒が重いのなら。
     ガンッ、と再度ナイフが棒を叩く。深く食い込んだ刃をこちら側へひきつけるようにしてカリムは――棒を手放した。
    「これはなくてもいいよな!」
     布地が落ちる重量のある音と、巻き込まれたナイフが落ちる軽い金属音。両方が刺客の耳に届くかどうかのタイミングでカリムは地面を蹴っていた。
     学園の関係者にも認められた運動神経、ジャミルと刺客の波を潜り抜けてきた経験。両者から、カリムは護身術以上に相手を制圧する術を身に着けていた。
     先ほどとは打って変わって軽やかに放たれる高めの蹴り。刺客はぎょっとした様子で屈みこみ、辛うじて避けた。
     だが、反撃はこれにとどまらない。
     避けたと思った矢先に、振り抜けた足とは逆の足が続けて低めの蹴りを放ってきたのだ。傍目にはカリムが優雅にくるりと一周回っただけに見えるが、その実は二連撃の蹴りである。
    「がぁっ!」
     さすがにこれは避けきれずに刺客は肩口に蹴りを食らった。痛みと共にその部位を庇おうとする本能を押さえつけ、カリムへの攻撃に転じる。
    「この…クソガキ!」
     突き出した拳を前腕でいなす。そのまま腕を外側に払い除けると、刺客の胴ががら空きになった。
    「せやっ!」
     鋭く膝蹴りを入れると、今度こそダメージに堪えきれなかったのだろう。刺客からの反撃が一瞬止む。
     カリムは距離を取ってこのまま逃走を続けるか、連撃を叩きこんで確実に戦闘不能に追い込むか悩んだ。ジャミルは今どこだろう。ちゃんと自分を迎えに来てくれるだろうか。
     そう思った矢先、聞き慣れた声がすっと背後から聞こえてきた。
    「【捕縛せよ】」
     ずぅぅっ……と重たさを感じるような音と蛇が這うような感触。それがカリムの脇をすり抜けて刺客の男に向かっていく。黒い蛇のような塊が刺客の身体に到達すると、それは解けて縄の形になり、その身体を完全に縛り上げた。
    「ジャミル!」
     カリムはパッと顔を輝かせると後ろを振り返った。呆れ返った様子で、彼の幼馴染が被っていたフードを少しずらす。
    「お前、まっすぐホテルに向かうって話じゃなかったか」
    「それは分かってたけど、全然ホテルまで行けるように道を空けてくれなくってさぁ…」
     がっくりと肩を落として見せる。ここまで駆けつけてくれたなら、刺客の動きは把握してくれているだろう。だとすればカリムの弁に非がないのも分かってくれる、はずだ。
    「……まあ、妨害に関してはそれなりの技量だったな。戦いに関してはお粗末だが」
     仕方ない、とジャミルが言った。ほっとしてカリムは胸を撫で下ろす。が、すぐに肩をいからせてジャミルに切り返した。
    「ジャミル!まだ、刺客はあと2人いるんだ!早く逃げないと!」
     切羽詰って叫ぶが、ジャミルは呆れた調子を崩さない。
    「それならとっくの昔に捕まえてある」
    「えっ」
     驚くほど対処が早い。ぽかんと口を開けて目の前のジャミルを見上げると、ほんの少しだけ得意げに口角が上がった。
    「誰かさんを追うのに夢中になってからな。背後からの奇襲で簡単に捕縛できた」
    「っ…、さっすがジャミル!」
     カリムは両手を上げてジャミルに飛びついた。頼もしい幼馴染を持って誇りに思う気持ちと、助かったという安堵。両者から全力でジャミルに抱き着く。
    「急に抱き着くな、カリム!」
     飛びつかれてバランスを崩しそうになりながら、何とかジャミルはカリムを支えてくれる。こういうところも頼もしいポイントだ。
    「なっはっは!嬉しくって、つい!」
    「ったく、暑苦しいから離れてくれ」
    「ちぇ……」
     丁寧に引き剥がされ、渋々離れる。それから地面に落とした布地のところへ向かった。
    「あっちゃぁ……破けたり、汚れたりしてるなぁ……」
    「それは?」
    「バザールの布屋さんで買ったんだ。手触りはいつも着ているの程じゃないけど、布の柄がすごく気に入って。お小遣いで買ったんだ」
    「まるごと?何メートルあるんだ」
    「分からないけど……これだけあったら、俺だけじゃなくて弟や妹の分も作れるかなって!でも、刺客と戦うのに使っちゃったから、外側の何メートルからは使い物にならないかもな…」
     しょんぼりと肩を落とす。外側1周は泥だらけだし、ナイフで切りつけられて、数周分は布地がズタズタだ。果たしてどれほど使える部分が残っているのやら。
    「俺に服飾の細かいことは分からないが、内周数メートルが無事ならお前の上下一式ぐらいは誂えるんじゃないか」
     落ち込むカリムに対して、ジャミルは冷静に布地を点検して答えた。
    「ほんとうかっ」
    「服飾のことは分からないと言っただろう。あくまで目安だ。だが、恐らく内周は結構無事だし、お前の命に比べれば数メートルくらい安い物だろう」
    「いのち……俺の命、そうだよな!これのおかげで助かったんだし、寧ろ布にありがとう、だよな!」
     カリムはぎゅっと布地を巻いた布を抱きしめた。ジャミルがそう言ってくれたのが嬉しくて頬を掻くと、ハッとしたように彼は注釈をつけた。
    「アジーム家の大切な“嫡男様”の命が、数メートルの布で助かったんだ。今日は幸運だったと思うんだな。分かったらさっさとホテルに戻るぞ」
     懇切丁寧な注釈を受けて戸惑いながらもカリムは首を縦に振った。
    「う、うん。分かった」
     抱きしめた布地がどんな服に変わるのか想像が膨らむ。それを着たら、ジャミルはどんな風に言ってくれるだろう。
     ――別に、何か特別なことを言ってくれるわけじゃないだろうけど。
     それでもカリムはにんまりとしながら、歩き始めたジャミルの跡を追った。
    「……何にやにやしているんだ、カリム」
    「べっつに!何でもないぜ、ジャミル!」





     時間は少し戻って、カリムが刺客に追われている最中。
    「あの馬鹿を1人にするわけないだろう」
     足元で、陸の鮮魚のように跳ねる男を見下ろして、ジャミルは吐き捨てた。手にはマジカルペン。
     足元の男は顔を布で覆っている。カリムを襲った刺客の仲間だ。襲われたから拘束した。
    「ったく、あの馬鹿。マジカルペンは持って行けって言ったのに」
     もう少し長い自由時間で知らない土地なら、カリムだってマジカルペンを持って行っただろう。だが、ここは見知った土地で、1時間程度の自由時間だ。元から妙なところで間が抜けているカリムがマジカルペンを持っていないのは想定の範囲内である。
     だからこそ、こうしてジャミルはきちんと有事に備えてマジカルペンを携帯している。
    「ぐぅ……ぐっ!」
     身動ぎをした刺客を乱雑に踏みつける。
    「お前達が誰に雇われたとはいえ、あいつを標的にしたんだ、この後のことは予想できるな?」
     治安維持部隊には連絡するが、ここはアジーム家には多大な財政援助を受けている街。そこでの取り調べは過酷なものとなるだろう。無論、ジャミルの知ったことではない。
     魔法でもう一度拘束が緩まないように調節すると、ジャミルはカリムの走って行った方に向かって走り出した。
     事前の電話では聞いた位置情報から考えるに、この先の路地へ逃げ込んだはずだ。ジャミルが接敵した感じ、1人ずつならカリムでもあしらえるだろうが、複数で囲まれると厳しいものがあるだろう。
    「念のため、外に出ておいて正解だったな」
     ジャミルは息を吐く。
     カリムが自由時間を申し出た時、ジャミルも同時に自由時間となった。ホテルで滞在することも可能だったが、妹に頼まれた土産を探しにジャミルもバザールへ来ていたのだ。
     そう、妹への土産を探すために仕方なく、である。土産はホテルでも買えるが、バザールの方がより妹が喜ぶための品が見つかるかもしれないから、である。それ以上でも、以下でもない。
     というわけで、たまたま、カリムと同じバザール内の、近くの通りにジャミルはいた。偶然である。狙ってはいないし、カリムの動向を心配して追っていたわけではない。強いて言えば土産探しのついでである。
     言い訳じみたことを心の中で繰り返しながら、ジャミルはそっと走る速度を押さえた。足音を消し、気配も消す。
     物陰に寄って、そっと視線を斜め上に上げると、建物を繋ぐ回廊に潜む刺客の姿があった。高い所からカリムの移動を監視しているのだろう。
    「チッ」
     ジャミルは小さく舌打ちをした。仲間に連絡して、カリムが挟撃されては面倒だ。
     近くに積んであった木箱をよじ登り、建物のバルコニー部分に音も無く着地した。刺客はカリムの姿を追うのに必死でまだジャミルの存在に気付いていない。
     ――魔法ですぐに捕縛したいが……。
     この刺客たちが魔法士ではないことは知っている。一般人に突然魔法を放つことは、ご法度だ
     だとすれば、結論は簡単である。
     ジャミルはマジカルペンを仕舞うと、そのまま足音を消して男の背後まで向かった。
     ――魔法が使えないなら。
     背後で人が動く気配に刺客がようやく気付いたがもう遅い。
     ――物理で敵を制圧するだけだ。
     ジャミルの腕が蛇のように刺客の首に巻き付き、その意識を喪失させた。



    「さっすがジャミル!」
    「急に抱き着くな、カリム!」
     助けて早々、人を抱き枕か何かと勘違いしているカリムからの勢いの良い抱擁を受ける。あまりの勢いにたたらを踏むが、ここで転ぶなど絶対恥なので必死で堪えた。
    「なっはっは!嬉しくって、つい!」
     当の本人は何も気にしていない様子でお気楽に笑っている。
    「ったく、暑苦しいから離れてくれ」
    「ちぇ……」
     走って高揚した体温がお互いやけに生々しい。振り払うように抱擁を解くと、カリムは唇を尖らせつつも受け入れた。代わりに、武器の代わりだった棒を拾い上げる。
    「あっちゃぁ……破けたり、汚れたりしてるなぁ……」
    「それは?」
     布屋で見かける細い棒に布地を巻き付けたものだ。カリムは嬉しげに目の高さに持ち上げる。
    「バザールの布屋さんで買ったんだ。手触りはいつも着ているの程じゃないけど、布の柄がすごく気に入って。お小遣いで買ったんだ」
    「まるごと?何メートルあるんだ」
     少なく見積もっても十メートル以上はありそうな感じだ。普通の学生レベルの小遣いしか持たせていなかったが、この布地でほぼ吹き飛んだはずだ。
    「分からないけど……これだけあったら、俺だけじゃなくて弟や妹の分も作れるかなって!でも、刺客と戦うのに使っちゃったから、外側の何メートルからは使い物にならないかもな…」
     カリムはしょんぼりと肩を落とす。泥や切りつけられた痕で外周はほぼ使えないだろう。
     だが、ジャミルは冷静に布を観察して発言する。
    「俺に服飾の細かいことは分からないが、内周数メートルが無事ならお前の上下一式ぐらいは誂えるんじゃないか」
    「ほんとうかっ」
     途端、ぱぁっと花が咲くようにカリムの顔が明るくなった。
    「服飾のことは分からないと言っただろう。あくまで目安だ。だが、恐らく内周は結構無事だし、お前の命に比べれば数メートルくらい安い物だろう」
     あまり落ち込まれても面倒くさいので言い聞かせるように付け足すと、何故かカリムが紅色の目を大きく見開いた。
    「いのち……俺の命、そうだよな!これのおかげで助かったんだし、寧ろ布にありがとう、だよな!」
     カリムは布を抱きしめた後、気恥ずかしげに頬を掻く。
     何か失言をしたかと自分の発言を振り返って、はたと気づいた。
     お前の命、とだけ言えば、まるで自分がカリムの命をとても大切に思っていたかのようではないか。確かにビジネスライクとしてはそうだが、情緒的にそうだと勘違いされるのは鼻持ちならない。
    「アジーム家の大切な“嫡男様”の命が、数メートルの布で助かったんだ。今日は幸運だったと思うんだな」
     言葉を重ねて説明してやると、己の勘違いに気付いたのか、カリムの眉が八の字になった。そこから無理矢理視線を外し、背中を向ける。
    「分かったらさっさとホテルに戻るぞ」
    「う、うん。分かった」
     当初は困惑していた様子だが、しばらく歩いていると、背後の足音が弾んだものに変わった。一体、何を考えているのやら。
    「……何にやにやしているんだ、カリム」
     斜に視線を流すと、大事そうに布地を抱えたカリムがまた弾けるように笑った。
    「べっつに!何でもないぜ、ジャミル!」
     その布地は地味でカリムらしくない。礼服や花嫁衣装を思わせる細かい模様が浮かんだ白地に、黒の流水のような染めがされているものだった。
     何故、そんな布地が大切なのか、ジャミルには少しも理解できなかった。






     後日、カリムは跳ねるように家の廊下を歩いていた。
    「ジャミル~!」
     家の中は警備がきちんとしている為、ほとんど別行動だ。親に連れられ、従者の仕事をして多忙を極めるジャミルを捕まえるのは至難の業だった。
     ようやく見つけたジャミルは煩わしそうにカリムを見て、微かに目を見開いた。
    「見てくれ、こないだの布を服にしてもらったんだ!」
     服飾職人に頼んで、とりあえずトーブを一着拵えてもらった。熱砂の国以外の人間には長袖のワンピースのように見えるだろう。カリムが走り回るのを想定して、裾は広がるように少しだけギャザー風になっている。
    「結構動きやすくってさぁ」
     目の前でくるりと一周してみせる。ジャミルにとってはただの布だが、カリムにとっては思い入れのある布だ。白地に黒の流水の染め。この模様がとても気に入った部分だ。その大きな染め部分が胸元に来ているのもすごく良い。
    「どうかな?」
    「どう……って、まあ、悪くないんじゃないか。アジーム家の職人の作品なんだ」
     ジャミルは何とも淡白な返事をする。
     ――服の出来より、似合うかどうかを聞きたかったんだけどなぁ。
     ジャミルらしいと言えばそうだが。
     カリムは気持ちをすぐ切り替えて、染めの部分に触れた。
    「だよなぁ。俺、この布地が本当に気に入って。ちゃんと服になったのが嬉しいんだ」
    「その地味な布が?」
     初めてジャミルが布地に興味を示してくれた。嬉しくなってカリムは胸を張る。
    「うん、だってこの染めてあるところ、ジャミルの髪の毛みたいでカッコいいだろ!」
     ――あ。
     言い切ってしまってから、カリムは己の失言に気付いた。そう思っていたのは確かだ。染めの部分が黒々として、カリムから見たジャミルの、その艶やかな黒髪にそっくりだったのだ。
     これを身にまとえば、少しはジャミルみたいにしっかりできるだろうか。そう思って購入した布地だ。
     ――それに。
    「………お前なぁ」
     呆れた様子でジャミルが半眼を送る。カリムは顔が熱くなるのを感じた。
    「な、なはははは…、ごめん。言うつもりはなかったんだけど、嬉しくなっちゃってさ……」
    「はぁ……。作ってしまったし、お前が好きで買ったんだ。別に俺から言うことは何もない」
     口元を手で押さえているし、目も伏せているから、明らかに呆れ返っている。それでも気にしないでいてくれるらしい。
    「ありがとな、ジャミル!」
    「だから感謝されるようなことも……あぁ、抱き着いてくるな!」
    「あっ、わ、悪い!」
    「お前はもう少し人との距離感ってものを考えろ!」
     ジャミルが少し苛立った様子でお説教してくる。本気で怒っているわけではないのは分かるので首を竦めて素直に話を聞く。
     ――でもさ、ジャミル。
     カリムは薄目でジャミルを盗み見する。
     ――俺、こんな風に思って、布とか買うの、ジャミルだからだよ。
     それはきっと、ずっと、言うことはない秘密だ。
     ――だって、この布の白は、俺の髪の色だったから。俺とジャミルの髪の色だったから買ったんだ。






     父に仕事のことで引きずり回されてようやく解放された自由時間。
    「ジャミル~!」
     そこに現れた、人の体力を根こそぎとっていくような相手。げっそりした気持ちで振り返る。
     だが、ジャミルは開口一番の皮肉も説教も忘れてしまった。
    「見てくれ、こないだの布を服にしてもらったんだ!」
     いつもの花の咲くような笑顔だ。ただ、今日は見慣れない格好をしていた。
     白地に黒の染めがされたトーブだ。布地はこないだ購入したものだろう。布地の細かい装飾が光の加減で浮き上がって見え、上品なデザインだ。
    「結構動きやすくってさぁ」
     目の前でくるりと一周される。下半身のスカート部分が風でふわりと広がる。動きやすいように部分的にギャザーを入れている為だろう。広がったシルエットは、細身のワンピースのようにも見える。
    「どうかな?」
     風で膨らんだ裾を押さえながら、カリムが下から窺うように尋ねる。
    「どう……って」
     ――似合ってい…いや、待て。聞かれているのは服の出来だろう。
     咄嗟に冷静さを取り戻したジャミルは、従者として当然の回答を口にした。
    「まあ、悪くないんじゃないか。アジーム家の職人の作品なんだ」
     似合っているだとか、可愛いだとか、そういった言葉は今必要ないし、思い浮かんでもいない。ジャミルは表情には出さないまま心中できっぱり言い捨てる。
    「だよなぁ」
     カリムはうんうんと頷くと、自分の胸元に両手を当てた。
    「俺、この布地が本当に気に入って。ちゃんと服になったのが嬉しいんだ」
    「その地味な布が?」
     以前から気にはなっていた。その布地のどこかいいのだろうか。
     色は白と黒で地味だ。細かい装飾がついているところは手が込んでいるが、カリムが目を引くような派手さや面白さはない。何を考えてこの布地を選んだのか。
     何気なしに尋ねた言葉だった。この後、とんでもない発言を聞くとは思いもせずに。
     問われたカリムは、誇らしげに胸を張った。心の底から嬉しそうに、こう言い放ったのだ。

    「うん、だってこの染めてあるところ、ジャミルの髪の毛みたいでカッコいいだろ!」

     ――…………………は?
     脳処理に、時間がかかる。
     ――…………待て?
     カリムは、何を言った。
     この布地を選んだ理由が、何より、こちらを髣髴とさせる、と言ったのではないか。否、そう言った。
     言い切ってしまってから、カリムは己の失言に気付いたらしく、口が「あ」の形を取る。そして、一拍空けてから頬が朱に染まってきた。
     ――お前、言ってから照れるなら言うんじゃない!
     おかげでこちらも異様に気恥ずかしくなってきた。言われてみれば、胸元の流水型の染めなど、こちらが垂らしている前髪そっくりだ。その他の染めも後ろに流した髪に似ている気がする。
    「………お前なぁ」
     ――深い意味はないのに、すぐそういうことを口にするんだ。
     呆れている振りで必死に顔が熱くなるのを誤魔化す。
    「な、なはははは…、ごめん。言うつもりはなかったんだけど、嬉しくなっちゃってさ……」
     ――俺をイメージする布で服を作って嬉しがるな。他の人間だと変な意味に捉えられるだろ。
     間髪入れずに心中で説教を入れながら、それを口にしてはより事がややこしくなるので飲み込んでおく。
     ――そう、こいつの考えていることには深い意味なんてないんだ。
     だから、歪みそうになる口角を見せないように口元を片手で覆う。今、カリムの顔を直視することはできないから目線も合わせることはできない。
    「はぁ……。作ってしまったし、お前が好きで買ったんだ。別に俺から言うことは何もない」
     そう言って、いい出来だ、でこの話を終わらせてしまいたい。だというのに、
    「ありがとな、ジャミル!」
    「だから感謝されるようなことも……あぁ、抱き着いてくるな!」
     なんてカリムはすぐに人に飛びついてくる。
    「あっ、わ、悪い!」
    「お前はもう少し人との距離感ってものを考えろ!」
     少しは考えてほしい。
     ――なあ、カリム。
     首を竦めてこちらの説教を聞くカリムは、きっとまた、同じことを繰り返すんだろう。
     ――その布地、赤と黒、あるいは青と黒とかなら買っていたか?
     誰彼かまわずにきっと。
     ――その白がお前の髪の毛の色を表すのなら、それはどんなに……。
     だから、従者としてこれからも彼の行動を諌める必要があるのだ。ジャミルは腕を組んで、改めてカリムへの説教を始めた。
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