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    一時的な格納庫

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    一総
    想いを伝える話

    現パロ大学生同棲一総シリーズ

    ##一総

    皆城式愛情表現「一騎くんが欲しいもの?」
     甘やかな声で復唱された言葉に、総士は一瞬躊躇ってから頷く。正面に座る相談相手は、両手で持っている有名な喫茶店の最新作を一口飲んでから、はぁ、とわざとらしいため息を吐いた。
    「わざわざ学校から遠いお店に呼び出すから、何かと思ったぁ」
    「す、すまない……学内では一騎に会ってしまう恐れがあったから……」
    「わかってるよぉ」
     時間と手間を取らせてしまったことが申し訳なくて俯けば、怒ってるわけじゃないよと真矢が笑った。こうして二人きりで話すことは滅多にないのだが、今回の相談事は幼馴染みの中で一番洞察力が優れている彼女にしか頼めない。
    「それで、一騎くんが欲しいもの、だっけ? どうしたの? 一騎くんの誕生日はまだまだ先だよね」
    「……そう、なのだが」
     歯切れが悪くなった総士を見て、真矢はぱちぱちと目を瞬かせた。そして少ししてから何かに思い当たったらしく「あぁ」と声を上げる。
    「だからなんだね、皆城くん」
    「……さすがだな、君は」
     説明せずとも理解されたことに、驚くと同時に肩の力が抜けた。
     きっかけなんてもう忘れてしまった。もしかしたら、明確なきっかけなど無かったのかもしれない。
     ただ、唐突に思ったのだ。自分は一騎にどれほどのものを返せているのだろうかと。
     たとえば、総士が課題で徹夜をしていると、当たり前のように一騎は夜食を作って持ってきてくれる。それも、まるで常に様子を伺っているのではないかと思うくらい完璧なタイミングで。
     他にも忙しさを理由に総士が蔑ろにしがちな家事をこなし、健康的な生活を送れるように手助けしてくれたりと、とにもかくにも、世話になりっぱなしなのだ。
    「お母さんみたいだね」
    「……来主にも同じことを言われた」
     あれはいつもの四人で昼食を食べていたときだ。総士の弁当も一騎が作っているという話からはじまって、最終的に今の真矢と同じ結論を出された。否定しようとしたが、甲洋にも苦笑いで肯定されてしまえば何も言えなかった。隣で話を聞いていた一騎が何も分かっていなさそうだったことだけが唯一の救いか。
     苦虫を嚙み潰したような顔で呻けば宥めるような笑みが返ってきた。相談料の先払いとして渡したジュースを飲みながら、真矢が言葉を探すように「うーん」と声を漏らす。
    「別に一騎くんは気にしてないと思うけど、今のままなのは皆城くんがいやなんだよね?」
    「……、……ああ」
     総士は決して、無償の愛を求めているわけではない。一騎とは対等な友人であり恋人でいたい。そのためには何かにかこつけて贈るプレゼントではいけないと思ったのだ。
    「だったらさぁ、私じゃなくて一騎くんに聞いた方がいいと思うよ」
    「え? いや……」
     それでは意味がないと言おうとして、柔らかな笑みに制される。まだ続きがあるらしい。
    「一騎くんに喜んでもらいたいなら、本人に聞くのが一番だと思うよ。サプライズがしたいわけじゃないんでしょ?」
    「……そう、だな」
    「ね?」
     それに、と言って一度言葉を切った真矢は、また一口ジュースを飲むと悪戯っぽく笑った。
    「一騎くんが欲しいのは、たぶん物じゃないから」


        ***


     時の流れが、異様なまでに遅く感じる。
     一騎から帰るという連絡が来たのは三十分ほど前だ。バイト先はそう遠くはないので、そろそろ帰ってきてもおかしくはない。そう思うと何も手につかなかった。
     共に暮らしはじめて、五年と少し。親元を離れることに不安が全くなかったわけではないが、それでも決心できたのは一騎が一緒に住もうと言ってくれたからだ。思えば、この生活のはじまりから一騎に助けられていた。これまでもらった多くのものに対して、一体自分に何が返せるだろうか。……何か、返せるのだろうか。
     堂々巡りに陥りかけた思考が、ガチャリという音で現実に引き戻された。
    「ただいまー」
     次いで聞こえてきた声に安堵と焦燥が一緒に湧き上がってくる。どこか冷静な頭が返事をしなければと指示を出してきたが上手く声が出せない。
    「……なにしてるんだ?」
     リビングに入ってきた一騎がきょとんとした顔で首を傾げる。
     何故だろう。一騎の顔を見たら、それまでの緊張だとか、余計な思考だとか、一気に吹き飛んでしまった。
    「一騎、何か欲しいものはないか?」
    「へ?」
     簡潔かつ明快に問いかけたつもりだったのだが、一騎は鞄を置くことも忘れて反対側に首を傾げる。
    「どうしたんだ、総士。何かあったっけ」
    「そういうわけではない。ただ、僕の気持ちの問題だ」
     そこまで言って、はっとした。大切なことが頭から抜けていた。欲しいものを聞くより前に、贈るべきものがあったではないか。
    「……いつも、僕のために心を砕いてくれてありがとう」
     琥珀の瞳がぱちぱちと瞬いた。そう思ったときには一騎に抱き締められていた。どさっという音と共に鞄が床に落ちる。
     突然の衝撃に後ろに倒れそうになった腰と背中を力強く抱き寄せられた。一騎の匂いに包まれ、それだけで身体の熱が上がるのを感じる。
     ああ、僕は一騎のことが好きなのだな、と。今更ながら、改めて、強く思った。
    「いきなり心臓に悪いこと言うなよ、総士」
    「む……何故心臓に悪いんだ」
    「そういうところだぞ……」
     呆れたような声と共に吐息が耳元をくすぐる。くすぐったくて身を捩ったら、逃げようとしたと思ったのか更に抱き締める力が強まった。そんなことをしなくても、どこにも行かないというのに。
    「欲しいもの、あるよ」
    「ほう。なんだ、言ってみろ。僕に用意できるものなら―――」
     紡ごうとした言葉は一騎の口の中に消えた。驚きのあまり見開いた視界いっぱいに、愛しい顔が映る。
     今日はもうまともな会話は望めない気がする。だけど、まあいいか。続きはまた明日話せばいい。そう結論付けて、一騎の背中に腕を回した。










    「欲しいものなんか、ひとつしかないよ」
     朝日が差し込む部屋の中、隣で眠る総士の頭をそっと撫でる。こんな無防備な姿を見せてくれる日が来るなんて、あの頃は思いもしなかった。
    「なあ、総士―――」
     言葉にできない望みは、朝焼けの空に溶けていく。


     願わくば、これから先のお前の時間を、俺にくれないか?
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