霊媒体質春日井くん 第一話「しまったなぁ…」
夜道をひとり小走りで駆け抜けながら、春日井甲洋はため息を吐いた。
シフトに空いた穴を埋めるため急遽バイトが延長になった。元々20時までの予定だったのが今や間も無く日付変更という時刻。
夏だというのに寒気がして、思わず足を止めそうになる。いけない、こういうときに足を止めたり振り返るのは確実に"フラグ"になってしまう。
「早く帰ろ……」
言い聞かせるように呟いて速度をあげた。
甲洋は俗に言う霊媒体質の持ち主だ。霊にとても憑かれやすく、幼馴染みで除霊師の皆城総士曰く『歩く幽霊ほいほい』らしい。なんだその商品名みたいなネーミングはと抗議したら「肩に乗せた連中をどうにかしてから言うんだな」と言われてしまった。
甲洋自身は視ることも触れることも出来ないので、そんなことを言われてもさっぱりなのだが。あの生真面目な幼馴染みが嘘を吐くとは思えないし、実際物凄い肩凝りに襲われていたのに総士が肩を二、三度ぽんぽんと叩いたら嘘のように軽くなったので、疑う余地はないなと思っている。
そんな体質だから、基本的には21時までに家に帰れるようにしていたというのに。きっと今絶賛ほいほい中なんだろうなと思うと気が重くなる。
「はあ……」
同居人になんて言い訳しようかと頭を悩ませている内に、気がつけば自宅アパートにたどり着いていた。
遅くなることはメールで伝えていたからもう寝ているかもしれない。起こしては可哀想だと静かに鍵を開け、そうっと扉を開き──
「悪霊たいさーん!」
元気な声と共に顔にぱらぱらと何かがぶつかってきた。
「あれ? やっぱダメかー」
「……来主、何か言うことは?」
人の背後に目をやりながらぶつぶつ呟く同居人に、思わず地を這うような声を出してしまう。しかし当の本人はというと、一切気にした風もなく満面の笑みを向けてきた。
「おかえり、甲洋!」
同居人であり一応恋仲でもある来主操は、総士と同じく霊視能力を持っている。しかし除霊の力がないため、甲洋が霊を連れ帰る度にあの手この手を試してくるのだが。
「さすがに顔面に塩はなくない?」
ぱたぱたと髪や服から白い結晶をはたき落としていると、操が「塩じゃないよ!」と言って可愛い小瓶を見せてきた。
「味○素だよ!」
「意味がわからないんだけど!?」
塩に魔除け効果があるのは甲洋でも知っているくらいの常識だ。まさかそちらの界隈的には味○素も常識なのだろうか?
「いやぁ、塩使っちゃってさあ。これ白くて粉っぽいし、いけるかなって!」
幽霊にも味○素にも失礼な奴だな。
「で、どうなの? いなくなった?」
「んーん、全然ダメ」
「だろうね」
除霊出来てなくて安心したのは生まれて初めてだよ。
ため息を吐いて着替えるために服を脱いでたら、ぽすっと操が抱き着いてきた。
「しょーがないから、"いつもの"方法でやろ?」
「……明日早いんだけど」
「連れてきたのは甲洋でしょ?」
それについては返す言葉もない。
視えない甲洋とは違い、操は嫌でもそれらを視界に捉えてしまう。このまま一晩を明かせというのは確かに酷な話だ。不可抗力とはいえ、遅い時間に帰ってきた甲洋にも落ち度はある。
「……いなくなるまでだからね」
「はぁい!」
全く怖がってない様子の操に苦笑して、霊たちに見せ付けるように深く口付けた。
その後、何だかんだ火が付いて好き勝手した結果寝落ちてしまった操と、部屋の中にまかれた白い結晶を綺麗にした甲洋が眠る頃には、外は明るくなっていた。