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    minato18_

    一時的な格納庫

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    神を手に入れる話

    ワードパレット。
    11.ラトレイア(灰色/無音/鏡)

    ##雑多

    常夜の福音(マレかず) カツカツと乾いた音が細い廊下に反響する。ひんやりとした空気を切り裂くように歩いていくと、やがて最奥のとある部屋へと辿り着く。そこは鉄の扉によって閉ざされた牢獄だ。鈍色のそれを開けられるのは、この艦の中で唯一人。
     扉の前に立ったマレスペロはしばらくの間部屋の中へ意識を傾け、それから鉄の中央に手を添えた。音も無く道が開く。瞬間、鋭い殺気と共に黒い塊が飛んできた。それを軽々と受け止め、真ん中に膝を叩き込む。
    「……っ」
     微かな呻き声を上げて塊は地に伏せた。膝を折って優しく撫でやると弱々しい腕で払い除けられる。
    「さ…わる、な…ッ」
    「随分と元気だね、一騎」
     己の名に反応した真壁一騎が顔を上げた。琥珀の瞳には苛烈な怒りが宿っている。
     彼を海神島から奪いこの部屋に閉じ込めてもうすぐひと月。彼以外に何も存在しない殺風景な空間は色という概念が無く、さながら灰色の世界だった。
     そんなところに放置され続け、身体も精神もとっくに限界を迎えているだろうに、琥珀の輝きだけは微塵も損なわれない。これは賞賛に値する。思わず口元に笑みを浮かべれば「何がおかしい」と一騎が呻く。最も、聞こえたのは心の声だが。どうやら口もろくに動かせないらしい。
    「君の成長が嬉しいんだよ。僕の気配を掴むのが上手くなった。心の壁を作るのもね。今日なんて扉を開けるまで起きてるか分からなかった」
     数日置きに様子を見に来ていたが、いつも扉の前に立つだけで全身を刺すような殺気を感じた。それが先程は注意深く探っても何も感じ取れなかったのだ。これは凄まじい成長だ。この環境下においても自己の可能性を伸ばすとは。さすがエレメントと言ったところか。
    「……ばか、に、してる、のか……ッ!」
     肘を付き懸命に上体を起こそうとする一騎の項に手を当て力任せに床へと押し付ける。短く呻いて抜け出そうと藻掻く姿はあまりにも滑稽で、憐れで―――愛おしい。
    「馬鹿になんてしていないさ。君のそういうところが気に入ってるんだ。でも」
     未だ動こうとする四肢を部分的に同化してその自由を封じる。赤い結晶に肉体を蝕まれ、さすがの一騎も痛みに顔を顰めた。
    「そろそろ、僕のものにしたいと思ってさ」
     苦痛に喘ぐ顔ににこりと笑いかけ、マレスペロは空間跳躍を使う。
     彼のために作った、とっておきの部屋へと招待するために。
     


    「……なん…だ……ここ……」
     一騎が呆然と呟く。予想通りの反応に満足して四肢の同化結晶を砕いた。
    「あんな殺風景なところにいつまでも居させるのは可哀想だと思って」
     そこは、一面鏡張りの部屋だった。壁も、天井も、床も。全てが鏡で出来ている。
     理解の範疇を優に超える空間だった。視覚情報を頭が処理する前から本能で恐怖を感じてしまうような。
    「気に入ってくれたかな?」
     一騎の混乱を正確に汲み取りながら、マレスペロは敢えて問い掛ける。どんな答えが返ってくるか未知数だった。未だ心が折れずにいるか、あるいは。
    「ぁ……っ」
     小さな悲鳴が聞こえた。顔を覗き込むと、一騎は真っ青な顔で鏡を凝視している。―――否。彼が見つめているのは鏡の中の自分自身だ。
     よく分からないが、想定していたものとは違った効果が出ているようだ。マレスペロにとって願ってもいないことだった。
    「じゃあ、また来るね」
     わざとらしい程明るく声を掛けると、びくりと肩を跳ねさせた一騎が狼狽した様子でこちらを振り返った。
    「ゃ…ッ」
     行かせまいと伸びてきた右手を軽く払い、笑みを残して扉を閉める。
     部屋の中から聞こえてくる音にならない悲鳴に、マレスペロは浮かべたままの笑みを深くした。



     それからは真壁一騎に対する干渉を一切止めた。今までは定期的に具合を見に行っていたが、あの様子では長くは持たないだろう。
     果たして、マレスペロの予想は正しかった。
     鏡の牢獄に放置して一週間。微弱ながら伝わってきていた一騎の心が完全に感じ取れなくなった。最初は壁でも作ったのかと思ったが、それから更に一週間が経っても変化はなかった。
     頃合いかもしれない。浮き立つ心を抑えながら、マレスペロは一騎の元へと向かった。

     半月ぶりに入った部屋は、異様なまでに静かだった。衣擦れの音も、呼吸をする音も、心臓が動く音さえ聞こえない。
     完全なる無音の世界の中心に、彼は居た。
    「一騎」
     いっそ神秘的なまでの静寂を自らの声で破る。それまで微動だにしなかった一騎が、ゆっくりとこちらを見た。その顔は紙のように真っ白で、強い輝きを湛えていた琥珀の瞳は罅割れている。
    「………め……な……ぃ……」
     色を失った唇から掠れた声が漏れた。その音は聞き取れないが、微かに心の声が聞こえてくる。
     ごめんなさい。ゆるして。
     一騎はその二つの単語をしきりに繰り返していた。まるで神に懺悔するかのように。
     ならば、君が欲しい言葉を与えよう。
    「許すよ、一騎」
     心の声が止む。それまで虚空を見ていた瞳が、マレスペロを捉えた。
    「僕は君を許すよ」
     もう一度、今度は真っ直ぐ見つめて繰り返す。壊れた心を溶かして、二度と元の形に戻れなくする為に。
    「……ぁ……」
     一騎が力の入らない右手を何とか持ち上げ懸命に伸ばしてきた。静かに近付いてその手を掴むと、罅割れた琥珀が大きく揺らぐ。
    「………ご、め……さ…ぃ…………ゆる……し、て………っ」
    「うん。僕が許すから。もういいんだよ、一騎」
     そっと包み込むように抱き締めると、おずおずと両手で服の裾を掴んでくる。あと、もう少しだ。
    「その代わり、約束して、一騎。ずっと此処に居るって」
     それは真綿で首を締めるかの如き呪いの言葉。
    「……出来る?」
     胸元に抱き寄せた頭が小さく縦に振られる。それを確かめたマレスペロは、改めて腕の中の存在を強く強く抱き締めた。
    「ありがとう、一騎」

     嗚呼、やっと手に入れた。
     僕の、カミサマ。
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