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    一時的な格納庫

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    とある女の子が出会ったアイドルの話

    ##雑多

    共に駆ける夢(ドルパロ/モブ女子視点) 出会いは、気まぐれにつけた深夜のテレビだった。
     その日は仕事で大きなミスをして、上司にしこたま怒られた上に終電ギリギリまで残業して帰ってきたから、夕飯を食べるどころか化粧を落とすのさえ億劫だった。さすがに社会人としてそれはどうなんだと思い留まったけど、このままじゃ寝てしまいそうだからってテレビの電源をつけた。
     何でもいいから賑やかな番組を、と適当にチャンネルを変えていたとき、私は彼らに出会った。
    『いくぞ、せーのっ』
    『ホライズンラジオ、出張ばーん!!』
     明るい音楽とド派手な効果音と共に聞こえてきたのは、元気な男の子たちの声だった。というか、え、なに、ラジオ? これテレビだよね?
    『来主、元気すぎ』
    『えっ、だめだった?』
    『大分遅い時間だからね。ゆったり過ごしたい人も多いと思うよ』
    『そっかぁ! じゃあ、俺たちとゆったりしよーねっ!』
     画面には四人の男の子が映っていた。どうやらアイドルらしい。一番背の低い男の子――来主操くんが人懐っこい笑みを浮かべてこちらに手を振っている。
     目が、合った。有り得ないけど、ほんとにそう思った。それくらい、操くんはこっちを真っ直ぐ見ていた。
    『だから…まあいいや。皆さん、今日もお疲れ様でした。今日という一日の終わりを、俺たちと過ごしてくれたら嬉しいです』
     操くんの隣でため息を吐いていた長身の男の子――春日井甲洋くんは、こっちを見ると柔らかく微笑んだ。甲洋くんは表情も声も優しくて、どうしてか目頭が熱くなった。
    『この番組は、僕たちホライズンメンバーが皆さんに癒しと元気をお届けするバラエティー番組です。普段はラジオなのですが、今日は特別にこのような形でお送りしています』
    『総士、それ全部読まなくていいんだぞ?』
    『なんだと?』
    『ほら、ここ』
     総士、と呼ばれた長髪の男の子が慌てたように何かをペラペラめくってる。台本……かな? ついさっきまでしっかりはっきり喋ってて大人っぽいなって思ってたのに、わたわたしてるところはとても可愛い。
    『一騎、進めてくれる?』
    『わかった』
     甲洋くんに一騎、と呼ばれた男の子が総士くんからこっちへと顔を向ける。少し表情が硬い気がするけど、それでも一騎くんは精一杯笑っていた。
    『せっかく会えたんだ、最後まで楽しんでくれ』
     変な番組だな、っていうのが正直な印象だった。だってこんなぐだぐだな始まり方するんだもん。でも不思議と嫌な気分にはならなくて、むしろ自然体な彼らの姿にどんどん惹かれていって、気が付いたら夢中で画面にかじりついていた。番組が終わる頃には疲れていたこともへこんでいたことも吹っ飛んでいた。
    『今日はここまでだね。好き勝手騒いですみません』
    『楽しかった~! みんなも楽しんでくれたかな?』
    『ラジオは月に一度配信されます。よろしければこれからも僕たちに会いに来てください』
    『いつか俺たちがみんなに会いに行くからな』
     それは、アイドル的な決まり文句だったのかもしれない。
     だけど、そのときの私にとって、これ以上ない程嬉しい約束だった。



     あの夜から、五年。
     私はアイドルユニット「ホライズン」初のツアー公演、その初日に来ていた。
     月一のラジオ番組しか持っていなかった彼らは、今や全国ツアーを行えるほど大きくなっていた。
     そんなに知名度がない頃から応援していた身としてはやっぱり少し寂しいけど、でも、夢を次々と叶えていく四人の姿はいつだって私に勇気をくれた。
    (私も何かお返しが出来たらいいのに……)
     ライブやイベントがある度に差し入れとお手紙は渡してたけど、それがお返しになっているのかというと微妙だ。アイドルとファンである以上しょうがないことだとは分かっていても、もらっている以上のものを返せたらいいのにと思ってしまう。
    『―――ありがとうございました』
     歌が終わり、会場を満たす拍手に手を振って応えていた甲洋くんが喋り始める。袖から一騎くん、総士くん、操くんが走ってきた。MCコーナーだ。
     ……あれ、操くん、何持ってるんだろう?
    『ええと、念願のツアー公演ということで、何かサプライズがしたいなと思ってメンバーで色々と考えました。その結果……来主、お願い』
    『はぁい! 見て見てこれー!』
     操くんが楽しそうに両手を掲げる。箱、みたい。プレゼントかな……?
    『この中にね、受付でもらったみんなの手紙が入ってるのー!』
     会場がざわついた。ホライズンは事務所の方針でメジャーデビュー前から手紙への返事を一切してこなかった。SNSでも個人宛てに返事をすることは絶対にない。
     なのに、まさか、嘘でしょ?
    『さすが僕らのファンだ、察しがいいな』
    『四枚だけになっちゃうけど、今ここで読んで返事をするよ』
     黄色い悲鳴が会場を埋め尽くす。手紙を読んでもらえるだけじゃなくて返事ももらえるなんて、こんな贅沢なことがあっていいんだろうか。
     そわそわして仕方ない。数万人の中から選ばれるなんて奇跡でも起こらない限り無理だって思うのに、どうしても期待してしまう。
    『じゃあ一枚目いこうか。甲洋』
    『うん。……なんか緊張するね』
     一枚、二枚、三枚と手紙が読まれていく。その中に私のものはない。やっぱり無理だよね、読まれた人いいなぁ、なんて思っていた、そのときだった。
    『最後の一枚だ。ええと……「初の全国ツアーおめでとうございます。ホライズンラジオ出張版でみんなを知ってから、ずっと大好きです」』
     一騎くんの綺麗な声で読み上げられていく内容に頭の中が真っ白になった。
     待って、それ、私の、
    『ホライズンラジオ出張版だって! 懐かしいねぇ~』
    『僕らが初めて地上波に出た番組だな。……深く話すと傷が疼くが』
    『ははっ、あの頃の総士はすごかったもんね。本番に弱いっていうかさ』
    『うるさいぞ甲洋!』
    『総士、続き読むから静かにしててくれ』
    『僕のせいなのか!?』
     会場が笑いに包まれるけど私はそれどころじゃなかった。嬉しくて、びっくりして、とにかく心が追い付かない。そんな状態でも四人の言葉だけは聞き漏らさないように必死で集中した。
    『「あの日、仕事でミスをしてしまってとても落ち込んでいたんですけど、四人に元気をもらったおかげですぐに立ち直ることができました。それからも、ホライズンのみんなには色んなものをもらってます。言葉にできないくらい感謝してます。本当にありがとうございます」……二枚目以降は俺たち個人宛てだから、帰ってからゆっくり読ませてもらうな』
    『へへっ、嬉しいね!』
    『そうだね。俺たちもみんなに返せてるんだなぁって安心する』
     甲洋くんの言葉をすぐに理解できなかった。俺たちもみんなに「返せてる」って……?
    『ホライズンラジオ出張版の放送後、ラジオ番組に寄せられるお便りが少しずつ増えたんだ。そのおかげでテレビのレギュラー番組を任せてもらえた』
    『ファンレターが増えたのもその頃からだったよね!』
    『うん。自信につながったし、背中を押してもらった気分だったよ。やりたいことをやってみようって思えたのは、みんなのおかげ』
     総士くんが、操くんが、甲洋くんが、客席を見回しながらそう言った。いつの間にか会場は静かになっていた。
    『……みんなが俺たちと出会ってくれたから、今の俺たちがある。だから、俺たちからも改めて言わせてくれ。みんな、』

    ―――ありがとう!

     四人の声が綺麗に重なる。モニターに映された彼らの顔をよく見たいのに、視界が滲んでどうすることもできなかった。
     もらってばかりだと思ってた。何も返せないと思ってた。だけど、彼らはそんなことないよと、私たちのおかげだと言ってくれる。こんなに幸せなことがあるだろうか?
     彼らと出会えて、彼らを好きになって、本当に良かった。
    『じゃあ、ライブに戻るぞ。まだまだ続くから―――最後まで、楽しんでくれ』
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