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    minato18_

    一時的な格納庫

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    一総/現パロ
    コーヒーが苦手な総士の話

    ##一総

    昼下がりの太陽「ありがとな、皆城。助かったよ」
    「いえ。また何かあれば言ってください」
     担任教師に一礼し、総士は生徒会室を目指して歩き出した。

     昼休みの廊下はあちこちから聞こえてくる生徒たちの笑い声で溢れていた。自然、口元に笑みが浮かぶ。生徒会長として日々学生たちのことを想って行動している総士にとって、彼らが平和に過ごしているという事実は何よりの褒美だった。
     自分の時間を削りすぎだと幼馴染みたちに怒られることもしばしばあるのだが、生徒会長の責任を全うするのは至極当然のことだろうと言えばそれ以上は反論されなかった。立場には権利と責任が伴う。生半可な覚悟で生徒会長を引き受けたわけではないのだ。
     もちろん、全てをひとりでこなしているわけではない。「総士ってほんと真面目だよな」と苦笑していた甲洋は副会長を務めてくれているし、真矢や翔子は時折資料の整理を手伝いに来てくれる。総士があまり得意としていない各所との交渉については剣司や咲良、衛がフォローしてくれる。
     そして、最後まで総士が生徒会長になることに反対していた一騎は毎日弁当を作ってくれている。「忙しいからって飯抜かないように俺が見てる」と、納得しきっていないながらも総士の意思を尊重してくれた一騎の想いに応えるべく、会議が入っていない日は一騎と一緒にお手製の弁当を食べることになった。期せずして学校でも一騎と顔を合わせる口実を手に入れられて内心舞い上がったことは、きっと真矢にしかバレていない、はずだ。
     今日は職員会議に顔を出さなくてはならなかったので一騎と一緒に食べることは出来ないが、弁当は登校時に預かっている。それだけで頑張れるのだから、自分は存外単純な人間なのだなと感心してしまった。

    「総士せんぱーい!」
     元気な声に名を呼ばれ、この数か月間の記憶に向いていた意識が引き戻される。生徒会室の前に見覚えのある少女が立っていた。
    「西尾か。資料は足りたか?」
    「はいっ! ありがとうございました! ほんっと助かりました!」
     ひとつ下の後輩、西尾里奈は元気よくぺこりとお辞儀をした。里奈は来月開催される体育祭の実行委員だ。準備を進めるにあたって参考にしたい過去資料がなくて困っていた里奈に、生徒会が保管していた資料を渡したのが一昨日のことだった。学校行事を運営する委員会は活動時期が決まっているため、資料管理が疎かになりがちらしい。解決しなくてはならない案件の一つだな、と小さくため息を吐いた総士の目の前に、ずいっと何かが差し出された。
    「これ、お礼です!」
     にこにこと笑う里奈の手にあるのは紙パックのブラックコーヒーだった。ぴくりと眉を動かした総士は、それを悟られないようにひとつ瞬きをした。
    「……僕は会長として当然のことをしたまでだ。気にしなくていい」
    「そういうわけにはいかないですよ。何かをしてもらうことが当たり前になるなんて嫌ですもん」
     そう言って里奈は少し口を尖らせた。これは引いてくれそうにない。
     会長として当たり前の行動をして対価をもらうのは気が引ける、偽りのない本心だ。しかし、それとは別に受け取るのを躊躇ってしまう理由がある。
     総士は、超が付く程の甘党だ。重ねてコーヒーが大の苦手である。わざわざ言うことではないから、幼馴染み以外の人間がそれを知る由もない。故に、何故か持たれてしまっている『コーヒーが好物だ』という印象を訂正する機会もなく、何かあるたびにお礼にとコーヒーを渡されてしまうのだ。どうしてそんな印象を持たれているのか総士自身は不思議で仕方がないのだが、幼馴染み曰く「普段の言動や物腰のせい」らしい。よく分からないが、大人っぽいということだろうと前向きに解釈している。
    「総士先輩?」
    「っ、ああ、すまない…」
    「もしかして疲れてます? 無理しすぎないでくださいね」
     言いながら総士の手を取った里奈は紙パックを握らせてきた。そこまでされてはさすがに返すというわけにはいかない。観念した総士を見て里奈が満足げに笑った。
    「ちゃんと休まないと一騎先輩に怒られちゃいますよ」
    「俺がどうかしたか?」
    「え?」
     総士と里奈の声が重なる。声のした方を見れば、廊下の奥から一騎が歩いてきていた。
    「会議終わったのか?」
    「ああ、今から昼食だ」
    「そっか。お疲れ」
     労わるように微笑んだ一騎が、総士の手元を見てぱちぱちと目を瞬かせる。
    「総士、それ……」
    「西尾にもらったものだ」
    「そうなのか」
     少し考える素振りを見せた一騎は胸ポケットから紙パックを取り出した。可愛らしいパッケージのいちごミルクだ。
    「ちょうどコーヒーが飲みたいと思ってたんだ。これと替えてくれないか?」
    「僕は構わないが……」
     言いながら里奈の様子を伺うと、彼女は何故か楽しそうに笑っていた。
    「私のことは気にしないでください。総士先輩にあげたものですから」
    「……ありがとう」
     了承の言葉を受けた一騎は総士の手からひょいっとコーヒーを取り、いちごミルクを持たせると「また放課後な」と言って去っていった。
    「んじゃ、私もこれで。昼休みにお邪魔しました!」
     ぱたぱたと走り去る里奈の背中を見送ってから生徒会室に入る。扉を閉めた総士は、そのままずるずると座り込んだ。心臓がうるさいくらい音を立てている。
     放課後まで会えないと思っていたから、少し話せただけでも嬉しかったのに。
     手の中の可愛らしい紙パックを思わずきゅっと握る。一騎のさり気ない気遣いがとても嬉しくて、改めて好きだと実感してしまった。
     だって、あんなの、かっこよすぎるだろう。
    「そういうところだぞ、一騎……」
     耳まで真っ赤に染めた総士は、集まった熱を散らすように大きなため息を吐いた。
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