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    minato18_

    一時的な格納庫

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    甲操
    伝えられなかった想いの話

    お題:両片思い

    ##甲操

    氷海の底に眠る 心は目に見えない。感情は明確な形を持たない。それらがそこに在ることを証明できる根拠なんて何一つ存在しない。
    「だから、きみと共有したいって、思ったんだ」
     曇り空から雨が降ってくる。やだな、さいごくらい晴れた空を見たかったのに。
    「あのね、甲洋。僕さ、きみのこと、好きだったんだ」
    「……いきなり、何。言うべきことなら、もっとあるだろ」
    「ないよ」
     いま、これ以上に伝えたい想いなんて、ぼくの中にはない。
    「甲洋のことが、好き。おかあさんよりも、一騎よりも、きみが好きだよ」
    「っ、やめろ来主……!」
     空が下りてきて、ぼくの視界から消える。代わりに慣れ親しんだ匂いとぬくもりに包まれた。ああ、きっと痛いくらい抱きしめてくれてるだろうに、それを感じることができない。少し残念だなあ。
    「こんなときに……そんな嘘、吐かなくていいから……っ」
    「え、」
     耳元で聞こえた呻くような声が何を言ったのか理解ができなかったのは、ぼくの身体が壊れてるからじゃない。正常なときに聞いたって、きっとわからなかった。
    「……来主は、とっくに気づいてたんだろ? 俺が君のこと、どう思ってたか。だから……っ」
     震えていた言葉がついに途切れる。声と同じくらい、甲洋の心も身体も震えてた。
     甲洋がぼくをどう思ってたか? そんなの、わかるわけないじゃないか。一度も話してくれたことないのに。まあ、ぼくもはじめて言ったから、おあいこかな。
     ちがうって伝えたいのに、ぼくはきみに嘘なんか吐かないって言いたいのに、もう口が動かせない。
    「…………ぅ、…よ……」
    「もう喋るな……! すぐにミールのところへ連れて行くから……!」
     ぬくもりが、声が、離れていく。いやだ。いやだよ。ここでいい。終わるならきみの腕の中(ここ)がいい。
     残った気力を全て使って、ぼくから離れようとした大きな手を掴む。ぎゅっと指先に力を込めたら、驚いたような顔で甲洋がぼくを見た。……やっと、ちゃんとぼくのこと見てくれたね。
    「……こ………よ………」
     もう、言葉にはできないけど、でも、ほんとのほんとに、ぼくはきみのことが―――

     思考が途切れる。意識が霧散する。すべてが消えていく。
     共有できなかったこれは何処にいくんだろう。跡形もなく消えちゃうのかな。嫌だな。無かったことになんかしたくないよ。でも、甲洋以外に渡すのもいやだ。だったら、持っていくしかないのかな。そうだ、そうしよう。
     この想いは『ぼく』だけのもの。たとえミールにだって、渡さない。



       ***



     ボレアリオスミールのコアが目覚める。一騎からその報せを聞いたのは三日前――やけに風が強い日だった。
     戦いの中でコアを喪ったボレアリオスミールは、戦闘が終結した後もしばらくは誰も近づけようとしなかった。コアの成長の妨げになってはいけないと島側も接触を控えた。一騎だけは時折様子を見に行っていたけど、それは向こうの呼び掛けに応じてのことだったらしい。
     俺のことは呼んでくれないのか。そんな考えが過ぎる度に自分の身勝手さを思い知る。ボレアリオスミールがコアの成育に窮しているのは、元を正せば俺のせいだ。
     俺が来主をミールの元へ連れて行けていれば。そもそも、来主が致命傷を負う前に助けられていれば。来主の代わりに、俺が―――
    「甲洋」
     静かな声に名前を呼ばれて我に返った。隣に立つ一騎が気遣わしげな目をしている。
    「しんどいなら、店で待っててもいいぞ」
    「……そういうわけにはいかないよ」
     新たなコア、もといエレメントのことを頼むと島のコアたちに言われている。その役目を一騎だけに押し付けたくない。そんなの、建前に過ぎないけど。会いに来る理由が出来て良かった。そうじゃなきゃ、いつまで経っても勇気が出なかったかもしれない。
     心のどこかで、また来主に会える気がしていた。だから、新しいコアをこの目で見ることで現実を受け止めようと思った。守れなかった俺には、その義務がある。
     ごぽ、と、空気が漏れる音がした。刹那、コアを擁するガラスに罅が入り、派手な音を立てて砕け散る。思わず駆け寄りそうになる俺の腕を一騎が引っ張って制した。
    「大丈夫だよ、甲洋」
     一騎の言葉通り、赤い海の中から出てきた少年はしっかりと己の足で床を踏み締めている。破片が刺さりはしないだろうかという俺の心配を他所に、覚束無い足取りながらもガラス片を避けてこちらに近づいてくる。
     少年の姿はよく見知ったものだった。今は濡れているせいでぺたりと張り付いている薄ベージュ色の髪、綺麗な宝石をはめ込んだような蜂蜜色の瞳、抱き締めたら折れてしまいそうな細い身体。全て、甲洋の知る来主操と一致している。
     違う、彼は来主じゃない。わかってる。わかるために、ここにいる。なのに。心が現実を拒絶する。
     すぐにでも駆け寄って抱き締めたい衝動を必死で抑え込み、少年の歩みを見守る。一歩一歩確かめるように歩いてきた少年は、俺たちの―――いや、一騎の目の前で止まった。
    「また会えて嬉しいよ、一騎」
    「……えっ、と」
     返答に困った一騎を見て、少年が「ああ」と笑う。
    「来主操。一騎の好きなように呼んで?」
    「……ん、わかった」
     曖昧に笑う一騎を見ながら、知らず知らずのうちに握り締めていた拳に力を込める。爪が食いこんだんだろう、生暖かい液体が滴り落ちていくのを感じた。
     一騎が何に困惑しているのか、少年はわかっていない。そしてそれこそが、彼が俺たちの知る来主ではない証だった。来主が俺のことをどう思ってたのかは分からないけど、懐いてくれてたのは本当だったし、一番に声をかけてくれるのはいつだって俺だった。
     だから、この子は来主じゃない。俺が心から愛しいと思った、あの子では。
    「ねえ」
     懐かしい声が、知らない響きで言葉を投げてくる。軋む心を誤魔化すために咄嗟に笑みを浮かべ、満月を閉じ込めたような瞳から送られてくる視線を受け止めた。
    「何? 洋服なら羽佐間先生が……」
    「君の名前を教えてよ」
     現実逃避じみた思考がぷつりと断ち切られる。世界から音が消えた。耳鳴りがする。何を言われたのか、理解したくない。
    「来主、お前……」
     俺よりも先に現実を受け止めたらしい一騎の、口にはできなかった問い掛けに、少年は不思議そうに瞬きをしながら答えた。
    「ここにいるってことは、君もエレメントなんだよね? でも、僕の中に君の記憶がないんだ。ねえ、名前を教えてよ。君の口から聞きたい」
    「―――……」
     ―――伝えられなかった想いがある。捨てるには大切過ぎて、抱えておくには重すぎるそれをどうするべきか、ずっと答えが出せずにいた。でも、今やっと、どうするべきかわかった。
    「来主、」
     一騎が何か言おうとするのを片手で制して、深呼吸をひとつ。それから目の前の少年をしっかりと見つめ、残ってる方の手を差し出す。
    「はじめまして。俺は春日井甲洋。よろしく」
    「うんっ! よろしくね!」
     はじめて触れた手は小さくて、壊れないように守ってやらないとな、なんて、身の程知らずなことを考えてしまった。
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