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    一時的な格納庫

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    一総/無印
    一騎が帰ってきてから約二週間後の話

    以前のアンケートお題「嬉し涙」でした!アンケートありがとうございました!

    ##一総

    No Rain,No Rainbow 一騎が島に帰ってきてからおよそ二週間。新しい機体のデータ採取や調整等はあるものの、フェストゥムの襲来もなく、島には束の間の平穏が訪れていた。
     そんなある日の放課後。西日が差し込む教室で二人の生徒が向き合っていた。一人は俯いて小さな肩を小刻みに揺らしている少女。もう一人は困惑し切った様子でおろおろと辺りを見回している少年。
     ―――その、どこからどう見ても修羅場な状況に出くわしてしまったのが、若くして戦闘指揮官を務める皆城総士だった。常ならば生徒たち個人の問題に深入りすることのない総士が足を止めてしまったのには理由がある。
     泣いている少女を前に狼狽えている少年は、この間帰ってきたばかりの幼馴染みだった。教室の入口からこうして眺めているだけでも酷く動揺しているのが見てとれる。助け舟を出してやりたいのは山々なのだが、事情を知らない他人が割って入って良い雰囲気ではないし、そんなことをするのは彼女に失礼だ。一体どうしたら……。
    「総士!」
     巡らせていた思考が、教室に満ちていた静寂と共に断ち切られた。ぱたぱたと音を立てて一騎が近づいてくる。
    「お前……泣いている者を置き去りにする奴があるか」
    「だって、泣き止んでくれないから……」
     目の前までやってきた一騎は、眉をハの字に下げ、助けてくれと見つめてくる。その子犬のような顔に、総士は弱かった。一騎はきっと無自覚でやっているのだろうが。
    「……これまでの経緯を聞かせろ」
     問いかける総士の脳裏を過ったのは『告白』の二文字。元々島民たちの尊敬と感謝を集めていた一騎だが、帰ってきてから時折見せるようになった柔らかな表情に胸をときめかせる女子がいる、らしい。真矢と咲良がそんな会話をしているのをたまたま耳にするまで全く気がつかなかったが。おそらく一騎も気づいていないだろう。それ以前に、一騎は色恋というものに疎い。つい先日まで他人と関わること自体消極的だったのだから当然だ。きっと、少女の恋心を悪気なく拒絶してしまったに違いない。幼馴染みとしてどうにかフォローしなくては―――
    「掃除してたときに髪止めるやつ拾ったんだけど、あの子のだったみたいでさ」
    「……うん?」
    「渡したら、良かったって言ってずっと泣いてるんだ。なあ、どうしたらいいんだ?」
    「…………」
    「総士?」
     とんだ思い違いをしていたことが恥ずかしくて、穴があったら入りたかった。



     結局、総士も泣いてる女子を宥める術を持っておらず、ひたすら彼女が落ち着くのを待った。
     ようやく泣き止んだ少女に理由を聞いたところ、一騎が拾ったのは亡くなった母からもらった大切な髪飾りだったらしい。どこで落としたか見当もつかず諦めようとしていたそのとき、一騎が現れた。
    「奇跡だと思った、か」
     夕焼け空の下。真壁家への道を一騎と歩きながら、総士はぽつりと呟く。何度も礼を言った彼女が最後に言った言葉だ。彼女の母親が亡くなったのは最初の襲撃のときだったと記憶している。当たり前のように其処にあった平和が奪われてから流れた時間はそう短くない。折れそうになる心を支えてくれる存在を失い、どれだけ打ちのめされたことか。少し前に同じ経験をした身として他人事とは思えなかった。だからこそ彼女の言葉が心に残っている。
     奇跡―――暗闇の底に居た彼女の目に映った一騎は、さながら救世主のようであっただろう。あの日の総士にとって、そうであったように。
    「……嬉しくて、泣くもんなんだな」
     左隣を歩く一騎が空を見上げて不思議そうに呟いた。倣うように視線を上げ、橙色の眩しさに目を細める。
    「涙とは感情が昂って溢れるものだからな。必ずしも悲しいというわけではないのだろう」
    「そっか」
     どことなく腑に落ちてなさそうな声。そういえば、ここ数年一騎が泣いているのを見ていない気がする。島がまだ平和な頃はあまり近くにいなかったから、総士の知らないところで泣いていることもあったかもしれないが。まあ、泣くような事態に陥らないのであればそれに越したことはない。
    「……総士は」
     かすかな声に横を見ると、琥珀の瞳と視線がかち合った。なんだかそわそわしているように見える。一体どうしたのかと首を傾げることで続きを促せば、ほんの少し躊躇った一騎がおずおずと口を開いた。
    「泣くほど嬉しいこととか、あったか?」
    「何故僕の話になる」
    「だってお前、全然泣かないから」
     一騎の視線が地面へと落ちる。心なしか声のトーンも落ちた気がした。
    「我慢してるなら泣いて欲しいし、でも総士が苦しかったり悲しかったりして泣くのは、嫌だし。だったら、嬉しくて泣く方がいいなって」
    「……僕を泣かせたいのか?」
    「泣きたいなら、な」
     それはつまり、総士が泣くほど嬉しいことをしてくれる、ということだろうか。一体どういう思考の変遷を辿ればそうなるのだ。同級生の件からはじまってその結論に至るまでの過程が不思議すぎる。
     不思議ではあるが、それが一騎の気遣いであることだけは確かだった。
    「必要になったら頼むことにする」
    「ん。……でも俺、お前が泣くくらい喜ぶこと出来るかな」
    「心配するな」
     二週間前に実証済みだ、と心の内で呟きながら、総士は思う。
     いつか自分も、一騎に嬉し涙を流させることが出来るだろうか。総士にとって一騎がそうであるように、自分の存在が一騎にとっての喜びになる日が来るだろうか。
    「あ、夕飯と風呂どっち先にする?」
     不意に話題が変わった。どうしたのかと思ったが、いつの間にか目的地のすぐそばまで来ていた。少々思考に気を取られ過ぎていたようだ。
    「食事からいただこう」
    「わかった」
     一騎が嬉しそうに笑う。自然と総士も笑っていた。
     未来のことはわからない。だから今は、目の前にある平和を享受しよう。そう思考を切り替えて、数日ぶりの真壁家へと足を踏み入れた。





     問いの答えが出るのは、それから二年後のこと。

    「見える……お前が、見える……っ」

     ―――澄み渡る蒼穹の下の話。
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