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    pap1koo

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    pap1koo

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    【炎ホ】一人眠れない夜を過ごす炎と、轟家の庭にやってきたホの話。

    ##炎ホ

    ヒーローの背中 広大な轟家の屋敷は少しの物音ひとつすらせず、ただ静けさだけがそこに居座っていた。当たり前だ、ここにはもう轟炎司――すなわち、己がただ一人しかいないのだから。
     自ら家族と距離を置いたとはいえ、いつも誰かの物音がする家庭がひとつ確かにここにあった頃を、ふとした時に何度も思い出す。かといって、その場所に温かさが満ち溢れていたとはいえないが、冷えきってしまった家庭だとしても自分にとっては大事な人生の一部だった。そんな懐かしさを胸に抱えながらも布団の中で身じろぎ一つせず、ただこの重く圧し掛かるような静寂をじっと見つめていた。
     自らがしでかした過去はもうかき消すこともできない。後悔したところで事実は変わらず、今更それを家族に謝ったところでどうにもならないことは分かっている。それでも、ナンバーワンとして、プロヒーローとして、そして父親として自分の責務が何なのか、やっと進むべき道を見つけた気がしたのだ。償い続けること、そして彼らの未来を保証するために守り続けること。それをこの手にするまでは立ち止まっていてはならなかった。
     自分がこっそりと思い描く、笑顔で語り合う家族が集まって、温かな食卓を囲む一家団らんの夢。けれどもそこにはいつも自分の姿が並ぶことはなかった。ならば、遠くからでもこの手でその場所を守ろう。そう硬く決めた心も、時にはこの寂寞に揺らぎ、悩み、これで正しかったのだろうかとこの歩み始めた足を疑い、たった一歩ですら踏み出すのを躊躇してしまいそうになる。
     今まさに、弱った心につけこもうと闇がこちらの隙を窺っている。こんなもので狂いが生じるとは、ナンバーワンが聞いて呆れる。そう自嘲すると、その座から引きずり下ろすように憑りつき体にまとう弱音を見ないように、ぎゅっと目を閉じて追いやろうとした。
     その時――バサりと遠くから羽ばたく音がして、再び目を開いた。静けさを破るように風が吹くと木々を揺らし、その枝葉が擦れた音がこちらまで伝わってくる。気になって布団を端に寄せて立ち上がると襖を開ける。誰もいないはずの、月に照らされ薄く光る庭をよく見渡してみた。
    「あれ、起こしちゃいましたか。すんません」 
     頭上から声がする。見上げると大きく赤い羽が、真っ黒な空を覆いつくすように広がっていた。それは地面に降りると小さく畳まれ、見慣れた小柄な男がこちらを向いてぺこりと頭を下げる。
    「夜分遅くに失礼します、エンデヴァーさん」
    「ホークス……貴様、不法侵入だぞ。来るならせめて表から訪ねろ」
    「まあまあ。俺は招かれざる客なんで、ここで結構です」そう言ってホークスはにこりと笑う。
    「何かあったのか。もう真夜中だぞ。まさか、緊急事態か?」
    「あー、いえいえ。何ていうか、羽を休めに……てきな? これから俺、ひとっとびで福岡まで急いで戻らないといけなくて、ここで休ませてもらおうかなーって、フラっと来ちゃいまして!」
    「サイドキックどもは何をしている。無理のないスケジュール管理も仕事のうちだろう」
    「いいえ、彼らは悪くありませんよ。悪いのは、その、俺が勝手にしてる個人的な行動なので」
    「む……個人的な行動、とは何だ。答えろ」
     詰め寄るとあはは、とホークスは笑うがその顔は困ったようにも見える。頬を指でかきながら、視線を右往左往して何かを言い淀む。その姿に何だかこの男にしてはらしくないな、とじっと観察していると「そんな、見んでくださいよ」と照れるようにホークスは言った。
    「何だ、もったいぶって。もしかして貴様、また何か厄介なことでもしているのか?」
    「いえ、そういうんじゃなくて……」
    「なら、何だ。この俺に言えないことでもあるのか。きちんと答えろ」
    「……聞いても怒らんでくださいよ。実はですね――」
     いつも、俺、福岡に帰る前にエンデヴァーさん家の庭に勝手に寄らせて貰ってたんです。それも今日が初めてじゃないんすよね。あっ、でも覗き見とか、そんな犯罪スレスレのことはしてませんからご安心ください。ほら、俺、口が硬いの知ってるでしょ? ほんとに、ただ、この庭でぼーっとさせて貰ってただけですから――そう言ったホークスの言葉に驚愕する。
    「ほう、貴様が頻繁に来ていたとは……一度も気が付かんかった」
    「知ってます。エンデヴァーさん、ヒーロー活動以外だと鈍いんですもん。勿論、そこにつけこませてもらいました」と先ほどと違って男は飄々と言ってのける。どうもこのまま冗談で済ませようとしているらしい。その答えに眉を寄せると不満気な顔に気づいたのか、「ほら俺、すばしっこいでしょ。索敵とか潜入とか、結構得意なんすよ」と言い訳を続ける。
    「しかし、どうしてわざわざうちへ来るんだ。福岡へ帰るには遠回りだろう」
    「そんなのちょっとの誤差ですって……って、もうエンデヴァーさんしつこいんだから! 理由でしょ。言います、言いますってば」
     答えようとしないホークスを睨みつけ理由を言うように迫ると、ホークスは何かを思い出すように目許を緩ませ、その視線をこちらへと向けた。
    「俺にとってあなたは最高のヒーローだ。力も速さも、諦めない強さも、何だって兼ね備えている。でもそれは、俺がヒーローを目指し始めたころから変わりません。昔からずっと、ナンバーワンヒーローの姿そのものです」
    「急に何だ。そんな戯言を聞かせにきたのか?」
    「ちゃんと真面目な話ですって。だから……まあ細かいことは省きますが、俺はここを……巣のように感じてます。俺の原点はここにあって、でも、そこから大空に飛び立つこともできた。しかも今や、俺はあなたと肩を並べて戦えるヒーローだ! だから、俺が信じてやってきた道は正しかったって、そう思えるんです。そして、俺はこれからも自分の理想の世界のために戦える、それだけの力があるはずだって。そうやって勝手に背中を押してもらってました」
     男の言葉に、しかし、と否定したくなる。そして、何を見ているのだと静かに苛立ちもこみ上げる。こんな空っぽで冷えきった巣に、そんな力があるだなんて思えない。
    「だが、ここは始めから温かな巣などではなかった。俺の炎は、あいつを、家族を傷つけた」
    「でも、俺は、俺にとっては、あなたが俺の原点やけん。……あなたは確かに人を救ってるんです、ちゃんと、あなた自身の手で。そうやってあなたは真っ暗な夜に明るい炎を灯すことができるんですよ。これからはあなたがみんなを導いていくんですから。それを忘れたなんて言わせませんよ、ナンバーワンヒーロー」
     自分の手のひらに視線を向ける。火に焼け色が変わり、何度も傷ついて硬くなった皮膚で覆われた大きな手だ。子供たちに触れることを許されていたのは随分も前で、今はもうこの手を払いのけられることはしても、握ってくれることはない。
    「ほら、エンデヴァーさん」
     柔らかな声と共に目の前に男が右手を差しだした。暗闇に白い肌が浮かびあがる。丁寧にも手袋を取り去ったその手が、ぐっと伸ばされるとあと少しで指先が触れそうになる。そこへ、導かれるように自分の手を重ねた。
    「これからも、宜しくお願いしますよ」
    「……ああ」
     握られた手は思ったよりも小さい。けれども強く、そしてしっかりと込められた力に想いを感じて胸が熱くなる。こんなにも若く、小僧とも呼べるような男にも自分は支えられているのだ。
    「まるで俺の方が背中を押してもらってるみたいだな」
    「はは、俺なんかが力になるならいつでも呼んでください。この羽でよければいつだって力を貸しますから」
     しなやかな羽が相槌を打つようにはためく。福岡での脳無戦でもそうだった。最後まで戦いぬけたのは他でもない、この男の、この羽の後押しがあったからこそだ。込み上げる想いがつい、口から溢れだす。
    「俺が背中を預けられるのは、貴様ぐらいなものだな。お前は強い。それに、よくやっている。俺からも礼を言おう。ホークス、貴様が俺の隣でいてくれて良かったと思っている」
     握った手がぴくりと揺れて、「急にな、なんば言っ……!」と男は呻き声だけを吐き出した。慌てて離れようとする手を咄嗟に強く握り返すと、「エンデヴァーさん!」と大きく叫ぶ。羽を広げたホークスは、繋がった右手を残し逃げるように宙に浮かんだ。
    「何だ顔を赤くして。どうして逃げる」
    「はあ? 分からんとですか! もう、手、はなして。熱い!」
    「む? ああ、すまん」
     言われたまま手を緩めるとバサ、と音を鳴らして男はすぐに離れていく。羽がせわしなく動くたび、吹きこむ風が庭の草木を優しく揺らす。静かな夜にそよぐ涼やかなその風に、ようやく自分の手のひらが熱を帯びていることに気が付いた。
     触れていた手のひらからじわじわと熱が体中を駆け巡る。それはヒーローとしての熱き誇りを体に取り戻したからなのか。それとも、目の前のこの男に特別にそうさせる何かがあるからだろうか――それはまだ分からない。分からないが、ただ自分の中でこの男の存在が心強いだけでは済まされない、何か別のものに変わり始めているのは確かだ。
    「あーっと、俺、そろそろ帰りますんで! 長居してすんませんでした。それじゃあ……」
    「待たんか」
     逃げるように背を向ける男を引き止める。振り返った顔には既に大きなゴーグルがかけられ表情は見えないが、何か良からぬことを考えているのは間違いない。
    「もうここには来ないつもりじゃないだろうな」
    「いやあ、この家のご主人にバレたんです。俺だって気にしないわけないでしょ」
    「俺は構わんぞ。この庭がいいなら好きなだけ使ってくれ。もう俺しかこの家にはいないんだ、気にすることはない。ここがお前にとって必要ならば、いつでも貸し出そう」
     ――だから、またここに来て、俺を見ていてくれないか。
     こんな歎願するような言葉が出てくるとは自分でも驚いた。思わず苦笑いを浮かべる。こんな若輩に、自分は何を求めているのだろうか。
     唇を薄く開けたまま、固まったようにホークスは何も言ってこない。口をぱくぱくとさせどうやら言葉を探しているようだった。明らかに返答に困っている様子に「何だ、嫌なのか?」とさらに尋ねてみる。どう見ても、自分の方が引き止めているような状況に可笑しくもなるが、こんな真夜中にいつもと何か少し違うことが起きたとしても不思議ではない。けれどもこの男のすることだ、またしょうもない冗談を言ってかわすのかと思いきや、ホークスはただ首を振るだけだった。その仕草は、嫌じゃないと、そうはっきりと示している。
    「ずっと、見てますから」
     震えるような声が届く。返事を待つ間もなく「おやすみなさい。エンデヴァーさん」と言葉を残し、ホークスは急いで空高く舞い上がり闇の隙間に消えてしまった。
     その拍子に剛翼が一枚、花びらが舞うようにゆらゆらと揺れて落ちてきた。手のひらを伸ばすとまるでこちらに吸い寄せられるように近寄ってくる。
     燃えるように赤い羽だ。炎に滅法弱いくせに、こうやってするすると近寄ってきてはその場をかき回すだけしてすぐに離れていく。いつもならば大声で喝を入れるような軽々しいその態度。そんな姿を思い出して、何故だかふっと口元に笑みを浮かべていた。
    「気に入らんな」
     静けさを取り戻した庭を後にして、寝室に戻ると、箪笥の小さな引き出しに羽をしまいこんだ。まだ力の影響が残っているのか、カタカタと揺らし持ち主の元に戻ろうとする。その音を無視して布団に入った。
     そんなに帰りたいならまた向こうから取りにくればいい。
     呆れたことに、再びこの庭に訪れることを期待してしまうとは。自ら理由を作るほど、あの男に会いたいのだろうか。真夜中のボケた頭はどうにもよくない考えが浮かんでしまってしょうがない。気がたるんどる、自分にそう言い聞かせてふうと息を吐き、気を引き締めてから眠りにつこうと目をつぶる。
     今夜の不思議な逢瀬はもしかして自分が見た夢なのかもしれない。でも、確かに、自分はそこに存在していた。そして、心に、まだ熱き炎は燃え続けていることを思い出させてくれた。
     自分は、轟炎司であり、そしてフレイムヒーローエンデヴァーだ。
     目を覚ませばまたいつも通りの忙しない一日が始まっていく。ナンバーワンヒーローを、このエンデヴァーを必要とする者たちがまだ大勢待っている。
     けれども、もう、こうやって心が揺れることは無いのだろうと素直に思う。今なら確かにそう信じることができる。この背中を押してくれる者がいる以上、怖いものなどはないのだから。
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