告白に色気のない科学少年最近、千空ちゃんがちょっとおかしい。
いつも通り近付くと、ほんの少し距離をとられる。かと思ったら、逆に距離を詰めてくる。近付きすぎてぶつかることすらあるし、完全に距離感がおかしい。
やたら視線も感じる。そんで、振り向くとお約束のように目を逸らされる。
これはメンタリストじゃなくてもわかる、気になる相手への態度!つまり千空ちゃんが俺のこと好き!?……なんてドキドキしてみたかったけど、残念ながらこの視線、完全に観察のソレなのよね。
会話や作業に支障はないから詮索はしないけど、気にはなる。だからこっそり千空ちゃんを観察し返して、気付いた。
俺以外にもやってる。距離を詰めてみたり少し離れてみたり、じっと見つめてみたり。
母数を増やして、何かの統計をとってる…?何をしてるのかはわかんないけど、なるほどね。それならお兄さん、協力するよ。
千空ちゃんが俺との距離を調節しやすいように、俺から近寄る時は一定の距離を保つ、とか。
そのめちゃくちゃわかりやすい視線も、普通の人が気付かないレベルなら俺も気付かないふりする、とか。
そんなことをしばらく続けてたある晩、千空ちゃんの自室に呼び出された。今日までやってた作業はキリよく終わったから、追加は考えにくい。他人に聞かれる可能性の低い時間に呼び出すのだから、人間関係でフォローが必要とか、そういう話かもしれないな。
そんな事を思いながら声をかけて部屋に入ると、紙の束に落としていた千空ちゃんの視線がこっちを向いて、目が合う。
そして千空ちゃんは、いつも通りの表情で口を開いた。
「実験の結果、俺はテメーのことが好きだということがわかった」
「……は??」
いま好きって言った?千空ちゃんが?俺のこと?
ドキドキするなら今だけど、色気がなさすぎてできない。なにその前置き、実験?
本当に告白なら悪手もいいところだ。やり直して欲しい。なので、今回は上手くはぐらかして立ち去るが吉。
……と思うのに、最近千空ちゃんがやってたのはこれだったのかと腑に落ちたら、好奇心が首をもたげてしまって。
「……実験の内容には興味あるなぁ」
つい、そう言ってた。そしたら千空ちゃんはニッと口角を上げて笑う。
「唆るだろ?」
ううん、唆りはしない。あ~、やっぱり立ち去るべきだったかも。
「この実験をするに至った経緯から説明する。いつもテメーは俺に寝ろと促してくるが…」
ほらぁ、始まっちゃった。
千空ちゃんが言うには、俺が千空ちゃんにしてるいろんな世話焼きは自分だけに向けられてると思ってて、他の皆にもやってるってわかった時、なぜかモヤモヤしたと。
ここで『それでテメーのことが好きだと気付いた』って締めてくれたら告白としてアリなのに。
「その理由を解き明かす為に、自分の身体的反応と精神的反応についていくつかの実験をした」
なんて続いたら、論文を聞かされるだけの可能性があるんじゃ?って気持ちになるのは俺だけじゃないはず。
「まずは至近距離まで近寄った時の反応だが」
「はい千空ちゃん、質問」
「なんだメンタリスト」
サッと挙手した俺を、千空ちゃんが指名する。
「これって、告白?それとも論文発表?」
「?告白に決まってんだろ」
思い切って質問したら、千空ちゃんは何言ってんだとばかりに眉を寄せた。そうかぁ、告白だったかぁ~。
「…りょ」
上げた手を下ろすと、千空ちゃんはひとつ頷いて、「続けるぞ」とやっぱり告白っぽくない再開の仕方をする。
例え色気の欠片も感じなくても、本人が告白だというなら茶化さないのがマナーよね。うん。心の中で頷いて、座り直す。
「テメーの近くにいると、心拍脈拍共に上がる。逆にちょっと離れると、もう少し近寄りてぇと思う。ちなみに大体の数値でいうと…」
「具体的な数値はいらないです」
ちゃんと聞こうと思った直後に流れるように遮ってしまった。前言撤回。告白に数字はちょっといらないな…俺文系だからさ、もっと感情に訴える言葉が欲しい。
遮られた千空ちゃんは、特に気にした様子もなく、話を進めている。
「簡単な接触も試してみたが…」
「接触?千空ちゃんからボディタッチなんてされたことないけど」
「ぁ?肩触れさせたりしてただろ」
「………」
まさかあのぶつかってきてたの、ボディタッチのつもりだったの?
「テメーに触れてると、心拍数は上がるくせに、精神的には落ち着くことがわかった」
あんな当たり屋みたいな行為で安らぎを得るとか、特殊すぎるでしょ。
「これはホルモンの関係で…」
「あっ、内分泌系の話も今はいいです」
手で制すると今度は少し不満そうな顔をされたけど、知ったことではない。前言も撤回したままだし問題ない。これを全部聞いてたら徹夜コースだもん。
「テメーが誰かと話してると気になるし、テメーがちょこまか動いてるとつい目で追っちまう。何かと口実を作っては俺の作業を手伝わせたりして…。全部他の奴等に対しては全く湧かない感情だな」
千空ちゃんは、そこで一息ついた。今のは少し告白っぽかったよ。
「細かいことはここにまとめてある。数値はグラフにもしてあるから、後で目を通しておいてくれ」
月明かりに照らされている端正な顔にちょっとときめいていたら、完全に資料を渡すやり方で紙の束を渡された。え?なにこれレジュメ?言葉を遮ってまで端折らせたあれこれ、グラフ化されてんの?
う、うれし……いわけないじゃん!!
「みんなが作業の合間にちまちま漉いてる紙を、こんなくだらねーことに使わないで!!!!」
「俺が1人で考察しても、テメーの事を好きなんだろうという結論にいくんだが、なにしろ俺は恋愛経験ゼロの初心者だ。だからこのグラフを有識者先生達に見せて、見解を求めた」
ま~、この子俺の叫び聞いてない!!ていうか、これ人に見せちゃったの?有識者先生達って誰!?
「そしたら全員が口を揃えて、それは恋だと抜かしやがる」
「…そんな大っぴらに恋愛相談(?)して、恥ずかしくなかった?」
「?……あー、まぁいいだろ、どうせ恋人になったら公表すんだしな」
少し間が空いて、千空ちゃんが眉を寄せた。そういや恥ずかしいことしたかもなと思ってる顔、いただきました。
そういう表情できるんじゃん、そういうのもっとください。
……ん?恋人?
自分の心の声を抑えるので精一杯で、聞き流すところだった。科学に全て捧げてる千空ちゃんが、告白だけならまだしも、俺を恋人にしたいと思うの?
「どうした?」
変な顔をしてたのかもしれない。千空ちゃんが俺を覗き込んできた。顔を確認すべく頬に手を当てる。
「ん~ん。…恋愛感情も意外だったけど、恋人になりたいっていうのも意外だなぁと思って」
「正直、隣にテメーがいれば関係に名前がつこうがつかまいが興味なかったんだが、ちゃんと捕まえておかないと他の奴にとられるぞって言われてな」
それは困る、って小さく付け足して頭を掻く姿にきゅんとする。
でも千空ちゃん、告白において大事なことが抜けてるよ。
「ところで千空ちゃん、俺が断る可能性とか考えてる?」
「……!!?」
あ~、考えてなかったなぁこれ。
俺だって関係が何であろうと千空ちゃんから離れるつもりはないから、そんな心配はいらないんだけど。形式上言っておかないとね。
「告白は、しさえすれば100億%OKもらえてハイ晴れて恋人!ってわけじゃないんだよ」
ほんの少し考えて、千空ちゃんは自信ありげな笑顔を向けてきた。
「勝ち馬に乗りてぇんだろ?テメーがそばにいるとおかげさまで作業の能率も効率も爆上がりでな。大人しく俺の隣で俺の世話を焼いてるのが、テメーにとっても一番いい結果に繋がると思うがな」
へぇ、自分を交渉材料に俺に取引を持ちかけてくるなんて、強気じゃん。
でも表情は自信満々に繕っても、瞳には不安が見え隠れしちゃうの、まだまだだね。
「やだ~、めっちゃ足元見てくるじゃん~!」
ちょっといじわるしちゃったかな。和ませようと笑い飛ばしたら、真剣なな表情の千空ちゃんと目が合った。
「ゲン、返事は」
声色もさっきまでより低くて…真剣だけど縋るような表情。……あ、待って、俺メンタリスト失格かも。
千空ちゃんまさか、不安が表に吐露しないように、自分が一番平静に話せる論文発表みたいな告白にしたの?
「……えーと、千空ちゃん」
「なんだよ」
ずっと色気もなにもない雰囲気だったのに、いきなりこういうムードにするの、ゴイスー恥ずかしいけど。千空ちゃんは千空ちゃんなりにかっこつけて、真剣に話してくれてたんだもんね。
「意地悪してメンゴ。俺もずっと前から、千空ちゃんのこと好きだったよ。千空ちゃんの恋人になりたいです」
そう言って笑顔を作ると、千空ちゃんは一瞬息を止めて俺を見つめ、嬉しそうに笑った。
とりあえず、肩をぶつけてくるのはボディタッチじゃないって事を教えてあげないとね!