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    今書いてる鉢雷の冒頭部分です 尻叩き!
    完全に見切り発車なのでラストはまだ決めていません、そしてスケベするかどうかは私の忍耐力次第です

    #鉢雷

    あまずっぱ鉢雷(になる予定) 夜闇が手足を四方へ伸ばし、広大な森林ごと辺り一帯を抱きかかえている。人肌を忘れた小夜風は、さらさらと修験者の身をひと撫でしては去っていった。冷えた空気が深夜の静寂を覆う。
     それでも朧月は明かり障子から部屋の中に身を映していた。そろりそろりと、人々の営みに伺いを立てるように。

     それは不破雷蔵が灯明に布を被せ、火鉢の消えかかった炭火をボンヤリと眺めていた時分であった。
     「私を振ってくれないか、雷蔵」
     雷蔵は並べて敷いた布団の上に胡座の体勢、両の膝には拳を置いて、キョトンとした顔だけを同室の彼へ向けた。返された剣呑な眼差しに、これは只事ではないぞ、と胸中で腕を組む。そして投げかけられた言葉を反芻して、反芻して、
     「ごめん。もう一回言って」
     すぐには理解できないことを自覚した。彼に──鉢屋三郎に何を言われたのか、やはりよくわからなかったのである。三郎は面に射していた影をすっと消し去ると、居住まいを正して雷蔵に向き合った。
     「私のことを拒絶してほしいんだ。『気色が悪い、諦めろ』とね」
     「んん……?」
     さて困った、ますますわからない。“振る”とはどいうことなのだろうか。“諦めろ”とは?
     そも、三郎は(多少は歪な形であるものの)雷蔵の大切な友人である。親友や相棒と形容してもいい。雷蔵はそんな彼に依存こそすれ、拒絶する理由などひとつとしてない。
     「まず前提を聞いてもいいかな」雷蔵は落ち着いて片手を挙げた。「お前は僕のことが好きなの?」
     「勿論だ」
     「友人としてのそれでは……」
     「ないね。だから拒否してもらいたいんだ。私のこれを友愛に戻す手助けをしてほしい」
     ここで聞き返すほど雷蔵は鈍感ではなかった。彼はむしろ他人の感情の機微に聡く、些細な事柄からでも相手の揺らぎを感じ取ることができる人間である。
     (恋慕って、つまり恋仲になりたいってことか? でも三郎が僕に対してそんな、いやでも友愛ではないと本人に断言されてしまったし……)
     そもそも、好いているのに拒否してほしいとはどういった了見なのか。求められていることの整合性のなさに困惑した雷蔵は、頭を抱えてぐるぐると目を回した。
     言い忘れていたが、彼の聡い一面は確かに長所であるが、長考の源という点に於いては猛烈な短所と言える。
     「雷蔵? 参ったな、ここで迷う必要は全くない筈なんだが」雷蔵が答え倦ねている間も三郎は辛抱強く待っていたが、ついに痺れを切らしたらしい。「難しいことは何もない。ただ『止めろ』と口にするだけでいいんだ」
     雷蔵が、はたと顔を上げる。火鉢の炭火は既に熱を失っているというのに妙に体が熱かった。
     「でも、可能な限り手酷く振ってくれると助かるよ。少しの遺恨も残さないように私の全てを拒絶してほしい」
     真っ直ぐに雷蔵を射抜く三郎の双眼には、彼の切実な願いがありありと映されていた。それを飲み込んだ瞬間、心にすとんと答えが落ちてくる。
     三郎は、己の想いが包容されることを端から期待していないのだ。だからそれを親愛の枠に当て嵌めようと試みている。「少しの遺恨も残さぬ」ように「手酷く」ということは、それだけ彼の感情は根深いのであろう。
     (……あれ?)
     口を開きかけたところで、雷蔵はとある事実に気がついた。
     己の心が全く定まっていないのである。
     三郎が自分に恋慕しているという事態を、彼の言う通り嫌悪しているのか。それとも、三郎の想いを掬い上げることができるのか。どちらもピンと来ないということは、まだ何も感じていないのか。それすらわからなかった。
     突然の事態に雷蔵の思考回路は混線状態、何を考えたとて行く末は堂々巡りである。本格的にうんうん唸り始めた雷蔵を、三郎は慈しむような眼差しで見つめていた。
     「……これで全部終わらせてみせるから、頼む」

    ──ひとつ。ただひとつだけ、雷蔵の胸底には初めから揺らがぬ思いがあった。三郎とのやり取りの中、知らず知らずのうち段々とその質量を増していった感情が、ひとつだけ。
     「ふざけないで」
     ここで断ってやれば、律儀な三郎は時間をかけてでも雷蔵への恋情を断ち、再び前を向いて歩み始めるのだろう。そうすれば彼は正しく“忍”としての歩を進めることができる。
     しかしそんなものは雷蔵の本意ではない。というより、問題はそこではないのだ。
     「……僕に恋愛はよく分からない。関心を持とうと思ったことも、正直言えばない」
     「ああ。よく知ってるよ」
     「でもな三郎。僕はそれ以上にお前の態度が気に入らないんだ」
     雷蔵は、三郎をひたと見据えている。自らの影越しに、月明かりが驚いたような彼の顔を照らしていた。
     「どうして初めから望まないんだい? これじゃあんまりだよ、玉砕ですらないじゃないか!」
     「……ならば聞こうか。雷蔵、君は私と同じ感情を私に抱くことができる?」
     三郎の言に「できるわけないだろう」という諦念が潜伏しているということに、雷蔵は気がついていた。それを頭から否定しなかったのは、彼の含みを肯定しているからというわけではない。やはり、単純に考えたことがなかったのである。
     「僕にとっての三郎は同室で、よき友人で、無二の家族みたいなひとだよ。大切な存在だ」
     他者を装わない三郎の瞳が一瞬だけ悲痛な色に染まる。が、それは即座に元通りになったため、雷蔵は刹那の幻覚を味わったような心地がした。つきんと痛んだ胸の感覚だけが、先ほどの出来事が事実であることを示している。
     沈黙。
     名も知らぬ虫の翅音が消えては起こり、また消えていく。生命の声は代わる代わる響いて絶え間ない。しかし雷蔵の耳には何も聞こえてはいなかった。彼の中に在るのは三郎に対する疑問と、憐憫と、そして淡い怒りである。
     「……僕はね、三郎。お前らしくないその弱腰な姿勢が嫌なんだよ」雷蔵は立ち上がると、そのまま三郎の真正面に腰を下ろした。「どうせ無理だと初めから決めつける理由は? 僕に差し出されるはずだった好意を、今知ったばかりの僕が手折らなければならない理由は?」
     小さく震えるほど強く握られた拳に、雷蔵は自身の手のひらを乗せた。三郎の冷えた肌がびくりと跳ねる。体温を分け合うためと、雷蔵はそれを両手で包んだ。他意はない。
     「わっ……私のこれは、その、雷蔵が受容できるものではないんだ。それにっ、き、君は色恋沙汰が苦手で──」
     ここまでドギマギしている三郎は珍しい。雷蔵は俯いた三郎の頬に手を当てると、目を合わせるために上へ傾けた。三郎の顔は真紅である。
     「だからといって無下にするわけないだろ」
     「同情はいらない」
     「同情なんかじゃない。必ず惚れさせてみせるから恋仲になれ、くらい言ってみせてよ。僕の知っている鉢屋三郎は妥協を知らない男だったはずなのに」
     相対する瞳孔の奥が僅かに揺らぐ。雷蔵はその隙を見逃すまいと身を乗り出した。両手で三郎の頬を包み、そのままギュ、と挟み込む。
     「お前の好意はその程度のものなのか?」
     三郎は目を瞠った。はくはくと動く彼の唇は空を飲み込み、数秒してから引き結ばれる。伏せられた長い睫毛が、滑らかな頬に影を落としていた。僕ってこんなに睫毛あったっけ、と雷蔵が呆けたことを考え始めた瞬間、ついに三郎の哄笑が静寂を押しのける。雷蔵は驚きに小さく跳ねた。
     「えっ? なに、なに」
     「いやはや、まさかの事態だ。予想外すぎて気持ちが着いてこないよ。やはり君は大物だな!」
     「からかわないでくれ」
     「からかってなどいないよ。私は君のそういうところに惚れたのだからね」
     三郎は雷蔵の手を自身の頬から優しく剥がすと、そのまま立ち上がって大きく伸びをした。次いで両手を背に当てて体を反らせると、彼は改めて雷蔵の前に腰を下ろす。今度は正座ではなく、少し崩れた胡座である。
     「残念ながら、必ず惚れさせると言えるほどの自信はない。というか今のところは皆無だ」
     三郎の声色は飽くまで愉しげである。
     「だからといって、私は与えられた機会をみすみす逃すような馬鹿ではない。他でもない雷蔵から期待もされてしまったことだし?」
     「期待ではないような……」
     「おや。違ったかい?」
     三郎がずいと距離を詰めてくる。雷蔵は膝の上で拳を作りながら背筋をぴしりと伸ばした。至近距離にある顔に、ついたじろいでしまう。
     「──み月だ。み月だけ、どうか私の恋人になってくれ」
     どうやら、三郎は三ヵ月で雷蔵を惚れさせる気でいるらしい。自信こそ示されなかったが、その覚悟と覇気はひしひしと伝わってきた。重要な場面で打算や駆け引きを持ち込まないあたりが三郎らしいな、と雷蔵は無意識に微笑する。
     「ふふ。そうこなくっちゃ」
     快活に応えながらも、しかし雷蔵の心中には一抹の不安が残っていた。
     何せ相手はあの鉢屋三郎だ。手練手管は天下一品である。そんな彼に三ヶ月もの間アタックされ続けるのかと思うと、流石の雷蔵も身が持たない気がしていた。
     「ねえ三郎。ちなみになんだけど、み月経っても僕がお前に惚れなかったら?」
     「私は君の目の前で愧死するだろうね」
     「そんなの困るよ」
     「じゃあ大人しく口説かれてくれ」
     「そんなぁ」

     月は高く昇り、しんと冷えた空気が白い星々を煌めかせている。夜陰に響くふたりの小さな笑声は、それから暫く止まなかった。
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