【再掲】バスケ部のエース、三井寿はどんな相手だろうと呼び出しを断らない。
そんな噂を耳にしたのは二学期に突入してから暫くが経ち、冬服へ衣替えをし始めた頃だった。
偶然クラスの女子生徒が話しているのが聞こえ、誰がどんな風に呼び出した、どんな風に断られた、といった内容が自分の席に座っているだけでも十分に分かった。
黙ってさえいれば面は良いし、新体制となった湘北バスケ部に欠かせないエースだ。
グレていた頃の名残で多少ガラの悪さが目立つものの、あの笑顔ですっかり周りが絆される。
だからまあモテるだろうとは思っていたが、噂が本当ならばあの流川に次ぐモテっぷりだ。
しかも一人一人丁寧に断っているらしく、その誠実さがまた良い、とのこと。
あんな風に優しくされたら悔いは無い、とさも自分が体験したかのように語る生徒まで現れ、結局どこまでが事実なのかは分からなかった。
ただしその噂の真相がどうであれ、気に入らない、と無性に腹が立ったのは確かだった。
「ミッチーも忙しいのに後輩思いだね」
「お前だってバイトで忙しいだろうに友達思いだな」
日曜日の昼下がり。
花道の見舞いに行けば俺よりも先にミッチーが来ていた。
同じ学校へ通ってはいるが学年は違うし、俺は部員でもない。
校内で見かけてもわざわざ駆け寄ってまで話すことも無いのでたまに廊下で遭遇した際にやあ、と片手を上げて挨拶をする程度だ。
花道がリハビリで入院してからは体育館へ足を向ける回数がめっきり減ったので、こうして顔を合わせるのは病院で鉢合わせた時くらい。
帰りは必ず俺がバイクを押しながらミッチーを駅まで見送るのが習慣となった。
その僅か十五分にも満たない短い間だけ、二人きりで話せる時間を俺は気に入っている。
ミッチーからすると俺と二人きりは嫌だろうかと思えばそうでもなく、腹が空いているからとファミレスへ誘われることもあった。
俺のちょっとした冗談に笑うことも増え、生意気だと言いながらも優しい目を向けてくれる。
日頃からあれだけ楽しそうに騒いでいる人間が二人きりとなるとこうも穏やかに笑ってみせるのだから次から次へと勘違いを起こす奴らが増えるのだろう。
しかも先日の金曜日、俺のクラスからもこの男のギャップとやらに心を奪われたという女子生徒が現れた。
それだけならまだしも、どういうわけか俺がミッチーと親しいと勘違いをしてラブレターを渡してくれと押し付けると逃げるように教室を去った。
それを乱暴にポケットへ突っ込み、体育館へ寄りもしないまま帰宅したのは早くバイトへ行きたかったからだ。
なるべくその存在を気にしないように金曜日、土曜日と過ごし、ついに今朝、観念して制服のポケットから手紙を取り出した。
予想通り受取人となるミッチーと会えたのに、手紙はまだ俺の後ろポケットの中にある。
さっさと渡して忘れたいと思いながらも、本人を呼び出してまで告白しようという人間が手紙一つ満足に渡せないでどうするつもりだ、という多少の苛立ちもあった。
その苛立ちを上手く飲み込めず、花道が居る手前だから、二人の会話が盛り上がっているから、ミッチーが楽しそうに俺へ話しかけているから、両手はバイクを押す為に塞がっているから、などとどうでもいい言い訳ばかりをしている内に駅へ近付いてきた。
どうせこの人にとって何よりもの一番はバスケただ一つで、特に今は冬の選抜に向けて部活に専念している。
本人なりに過去の後悔や今後の焦りもあって無駄なことに時間を費やしている場合ではない。
自分の気持ちにケリをつけたいという自己満足にこの人を巻き込む奴に好きだと言える資格があるだろうか。
本当に好きなら自分の都合など捨ててこの人を応援するのが正解じゃないのか。
そもそも手紙も自力で渡せない奴が本人を前にして何を言えるんだ。
他人に協力してもらってまで告白しようだなんて恥ずかしい真似、俺なら絶対に死んでもやらない。
試合はおろか、部活すら応援に来たこともないくせに何が好きだと言うのか。
「水戸具合でも悪いか」
「ごめん。ちょっと考え事………あ、それよりもこれ」
「あー…悪い、ありがとな」
無意識にも考え込んでしまい、心配そうに顔を覗き込まれて慌てて頭を左右に振った。
何でもないと装いながらポケットから手紙を取り出せばすぐにそれが何かを察し、慣れた様子で自分のポケットに仕舞った。
流石はモテ男。
普通の奴なら今すぐにでも封筒を破いて中身を確認するだろう。
それなのに顔色一つ変えもしないで何も無かったかのように前を見て歩いている。
「ミッチーさあ、こんなの一々相手してたらキリなくない無視したら時間の無駄じゃん」
「手紙までくれたのに無視するのは可哀想だろ」
「お人よしもほどほどにしなって。中途半端に他人へ優しくしても損をするだけだよ。それとも好みの子なら付き合いたいとかゲスだなあ」
「…どうだろうとお前には関係ねえだろ」
「それは…そうだけど…そんなモテモテな姿、花道が知ったら暴れてリハビリどころじゃなくなるじゃん」
「だから今出したんだろ気を遣わせたな」
助言をするつもりだったのに、気付けば攻撃的な言葉を吐いていた。
その上正論が刺さったものだから花道を言い訳にしてしまい、余計に自分が惨めに思えた。
たかがラブレターを預かったくらいで何をこうも苛立っているのだろう。
この人のお人よしぶりは元々だし、それが仇となって痛い目をみようが自分には関係無い。
こんなことなら預かった日の内に体育館へ向かってさっさと渡してしまえば良かった。
なんて後悔しているところに何の落ち度も無いミッチーが申し訳なさそうにするのが何よりもキツかった。
一方的に攻撃的となった俺が悪いのに、一言も責められないのはより強く罪悪感が沸く。
結局ばつの悪さからそれ以上の会話が出来なくなり、駅まで到着すると挨拶もそこそこにバイクへ跨って逃げるように背を向けしまった。
「うわ最悪」
「最悪って…俺のが先に来てたんだぞ」
翌日の昼休み。
前日の一件で気持ちが晴れず、寝不足による頭痛に悩んだ俺は空き教室へ忍び込んだ。
するとドアを開いて真っすぐ向こうの窓際に立つミッチーを見つけ、性懲りもなく余計な言葉を発してしまった。
ミッチーとしてもこの場に俺が居ては最悪とでも思っているのだろう。
溜息をつきながらしっしと手で払って早く出て行けと言わんばかりの態度だ。
俺だって好きで告白現場に居合わせてしまったわけでもないのに随分と偉そうなことをしてくれる。
いっそこの失礼極まりない男を呼び出した張本人が現れるまで居座ってやろうかとも思ったが、あえて面倒事を起こす理由は無い。
相手はクラスメイトだし、ここに俺が居ては野次馬に来たと誤解されて厄介なことになる。
「あ」
「…お前なあ」
だから早く去ろうと体を反転させたところで勝手にドアが開き、廊下の向こうから手紙の差出人が現れた。
しかも真正面に立っていたのが俺だったので驚いて走り去ってしまい、俺のせいかと多少の罪悪感を覚えた。
けれどこの程度のアクシデントで逃げ出すくらいならそもそも呼び出すなよという憤りもあり、わざとじゃないと分かっているだろうに呆れた声を残してクラスメイトを追いかけていったミッチーの背中を見て完全に頭に血が上った。
呼び出された側の人間が追いかけてやるだなんて馬鹿馬鹿しい。
付き合う気も無いのに毎回毎回律儀に呼び出しに応じているなんてどうかしている。
きっと今頃簡単に追いつき、パニックを起こしているであろう女子生徒へ俺が居たのは偶然だとフォローし、不要な優しさをかけているのだろう。
「…アホらし」
折角一人になれたのに、押し寄せる虚しさと怒りで仮眠どころではなくなってしまった。
「大好きなミッチーに追いかけてもらえるだなんてあの子は幸せだね。まあ結局フラれてるんだけど」
「そんなことを言うために来たのか」
「…今日のは本当にタイミングが悪かったってのを知って欲しいだけ」
「そーかよ」
満足に昼寝も出来ず、苛立ちを抑えられなくなった俺は放課後に体育館へ乗り込んだ。
一年からパスを貰ってシュート練習に打ち込むミッチーは扉の方から声をかけても振り向きもしないし、俺が黙るとそれ以上の会話は続かなかった。
名前も顔も知らない女子生徒は追いかけてまで話を聞いてやるくせに何だその態度は。
俺があまりにも喧嘩腰というのもあるだろうが、せめて振り向くくらいはしてみろよ。
俺を無視するな。
「いい加減さあ、呼び出しなんて全部無視しなって。どうせ連中は本当のアンタを知らないんだし、丁寧に相手してやることないよ。本当に時間の無駄」
「お前にとっての俺はいつまでも問題を起こした不良なんだろうけどな、今の俺を更生したと認めてくれた上で好意を向けてくれる人間を無下には出来ねえよ」
「………ごめん、そうじゃない」
「じゃあ何だよ」
最後のシュートを大きく外し、パス出しをしていた一年がボールを追いかけた。
その間にようやく振り向いたミッチーが不愉快そうに眉間へ皺を寄せた表情を見せたものの、震えた声からは怒りではなく悲しみが伝わった。
間違えた。今のじゃ確かに傷付いてもおかしくはない。
でも違う。俺はそういう意味で言いたかったんじゃあない。
アンタが更生したのだってこの目で見てきたし、スポーツマンだと認めた上で声を張って応援してきた。だからつまり、俺が言いたいのは…
「明日の昼休み、必ず屋上まで来てよ」
考えもまとまらぬ内に発した言葉にミッチーは断りもせず、ただ不服そうにおー、とだけ返事をした。
「いや呼び出してどうするよ」
翌日の昼休み。
一時間前から屋上で待機している俺は頭を抱えていた。
邪魔が入らないようにいつもの三人には食堂へ行けと朝の内に金を渡し、ミッチーと二人きりで話が出来るようには備えてある。
けれど二人きりになったところで何を話すかは決めていないし、そもそも何故呼び出してしまったのかは自分でも分からない。
素直に昨日の失言について謝罪をするのが一番だとは思うものの、それでどうする。
アンタが更生したのは分かってる。不良だなんて思っていない。
そう伝えるのは簡単だ。
でも、その先は
噂を確かめるように自分勝手な呼び出しをする連中と違って、俺は本当のアンタを知っている。
だから。いや、だから
「俺の呼び出しにまで応じるなんてどうかしてるよ」
散々悩み、せめて謝罪だけは絶対にしようと決めたのに、約束通り屋上へ現れたミッチーの姿を見るなりまたしても懲りずに酷い言葉を投げてしまった。
この場合、どうかしているのは俺の方だ。
早速理不尽極まりないことをされていながらミッチーは文句の一つも言わず、正面まで来るとジッと俺の顔を見た。
「水戸、俺を呼び出したからには告白しろよ」
「はへっ」
これ以上取り返しのつかないことを言ってしまう前に謝罪をするべきだ。
そう意気込んだ俺よりも先にミッチーがとんでもない命令をし、両腕を組むと偉そうに胸を張って顎を上げた。
そう来たか。二つも下の俺に好き勝手言われてはたまらないとミッチーなりに仕返しに出たようだがまさかこんな手段を選ぶとは思わなかった。
だから動揺する俺を上から見下ろし、たっぷりと余裕のある笑みを浮かべている。
なんて悪趣味なんだとは思うが、自分の機嫌の悪さから相手を傷付ける発言を繰り返したのは自分だ。
ならばお詫びとしてこの遊びに付き合い、しっかりと玉砕を味わったあとに昨日の謝罪をするのも悪くはないかも知れない。
「三井寿出てこいコラァ隠れてんじゃねえぞ」
翌日から、俺は校内のあちこちを走り回る日々が始まった。
目的はあのスーパー問題児、三井寿を探すことだ。
部活中は必ず体育館に居るが俺を避けるように出入り口から距離のある奥の方で練習に励み、わざわざ中にまで入れはしない俺をからかうよう遠くから腹が立つほど可愛らしい笑顔で手を振りやがる。
ならば部活が終わるまでを待ち伏せてやると俺に捕まらないように窓から出たのか、最後まで片付けをしていた部員から既に帰宅したと言われた。
しかも、何か言いたげにニヤニヤと笑ってだ。
昼休みや次の授業が始まるまでの短い休み時間に教室まで向かえば誰よりも早くに教室を出たとクラスメイトに言われ、そこでもまたニヤニヤと笑われた。
一番親しいであろう堀田一味にまであの馬鹿の居場所を聞きに走ったのにしっかりと躾られているものだからお前には言えねえ、と首を左右に振られたあと、やっぱりニヤニヤと笑われた。
あの人はこうして俺が走り回っている姿を何処からか監視し、ざまあみろと笑っているに違いない。
本当に悪趣味だ。
いよいよ廊下ですれ違う教師ですら俺を見てニヤニヤと笑い、そんなに三井が好きか、と笑えない冗談を言いやがった。
教師に限らず、校内の全員がそう思っているのだから手に負えない。
俺がミッチーが屋上へ呼び出したあの日、失言や酷い態度をとったお詫びに羞恥心に抗いながらも望み通りの告白をした。
告白と言っても長々と語りはせず、シンプルに「好きです、付き合ってください」と伝えただけ。
その告白をあの人が断り、俺が失恋を味わいさえすれば丸く収まるはずだった。
ところがあの人は「お前がそこまで言うならなぁ…」と想定外の言葉を口にしたあと、「まぁ、そんなに俺が好きなら付き合ってやっても良いぜ」と自分の顎を撫ぜながら高飛車な態度を見せてくれた。
そこでようやくやられたと気付き、絶句して動けない俺を置いてあの人は笑いながら走り去り、まともに話せたのはそれっきり。
何が起きたのか分からないまま教室へ戻るとクラスの女子から睨まれ、男子からはニヤニヤと笑われた。
益々何事かと混乱し、自分の席にも行けずドアの前に立っていると一人のクラスメイトから俺が戻って来る少し前、突然教室にミッチーが現れ「今日から俺が水戸の恋人だ!!」と高らかに宣言していったらしい。
流石は炎の男。一度火が着いたら加減ってものを知らないようだ。
お陰で放課後を迎える頃にはすっかり俺達がデキているという噂が学年中に広まり、翌日には周知の事実となっていた。
しかもご丁寧に花道にまで報告の電話をしていたらしく、病院からお祝いの電話を受けてそこまでするか、と驚きのあまり受話器を落とした。
百歩譲って、全て俺が悪かったとしよう。
いや、実際にはそうなのだが。
突然喧嘩腰となり、身勝手な苛立ちから傷付けもしたし、取り返しのつかないことをしたという自覚はしている。
だからと言って俺以上に取り返しのつかないことをしてどうするんだ。
それで仕返しのつもりか。ならば大成功だ。
たった数日で俺は大勢の女子生徒から睨まれ、野郎や教師からはからかわれと散々な思いをしている。
しかも聞いたところによればあの人はあちこちで自慢気に
「水戸がどうしても付き合いてぇって泣きついた」
「水戸は俺が大好きらしい。しょうがねぇ奴だよな」
「水戸が付き合ってくれって大泣きしたんだぜ」
「水戸が俺と付き合えなきゃ死ぬって喚いた」
などなど、まるで俺があの人に泣き縋った上で交際を始めたと噂を広めているようだ。
根に持つようなタイプではないから謝罪さえすればきっと許してくれる。
そう思っていた俺が甘かった。
どうやらあの人は体を張ってでも嫌がらせを行うタイプらしい。
馬鹿じゃないのか。俺に恥をかかす為とは言え自分まで立場を悪くしてどうするんだ。
それとも散々続いた告白にうんざりしていっそ俺を盾にする気なのか。
そうだとしてももっと頭を使えよ。お得意の知性はどうしたんだ。
「あの水戸が泣き縋るなんてイメージ無いな」
「そうそう。しかも一度ボコった三井にとはな」
「なー。俺もまさかあの水戸がって驚いたぜ」
「でもまあそれで幸せなら良かったんじゃね」
「あの水戸にベタ惚れされるなんて流石は三井」
「まあな。恋愛は追うより追われろって言うもんな」
「何言ってんだ馬鹿野郎殺すぞ」
十日目。ついにミッチーの捕獲に成功した。
授業中なら俺が現れないと油断したのか、体育の最中にグラウンドの隅でクラスメイトと座り込んで駄弁っているところを羽交い絞めにして拉致ってやった。
その際、背後から突然現れた俺に驚いたクラスメイトはミッチーを取り返そうともしないで無抵抗だった。
俺達が本当に付き合っているというデマを信じてのことだろうが、連中にはこの拉致現場がバカップルのじゃれあいにでも見えていたのだろうか。
だとしたら相当やばい。と言うか何で全員が全員こんなデマを信用しているんだ。
日々そんなデタラメをあちこちでバラまいていたらしいミッチーはあれだけ俺から身を隠していたくせに捕まると諦めたように全身の力を抜き、長い足を投げ出して俺のなすがまま。
ずるずると体育館の裏までひきずりながら運び、誰も居ないのを確認して放るように解放しても逃げ出す素振りも無し。
それどころか十日前の屋上へ現れた時のように俺の正面に立って両腕を組むと胸を張り、偉そうに顎を上げてこう言い放った。
「どうした水戸、もっかい俺に告白する気か」
「アンタさあ…本当に馬鹿じゃないの」
散々取り返しのことをしておきながらこの状況でもそう強気でいられるメンタルは敵ながら天晴といったところだろうか。
元々気を許した相手には少々理不尽な振る舞いをする性分だとしてもこれは流石にどうなんだ。
大前提として元はと言えば俺が悪い。それはもう十分に反省した。
けれど今回の件に関してはそろそろお互い様だと決着をつけても良い頃じゃないだろうか。
「頼むから一旦冷静に話し合わないそもそも俺が悪かったってのは本当に理解してるんだよ。虫の居所が悪かったって言うか…ミッチーは全く悪くないのに八つ当たりした。それは本当にごめん。反省してる。でもさ、でもだよ俺がアンタに泣きながら付き合ってくれなきゃ死ぬとまで言ったってあれ何の冗談なわけ何で俺とアンタが付き合ったことになってんのしかも俺が泣き縋ったって本当に何いつ俺がそんなこと言った言い逃れしようたって無駄だからな。ついさっきもクラスメイトに散々デタラメ吹き込んでるのをこの目とこの耳で確認したばかりだぞ。何だよあれ。恋愛は追うより追われろって言うもんなって。さも知ったような口きいてるけどアンタ実際そうでもないだろ。なに九十点台の女みたいな台詞吐いてんだいい加減にしろよ。いや面だけなら満点だけどさ。アンタ黙ってりゃ普通にイケメンだし。黙ってりゃな。そうじゃなくて、何よりもの大前提として俺が悪かった。これは本当にそう。でも仕返しにここまでする必要あったアンタが好き勝手に吹聴してくれたお陰で女子には睨まれるし野郎や教師からはニヤニヤ笑われるしで散々ひどい目にあってるわけ。それなのによくもまあ今日まで逃げるわ隠れるわとしてくれたもんだよ。この落とし前どうしてくれるわけ俺の納得のいくお詫びでもしてくれんの切腹でもする気かえ」
「冷静に話し合いはどうしたんだよ」
「今マジでそういう正論要らないやめて」
十日分の怒りを一気に吐き出し、ぜえぜえと肩を上下させて息をする俺とは違ってミッチーはけろりとしている。
これだけ捲くし立てられていながら顔色一つ変えないなんて大したものだ。
デマを吹き込んでいる現場を目撃されても全く気にならないどころか、そもそも自分がしたことを悪いとも思っていないのだろう。
俺に悪いことをしている、という後ろめたい気持ちが少しでもあればこんな風に堂々と向き合えるものか。
「正直、俺だって反省してる」
「…それほんと」
「お前の合意も無しに交際宣言をしてすまん」
「よし殺す」
急にしおらしくなったかと思えば挑発したりと何がしたいんだこの馬鹿は。
俺がどう叱ろうと反省する気は一切無し。
俺の怒りを理解しているかも怪しく、何を言っても無駄な気がしてきた。
暖簾に腕押しとはまさにこのことで、叱って時間と気力を無駄にするよりはこの場に大きな穴でも掘って埋めた方がまだマシだ。
「殺すって物騒だな…仮にも恋人だぞ」
「仮どころか虚構の恋人なんだよ」
「お前が告白したのに」
アンタがしろって言ったんだ、と言うのは簡単だが、そもそも告白をするかのように屋上へ呼び出したのは俺だ。
そこを指摘されると少々分が悪いので自分を正当化させる尤もらしい理由を探し、言葉に詰まった。
あの告白は謝罪の意味を込めてのものだった。
ミッチーだってそれを理解しているだろうに、いつまでこんな悪趣味な仕返しをするつもりなのだろう。
「…お前、俺と別れてえの」
「え、何その質問。別れるも何も…」
はなから付き合ってない。これは確かなのに、またしてもミッチーはしおらしくなり、捨てられた子犬のような目で俺を見た。
惑わされるな。これが奴の狙いなんだ。
見え透いた罠にかかってなるものか。
いっそここはきっぱりと「別れたい」と言ってしまえばこの茶番も終わらせられる。
よし。そうしよう………別れるだって
「…別れたく、は…ない、かも…」
「俺も。末永くよろしくな」
そもそも付き合ってもいないのに俺までこんなことを言っては本当に取り返しがつかなくなる。
そう分かっていながらオウンゴールを決めてしまい、まんまと罠にかかった俺に微笑む悪魔との長期戦が確定した。