Round1000まで長生きしよう 水戸洋平の場合ここ数日、三井さんとの喧嘩が続いている。
あの人に言わせりゃ年下ゆえに未熟かつ幼稚な俺が全て悪いことになるんだろうがそれは違う、大間違いだ。
じゃあ誰が悪いかと言えばあの男、三井寿十八歳児が悪いに決まっている。
ことの発端はこうだ。
久しぶりに土曜日の部活が丸一日休みになったと報告にきた三井さんは俺にバイトの有無を確認し、それが無いと分かるとデートに誘ってくれた。
そう、ここまでなら仲の良いカップルの日常にありがちなやり取りで済んでいたんだ。
俺としては誰よりも何よりも優先して貴重な休日に俺をデートに誘ってくれたのが嬉しかったし、何処へ行こう、何をしようと始終ニコニコ笑いながら当日のプランを考えるあの人がはしゃいでいるのが嬉しかった。
付き合う前からあの人の最優先がバスケだとは伝えられていたし、そういうバスケ馬鹿なところも含めて俺はあの人が大好きだからその条件は勿論納得していた。
そんな人が恋人である俺を優先して一緒に過ごそうと自らデートに誘ってくれたとなれば嬉しく思うのは当然のことだろう。
だから当日のプランはああしよう、こうしようと俺も意見を出し、自分が気に入っている古着屋を紹介したいとも言った。
雲行きが怪しくなったのはその辺りからだ。
あろうことかあの人は時間に余裕があれば俺のバイト先である雀荘にも行きたい、麻雀を教えてほしいと言い出した。
無論そんな無茶を俺が許すはずもなく、駄目だと言っても何でだ何でだと駄々をこねて聞きやしない。
よく考えてほしい。
ようやく更生したあの人を誰が好き好んで雀荘だなんて不健全で危険な場へ連れて行くんだ。
そもそも二年もグレていながら麻雀はおろか、パチンコの一つも知らないとは本当に何処で何をしていたらそう無知でいられるのか不思議だ。
その疑問を本人へ向けるとアイツら、つまり過去の不良仲間がお前はやめとけと言ってその輪に入れてもらえなかったとのこと。
連中が駄目だと言えばうんと素直に頷くのに、俺が駄目だと言えば何でだと拗ねるこの違いは何だ。
どうせ年下の俺にあれこれ言われるのが気に食わないというだけでああも駄々をこねているに違いない。
いい加減いつまでも俺を年下扱いばかりしていないで平等な立場の恋人として扱ってほしい。
と、本人に言おうものならこれもまたお子様が背伸びをしていると鼻で笑われて終わりだろう。
それなりに深い付き合いだ、あの人の行動パターンは大体読める。
言い聞かせるよりも行動で俺が子供ではないと分からせた方が無駄に揉めなくて済む。
という十五歳にしては大人な判断をする俺の苦労も知らず、あの人は麻雀が駄目なら次は俺のバイクの後ろに乗って出かけてみたいと言った。
バイクと言っても俺のは原付で、しかも無免許だ。
運転技術に自信があったところで二人乗りに適しておらず、もしもを考えると良いよとは言えない。
ただでさえ怪我で何よりも大好きなバスケから離れることになったのに何故そういったリスクを考えられないのか。
そういったあらゆる事情から駄目だと子供でも分かるよう優しく説明するとすっかり不貞腐れてしまい、アイツらは乗せてくれたのに、と余計な燃料を投下してくれた。
俺を挑発したくて言っているんじゃあない、ただ思ったことをそのまま言葉にしたまでだ。
そう分かっていてもあの無茶苦茶な連中と恋人である俺を比べられるのは面白くないし、配慮の無さに腹も立つ。
はっきりと本人に伝えてはいないが、俺はあの連中との交流だけはどうしても認められない。
今は一切関わりが無いとしても思い出話をされるのだって不愉快だ。
そこまで確かな怒りがありながらも、こればかりは俺の勝手な嫉妬だと自覚しているから本人には言えずにいる。
言ったら最後、過去の交流関係にまでやきもちを焼くなんてお子ちゃまは大変でちゅね、とニヤケ面で俺をからかうのが目に見えている。
だから意地でも言ってなるものかと決意しているのに、なんとなく俺がその話題を嫌っている空気は察してくれているらしい。
ただしなんとなく、本当になんとなく察している程度だからついついうっかり毎回何度も連中の話題を引き合いに出してくれるのだ。
デート当日はまたしても不良仲間を話題に出してくれたものだから逆にノルマでもあるのかと思ったくらいだ。
あそこで露骨に不機嫌です、怒ってますと態度に出した俺が悪かったのは百も承知だ。
だけどあの人のあれは何だ、俺の態度が気に入らないからって知り合いの男全員の名前を口にする必要があったか
いいや無い、あるわけない。
あんな子供じみた嫌がらせをやってのけるとは流石十八歳児、天下一品のクソガキだ。
更には何を言っても徹底的に無視とは恐れ入る。
そこまでされては負けていられず当然俺も黙り込み、意地でもジェスチャーのみで最後まで貫き通した。
お陰で会話に苦労したし、ソフトクリームを買いに並んだ際にはどれが欲しいのかしっかりとメニュー表を指させば良いのにバニラとチョコの間の空白へ人差し指を向けるという地味な嫌がらせまでしてきたので仕返しにそれらのミックスを注文してやった。
折角はじめて撮ったプリクラは二人揃って仏頂面で、実はカメラの下では互いに足を踏み合っているという間抜けなエピソード付き。
帰り道、こんなはずじゃなかったと後悔する俺の横であの人はずっと独り言を装ってどこかのお子ちゃまのせいで、とブツブツ愚痴っていた。
当然キレた。
それはもう、無理矢理にでも俺の自宅へ連れ帰って誰がお子ちゃまか分からせたいほどに。
実行せず、きちんとあの人の自宅まで送り届けた俺こそきちんとした大人だろう。
そもそもあの人の言う俺がお子様というのは年齢的なことでしかない。
幼い言動があるわけでもなければあの人のように駄々をこねることもなくただ人並みの独占欲と庇護欲があるだけ。
しかも年の差は十八と十五というほんの僅かなもの。
大学生と高校生としての差なら環境の違いから俺を子供扱いするのもまだ分からなくもないが同じ高校生で大人も子供もあったものか。
変に大人ぶらないで普通にしてさえいればつい甘やかしてしまうほど可愛いし、本人にとってもその方が得だと気付けないものだろうか。
何はともあれ今回ばかりはしっかりとお灸をすえて反省させなければならない。
となると一番は無視、これに限る。
寂しがり屋のあの人のことだ、きっと一週間ももたず謝罪に来るだろう。
という俺の予想は的中し、あの人はしっかりと、それも随分と可愛い手段で仲直りをしにやって来た。
それはそれは大変可愛らしく、数日前の憎たらしさも一瞬で吹き飛ぶほどの出来だった。
だから俺はその可愛さと素直さに免じて仲直りを認め、あの人が覚えたがる麻雀についても大きく譲歩した。
途端にあの人も機嫌を良くし、久しぶりに俺の大好きな笑顔も見れて一件落着…となればどれだけ良かったことか。
無事に仲直りが出来たと安心した矢先に何故かあの人は調子に乗るなと怒鳴り、交際から何度目になるかも分からない俺の方が大人なんだぞと立派なクソガキ発言をかましてくださった。
勿論キレた。
これ以上クラスの連中に喧嘩ップルだの夫婦漫才だの言わせない為にもぎゃあぎゃあ騒ぐあの人の腕を掴み、強引に廊下まで引きずり出してやった。
そのまま空き教室へ連れ込もうとする途中、偶然その場を通った教師へ先生、水戸君が痴漢してきますなんて叫ぶものだからお望み通りにしてやろうじゃないかと火もついた。
教師は仲が良いなと笑って通り過ぎるだけで、仲裁に入る気はさらさらない。
確実に姿が消えるまでを見届けてから助けてくれと叫ぶあの人を空き教室へ押し込み、それはそれはもうたっぷりと十五歳なりに十八歳児のクソガキ様を可愛がらせて頂いた。
とは言っても放課後の部活に支障がなく、昼休みの内に熱が鎮まる程度の軽いお遊びだ。
たった十分にも満たないそのお遊びで意気消沈となったあの人はまだ震える足腰でどうにか立ち上がると涙目で覚えてろよ、と負け犬同然のセリフを吐き捨てて逃げて行った。
自分から挑んでおきながら何が覚えてろよ、だ。
バスケはともかく、その他においては全て俺に敵わないと学習する日はくるのだろうか。
「………バイトは」
「昨日まで他の奴の代わりに出ていたから今日は休みだよ」
放課後、部活が終わるまでの時間を外で潰してそろそろ現れるであろう時間帯を狙って学校まで戻れば三井さんとほぼ同じタイミングで校門に到着した。
俺に気付くと一瞬だけ表情を明るくしたが、すぐにそれを隠すために眉間へ皺を寄せて一生懸命不機嫌な表情を見せ、それに合った怒りの低い声で喋った。
けれど俺の返事を聞いて昨日までのは無視ではなくバイトだったとのかと申し訳なさそうに目を伏せ、意識しなければ聞き取れないほど小さな声でごめんと謝罪した。
まあ、嘘なんだけど。
「喧嘩してばかりじゃ寂しいし、仲直りしようよ」
「俺だってお前と喧嘩したいわけじゃないんだからな」
「じゃあ仲直りだ」
「…そうするか」
寂しいのは本音だし、意地を張り合うことに時間をかけるよりも仲良く過ごした方が断然楽しい。
だからようやく喧嘩終了だと手を繋ぎ、いつもの帰路をゆっくりと歩いた。
結果的にはすぐに第二ラウンドが始まったとは言え、一応昼間は三井さんの方から仲直りをしにわざわざ教室までやって来たのだ。
ならば次は俺が折れてあげても良いだろう。
それに、放課後から今までの間、ずっと俺はどうしたらこの人をきちんと躾られるだろうかと真剣に考え、ある一つの閃きを得た。
どうせ年下を理由に子供扱いされるならいっそそれを利用してしまえば良い、と。
日頃から俺を年下だ子供だと笑っていたのが仇となるとも知らず仲直りしたものだとホッとしている三井さんには悪いがこれを利用しない手はない。
「三井さんから見て俺がガキっぽいってのはよく分かっているんだけどさ」
「そうだぞ。お前は本当にガキだ。俺から見なくてもクソガキだ」
「………うん」
「百人にアンケートを取ってみろ。百人中百二十人がお前をガキだと答えるぞ」
何で増えてんだ、馬鹿の計算か。
こっちが下手に出ればすぐにまたつけあがって偉そうに人をガキ呼ばわりするアンタの方がよっぽどガキだろ。
どうしてすぐにそうなる、今のはしんみりと俺の話に耳を傾けるべきじゃないのか。
流石は十八歳児、空気の読めなさも一級品だ。
気を抜けばペースに飲まれまた喧嘩になってしまう。
早まるな俺、今はただジッと耐え忍ぶときだ。
「そ、そうなんだよ。ガキだからね、どうしても経験不足で色々と心配になるわけ」
「別に心配されるようなことはしてないだろ」
「それでもあれこれ心配するのがガキなんだって」
「…そういうもんか」
なんて単純なんだろう。
思わずしっかりしろと肩を揺さぶりたくなるほどの単純ぶりだ。
何故疑わない、何故信じる。
今までのやり取りからして俺がこんなにもあっさりと自分をガキと認めるのは不自然だと思わないのだろうか。
しかしこれは良い、まさかここまでスムーズに話が進むとは思わなかった。
俺の読み通り、自らをガキと名乗るのは大いに効果がある。
もう少し押せばどんな主張もまあガキだからなと深く考えず簡単に飲み込むようになるだろう。
…この人、本当によくこれまで無事だったな。
「悪いとは思うけど、俺が大人になるまでもう少しワガママを許してよ」
「しょうがねえなあ」
即答である。
しかも上機嫌に繋いだ手を前後に振り、俺は大人だからなあとまで笑っているこの危機感の無さは大丈夫なのか。
俺が相手だからまだ良いものの、他所で騙されやしないかと新たな不安が出来た。
そういう課題も含め、今後はこの人の躾に励んでやろう。
「もっと早く自分がガキだって認めて謝れば可愛げがあったけどまあ難しいお年頃だしな。今回は自分がガキだと認めただけでも一歩成長したと褒めてやるぜ。今後はガキらしく大人の俺にうんと甘えて良いからな」
「…へー、ありがとう」
心底楽しそうに笑ってそう言うから、俺は鬼教官となってこの人を躾ようと決意した。