ファイ穹 望日まとわりつく熱気と蝉の声が呼吸音以外をかき消す。
全力で走っているはずなのに、目の前にいる彼は悠々とあるいたままで、その距離が一向に縮まることはない。
「まって、まってくれ…!」
俺の声は聞こえている距離なのに、灰色の彼は普段と同じような軽い足取りで気にも留めずに走っていってしまう。喉が熱い、乾いてるはずなのに夏らしい湿気が渇き惑わして咳込む程にも至らない。草の匂いに慣れ切って足には踏んだ土がついたまま、どれくらいこの茂みを走ったかなんて気にする余裕はなかった。
ただ彼が、いつも一緒にいてくれる彼が今日は様子が違った。僕を見ても何も言わず、静かに逃げるように走り出したのだ。僕が咄嗟に追いかけ始めるも、速いと称されたこの脚は大した役に立たなくて、追いついたと思って角を曲がっても彼はすぐに次の角へ姿を消していたのだ。
見失わないように必死に追いかけているうちに、気付けば町中を離れて川を渡り草木の生い茂る方にまで来ていた。
躊躇うことはしなかった、ただ何となく今彼をこのまま遠くに行かせたら二度と会えないような気がして、転んだ傷を顧みる時間も惜しかった。
そうして気づけばここにいる、立ち入り禁止のその先へ僕は超えて入るとようやく彼の後ろ姿が目に入る。
やっと、止まってくれた。
ゆるゆるとペースを落とし、かつてない距離を走ったせいか鉄の味が滲む咳を堪えて僕は彼の傍まで歩いた。
言葉をかけようにもまだ喉は準備ができていないらしい、絡まったような感覚に息が詰まって一層それが声掛けの遅延を招く。もどかしくなりながらも、僕は彼がもう走りださないようにその腕を掴むべく手を伸ばす。
じわじわとうるさいくらいの蝉の声がここを孤立させているかのようで彼と僕の二人きりの空間になっていた。
「逃げっ、ないでくれ…」
かろうじて紡いだ声は小さくて、泣き縋るようなものになった。実際そうだと否定しないが、懇願にも似た感情のままでた言葉だったのは確かで一瞬彼が動いたのは掴んだ腕からも気づいてしまう。
見上げた緑を背景に、一切の息切れも起こさず汗も流さずに、目の前の彼は穏やかに少しだけ笑って掴んだ俺の手にもう一方の手を添える。
「っ…!」
この時の僕は迂闊だった、今思うと初恋を利用された気がしないでもない。けどその一瞬の気の緩みと、添えられた手の熱が全身に行きわたったせいで掴んでいた手からするりとすり抜ける。彼はその隙にもう一度走り出し、僕はハッとして背を追った。
「まって、まってくれ…!」
呼吸のリズムなんてとうに狂っていて、このままじゃさっきみたいに長く走ることなんてできそうになくて。落ちていく速度よ他所に、目の前の彼は灰色の髪に日差しの黄金をのせたまま遠ざかっていく。
そうして遠くで立ち止まった途端、僕を見て微笑んだ。
緩やかに彼は体を傾かせて、静かに人差し指を口に当てる。スローモーションで目にしたその光景に、僕はきっと悲鳴に似た声を上げたのだろう。
その日、幼いころから見てきた僕の理想の英雄は、音もなく川に落ちたきり戻ってこなかった。
ーー
以外お話の設定とかのメモになりますわ。
時間取れたら書きたいストックが無限に増えてく。
学パロ+和ホラー+理想像
このあと、未来(高校生)でその”彼”と似た人物を目にして何も言えずに腕を掴んでしまうんだけど、一切の初対面だといわれたり、その彼が学校ではある日は女子、ある日はかつてのように男子になったり、彼について友人に聞いても彼らも当然のようにある日は女子、ある日は男子と当然のように言う。試しにファイノンが「その、変なことを言うようだけど、昨日君はあの人を女子だって言っていてね」「そんなわけないだろう、流石にからかうにしても下手すぎるぞ」 と。そんな自分だけの疑問を持ちつつも、ファイノンは再びその幼い頃の彼にそっくりな彼に再び声をかけて…
みたいな話になる予定
これの終着点というか裏設定は、この世界のファイノンが幼いころから夢見てきていた”理想の英雄”が具現しており、幼いころあの日を境にその英雄像がいなくなったことから。
しかし未来で、かつての理想像そっくりな彼が成長した姿で再び現れて困惑、何故性別が不定なのかというと”理想の英雄像”なだけで性別は一切気にしてないせいなだけ。(定まらない存在という曖昧さ) ”そう見える”とおもったらどっちにも映ってしまう。 そして未来で再会した”理想の英雄”である彼に、日々少しずつ心酔してしまう優等生…みたいな構図にしたい。
かつて自分が心から望んだ”僕の英雄”である君。一度失くした以上もう二度と失うわけにはいかない。っていう
ーーー
ファイノンがある日の学校帰りに彼と話したいと連れ出すんだけど、その道中で隣の穹くんが不意に金色の血のようなものを頬のかすり傷で流したり(ファイノンの目の錯覚)、不意に目の前を歩いているのに姿が一瞬見えなくなったりして息切れを起こすファイノン。そうして先にちょっと走り出そうとした穹くんの腕を咄嗟に掴んで、その力が強すぎて痛いと告げる穹くんがいたり。
「どうして…どうして君は何も覚えてないんだ!?」
ととうとう目の前で柄にもなく一度声を荒げてしまい、咄嗟に後悔するファイノンがいる。
ーーー
次の日穹くんは何事もなかったようにファイノンに接するんだけど、ファイノンはもう情緒ごちゃごちゃ過ぎて学校で穹くんを避けるようになったり顔色がその日以来悪くなってく。穹くんが心配になってもう一度帰り道でファイノンの傍に行った時、ファイノンが強めに振り払ってしまい丁度土手の傍で小さな川に落ちてしまう穹くん。かつてとフラッシュバックを起こし、発狂寸前のファイノンに「大丈夫、大丈夫だから」とびしょ濡れのままファイノンを抱きしめる穹くん。
そしてその今度は直に伝うその熱に安堵して、ファイノンはその場でぐったりと力が抜けて寝ちゃうんだ。そうして連れ帰った家の中で、ファイノンは目を覚ます。
隣では髪にタオルを乗せてゲームしてる穹くんがいて、気付くと「なぁー俺今日散々だったんだけど。お前の心配してたらお前に突き落とされるし、かと思えば落ちた俺よりもお前の方がやばいし、びしょ濡れなのに寝落ちされるわ、家近かったからいいけど俺がお前のこと運んで連れ帰って寝かせてやるわで完全に割に合わないだろ。どうしてくれるんだ?」と言った。ファイノンはそんな彼をじーっと見つめて聞いてるのか聞いてないのかもわからない様子で、不意に穹くんへ手を伸ばすんだ。
頭、タオルの上から撫でて次に頬、そうして擽ったそうになんだよという穹くんへ「ちゃんと、あったかいね」とつぶやくと、穹くんは「…そりゃ生きてるからな」と。ファイノンにとって、その一言は何よりも大きかった。かつての君、それは自分の中での理想像であり虚であることはうすうす気づいていた、けど今その人物は目の前にいて生きている。ならそれ以上何を望めばいい?ファイノンはそのまま「うわっ、なんだよ放せって」と動く穹くんを無視してのっそりと抱きしめた。力強く全身で覆いつくすように両手を肩と背に回してそれはもうしっかりと。穹くんは動揺しつつも、それ以上でも以下でもなく動かないファイノンに困惑しながら、
「何?俺のこと好きなの?」と冗談交じりでいうとファイノンは「…うん、大好き。憧れだったんだ。ずうっと昔から君を探してて…ようやく出会えたんだ。」とゆっくり答えた。余りにも真剣で嬉しそうなその言葉に穹くんも何も言えなくて、ちょっと不思議そうな顔しながらも、「わかんないけど、とりあえずなんかよかったな」と背中ポンポン叩きながら声かけて、ファイノンもちょっとだけ目の端に涙うかべながら「…うん」って答えては粒をこぼす。
という終わりで、ここに別途のホラー要素を適度に混入させる予定のお話です。