なんて言ったの?くん、と弱く体を引く力に、ジョンは振り返って首を傾げた。ねえ、今なんて言ったの?
「ヌー?」
目の前にいるのはだいじな大事なご主人様。ジョンの反応に、水筒の紐に掛けた指を離しそびれて、弱りきった顔をしている。
「ジョン、き、聞こえてたの…? もう一回? そう、もう一回か……」
いつもたくさんの言葉を並べてはみんなを引っ張ってしまう引力は、今はジョンを引き止める分だけ。自信まんまんな時はピンと立つ髪もぺったりとして、まるでドラルクさまに叱られる時のヌンみたい。
こんな姿を見たら、かわいそう、と、ドラルクさまのお父さまは言うだろう。おおきな体で抱きしめて、マントですっぽり覆って。『大丈夫だよドラルク、無理しなくていいんだよ』
ドラルクさまを育てた方が言うそれこそ、きっと正しい愛。ジョンだってそうしたい。ヌンから飛びついて、だいじょうぶですよドラルクさまって言えばきっと、ご主人様はいつものように笑ってくれる。
でも、それじゃあダメなのだ。
ジョンがどこかに引っかかったと勘違いしそうなほど弱い力は。微かに聞こえるだけの小さな願いは。
ジョンが気付かなくてもいいように、ジョンが心置きなくご主人様を置いていけるようにと。そんなのずるい。
ジョンはドラルクさまの使い魔だけど、永遠を誓ったパートナーなのに。ドラルクさまが、いつもとちがう時こそ甘やかしてあげたいのに。どうしてそんなかわいい時に、ジョンをおねだりしてくれないの。
主人だからって、ジョンの楽しい町内会交流を邪魔しちゃいけないと言うなら、あの手この手でジョンを留めてくれれば良いのに。例えばご主人様からのマッサージフルコースやパンケーキ10段なんてあったら、ジョンは大よろこびでドラルクさまの胸へ帰るよ。
だからジョンは、ご主人様の指先をすくって、ご主人様の大好きな肉球で包んじゃう。
ずっとためらってばかり俯き加減のご主人様を誘惑するのだ。
「ヌーヌー」
ドラルクさまがちゃんと言えたら、まず欠席の連絡をしよう。ドラルクさまはたぶん恥ずかしがっていつものようにしゃべれないだろうから、ジョンがお電話します。
そして、一人と一匹で、ご飯を作るの。ロナルドくんがたくさん食べても大丈夫、パーティーできるくらい作るからね。
終わったら、棺桶に行って。たくさんお話をしよう。ジョンの愛も伝えなくちゃ。こんな時はちゃんと甘えてねって、わかってもらいたいから。
ドラルクさまがもう大丈夫になったら、棺桶を跳ね開けて、たくさんあそぶの。対戦ゲームも、ボーリングも、ヌェ…ってなるZ級映画だって今日はがんばって起きておくから。
ご主人様がどれくらい経ってジョンの肉球に屈するかは、腹を仰向けにして『早く殺せ……』とぐぶぐぶ呟いたデメキンと、閉じられた棺桶だけが知っている。