【展示】獄寺くんの誕生日【すごく一途な恋心】 今日は一体なんなんだ。アホ牛は朝の七時から部屋に来てどうぞと酒を渡してくるし、シャマルからは知らねえアカウントからメッセージがきた。「元気か? お前のムスコ」という下品極まりない文だったのですぐにわかった。大雑把に数えても三年は連絡を取っていないのに、いきなりなんだっていうんだ。
イライラしながらタブレットに指を滑らせ、止める。ソファに座るとデカいため息が出てしまった。
なんでシャマル? そろそろくたばりそうなのか? まあそうだとしても俺には関係ない。骨くらいは拾いに行ってやらないでもないけど、土葬かもしれない。あいつ用に墓地を用意する人間がいるかもわからない。姉貴がお情けで用意してやるかもしれないが、面倒な事には変わりないのでまだしばらくはくたばらないでいてほしい。
あとこのところ、骸からの報告書がやたらと多い。普段ならいちいちこっちに報告して来ないだろうがっていう物損系の細けえ、しかも面倒な報告しかない。一ヶ月前の器物破損なんか報告してくんなよ時効だろと思いながら報告書の最後まで見ると、クロームが付け足したであろう文が目に止まる。要約するとしばらくの間は有幻覚でごまかし、その間にこっそり直したので解決しているとのことだ。
だったらもういいじゃねえか! 思わずデータを怒鳴りつけてしまった。クロームは一切悪くない。むしろ骸の目を盗んでの善意で最後に文を加えてくれたのだろう。性格からしてそうに違いない。人生の半分もの間を骸たちなんかとつるんでいるからって、思いやりみたいなもんはそうそう無くならないはずだ。たまに笹川の妹やハルと菓子を食べる会をしているようだから、浄化はされているはず。
骸については、テメー今度あったらしばいてやる。紙にしたら厚さが一センチくらいになりそうな量をいきなり送りつけてきやがって。おかげで埋もれているメールがいくつかある。チェックが面倒だが開かないわけにもいかず、骸のものは一旦後回しにして埋もれている分を抽出する。
「……あ?」
山本と笹川兄のメールが同時刻に来ていた。日付が変わった頃にだ。珍しいこともあるものだと思い開いてみると、ああ、と声が漏れた。
「獄寺くん、何かあった?」
「あ、10代目! いえっとくに何ってわけじゃないんすけど」
アジト内にある俺の私室へノックなしに訪問してくるのは一人しかいない。俺の愛する人であり、今のボンゴレボスである10代目。組織を一新しているので正確には10代目ではないのだが、ネオボンはちょっと恥ずかしいからいいやとやんわり断られたのだ。
今日の格好は完全にオフで、ゆったりとしたパンツにTシャツ、その上に大きめのカーディガンを重ねている。私服までずっとパーカーだと未成年に見られる確率が上がるというので外出着から泣く泣く外したのは四年ほど前だ。俺としても惜しかった。部屋着として着ている姿を見られるのは恋人の特権としてもらっておくこととして。
おく、こととして。
ゆるめの私服に両手には何やら食料のようなもの。を冷蔵庫にしまったりしている10代目を見ながら、どんどん背筋が寒くなってくる。
「……あの、そういや俺って誕生日でしたね」
「え そうだよ」
まさか気づいてなかったのかという顔で唖然としている10代目は、俺の今日の休みを指定してきた人物でもある。そうか、そういうことか。色々と合点がいって、座っていたソファに身体がずんと沈んでいく。
なんということだ。毎年祝ってくださっているのに忘れるだなんて。部屋に来て下さっているのになんのおかまいもできていない時間がどんどん長くなっていくのも耐え難い。もう何もわからなかった子供の俺じゃないというのに。このすてきな人と恋人同士で、幸せだっていうのに。そしてこの人のお誕生日は決して忘れないというのに。
「あの、すみません俺、普通にいまメールとか見てて……」
「あー、そんなことだろうと思った。休みって言ったって朝一で確認するもんね。でも俺も来るの遅れちゃったしごめんね」
右腕としてのクセなんですって前言ってたもんねえと五年前くらいの話を持ち出される。今もそういう意識で日々を生きているが、10代目自身に言われるとやや恥ずかしくなってくる。いや、綱吉さんに言われるとというのが正しい。
俺の恋人の、沢田綱吉さん。
「本当にすみません……」
しかも気づいたのが野球バカとボクシングバカからのメールでだなんて。いやあいつらにもありがてーとは思っているが、それとこれとは別な話だ。礼のメールは後でするから今は綱吉さんへの弁明をさせてほしい。
「骸が、クソみてえな報告をチマチマチマチマ上げてきまして」
駄目だ。それこそクソみたいな言い訳しか出てこない。
「どれ? ……あいつこれ嫌がらせだろ。あ! クロームまで巻き込んでるな」
腐ってんのはどっちだよと言いながら、綱吉さんは俺の手からタブレットを取り上げて、適当なメールに対して返信を作っていく。
『いい大人が仕事相手にいじわるすんな、クロームにも迷惑だからやめろ 沢田』
「よしこれでオッケー」
そう言って、タブレットの電源を切ってしまった。
なんだかまるで昔のアホ牛に対しての注意みたいだが、大丈夫だろうか。それとも計算したニュアンスなのだろうか。
「あいつ、わりとこども扱いが効くよね」
計算された方だった。たしかに三十過ぎてみみっちい嫌がらせをする人間に対してはじゅうぶんか、と思い直す。そうだ、三十。
「俺、三十っすね……?」
「そうです! お誕生日おめでとう獄寺くん!」
アホ牛の酒はそういうことか。プレゼント、そう、プレゼントか。あんなに生意気だったガキが、酒を贈ってくるだなんて成長したじゃねえか。流石に、少し涙腺に来てしまった。昔見た二十代半ばのランボよりはまだ細いし泣くこともあるが、大人というやつになってきているのだなということを実感する。
「なんか泣いてる ど、どしたの」
「いえ、アホ牛が大人になったなあと」
「ランボ?」
朝早くに訪問してきたことと、もらったものを見せる。そういえば綱吉さんにもよろしくどうぞ、なんて言っていた気がする。もっと言うなら任務が入ってなかったか? わざわざ対面で渡すためにあんなに早い時間に来たのかと思うと、少し笑えてくる。
年齢を意識したことはあまりない。老けて見える方がいい場合の多い業界だが、見てくれで損をする前にねじ伏せてきたので問題はない。子供の頃くらいか、年上を嫌いながらも早く大人になりたいと思っていたのは。
「なんか、俺もまだまだガキみたいっすね。相応の態度はとってるつもりなんすけど」
「まあ……嫌がらせに気づいてなかった程度には大人の疲れ方してるけどね」
「骸はあとでぶっ飛ばします」
「俺も加勢する」
キリリと顔を作った綱吉さんがすぐにあははと笑い出し、俺もつられて笑う。くさくさしていた時間はもう終わりだ。生まれ変わったつもりで誕生日を楽しんでやる。翌日になるまでのおよそ十四時間、俺はこの日を堪能する。そして来月のこのひとのお誕生日には、たくさんの愛と感謝を伝えるのだ。
「綱吉さん、ありがとうございます。これからも俺と一緒にいてください」
「えっ、あ、当たり前じゃんそんなの……改めて言うと恥ずかしいな あは……」
じっと見つめて手を握る。緊急用のデバイス以外は今日の俺達を邪魔しないだろうし、まだ昼にもなっていないうちでも誰にも咎められることはない。
ぐう。
……俺の腹の虫以外は。
「……スンマセン、マジで俺、ほんとに」
「いや、なんか獄寺君っぽいかも……」
うくく、と笑いを堪えている綱吉さんがかわいいので、もうなんでもいいかと思ってしまった。枯れたつもりもないけれど、騒がしくない誕生日も良いものだ。何もかもを無くした子供時代の俺にも見せてやりたい。未来は明るいぜなんて言ったらそれこそオッサンくせえな、と思いながら、二人でキッチンへ向かった。