我啓蒙す「うおっ、何だ!?」
日課の早朝鍛練で私の前を走っていた長次が、前触れもなくぴたりと止まったものだから、私も慌てて立ち止まった。抗議の意もこめて長次の背中にどん、とぶつかる。
長次は黙ったまま前を見ている。
視線を追うと、大きな蜘蛛の巣が行く手を塞いでいた。昨日ここを走ったときにはなかったものだ。
長次は私ほど汚れることに無頓着ではないから、あれが髪に絡まることが嫌だったのだろうか。いやいや、それなら手で払えばいいではないか、と思いながら長次の顔を見る。
なるほど、と思った。
汚れるのが嫌とか、でも払うのは面倒とか、そういう地に足のついたことを考えている顔ではない。長次の心が、自分の体のありかを忘れているときの顔だ。
改めて蜘蛛の巣を見る。
精緻に、均等に整えられた糸には、びっしりと朝露が下りていた。枝々の間に張り巡らされたそれが昇りかけの日に照らされて輝く様は、森の中に打ち捨てられた、真珠を連ねた帯飾りといった風情だ。
また、長次の顔を見る。表情は普段とさして変わらない。
だが朝露の輝きで、長次の瞳もきらきらと照り映えて見えた。
「そうだな、綺麗だな!」
意識して、いつもよりも大きな声を出す。長次が進んで口にしないぶん、私が世に知らしめてやるのだ。私が愛おしむ男の、いつまでも幼子のように瑞々しいところを。