moonlit lover.おばけやしきのかいぶつ一家
今日もたのしいギロチンあそび
金切り声がなりひびく
ゴロリと頭をおとしたら
イタズラぼうやがわらってる
おおきなくちでわらってる
「おい!執事!!!!」
ドタドタと騒がしい音を立てて、屋敷の階段が踏み鳴らされる。広間の隅々まで揺らす声と騒音に、掃除の手を止めた執事がギロリと睨みを効かせると、視線の先に鮮やかな赤髪がぴょこん!と飛び出してくる。
「…坊ちゃま。屋敷の中を走り回るなと、何度申し上げれば?」
「うぐっ……う、うるせーな!急ぎの用事なんだからいいだろ!!」
執事の厳しい態度に気押された少年は、それを弾き返すかのように先程よりも大きな声で反論した。執事はいかにも迷惑そうな顔で聞き届けると
「…急ぎの用事とは?」
と呆れた顔と声で片眉を上げる。
「……ほんっっっと性格悪ぃよな、お前…」
なんでこんな奴が『執事』なんだよ…と、ブツブツ文句を呟く少年に執事がもう一度
「…用事とは?」
とイラついた声で急かすと、パッ!と彼は顔を上げ
「新しいギロチン装置が完成したんだって!!試してみたくてさ!!ちょっと手伝ってくれよ!」
と清々しいほどの声色と満面の笑顔で最悪な「お願い」を投げつけられ、執事の眉間には盛大なため息と共に深いシワが刻まれた。どうやら、今日の仕事のスケジュールは多大なる遅れが発生してしまうらしい。
「……かしこまりました。坊ちゃま。」
死神は今日も月の光のなかで、真っ黒なただ一つのぽっかりと空いた穴のように浮かんだまま眼下の屋敷を眺めていた。その表情は何故か少しだけ不愉快そうに歪んでいる。
今夜は庭に執事が居ないのだ。
死神が人気のない庭に降り立つと、不気味な枯木にはぶらぶらと来客が揺れっぱなしになっている。
「…ったく…今夜も死んでんじゃねーか。」
首吊り死体の周りを行き場をなくしたかのようにウロウロと漂っている青白い炎に向かって、死神はクイクイと指で引き寄せる仕草をする。不安そうに浮遊していたその炎がふよふよと寄って行くと、腰に下げた宝珠へと招き入れる。それに軽くキスをして、苦笑いを浮かべて死神は話しかけた。
「……困るよなー?執事の職場放棄ってのは。」
「職場放棄などしていないが。」
「うぉっ?!……驚かせんなよ…オレはオバケ側だつつーの。」
いきなり背後からした声に体を仰け反らせて叫んだ死神が振り向く。そこにはいつもと寸分変わらない姿の執事が恐ろしい程綺麗な姿勢でスコップを持って立っていた。
「……その立ち方逆に怖ぇからやめろよ…。」
「脅かしているつもりも怖がらせているつもりもない。……今日は現在時点で49分、仕事の時間が押している。」
執事はそう言うと、いつもときっちり同じ仕草で几帳面に死体を埋めるための穴を掘り始めた。
「…お前にしては珍しいな?」
「多少のイレギュラーがあった。夜が明けるまでに遅れた分の業務を終えなければ。」
「…手伝ってやろうか?」
「無用だ。…貴様の手など借りん。」
「…相変わらずかわいげねぇの。」
そのぼやきも耳に届かなかったかのように執事は穴を掘り進めた。数分もすればまた、寸分違わぬ墓穴が出来上がる。穴を掘り終えると執事は首つり死体の所へ庭の脚立を運んでいき、ギシギシと悲鳴をあげるそれを踏み台にして、伸び切ってしまっているだらしのない死体をロープから外し始めた。
「……で?イレギュラーって何があったんだよ。」
そんなもんあったって、いつもはお構いなしだろ。と訝しげに死神が訊いても執事は手を止めない。ロープの結び目を解きながら
「瑣末な事だ。…坊ちゃまのいつものイタズラに…」
そう言いかけた時だった。悲鳴を上げ続けて居た脚立がとうとうベキリ。という音を立て崩壊した。
執事は死体を抱えたまま宙へと投げ出される。
「!!っブラッド!!!」
弾かれたように死神が飛び出し、地面スレスレの所で執事の身体を受け止めた。
「………あ…っぶねぇ。お前なぁ、道具のメンテくらい…」
安堵のため息を吐いて文句の一つでも言ってやろうと執事の顔を見た死神は思わず言葉に詰まる。
「…っ?!あ…?!」
顔を見たはずだったのに。あるはずの場所に彼の美しい顔は無かった。抱き抱えたその身体から、頭部がすっかりなくなっているのだ。
「は………??ブラッド…?おい!」
事態を飲み込めないまま、抱えた首なしに呼びかける。まさか受け止める時に誤って首つり死体の方を受け止めたかと思ったが、そうではない。腕の中にあるのは確かに執事の首から下だけだ。死神は既にないはずの全身の血液がサァッと冷えて行くのを感じた。
その時だ。
「……おい。」
執事の声がした。死神はもう一度自分の抱えている身体に目を向ける。が、そこには変わらず頭はない。
「…おい。キース。」
死神が恐る恐る声のする方を探り、振り返る。そこには無造作に転がるお化けカボチャに混ざって此方をみている一対のルベライト。首から上だけの執事が不愉快そうに此方を睨んでいた。
「…いい加減に離せ。」
首から上の方の執事がそう言うと、首から下の方の執事は死神の身体を押し退け自分1人で立ち上がる。
「……おっ……前、なぁ…」
「坊ちゃまの新作ギロチン装置を試されたのでな。奥様に縫い付けては頂いたが…流石に元に戻りはしなかった。」
執事の首から下は自分の頭を拾って顔についた土を雑に払い、そのまま死神に「少しの間頼む。」と喋る自分の生首を手渡し、先程放り出されたままの死体を墓穴へ埋める作業へと戻って行った。
「…よくそのまま仕事しようなんて思えるよな。」
「ただでさえ時間が遅れている。…おい、ちゃんと身体の方へ向けろ。」
「へいへい……働き者だねお前…」
「もう少し右だ。自分の体がよく見えん。」
「はいはい…仰せのままに。」
首から上が死神の言葉に答え、首から下は穴に土をかけていく。はみ出ていた腕が見えなくなるまで土を被せ、墓碑の代わりに「1日目」と書かれた杭を刺す。
作業を終えた執事の首から下が道具を片付け戻ってくるのを待ってから、死神は執事の首から上を自分の方へと向け、話しかける。
「…で?今日はコレで終わりか?」
「そうだな。残りは明日の朝食の仕込みがあるが…」
「ハイハイ終わり終わり。首と胴体が離れてんのに仕事の事しか考えねぇのかよ。」
「……当たり前だ。それより、首を元に戻せないか。」
不便で敵わない。と眉根を寄せる執事の顔を見て死神はそりゃそうだろうな。と苦笑いした。傍には首がないままの胴体がじっと突っ立っているのだ。
「まぁ、出来なかねぇけど…」
と、少しの間視線を右に左にと巡らせて居た死神は、何かを思いついた顔で執事の生首と目を合わせ、ニッと笑った。
「その前に、ちょっとの間くらいなら付き合えるだろ。」
そう言うと同時に死神はふわりと首を抱えたまま宙に浮いた。
「っおい…!なんのつもりだ!」
「いいからいいから。仕事は終わったんだろ〜?」
あっという間に屋敷が小さくなる。気がつくと、死神と執事(の生首)は空から街を見下ろして居た。
「…たまには、空中散歩も悪くないだろ?」
息抜きしろよ。と笑いかけると、執事の眉間にはギュッとシワが寄った。
「…それならせめて首と体を元に戻してからにしろ。」
「人ひとり抱えて飛ぶのは流石にキツいんだよ。…ま、コレなら仕事だって忘れられるだろ。」
「…忘れたいなどとは思っていない。」
諦めたように、執事は死神の腕の中で眼下に灯る街の明かりへと目を遣った。普段見ることのない場所から眺める街はまるで知らない場所のようで、少しだけ不思議な気分になる。死神が言うようにたまにならこういう息抜きも、悪くはないのかも知れない。
手袋越しでもヒヤリとする死神の指の温度を頬に感じながら、執事は躊躇うように口を開いた。
「…ブラッド、とは俺の「名前」なのか。」
一家の執事として日々を過ごす中で、名前を呼ばれることは無い。執事の立場であることが「そういうもの」なのだと不思議と理解をさせていたし、特に必要だと思うことも無かった。だが、この死神は確かに自分を『ブラッド』と呼んだ。それは記憶にはない、初めて聞く言葉のはずなのにどこが懐かしく、甘やかな響きをもって執事の耳に届いた。
「………そうだよ。」
意外にも、死神は誤魔化すこともなく答える。その顔は執事からは見えなかったが、どこか寂しさを含んだ声はとても優しく響いた。暗い夜に街の光が灯ったりまた消えたりする様子を眺めたまま、執事はその答えに満足したようにそっと瞼を閉じて「…そうか。」と返した。
「……キース、お前は…」
「夜が、明けるな。」
ブラッドの言葉を遮ったキースの言葉に目を開けると、遠くの夜空の端からうっすらと光が暗闇を押し除けようとしている。その境界線を闇の色からインディゴブルーへと変えていき、もうこの時間もおしまいなのだと告げていた。
「…まだ、話は終わっていない。」
「時間切れだよ。…もう、帰る時間だろ。」
そう言ってキースは抱えていた顔を自分の方へと向ける。ブラッドが向き合ったその表情を読み取るより先に唇が重なり、何度か啄むようなキスをして名残惜しそうに離れていく。
「……っ…キース…」
「……おやすみ、ブラッド。」
低く柔らかな声の後、掌で優しくブラッドの視界は塞がれる。もう一度その名を呼ぼうと息を吸った直後、そのままふぅわりと落ちるように意識を手放した。
執事が目を開けると、屋敷の庭に直立していた。顔を出したばかりの太陽が「1日目」と書かれた墓碑をやんわりと照らし始めている。昨日の仕事は終わっていたのだったか。
イタズラ好きの坊ちゃまにギロチンで首と胴を切り離され、かなり時間を消費してしまったためにだいぶ急いで片付けたのだろう。庭の木を見ればそこには死体はなく、寂しげにロープだけがゆらゆらと揺れている。何故だか昨夜の記憶が曖昧になっているがやはり、夜のうちに埋め終えたのだ。切られた首は不安定でまだだいぶぐらついていたはずだ。奥様に頼んでもう一度、きつく縫い付けてもらわなければ。そう思いながら執事は自分の切られた首に手を触れた。
触れて、違和感に気づく。
ギロチンで切り落とされたはずの執事の首には、ひとつの傷も残っていない。確かに首は切られたはずなのに、その傷跡さえ初めからなかったように消えている。
「…なぜだ。」
執事は屋敷の中へ駆け戻り、壁にかけられた大鏡に自分の姿を映す。やはり、傷など一つもない。執事の首は陶器のように美しい白さを湛えそこに在った。ペタペタと触ってみても、継ぎ目も縫い目も見当たらないのだ。
…夢だったのだろうか。どこから、どこまでが?途切れ途切れに千切れてしまったような昨夜の記憶を辿ってみても執事の首が元の通りに繋がっている理由はわからなかった。
執事にとっては、仕事に不都合がないのならそれで構わない。けれど、何か大きく抜け落ちているような感覚がどうしても消えないままだ。
「…瑣末な事、なのか。」
思い出せないほど、なんでもないことだったのか。何度記憶を辿っても確かな答えは見つからない。
「…朝食の準備をしなければ。」
執事はその姿勢をいつもの様に正し、ゆっくりと一度まばたきをして、鏡に映った自分の姿を確認した。身なりはきちんと整っている。朝食の準備の後は屋敷の掃除と、お化けカラスの巣の様子を見て、それから…
「……そういえば、そろそろまたあの死神が魂を回収しに来る頃だな。」
地下室の様子も最近見ていない。近頃は全くと言っていいほど姿を見せないが、そのうちやってくるだろう。たまには魔界のハーブで淹れたお茶でもてなしてやるのも悪くは無い。ゲンナリとした顔で文句を言うだろう死神の顔を思い浮かべて、執事は少し頬を緩めた。
「…そういえば。」
死神の名前を聞いていなかったな。次に来た時にでも聞いておこう。
執事は朝食の準備のために、厨房へと向かって行った。夜の様に真っ黒な革靴の踵を鳴らして。
街のはずれの丘のうえ
かいぶつ一家がすんでいる
ギロチン 生首 ゴロゴロゴロリ
オバケカボチャと笑ってる
まかいのハーブでおもてなし
首なし執事がおもてなし
名前をなくしたあのこはだぁれ
お人形さんさようなら。
やみよのかげはすっかり消えて
棺桶ベットでおやすみなさい。