おそ松と社会人夢主「なあ」
おそ松くんは、いつも私の名前を呼んでくれない。
「この日。空けといて」
ぶっきらぼうな口調でそう言われて、どんな顔をしているのかと見てみれば、そっぽを向いて真っ赤になっていた。
まるで、いつも着ている赤いパーカーみたいに。
「えっと……この日って、なんか記念日とかだっけ?」
「……俺たちの間でそういうの、関係なくね?」
ん。それは…。
いつだって関係なく、私と過ごしたい……ってことで、いいんだよね?
まあ、ニートだからなあ。私は仕事があるんだけど、まだ先だから有給取れるかもしれない。
「お邪魔しますね〜」
メガネをかけた弟さん……えっと、チョロ松さん……が、ふすまを開けて入ってきた。
緑のチェックシャツが似合っている。
「あ? なんだよチョロ松」
恥ずかしいのか、おそ松くんはちょっと怒ったような口調。
「いや〜、コイツと二人っきりなんて危ないかなぁと思いまして。下でお茶淹れたから、一緒にどうです?」
「んだよ、危ないってなんだよ」
チョロ松さんはアイドルのマネージャーをしていると聞いていたけど、私に対しても同じで、おそ松くんのマネージャーみたいな感じがする。
「ありがとうございます。じゃあ、いこっか、おそ松くん」
「仕方ねぇなぁ……」
「あはは」
弟さんたちに囲まれてるとき凄く楽しそうな顔をするくせに、面倒だなぁという顔をしてみせるのがおかしくて、笑ってしまった。
「……ん」
「へ?」
「……手」
「ああ!」
先に立ち上がっていた私に、あぐらをかいたまま手を差し出したので何だろうと思ったけど、甘えてるんだな、これは。
「はい。よいしょー!」
「……子供じゃねぇんだから」
いやいや。甘えてきたの、そっちでしょ。無自覚なのかなあ。
私、なんでこんな年下のニートと付き合ってるんだろ……と思うこともあるけど、あんまりにも母性本能をくすぐってくるから……なんか、ズルズルとそのままなんだよね。
「ハァ……。こんな兄ですけど、よろしく頼みますね?」
「アハハ……おそ松くんも、弟さんたちみたいに早く仕事してくれないかなあ」
「ニートだよ?」
「えっ?」
「お、おい、おそ松テメェ!」
「こいつ、マネージャーとかたま〜に本当にたま〜に、幼馴染の雑務を無給で手伝わされることあるけど、基本的にはニートだからね?」
「えっ? そ、そうなんですね……」
「……」
チョロ松さんは黙って口をパクパクさせている。
「他の弟たちも、ニートだよ」
「えっ」
「まあ、休日しかここに遊びにこないから、気づかないよな! みーんなニート。そんで、全員まだ童貞だから」
「……六つ子、だったよね」
「そ。奇跡の六つ子。生まれてきただけで偉いの、俺達は」
六人いて、全員働いてないことを疑問に思っての発言だったんですけど?
「まあ……たしかに? お母さんが本当にすごいよね」
「それはほんっとうに、そう」
「……ちゃんと、親孝行しようね?」
「ん。ちゃんと親に甘えてダラダラして、健康に過ごしてるよ、俺達は」
「自覚のあるクズ……」
「まあね〜」
ああもう。こんな感じなのに、なんで好きになっちゃったんだろう。
「コホン。とにかく、貴女に頂いた和菓子もありますし、お茶が冷めてしまう前に、行きましょうか」
「マネージャーさん……ありがとうございます」
なんだこの茶番。