ペイター君がV.Ⅰとレイヴンをパッチ蹴りする話「あの駄犬が……!」
わなわなと握りこぶしを震わせながら憤るスネイルを尻目に、ペイターは命じられ通りかの駄犬――独立傭兵レイブンへ送信する依頼案件の作成を行っていた。
アーキバスとベイラムだけでなく、ここのところ解放戦線の依頼も積極的にこなすようになったレイヴンの動きは、独立傭兵らしいといえばその通りなのだが、スネイルは作戦を台無しにされてかなりご立腹らしい。
なら倍の値段でこちら側につく依頼を送るか、或いは完全にこちらに懐柔してしまえばいいのに、と考えながらキーを打ち込んでいたペイターはハッと気が付いた。
「バスキュラープラント奪取の目星がついたら、ファクトリー送りにしてくれる……!」
スネイルはそう言うが、別にレイヴンがいなくてもバスキュラープラント奪取は確実と思われた。
むしろレイヴンがいるせいで、作戦に支障が出て、予定が遅くなる。
なら先んじて、始末してしまえばよいのでは?
「……」
ペイターは打ち終わった依頼文を削除して、再びキーを打ち込む。
先日ホーキンスとラスティが、レイヴンについて話していたことを思い出した。
勢力をえり好みせず様々な依頼をこなす彼の金の使い道について――レイヴンはどうやら金が入るたびにパーツや武器を買いあさっては、様々なアセンブルを試し、自分にとっての最適解を探しつつ、あらゆる任務に対応できるよう様々なパーツ・武器で戦えるよう訓練しているのだとか。
趣味と言えるのはそのぐらい、と戸惑いがちに話してきた彼がとても彼らしいと思った――そう言うラスティの穏やかな表情はどうでもいい。
レイヴンは、あらゆるパーツや武器を集め、試すことを好んでいる。
この事実が重要だ。
「……」
この作戦がうまくいけば。ペイターは思った。
先走った行動だと怒られはするだろうが、目障りな駄犬が消えて仕事がスムーズに運ぶのだから誰も文句は言わないだろう。
むしろ褒められるかもしれない。戦友などと言って彼を持ち上げるラスティを追い越して、第四隊長の座を手にできるかも。
もしかしたら、駄犬と呼びながらも手駒としてダラダラ使い続けていたスネイルさえも追い越して、ああでも主席隊長になるのは面倒臭そうだから、第二隊長で十分だ。
入力し終えた依頼文を読み返し、ペイターはほくそ笑む。それから送信ボタンを押した。
◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇
「今回の作戦内容は、先日見つかった旧坑道の調査となります。エンゲブレト坑道において発生したコーラルの逆流現象がここでも発生する可能性がありますので、ご注意ください。なお坑道内には未知のACパーツや武器が残されている可能性がありますが、これらは貴方のものにしても構わないとのことです。ブリーフィングは以上です」
レイヴンからの返事は、思いのほかすぐに来た。
ペイターは獲物が罠にかかりかけている時特有の、なんとも言えない緊張感で胸をドキドキさせながら、作戦内容を読み上げる。
おかしな点はない、はずだ。この依頼自体も、実際シュナイダーから送られてきたもので、内容的に本来であればレイヴン以外の独立傭兵に与えられるものではないだけだ。
その分少し報酬額は低いが、その点に対する答えは用意している。
「これまでの依頼に比べると報酬額は正直低めですが、ACパーツや武器の分が加味されているとお考え下さい」
少しの間。
それから、レイヴンは『わかった』と返事を送ってくる。
『どんなパーツや武器でも、俺のものにして構わないんだな?』質問には「はい」と答えた。実際、パーツも武器も、そこにはないのだ。というか、調査自体も実は終わっている。
レイヴンを確実に仕留める罠をしかけるため、ペイター自身がデュアルネイチャーを駆ってすでに探索済みなのだ。
パーツも武器も、コーラル逆流現象が起きる兆しもない。後者は残念だった。エンゲブレト坑道のようになりそうなら、それを利用してレイヴンを始末できたのに。
だが別のプランで、すでに用意してある。
私、有能では?――ペイターは一人思った。
「それでは、独立傭兵レイヴン。今回も、よろしくお願いします」
ああ、こんなやりとりをするのも今回が最後だと思うと、寂しい気もする。
ペイターは通信を切ると、すぐさま立ち上がって、格納庫へと向かった。本来であれば自分が直接現場に行かずに手を下したかったのだが、それでは少々決定打と確実性に欠け、なにより面白くない。
「ペイター君? どこへ?」
「第一隊長がまたどこかへ行ってしまったようです。第二隊長がお怒りなので、探してきます」
「ああ、またか。君も大変だね」
「いえ」
廊下ですれ違ったホーキンスには、あらかじめ用意していた返事をする。
実際、任務を与えられず本来ならば基地にいるはずのフロイトは不在だった。スネイルがカリカリしていたので、たぶん本当にそうなったのだろう。
運がいい。これは神が味方しているのでは? ペイターは思った。
◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇
坑道入り口から少し入ったところ、崖のようになった場所に運よくあったくぼみに、デュアルネイチャーは姿を隠していた。
あらかじめ設置しておいたカメラで、レイヴンの状況を確認できるようにしてある。
さっそくペイターは、デュアルネイチャーのサブ画面をカメラと繋げ――思わず「は?」と声を上げた。
『聞いたぞ独立傭兵レイヴン、この先に未知のACパーツや武器があるらしいな』
『あんた誰?』
『そんなことはどうでもいいだろ。行くぞ』
見慣れたレイヴンの機体を追い越すようにアサルトブーストを掛けた青色の機体。
なんでここに主席隊長が?と一瞬思ったが、彼のACマニアな性質を思い出して、ペイターはため息をついた。
まあ、いい。
主席隊長ほどの実力者なら、自力でどうにか帰還するだろう。そうでなければ、新たな人物――或いは自分が主席隊長に収まるだけだ。
『レイヴン、お前、プラミサか。引き打ちタイプは嫌われるぞ』
『勝てればいい』
『ま、そうだな。見たところブースターは――』
無駄話してないでさっさと来いよ。
一瞬思い、しかしこれが二人の生涯最後の会話になるかもしれないと思うと、なんだか可哀そうに思えてペイターは静かに見守ることにした。
二人がもうすぐここに到達する。
あと2km、1km……。ペイターが潜むくぼみの前、崖のふちに、独立傭兵レイヴンとヴェスパー主席隊長フロイトが揃った。
『何かある』
フロイトがそう言い、崖下を覗き込む。
かかった、とペイターは思った。
崖下には、ルビコニアンデス七色石をいくつか投下してある。
底が見えるようで見えないうっすらした闇の中、色とりどりに輝くルビコニアンデス七色石が気になって仕方ないに違いない。
案の定、レイヴンも崖下を覗き込んだ。
二人の背中が、がら空きになる。
ペイターは素早く、しかし一切の音を立てずにデュアルネイチャーを動かし、間抜けな姿をさらした二つの機体に、容赦なく蹴りを入れた。
『あ、』
『?!』
思惑通り二つの機体が崖の底へと落ちていく。
あまりにも突然の事態にブーストをふかすという当たり前のことさえ思いつかないらしい。
落ちていく二機をちょっとだけ頭を出して眺めてからすぐに身を引っ込め、ペイターはそのまま坑道の出入り口へと向かった。
目的は達成した。後は中の仕掛けが、二人を始末してくれるだろう。
坑道の外に出て一息つくと、ペイターは声を上げて笑った。自分の作戦がうまくいきそうなことよりも、レイヴンとフロイト――この惑星で最強格と思われる二人が、無様に蹴りを入れられ崖から転げ落ちていく姿が滑稽でおかしくてしかたなくて。
ひとしきり笑うと、ペイターは何事もなかったように基地へ戻った。
「おかえり」と迎えてくれたホーキンスには悲し気な顔を作って「主席隊長、どこに行かれたんでしょうか」と答えておいた。
◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇
『ちくしょう、やられたな』
一方崖下。
仰向けの大の字になって寝転がったまま、フロイトがつぶやく。
そうしてロックスミスを起こすと、ブーストを限界までふかしても登れなさそうな崖の上を睨んだ。
『見たことない頭だった』
『?』
『俺たちを蹴り落としたヤツ。変な頭だった』
『特徴的な頭部パーツだったってことか。犯人捜しの役に立ちそうだな。だがまずは……』
平べったくて横に長い特徴的な頭部。それが崖から少しだけ見えたことを思い出しつつ、ロックスミスと同じように、仰向けの大の字になって常識ねえのかよと言わんばかりの体勢になっていたレイヴンも機体を起こした。
レーダーであたりの地形を探ると、どうやら奥の方に細い道が続いている。
『風がある。奥に進めばどこかには出られるようだな』
『……』
『狭い道だ。後ろからヤるつもりかもしれない。警戒を怠るな』
『……わかった』
二人は今日初対面で、レイヴンは相手の素性どころか名前さえ未だ知らない。
だが同じ屈辱を味わった二人には妙な連帯感が生まれていた。
それと――
『パーツや武器は、先に見つけたほうの物でいいな?』
『ああ』
フロイトの呼びかけに、レイヴンが答える。
答えると同時に、二人はアサルトブースト。サーチで見つけたボックス向かって駆け出した。
狭い坑道内とは思えぬ速さで行く二機が過ぎた場所で、ひと呼吸遅れて盛大な爆発が起きる。
だがそれは脅威ではなく、二人の勢いを派手に演出するだけの何かでしかない。
『随分派手に仕掛けたなあ!』
『俺を殺そうとしていたみたいだ』
『つまらない手を使いやがる』
『ああ。こんなんじゃ、俺は死なない』
ギュン!と坑道内にブーストの音が響く。
壁を蹴り、時には振り回したブレードで抜こうとする相手をけん制し、互いに争いながら先にボックスに触れたのは――
『クソ! でも何のパーツかだけでも教えてくれ!』
『わかった』
ほぼ同時だが、先にボックスに触れたのはレイヴンだった。
悔し気に言うフロイトに返事をして、レイヴンがボックスを開封する。
二人が興味深げに眺めるその中身が、突然強い光を放って――
爆発した。
◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇
「聞いたか、ペイター」
「オキーフ長官、どうかしたんですか?」
今日もペイターは独立傭兵各位に向けた任務依頼を作成している。
オキーフの言葉に返事をしつつ、キーを打つ手を止めて彼を見た。
彼は何か言いたげな顔でペイターを見たが、ペイターには心当たりが何もない。
「どうかしましたか?」と問うと、オキーフはため息をついた。
「この前見つかった坑道で、主席隊長とレイヴンが大暴れしたらしい」
「戦いになったんですか?」
「……」
そう言えば、ここ数日フロイトの姿を見ていない。独立傭兵レイヴンが無事脱出し、任務を達成してわずかな報酬を得たのは把握していたが、フロイトのことはすっかり忘れていた。
レイヴン以外の独立傭兵に回すはずの仕事を何故レイヴンに回したのか。
ペイターはその点においてのみ依頼後問いただされはしたものの「報酬額を変更しなくても受けてくれたので、彼でも構わないかと思いまして」とか「彼ならば確実な調査を行ってくれると確信していましたから」と適当に答えてしのいだ。
もちろん、事前に坑道を探索したのはバレていない。だが――
「主席隊長、そういえば姿を見ていませんが、もしかして怪我を?」
オキーフは特殊情報局員だ。行動がバレていてもおかしくはない。
ペイターはあえて坑道のことには触れず、フロイトの心配をした。
「そうだな。まあ、それなりの怪我はした。スネイルはご立腹だ」
「それは……第二部隊の皆さんが可哀そうですね」
「ペイター」
「はい、オキーフ長官」
「お前なりに考えがあってのことだろうが、少しやりすぎだ」
ああ、やっぱりバレていたか。
でもペイターは笑顔を作った。第三隊長は少しだけ自分に甘い。甘くなければ、今頃自分は怒り心頭のスネイルの前に投げ出されていただろう。下手をすれば、罪に問われる可能性もある。
でも自分はここにいる。
「すみません。長官のようには、いきませんね」
「次はもっとうまくやれ」
ぽん、と肩を軽く叩いて、オキーフが去っていく。
残されたペイターは一人、両手で顔を覆ってため息をついた。
まあこんな準備やらなにやら面倒なことを、もうするつもりはない。フロイトはともかく、消したかったレイヴンも生き残ってしまったし、自分にはこういうことは向かないのだろう。
でも――覆った手の下で、ペイターは笑う。
あの二人が、自分に背中を蹴られてなすすべもなく落ちていく様を思い出すと、今でも面白くて仕方がない。
「はい、ペイターです。ええ。レイヴンへの依頼? 畏まりました。案件を回してください。送っておきます」
入った通信はカリカリしたスネイルからだった。
その怒りが飛び火しないよう簡潔に受け答えをし、すぐさま送られてきた案件に対応する。
依頼文を打ち終わる頃にはもうこの件のことを忘れ去って、ペイターは何事もなく、レイヴンに通信を入れる。
「独立傭兵レイヴン、これは当社系列――」