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    高藤あきの(なぎ)

    @mi172

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    帰国後・再同居時空で、お誕生日話。
    初書き譲テツです。
    原画展に行ったら書きたくなって、つい書いてしまいました。大遅刻な上、書いてる途中で部分的にシチュエーション被りの素敵作品を読んでしまい、だいぶへこたれそうでしたが、「きっと譲テツあるあるネタだと思うので許してください…」の気持ちで書きました。

    #譲テツ

    夜に滲む「さ、これで全部終わった。明日には届けに行けますよ」
     ペンの蓋を閉め、譲介は立ち上がった。リビングのローテーブルは書き物に向かない、と食卓で作業していたのだ。
     渡されたメッセージカードの束を、そのテーブルで封筒に入れながら、何気なく一枚を手に取る。時計の針は、まだてっぺんを回っていない。とは言え、あと半時間もすれば日付が変わる頃合いで、仕事帰りの譲介に手間をかけさせてしまった。
    「明日は休みだってのに、悪ぃな」
    「いえ、僕も久しぶりに先生たちに会いたいし。一緒に出掛けられるだけで嬉しいですから」
    「そうか」
     年が明ければ正式に主治医になる男は、やわらかい笑みを浮かべた。
    「それにしても、おめぇが筆跡似てて良かったぜ。瓢箪のヤロウは全然違ってたからな。外注に出せやしねぇ」
     手書きの文字を書くことが減り、肩や首も凝るから、段々億劫になって来た――そんな理由をこじつけて、毎年添えていたカードの中身を生駒に任せようとした。だが、「何年分も手元に残してある子どもが結構居る」と馴染みの職員から聞かされて、あまりに字が違うとマズイな、と思い直した。そこへ行くと譲介は、自分の字とかなり似ている。筆記具を変えれば、そのせいで字も少し変わったのだ、と誤魔化せるレベルだと思う。これならサンタ業は引退して、譲介に後を継がせることも出来そうだ。実はそういう魂胆があった。
    「そりゃ、あなたがお手本でしたからね」
     隣に腰を下ろした譲介は、開いたカードを覗き込みながら、そんなことを言う。
    「オレが?」
    「ええ。ちゃんとした字の書き方、教えてくれたのはあなたでしょ」
     そうだったろうか。
    「引き取られてすぐ、鉛筆の持ち方が悪いって直されたし」
     言われてみれば、記憶はあった。だが、実際に自分が書いた文字を譲介が見たのは、それほど多くないのではないか。そう返せば、想定外の言葉が応える。
    「通帳と一緒に送って来た手紙。それに一也に渡したノートも」
    「え、」
     それが、今では譲介の手元にあるという。
    「大人になってからも、穴が開くほど見てますからね。内容だけじゃなくて、文字のクセなんかも真似したりしましたよ」
     こんな風に言われたら、ちょっと何と返したものか分からない。とりあえず、「……そうかよ…」とだけ言って、最後のカードを封筒に入れた。

    (それにしたってよ…)
     負けん気と執念は凄まじいが、感情が昂れば涙も流したし、それはマイナス方向に振れることが多かった。だがそれでも、ひたすらガツガツしていたガキが、よくぞ一端の男になったもんだ。
     再会して、そんな感慨に耽る間もなく、「伴侶として同居したい」などという申し出を受けたのだ。「主治医になる」という言い分については、そのために帰国したと言われれば、手放しで嬉しかった。しかし、それに付随して来た「オプション」は、まるで予想もしないものだった。
    (ガキの頃なら、何かの気の迷いだろ、とでも言えたんだがなぁ)
     真っ直ぐにこちらを見るまなざしは「真実」で、適当にはぐらかすのは失礼だと思えた。しかし、きっちり拒絶するのが譲介のためだと頭では思っていたのに、ふわりと手を包み込む両手のあたたかさに、うっかりタイミングを逃して。少しの沈黙のあと、申し訳程度に「好きにしろよ」と呟いた。それが何故か拗ねた子どもみたいな口調になってしまって、自分でも驚いたのだが。

    「でも、本当に、あれで良かったと思ってますよ」
     しみじみと、懐かしむような声音。小さく笑む口元には、少し皺が出来る。
    「何がだ?」
    「最初にあなたに拾って育ててもらって、K先生に一人前にしてもらった。そして、朝倉先生のおかげで、アメリカで学べた。そのどれが欠けても、今あなたを治すことはできない」
     同居を申し出た時にも似た、真っ直ぐな瞳。けれど、決して厳しい表情ではない。長い前髪に隠された片目にも、こちらに向けたそれと同じ、やわらかな光が宿っているのだろう。
    「そう、か」
     こんな顔をするようになったのか。もう、自分が知っていた子どもではない。
     とっくに分かっていたことを、改めて思い知る。
    「でも、だからって、突然置いて行かれたことは、許してませんけどね!」
     そんな風に続けたが、本気ではあるものの、恨みの篭った気配はないように思えた。
    「それは……悪かった…」
     だからこちらも、素直に言葉が出た。あの時は、あれ以外に思いつかなかったのだ。今でも、他にどうすれば良かったのかなんて、自分には分からない。ただ、もしかすると敢えて口にすることで、こちらが謝れるきっかけを作ってくれたのかもしれない。
    (一丁前に、気なんか遣いやがって)
     頭ではそう思うのに、こんなことが嬉しいだなんて。
    (……オレもヤキが回ったな)
     今どき古すぎる表現を、まさか自分に対して使うことになるとは思わなかった。
    「まぁ、あのままあなたの元に居たら、稼業の後継ぎくらいにはなれたかもしれませんけど」
     しかも、譲介がこんなことまで言い出したから、つい口が滑って。
    「今からでも、なってみるか?」
    「えっ」
     冗談のつもりだったのだが、結構本気の喰い付きモードで目をみはる。
    「…いや、もうすっかり足洗ってるからな。今診てる患者なんて、同じく裏の仕事からは手を引いたジジイが、ほんの数人だが」
     それは、冗談ではなかった。裏の世界から退いた連中の中で、どうしても、という数人については、あれこれと条件を付けて主治医であり続けることを請けた。それくらいなら、いずれ譲介に引き継ぐのもいいだろう。
    「そんなこと言って、要請があれば、またあちこち出掛けて暴れ回るつもりなんじゃないですか?」
     訝しむ目つき。再会して以来、こいつの雄弁な表情には、新鮮な驚きばかりを覚える。折に触れ顔を見てはいたが、子どもの頃ほど長い時間を過ごして来た訳ではない。離れていた時間の方が長い。それでも、こうして傍に居ると、なぜか妙にしっくり来るというのか、落ち着いた気分になるのだ。
    「いや、もうさすがにな」
    「ほんとですかぁ?」
     こんな時間が続くのなら、譲介の言う「伴侶として」とかいう関係性も悪くない。どのみち、そう長い年月ではなかろう。それなら譲介のしたいようにさせてやりたい、と望むのは、偽らざる気持ちだった。
    (何だかんだ、可愛いところもあるし)
     一体どういうものを望んでいるのか、具体的には確認していない。いずれした方がいいのかもしれないが、まぁ、なるようになるだろう…などと考えていたら、テーブルに置いたスマートフォンがピロンと電子音を立てて震えた。

    「なんだ?」
     見たことのないアドレスから、メールが届いていた。仕事用に使っていたのではないアドレスだから、どこにも漏れていないはずだ。一瞬首を傾げたが、ふと昼間の出来事を思い出す。
    「メールですか?」
    「ああ…駅前に、おめぇが気に入ってると言ってたコーヒーショップがあったろ。昼間そこに行っててな。割引クーポンも来るというから、とりあえず会員登録したんだ」
     差出人名も、確かにその店の名前が表示されている。会員登録なんて、これまでなら思いつきもしなかった行動だ。だが、本文を開いたところで、横から覗き込んで来た譲介が小さく声を上げる。
    「…バースデークーポン?」
    「ん?」
    「バースデークーポンって書いてありますけど」
     何が問題なのか、咄嗟には分からなかった。だが、その声に何故か、冷たい響きが含まれていることには気が付いて。
    「え、あっ、ああ」
     何がそんなに気に障ったのだろう。そう思ったのだが。続く言葉で謎が解き明かされて、自分の失敗を悟った。
    「僕、知りませんけど」
    「…あー」
     なるほど、そういうことか。
    「バースデークーポンってことは、近々誕生日ってことですよね? あそこ、その辺マメに送って来るし。今日登録して今日メールが来たってことは、もうすぐとか、まさかもう過ぎてたりとか、そういうことですよね?」
    「…ああ、まぁな…」
     知られていたところで、別に祝って欲しいという気持ちはない。だから敢えて言わなかったのだが、こいつはそういうのを祝いたいタイプなのか。
    (どうせ、カルテ見りゃ分かるんだがな)
     年が明ければ、色々と個人情報が譲介の知るところとなる。とは言え、自分から言って欲しかった、と思っているだろうことは、想像に難くない。
     怒っているような、悲しそうな、寂しそうな。
     悪かった、と言えばいいんだろうが、それも違う気がする。どうしたものかと迷っていると、次の糾弾がやって来た。
    「いつなんです?」
     今からでも祝う、と言い出すのだろう。それも分かる。だが、さすがに言い淀んでしまった。タイミングが悪い。何故ならば。

    「………今日…」
     あと少しで日付が変わる、まさに今日がその日だ。
    「は?!」
    「今日、12月20日」
     途端に譲介の顔が、どう控え目に見ても般若のように険しくなる。ついさっきまで、菩薩もかくや、という穏やかな笑みをたたえていた者とは思えないほどに。
    「はぁ?! 今日?!?! あと30分もないじゃないですか!!」
    「あぁ…いや、うん」
    「いや、うん、じゃなくて!! あと22分で一体どうしろと???」
     別に祝わなくていいんだぞ、なんて言おうものなら、どんな罵声が飛んで来るか分からない。そうも思ったけれど、口から出たのは似たり寄ったりの言葉だった。
    「…来年やりゃいいだろ」
     祝い事なんて、要は気持ちのものだ。譲介が真剣に思ってくれているのは分かる。
     だがそれなら別に、今年にこだわらなくてもいいだろう。
     そんな軽い気持ちで言ったのだが、譲介はそうは受け取らなかったようだ。
    「……来年? 来年って言いました?」
    「ん? ああ」
    「来年…そうか、来年…」
     何かを噛みしめるように繰り返す。
    「譲介?」
     心なしか、さっきの声は潤んでいた。こいつの泣き顔なんて見慣れているはずなのに、あの頃みたいに泣いているのではないかと気になって、伏せた目蓋の下を見たくなる。
    「…あの…すいません、あなたの口から、先のことが語られるのが嬉しくて」
     そう言ってこちらを向いた瞳に、濡れた様子はなかった。だが、感極まっている様子は見て取れて、何だか落ち着かなくなって。
    「そうかよ」
    「はい。でも、僕としては来年だけじゃなくて、再来年も、その先もずっと…のつもりですけどね」
     治してみせますし、と笑う。
     こんなに――眩しい男だっただろうか。
     自分のよく知る、けれどまるで知らない男のような、表情。
    (くそ、)
     視線を奪われてしまったことが、妙に悔しくて。心を揺さぶられている、その事実を認めることが、どうにも苛立たしくて。
     何とか一矢報いることが出来ないかと、考えを巡らせる。

    「それはそれとして、あと20分」
    譲介は、ちらりと時計を見やった。その声音に、かすかに焦りのようなものが滲む。この期に及んで、まだ何か祝えないかと目論んでいるらしい。こういう記念ごとには、とことんこだわるタイプだったのか。
     しかし、20分ではどうしようもないだろう。だから来年でいいつったろ、と言いかけて、ふと浮かんだ策がひとつ。
    「譲介」
     すぐ隣にある肩に、そっと手を掛ける。
    「はい?」
     今更改まって何だ、と言いたげに傾げた頭を捕まえて。
    「20分ぶんなら、これで充分だ」
    「え、」
     それはどういう、と発せられかけた言葉を奪い取るように、唇を重ねた。
     譲介の瞳が、これ以上ないくらいに大きく見開かれる。
     ただ、軽くついばんで離すつもりが、開いた唇の隙間から舌を捻じ込まれ、気が付けば貪り合うように絡み合わせていた。

    「…っ、」
     腰に回された手に、力が籠る。
    (こンの…クソガキ…っ)
     まるで昔に戻ったみたいに、にやりと不敵に笑む口元。ぐ、とその上体を押し戻して、ぐしゃぐしゃと髪を乱してやった。
    「て、つろうさん」
     そう言えば、帰って来てからは、そう呼ばせて欲しいと請われて頷いた。耳馴染みのない音が、何とも言えず落ち着かない。
    「20分ぶん、って言ったろ」
     意外にも、キスは上手いようだった。うっかり酔わされそうになったのは、単なる雄の本能なのか否か。
    「…それは、これがあなたにとってプレゼントになる、という意味ですよね?」
     押し退けはしたが、拒絶はしていない。むしろ、深みに沈んでしまわないようにストップをかけただけ、ということは、譲介にも伝わってしまっているだろう。
    「だからそう言ってる」
     それでも、優位を許し続けてしまうのは、どうにもムカつくのだ。やられっぱなしは、性に合わない。
    (やっぱり、ヤキが回ったな…)
     大人になった、と感心していた男の、剥き出しの欲と鬩ぎ合う理性。その葛藤を見るのは楽しそうだ、と思ってしまうくらいには。

    「じゃあ、来年はじっくり時間をかけて、お祝いしましょう」
     心底ウキウキしている風な頭を、無性にはたきたくなる。だが、かろうじて堪えて、こちらも不敵な笑みを作った。
    「今よりマシな体調になったらな」
    「え」
    「治してくれンだろ? 和久井センセイ」
     話はそれからだ、と低く囁く。ごくり、と譲介の喉が鳴る。分かりやすいヤツだ。
    「もちろん」
     それでこそ、オレの育てたおまえ。
     本当はそう言ってやりたいけれど、まだこれは「切り札」になる気がする。そうやすやすとくれてやるのは、こちらに不利だ。
    (しかし、「伴侶」って感じじゃねぇなこれは)
     頭をよぎった考えに、自分でツッコミを入れて苦笑い。だが、譲介を大事だと想う心も嘘ではない。

    「…あの、」
     ややあって、ためらいを滲ませた声が、徹郎さん、とふたたび呼んだ。
     目線で続きを促せば、やわらかなまなざしが応える。
    「おめでとう、ございます。ギリギリ今日ですよね?」
     今更過ぎて、気恥ずかしいというのもあるのかもしれない。窺うように見上げて来る、前髪を手で軽くかき上げ、その両目を覗き込んで。
    「おう」
     ありがとな、と囁く。ほんのり頬が上気する。あんなに激しいキスをしやがったくせに、何とも初々しい反応だった。
    (ふん、面白ぇじゃねえか)
     貪欲な本性も、決して失くしてはいない。だがその同じ心に、あたたかでやわらかいものが息づいている。
     互いを大事に想う、けれど、同時に本気の喰らい合いも出来る。そういうのは嫌いじゃないな、と思いながら、元・養い子のやわらかな髪をそっと撫でた。まだ生きられるというなら、楽しみはある方がいい。
     子ども扱いされたとでも思ったのか、譲介は不服そうな視線を向けて来た。だが、それには気づかなかったフリをして、これから「伴侶」とやらになる男の髪を、ただ静かに撫で続けた。


                 Das Ende
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