灰原との夜食を食べる事が定番となって早数週間。
各々で任務になっても、灰原の戻りが遅くなっても自然と灰原の部屋の前で待つようになった。
今日は互いに違う任務に向かい、私のほうが比較的近い場所での任務に当たった。そうなると、私のほうが早く戻ることになる。
「いい機会だ。今日は私が灰原に夜食を作ろう」
灰原と並んで料理をする機会も増え、簡単なものなら作ることが出来るようになった。
いつもは灰原が美味しい食事と共に迎えてくれる事を自分もしてあげたら、灰原はきっと手放しで喜ぶはずだ。
「夕食も食べれないだろうし、しっかりとした食事のが良いよな・・・どうしようか」
早速学生寮にある共同キッチンにある冷蔵庫を開け、中身を見ながら自分が作れる料理のレパートリーを思い出す。
うどんや蕎麦はすぐお腹が空くし、グラタンやパスタは自分ではまだハードルが高い。
今まで以上に真剣に冷蔵庫の中身を見つめ、やっと納得できるようなレシピが思いついて材料を掴んでいく。
豆腐、豚と鳥のひき肉、卵に玉ねぎ。
常温保管ができる食材が入っている戸棚から顆粒コンソメとパン粉を取り出してやっと材料が全て揃った。
作るのは初めてだが灰原が作っている横で何度も見ていたし、ハンバーグ自体は小学生の調理実習で作ったことがある。出来ないことはない筈だ。
「ふぅーーーーー・・・・よし!」
気合を入れて、玉ねぎのみじん切りから始める。作るのは豆腐ハンバーグ、きっと灰原も満足するだろうと期待を胸にどんどん調理を続けていく。
玉ねぎは多少サイズの違いが出来てしまったが、出来たみじん切りしたものを油を引いたフライパンで火を通していく。
灰原は玉ねぎは飴色になるまで炒めなくていいと言っていた。とりあえず、周りが透明になるまで火を通して、器に移して粗熱を摂っていく。ボウルにひき肉、豆腐、顆粒コンソメ、卵、パン粉を入れて軽く混ぜる。
粗熱が取れた玉ねぎと塩コショウを咥えてしっかりと混ざるように捏ねて、形成すれば見慣れたハンバーグの形になった。
後は焼いて、焼いた後のフライパンでソースを作れば完成だ。
しかし、焼こうとしたタイミングでふとある事を思い出した。灰原がハンバーグのソースを作っている姿を見たことがない。
焼き色がついたら、めんつゆをベースとした和風かトマト缶を使った洋風。たまに変わり種としてシチューにしたりと煮込みハンバーグにしている気がする。
とりあえず焼きながら周囲を見渡して煮込みソースの代わりになるものを探し、レトルトが入っている場所でハヤシライスを見つけて引っ掴んだタイミングで少し焦げてしまった。
慌ててひっくり返そうとフライ返しを手にしてフライパンに張り付いてしまった表面を剥がしながら返せばどんどん崩れていくハンバーグに違った焦りが走る。
「あっ、クソッ!これ、で・・・!!」
なんとか残っているハンバーグの種も焼いて、だいぶ崩れてしまったハンバーグをハヤシライスのレトルトソースの中に沈めて火を通していく。
これで少しは見た目はマシになるだろう。最後の手順も終えて、安心と同時に今までにない疲れが来て、作業台に手を置いて深い溜め息が出た。
この間に片付けもしないと・・・・料理器具の一つも洗い物が出来ていない事に自分の手際の悪さに頭が痛くなってくる。
せめて灰原が戻るまでに多少は片付けていこうとやる気を起こし、顔を上げた時に水が流れる音が聞こえてきた。
私以外にキッチンに入っている者が居ないことを確認しているのにいきなり聞こえ始めた水の音がする方に視線を向ければ、上着を脱いで放置していた調理器具を洗っている灰原の姿があった。
「灰原!?」
「うん。ただいま」
「お、おかえり・・・・・」
いつの間に帰ってきたのかと言いかけたタイミングで灰原の口から、戻ってきた時の挨拶を言われ、反射的に返事をしてしまう。
違う。私は灰原が私にしていることをしてあげるんだろう。
「それ、そろそろ良いんじゃない?」
「え、あ、うん・・・・」
「七海が夜食作ってくれたんだね。夕食食べれなかったから嬉しい」
灰原からの指示で火を消し、深めの更に盛り付ければ不格好な煮込みハンバーグ3個ずつ入ったものが2つ出来上がった。
それを見て嬉しそうにしている灰原の隣でこんなものを出して良いのかと不安になりつつも白米をよそって空いているテーブルに運んで共に手を合わせていただきますと口にする。
「本当に美味しそう!」
「いや・・・・焦げてしまったし、形も崩れてしまって・・・・」
「そう?七海が僕の事を想って作ってくれただけで嬉しいし、美味しそうに見えるよ」
そう言ってから一番形が崩れているハンバーグを箸でつまみ、大きく開けた口の中に収めて咀嚼をする灰原の姿を初めての任務の時より緊張して、じっと見つめた。
どんどんと美味しそうに目を細め、口元に笑みを浮かべてじっくりと味わう顔に変わったことで味は悪くないのだと安心し、自身の目の前にある煮込みハンバーグを一口大に箸で切ってから口に運んだ。
口の中に広がるのは焦げた部分の苦みがハヤシライスの味をかき消していた。とてもじゃないが美味しいとは言えたものではない。
それを美味しそうに食べ続けている灰原の方を見て、味覚がおかしいのかそれほどまでに空腹だったのかと思う反面、もしかしたら無理に食べているのではないかと不安を感じ、思わず謝罪と自身の率直な感想を口にした。
「すいません・・・味、良くないでしょう」
「ん?ん〜・・・・まぁ、焦げてるからソースの味は消えてるから、美味しくはないかな」
「なら、なんでそんなに美味しそうに食べ続けているんですか?」
彼の口からも味は良くないとい率直な感想に味覚が可笑しくなっているのではないことを安堵しつつ、それでも箸を止めることをせずに口に運び続け、美味しそうな顔で咀嚼している事に疑問を感じた。
白米と共に最後の一口を飲み込んだことでやっと箸を置いた灰原が口の端に付いたソースを舌先で舐め取り、最初の一口を食べたときのように目を細めて口元に深い笑みを浮かべる。
「言ったじゃん。七海が僕の事を想って作ってくれただけで嬉しいって・・・・僕はね、七海の僕にご飯を作ってくれた気持ちも一緒に食べてたの」
これが美味しくない訳ないじゃん。と当たり前だと言わん限りに言い切る彼の姿に、顔に一気に熱が集まって逆上せた時のようなめまいを覚えた。
最初に食事を食べさせてもらった時も、一緒に夜食を食べようと提案してくれた時も、教室で共に過ごしている姿とは違う一面に惹かれ、その一面が私だけに向けられていると思ったらそれだけで心が舞い上がる。
ゆっくりと手を合わせて、私の顔をしっかりと見つめながらゆっくりと開く彼の口から目線を外すことが出来ない。
「七海、ごちそうさま」
あぁ、本当に彼のことが好きだ。今すぐにでも私だけの彼にしたい。
「・・・・・・お粗末様デシタ」
「次は一緒に作ろうね?僕の味、しっかり覚えてよ?」
その前に私の胃袋が彼に掴まれてしまいそうだ。